5.謝罪とおもてなし

 着物の女性、菖蒲(あやめ)さんに案内されて、菜央たちはお座敷へと通された。


 八畳ほどの広さのお座敷の真ん中には大きな漆塗りの机が鎮座しており、奥側の席、長方形の短辺に位置する部分には一人の老人が座っている。


 齢六・七十といった皺の刻まれた顔を柔和に綻ばせ、老人は菜央たちの着席を促した。


「私は別室で待機しておりますので」


 そう言って三房さんは一礼し、楚々とした仕草で退室した。


 襖と障子で区切られた座敷は床の間に壺や掛け軸が飾られ、とても落ち着いた雰囲気が感じられる。菜央と彰はめいめい柔らかな座布団に腰を下ろし、純和風の部屋を珍しげに観察した。


「お初にお目にかかります。私はこの里の長をやっておる忠重(ただしげ)と申す者。このたびはご足労いただき感謝いたします」


 頭を下げる忠重さんに「こちらこそお招きいただきありがとうございます」と菜央たちは頭を下げ返す。


 禿頭の代わりにたっぷりと白い髭を生やした忠重さんは、グレーの上品な着物の裾に手を入れ、畏まった菜央たちをつぶらな瞳で眺めた。そこへ菖蒲さんが来室し、全員分のお茶を並べていく。


「篠原殿に池永殿、二宮殿」


 お茶で軽く口を潤した忠重さんは各々に目を合わせて名前を呼んだ。


「先だって、私達の仲間が大変に迷惑をかけたこと、それと彼女を蝕む負の念を祓っていただいたこと、重ねて感謝を申し上げる。ありがとうございました」


 また深々と礼をされ、恐縮する菜央と彰。はるかに年配の人物にここまで真摯に頭を下げられる経験などほぼなく、なんと言っていいやら迷ってしまう。


「顔を上げてください、忠重さま。元はと言えば人間の身勝手さが招いた事態。白玲さんも被害者です。私達は彼女が正しき道に戻る力添えをしたまでのこと。そのように畏まられる必要はございません」


 二宮が澄ました顔ですらすらと告げる。同年代とは思えぬ肝の太さに菜央は驚いた。頼もしいその姿に少しばかり勇気を貰った菜央は、


「そ、そうですよ! 何事もなく解決してほら! 私もうピンピンしてますから!」


 と腕まくりをして力こぶをつくり、元気アピールをする。頭を上げた忠重さんは菜央の主張に口元を緩め、安心したように肩の力を抜いた。


「篠原殿は器が大きくていらっしゃいますな」


 しみじみと呟かれ、「いやいやそんな……」と菜央は照れてしまう。過ぎたことをくよくよしないのは自分の特徴だが、器が大きいなんて評価をされたことは初めてだった。


「ふむ。では堅苦しい話はここまでにして、さっそく馳走の用意といたしましょうか。丁度昼時。お三方、腹が空いてはいませんかな?」


 立派な髭を撫で、忠重さんは微笑を浮かべる。


「そういえば、そうだな」

「お腹空いたかも」

「そうだね」


 菜央は思い出したように空腹を感じた。彰も二宮も同じらしい。喉も乾いていたので、手をつけていなかったお茶を飲んだ。仄かな甘みが感じられて美味しい。


 忠重さんはぱんと手を叩き、「おーい」と誰かを呼んだ。すると間もなく菖蒲さんと他の若い着物姿の女性が三人、盆を持って座敷に入ってくる。


 目の前に置かれた盆には湯気を立てる丼が載っていて、その中身はというとネギや油揚げがのったうどんであった。


「これは、きつねうどん?」

「左様で」


 彰の呟きに忠重さんは鷹揚に頷く。


「……狐だけに?」


 我慢できずに言ってしまった菜央に彰が咎めるような視線をくれる。ほっほっほ、と忠重さんは楽しそうに笑った。


「くだらぬ洒落ですが味は確かです。……里の様子はご覧になりましたかな?」

「はい。緑が豊富で農業が盛んなようですね」


 池永が答える。髭を撫で付けながら忠重さんは頷いた。


「左様。何を隠そう、その麺は里で採れた小麦を使っておりましてな。ネギも大豆も同様に里で採れたもの。我らの日々の働きの成果と言えるものです」

「なるほど」

「出汁に使う魚などは、人里に降りた若人たちが働き先の伝手を使って差し入れてくれたもの。それらを合わせた自慢の一品です。どうぞ召し上がれ」


 すんすんと湯気の匂いを嗅ぐと、鰹の効いた良い出汁の香りがした。途端に菜央の腹がか細い悲鳴をあげる。菜央はちょっぴり頬が熱くなるのを感じた。


「ではご厚意に甘えて」


 二宮が箸を持ち上げる。彰と菜央もそれに続いた。


「いただきます」

「「いただきます!」」


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