4-3 仙崎誠、シスター・シスター
※お詫び 2019.08.07
「4-2 仙崎誠、古事記にもそう書いてある」と「4-3 仙崎誠、シスター・シスター」の順序が入れ替わっていました。
謹んでお詫び申し上げます。
〇
突然ではあるが、仙崎家の間取りを紹介しよう。もともとは一家四人が暮らすために建てた家なので、いまの六人を収めるためにはやや手狭の感は否めず、一階にはリビング、ダイニング、和室があり、二階には、俺の部屋と彩音の部屋、両親の寝室、父親の書斎という構成になっている。
両親不在のいまは、俺が書斎を寝起きに使い、元々の俺の部屋には佳純と志津香が入り、両親の寝室を晶子と双葉の相部屋に当てている。
「子どもの頃ならともかく、この年になって両親の部屋に入るとなると、なんか妙なものを見ちゃうんじゃないかと、緊張するよな」
「なんの話だよ……」
扉を開くと、果たして実際に目の前に広がったのは、当然在りし日の光景ではなく、晶子と双葉の生活感に満ちたもので、せいぜい共通点を探そうと思えば、部屋の中央のダブルのベッドくらいのものだろう。
「敵を知るにはまず味方から。今日は、双葉の身辺調査をしたいと思います」
「敵って誰だよ。つーか、なんであたしが手伝う体になってんだよ。ほかのやつと勝手にやっとけよ」
敵とはもちろんその田内なにがしのことだ。が、いきなり俺が双葉の学校に乗り込んで殴り込みをかける、というのは野蛮に過ぎる。
「志津香は絶対に悪ふざけが過ぎて部屋をしっちゃかめっちゃかにするし、晶子はヘタレだし、彩音はこういうのむちゃくちゃ嫌がるから、お前に白羽の矢が立った訳だ」
ワトソン役を佳純に任せ、今日の俺は名探偵だ。我が仙崎家の良妻賢母を手籠めにせんと迫る巨悪に関するヒントを、すべからく明らかにすべし。
「くだらねぇ。ひとりで勝手にやってろ」
「――待て。もしお前が手伝ってくれるんなら、……小遣いをやる」
彩音の影響で近頃佳純が色気付き始めているのは既にリサーチ済みだ(志津香調べ)。ブティックに入って、値札とにらめっこする姿もばっちり押さえている。
「JESASISやCECIL MCbethは、月一万円じゃ厳しいよなぁ」
「……てめぇ、汚ぇぞ。ウチを脅すつもりか?」
「交換条件だよ。双葉が家事をしてくれている代わりに、少し多めにあげてるみたいに、俺のお願いを聞いてくれたら、臨時の小遣いをくれてやる」
財布から一万円札をちらつかせる。佳純が下唇を噛んで、恨めしそうに俺を睨み付けてくる。やはりゲンナマの威力は偉大かな。反抗的な佳純さえもこうやって交渉のテーブルにつかせることができるのだから。
「……分かった。ただし、これっきりだからな」
「いやぁ、物分かりの良い妹で助かるなぁ」
「チッ……」
苦虫を千匹噛み潰したみたいな顔つきで、不承不承佳純は頷いた。
一見して、ベッドを中心にして片側は晶子、もう反対が双葉の領域というように整理されているらしく、左右で対照的な部屋模様がちょっと面白い。
晶子の方は、机の周りに本棚が立ち並び、それ以外のものはほとんど見当たらない。が、几帳面に整頓されているかと思いきや、書架に並ぶ本はてんでばらばらに放り込まれているだけで、上下巻がまったく離れた場所に収納されていたり、生態学の参考書の横に、経済学の入門書なんかがあったりもする。
「晶子って、きちっとしてそうに見えて、案外ずぼらだな」
「あ? そんなのふだんからそうじゃねぇかよ。飯食ってる時もぽろぽろこぼすし、箸の持ち方もなってねぇ。食べ終わった菓子のゴミなんかも食卓の上に置きっぱなしだしよ」
佳純から予想外の言葉が返ってきて、どきっとした。晶子が日常生活においてものぐさでずぼらなのは、俺も薄々気が付いていたものの、そこまで見通してはいなかった。
「お前、意外に人を見てるな」
「……ンだよ」
試しに机の引き出しをひとつ開いてみると、中は筆記用具や小物が無造作に放り込まれていて、そっと閉じた。
とはいえ、今回の調査対象は晶子ではない。ベッドの反対側にわたって、いざ本丸へ。
双葉の机周りは、打って変わって小奇麗なもので、それでいて、ペン立てや小物入れには女の子らしさも見受けられる。本棚には学校の教科書、ノート、それから料理本なんかが、背の高さも考慮して並べられている。
「あれ、ここ鍵かかってるな」
文庫本数冊程度が入りそうな小さな引き出し。鍵穴があるから当たり前といえばそうなのだが、隠されれば暴きたくなるのが人の性。俗にいうカリギュラ効果というもの。
「佳純、お前の馬鹿力で壊せないか?」
「ブッ飛ばすぞてめー。つーか、壊したら双葉に探り入れてたことバレて、揉めるんじゃねぇの」
「まぁそれもそうか。ならば仕方ない、仙崎誠四十八手を解禁するほかあるい……」
ポケットから取り出したるは、太さの違う針金二本。
「ピッキング~~!」
ちょっとダミ声を意識してみる。
「ほんと、ロクでもねぇな、お前」
げっそりした顔で毒吐く佳純を尻目に、針金の先をするりと差し込んで、中をコチョコチョやってカチャリと解錠する。家の扉ならともかく、勉強机におまけで付いてくる鍵など、素人仕事でもちょちょいのちょいだ。
「スケジュール帳……?」
A6サイズの小さなノートパッド。以前に双葉が別な手帳を開いて、スケジュール管理をしているところを目撃したことがあるから、あるいは日記だろうか。
正直、嫌な予感がした。ひやっとした、どきりとした、ぞくりとした。それは、人の日記を覗き見ることへの罪悪感、背徳感由来の物ではない。
容姿端麗、品行方正、窈窕淑女たる双葉。家族のために甲斐甲斐しく尽くす双葉。だからこそ、この日記を開くことがおそろしい。
「見える、見えるぞぉ……この手帳からはおぞましいオーラが漏れ出ている……」
「なに馬鹿なこと言ってんだよ。お目当てのものが見つかったんだから、早く読めよ。それで、さっさと一万円寄越せ」
「お前にはこれの怖さがわからんのか! いいかよく聞け、仙崎佳純。古今東西、津々浦々、物事にはお約束というものがある。それは例えば、『必殺技を使って粉塵が立ち込めると倒せてない』とか『女子高生がパンを加えて走れば角で男子高校生とぶつかる』とか『猫が額まで顔を洗うと雨が降る』とか。そして、『良妻賢母型の美少女には必ず暗黒面が存在する』!」
「お、おぅ……」
それは、引っ込み思案だった女の子が友人の助けを得て思い人と恋人同士になったと思いきや、盲目的な愛情や執着の末に恋人の頸動脈を一刀両断し、挙句に友人の腹を掻っ捌いて「中には誰もいませんよ?」だったり!
それは、ひとつ屋根の下で暮らす男の子にひそかに思いを寄せていたが、慕っていた先輩と彼が付き合い始めてから徐々に精神崩壊を起こし、虚ろな目で空の鍋をお玉でかき混ぜる奇行に走ったり!
このまま何事もなかったかのように引き出しを元に戻して、この場を立ち去るという選択肢も十分に検討の余地がある。触らぬ神に祟りなしという言葉もある。
「……佳純、お前読め」
「やなこった」
さしもの佳純もこの日記帳の尋常ならざる気配を察したのか、いまにも踵を返して逃げ出しそうな首根っこを掴む。
「てめぇが始めたんだから、てめぇが責任持って終わらせるのがスジだろうが!」
「こちとらお前に一万円も払うんだから、これも仕事の内と思って」
「嫌だっつってんだろ!」
手帳を押し合いへし合い押し付け合う。こういう時には、間に挟まれたものがぽーんと飛び出すのもまたお約束。そして落ちた拍子に、冊子が開いて中身が見えてしまう、ここまでテンプレ。
「お、俺は見てない、見てないぞ、なにも」
「……なにビビってんだよ。別に、なんも書いてねーよ」
「ほ、ほんとだな? 黒とか赤で、ページ一面に『死ね』とか『殺す』とかびっしり書き殴られてたりしない?」
俺はとっさに顔を背けた一方、佳純は怖いもの知らずにも中を見てしまったらしい。ため息ひとつ、手帳を拾い上げて、
「ほら、見てみろよ」
「……ほんとだ」
偶然開いてしまったページはもちろん、一番最初さえもまだ未記入の新品同然だ。
「そうだよな。あの双葉が、どこぞのお船や、どこぞの柑橘作品みたいに闇落ちするはずがないよな。俺の妹がそんなにヤンデレなわけがない」
だとすれば、それはそれで奇妙でもある。特別高価そうでもない、どこの文房具屋でも売っているような手帳を、大事そうに鍵をかけてまで引き出しの中にしまっておくだろうか。
この手帳には絶対になにかある。そう思って、一枚ずつめくって検分し始めたところ、
「おい誠、なんか落ちたぞ」
薄青色の小さな封筒が、ページの隙間から滑り落ちた。
間違いない、これだ。これこそ、双葉が家族からすらも隠匿したかった、もしくは、大事にしたかったものに違いない。
おそるおそる、ベロに指をかける。もしこの中に、俺の悪口とか書かれていたらどうしよう、という俺の思いとは裏腹に、中から出てきた紙片には、双葉ではない筆跡の文字が綴られ、最後に、田内翔という名前で締めくくられていた。
「これって、あれだろ。いわゆる『ラブレター』って、やつ……って、うわっ!」
許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に許さん田内翔俺の双葉に。
「お前、鏡見ろって!」
「あん? いまの俺に気安く声を掛けるな。その乳首、たやすく捻り潰すぞ」
「バカなこと言ってねぇで、いいから見ろって!」
近くにあった卓上ミラーには、俺の顔が映っている。奥歯を砕きそうなくらいに歯を食いしばり、そして、血涙を流す俺の顔が。
「許さんぞ、田内翔……俺の、双葉、に……」
「おい! しっかりしろって! おい――」
俺の意識は、そこで途絶えた。
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