仙崎志津香の場合

5-1 仙崎誠、五月ははじまりの季節



 季節は春を過ぎ、ぼちぼち夏の頭がひょっこりと見え始めてきた五月下旬。いつも歩く道も、ふと視線を横に向けると、いつの間にか緑が濃くなっている。

 四月は出会いの季節というが、ならば五月は始まりの季節だと俺は思う。社会人も学生も、新たな環境にすこしずつ順応し始め、色々な出来事が起こり始める。


 学生にとってはこの時期は、ひとつの節目の意味を持つ――新たな学年、新たなクラスでの中間考査だ。


 俺を含め仙崎家には、学校に関わる人間が四人もいるため、必然とその話題は多くなる。佳純や志津香は口を揃えて不平を漏らすが、教師側だって業務が増える。考査前はテスト問題を作成せにゃならんし、終われば添削が待っている。しかも期末考査と違って、試験休みがないため、ほとんど終電近くまで居残って処理するハメになる。


 そんなこんなで慌ただしい期間が過ぎ去り、一息つけるのがこの五月下旬。久しぶりの定時上がりについついスキップなんかまで刻んじゃう始末。


「ただいまー」

「おかえり、誠にーちゃん」

「……おかえり」


 リビングのソファには志津香が寝そべっていて、その上に佳純が足を乗せて、くつろぎながらファッション雑誌を開いている。お互いに苦しくないのか、その体勢。


「おかえりなさい、誠さん。もうすぐできますから、すこし待っていてください」


 彩音は仕事、晶子はラボで、近頃はこの四人で夕食を摂ることが多い。


 性格も性質もてんでばらばらの四人ではあるが、食事中に意外と話は弾む。というのも、立場や学年こそ違うものの、学校という共通項があるために、話題のタネには困らない。

 一方で、いくら学校が違うとはいえ、教師の守秘義務にはやはりある程度気を遣う。双葉や佳純ならまだしも、志津香に余計な話を吹き込んでしまうと、巡り巡って面倒事を起こしかねないから。


 なんて考えながら、口元に付いたソースを拭うこともなくハンバーグをむさぼる志津香を見つめていると、


「んあ。はには、まほほひーひゃん」

「飲み込んでから喋れ」

「んぐ。なにさ、誠にーちゃん」

「いや……」


 なんでもない、と言いかけて、そういえば、と思い出したことを口にする。


「お前ら、テストはどうだったんだ」


 しん、といままで団らんの賑やかな空気に包まれていた食卓が静まり返る。


 双葉はとたんに表情をなくしてスプーンを落とし、佳純はつまらなそうに鼻を鳴らし、志津香はてんとした顔で、なおもハンバーグにかぶりついた。


 テレビのバラエティの笑い声が空々しく遠のき、食器の鳴らす音が妙にうるさく、三人の息遣いすらも間近に聞こえ始める。


「別にテストの結果が悪かったからどうこう、なんてつもりはないさ。ただちょっと気になっただけで」


 ふだんの学校生活については、さっきも言ったようになにかにつけて俎上に上るが、学業面や成績については、うっかり妙なことを口にしてしまわないためにも、俺の方から避けていた節もあって、ほとんど話した覚えがない。


 学校の勉強がすべてじゃないとはよく言うが、だからといってないがしろにしていいものではない。特に双葉は高校三年生になり、以前にいちど尋ねた時にははぐらかされてしまったが、今後の進路についても聞いておきたいところだ。 

 そういう訳で、妹たち三人にはテストの答案を供出させ、ひとりずつ検分していくこととしよう。

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