4-6 仙崎誠、大人になってからいかに高校生が楽しかったかを思い知る
〇
という訳で、
「これはさすがに無理があると思う」
「いける、いけるって。似合ってるぞ、晶子」
俺と晶子は、田内翼に直接天誅を下すべく、双葉と佳純の通う高校への潜入作戦を実行に移した。
むろん、なんの前準備もなしに校門をくぐろうものなら、たとえ俺と晶子がふたりの家族であっても、守衛で門前払いを食らうのがオチだろう。
なので、
「いやー、しかし押し入れの奥に残しておいてよかった。まさかこんな形で役に立つとはな」
「あなたは自分のだから問題ないかもしれないけど、なんで私は……」
まずは潜入の基本、変装だ。木の葉を隠すなら森の中、学生に扮して余人の目から逃れようという訳だ。
この年になって制服に袖を通してもコスプレにしかならないのではないかと不安だったが、姿見の前の人物は意外にも学生然としていて、隣で恥ずかしがる晶子に至っては、童顔もあいまって本物の高校生のようだった。
「学生服って、こんなにスースーするものだった……?」
ちなみに、俺はかつて実際に自分が着ていた学生服を押し入れから引っ張り出してきた。件の高校の制服と、細部の規定は違うだろうが、男子の恰好なんてカッターとスラックスを着ていればそうそう分かるものでもない。
一方、女子の制服というのは案外凝っているもので、別の高校の服装をしようものなら、目ざとい人間ならすぐに気づきかねない。そこで、晶子には双葉の制服を(無断で)あてがってみた。ブラウスは何着か予備があるし、スカートは夏用のそれを履いておけば、校内の活動ではまぁ問題ないだろう。
「この間の飲み会の時もスカート履いてただろうが。なに恥ずかしがってんだ。ほら、行くぞ」
時刻は午後十二時。ちょうど昼休みに突入している時間帯だ。余裕があったら、久しぶりに学生の食堂でランチと洒落こむのも悪くない。
なお、放課後でもないのに制服を着た学生らしき人物が校門を通ろうものなら、守衛に見咎められるのではないか、という問題も、もちろんのことクリアしている。佳純の手引きで裏口を開けてもらう予定なのだ。
万が一の逃走経路の策定にも余念はない。事前に学校全体の見取り図を入手し、佳純から人目に付きにくいエリアも聞き取り済みだ。
これもすべて、田内翔に鉄槌を下すため。
「……ほらよ、入れよ」
裏口に到着すると、すでに佳純がスタンバイしていて、キョロキョロと周囲を気にしながらいかにも挙動不審だ。人気のない場所を選んで初めて煙草を吸おうとするヤンキーみたいだ。
「これっきりだかんな。もう手伝わねぇぞ。もしセンセーに見つかったら面倒くせぇからな」
挙句、そんな捨て台詞を吐いて、さっさとどこかへ行ってしまった。つい最近まで授業をエスケープして喧嘩に明け暮れてたというのに、ずいぶんな変わり身だ。
「誠兄さん、本当に大丈夫……? 見つかって、明日の新聞に『大学生と社会人、コスプレで高校に侵入』とか載らない?」
晶子も晶子で、作戦を練っている最中はノリノリだったのに、いざとなったらこの体たらく。
「平気だって。教師なんて、意外と生徒の顔をいちいち把握している訳じゃないから」
「それ、教師のあなたが言うのはどうなの」
「堂々としとけばいいんだよ。変にこそこそしてる方が、逆に不審がられるってもんだ」
そして、いよいよ校舎の前までたどり着く。へたくそな操り人形みたいな晶子を後目に、扉に手をかけると、
「それでさー」「マジィ!?」「ばっか、そうじゃねーよ」「キャハハ! ウケる!!」「今日のA定なんだっけ」「昼休みの内にノート写させてー!」「昨日のドラマ見た?」「ヤバッ、財布忘れた!」「たぶん、回鍋肉だったと思う」
とたんに学生特有の喧騒が耳をつんざいた。毎日毎日嫌になるくらい聞いているというのに、仕事以外の目線で相対すると、勝手が違って、すこしウキウキすらする。
が、今回の俺たちの目的は、学生に戻って人生をやりなおそう! なんて夢と希望に満ち溢れたものではなく、田内翔の成敗という愛と正義の討伐劇だ。そのために、俺と晶子は学生で溢れかえる廊下を邁進する。
この学校は三棟のほぼ同規模の建造物から成り立っており、その内二棟は普通授業の教室として利用されていて、残る一棟には体育館や講堂などの多目的教室が詰め込まれている。
田内翔は三年生で、その教室はちょうど俺たちがいまいる棟の三階だが、やつは昼休みが始まるとすぐに食堂へ向かうらしく、となれば俺たちの行く先も当然そちらだ。
いかに学生でごった返している学校といえど、教室にまで入るとなると、見知らぬ顔は見咎められるおそれがあるから、こちらとしても好都合だ。
などと考えながら、ひたすら廊下を歩いていると、
「なんか、遠巻きに見られているような……」
多くの生徒が俺たちと同じく食堂へ向かっている中、対向からやってくる生徒がこちらを二度見したり、廊下の端で騒いでいる生徒がお喋りを止めて様子をうかがっていたり、そんな気がしなくもない……。
まさかこの変装作戦があっさり看破されたというのか!
「誠兄さんが臭いからでしょ」
「そんな傷つくことさらっと言うなや」
「栗の花のにおいがする……」
ひきこもりのくせにいつ栗の花のにおいをかいだっていうんだ。
まぁいい、教師連中に発覚しなければなんとでもなるし、まだまだ疑惑の範疇だろう。ひそひそ囁き合う生徒たちを見ないふりをして、一直線に進む。
「おー、盛況だなぁ。まるで漫画の食堂みたいだ」
通ってきたどの教室よりもさらに騒がしい食堂の中は、あたかもアニメのワンシーンを切り抜いたような光景で、総菜パンの奪い合いなんて、本当にフィクションの世界だけの出来事だと思っていた。
「うぅ……人が多すぎて気持ち悪い。半分くらい死ねばいいのに」
「お前、いままでどうやって大学生活送ってきたの?」
「購買でパンだけ買って、そのあとはトイレで……」
これ以上は聞いてはいけない!
男子たちの飛び交う怒号と、女子たちの黄色い笑い声。佳純の情報が正しければこの中のどこかに宿敵田内翔が、なにもしらずにのんびりと昼食を食べているに違いない。
しかし、高校生の食堂にしては相当の広さを学生でひしめき合う中、写真でしか見たことのない男を探し出すのは骨の折れることだろう。席に着いて食事を摂るでもなく、練り歩いては生徒たちの顔を確認して回っていては、不審人物なんてものじゃない。
「誠兄さん、ほんとに気分悪くなってきたんだけど……」
「とりあえず、なんか買って座るか」
食券制を採用しているものの、当然券売機の前にも行列ができており、実際に顔を青くし始めた晶子を待たせるのも具合が悪い。そしてワゴンの前は戦争と呼ぶにふさわしい荒れ模様で、あそこに突撃してまでパンを買う気にはならない。仕方なしに自販機で飲み物を手に入れて、どこか空いている椅子を探す。
が、もちろん簡単に確保できることもなく、いよいようなだれ始めた晶子の手を引いて、食堂内を歩くことしばらく、
「相席いいですか?」
四人掛けのテーブルに一人分のトレイを置いて、しかし料理に手を付ける訳でもなく、文庫本を開く男子生徒に声を掛ける。ずいぶん贅沢な座席の使い方だが、それが許されるのも、あるいは胸元のネクタイが、彼が最上級生であると示しているだろうか。
「どうぞ、でもあとでクラスメイトが来るから……」
文庫本から上げた顔が、一瞬閃いたような気がした。
そのまばゆさに思わず目をすがめたもつかの間、再びその男子生徒に注視すると、どこかで見覚えがあった――否、その男の面こそ、忘れも忘れられるべからじ、田内翔に相違なかった!
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