6.思わぬ来客

 熱々の麺をすするともっちりした弾力の中に一本の芯があり、とても噛みごたえがあった。出汁の旨味と小麦の甘みが合わさって口の中一杯に広がる。れんげを使ってつゆを一口。鰹と昆布の合わせ出汁が上品でまろやかな味を作っていた


「おいしー!」

「うん! めっちゃ美味い」

「だね」


 ほふほふと冷ましながら油揚げを頬張る。油揚げからじゅわっと出汁が出て、大豆の甘さと一緒に味覚を刺激した。


「ほっほっほ。お口にあったようでなによりです」


 忠重さんが満面の笑みを作る。孫を見るような慈愛に満ちた笑顔だった。


「これ、もしかして打ち立てですか?」


 彰が忠重さんに尋ねる。忠重さんはひょこっと両眉を上げる。


「おや、よく分かりましたな。今朝打ったばかりです」

「そうなんですか。なんとなく、お店で食べた打ち立てのと似てる気がして……」

「さっすが彰くん、違いの分かる男!」

「こら、茶化すんじゃないよ」


 菜央がばしばし背中を叩くと若干恥ずかしそうに彰に叱られた。それを見た忠重さんと二宮が笑っている。


「失礼します」


 そこに現れたのは菖蒲さんだ。盆に新しいお茶とお菓子を載せてお座敷に入ってくる。菜央たちの前に置かれたのは意外にも洋菓子、苺のタルトだった。


「わぁ、綺麗! 可愛い~!」


 菜央の目がきらきらと輝く。隣で二宮の「これはすごい」という呟きが聞こえた。


「若い人にはこういったものの方が嬉しいかと思いまして。あまり作ったことがないのでお気に召していただけるかどうか……」


 菖蒲さんはちょっと不安そうだ。おそらく和菓子を作る方が得意なのだろう。菜央たちのために頑張ってくれたのだ。菜央はジンと胸が温かくなった。


「いただきます!」


 さっそく一口。サクサクの生地とふわふわのクリームの甘さ、そして苺の甘酸っぱさが丁度いい加減だ。


「んー!! すっごく美味しいです!」


 そう言ってにっこり笑いかけると、はにかむように菖蒲さんの口元も綻んだ。忠重さんも「おぉ、これはなかなか……」と興味深そうにタルトを口に運んでいる。


「来る途中にビニールハウスを見たんですが、もしかして?」


 彰が忠重さんに尋ねると、忠重さんはもちろんと頷いた。


「里で採れた苺ですぞ」

「ずいぶん色々な種類の作物を育ててらっしゃるんですね」


 感心したように呟き、彰はタルトをしげしげと眺める。忠重さんは禿頭を撫でながら言った。


「なにぶん時間だけはあり余っておりますからな。あれをやってみようか、これもやってみようかと、段々と種類が増えていきまして。書物を買ってみたり、人に教えを乞うたり、色々とやりましたな」


 懐かしむように目を眇める忠重さん。過ぎた苦労を思い返しているのだろう。


「勉強熱心なんですね」


 熱心といえば二宮が菖蒲さんにタルトのことについてあれこれ聞いているが、それはひとまず置いておこうと思った。


「なんのなんの。人間に比べれば手慰みです。面白いもので、豊かで安定した生活を求めれば求めるほど、人間の暮らしに近づいていく。人間の科学、技術というのは凄まじいものです」

「そうですね……」


 確かに、妖狐の里の風景は人間の暮らす村ととても似ている。人間社会に混じって暮らすものもいるくらいだし、思ったより人間と妖怪の距離は近いものなのかもしれない。人間が彼らの存在に気付かないのが不思議なくらいだ。


「すみませーん!」


 菜央たちが忠重さんの言葉に感じ入っていると、玄関の方から男の声が聞こえた。少し慌てているような声音だった。


「何事かな?」

「様子を見てまいります」


 菖蒲さんが会話を切り上げて部屋を出ていく。しばらくして戻ってきた菖蒲さんは忠重さんの耳元で何事かを囁いた。


「ふむ……」


 忠重さんはかすかに眉根を寄せ、何事か思案するように黙り込んでしまった。


「どうかなさいましたか?」


 二宮が訊くと、忠重さんは言うか言うまいか悩んで少し考えたあと、


「どうやら里に思わぬ来客があったようでして」


 里のものが手を焼いているようです、と恥じ入るように零した。


「里には結界が張られているのでは?」

「そのはずです。はてさて、どうやって入り込んだのか……」

「あやかしの類なら、私がなんとか出来るかもしれませんよ?」


 二宮が気負いなく言い放つと、忠重さんはうぅむ、いやしかし、とお客に手間をかけさせることに躊躇しているようだった。


 菜央と彰は口を出せない。妖怪関連のこととなれば、自分たちがなんとか出来る可能性は低いのだ。存分にもてなしてもらった手前、協力しますと言えないのは悔しかった。


 菜央は二宮の様子を伺う。二宮は分かっているという風にひとつ頷いた。彼も菜央と彰の気持ちを察してくれているのだろう。


「忠重さん、遠慮は無用です。話を聞かせていただけませんか?」


 三人分の視線を一心に受けた忠重さんは、ほぅと嘆息したあと分かりましたと首を縦に振った。

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