3.里への入り口

 松下駅周辺は遠夜市でも比較的栄えた区域だ。背の高いオフィスビルが立ち並び、その隙間に大手チェーンの飲食店やコンビニが収まっている。二車線道路の脇には等間隔で樹木が植えられていて、ギラギラしたビルの光を和らげていた。


 土曜の午前。家の最寄りの駅から電車に乗って松下駅を降りた智久は、改札を出たところに池永と篠原さんの姿を確認して声をかけた。


「おす。二宮」

「おはよー! にのみー」


 ジーンズに革ジャン姿の池永、そしてパンツスタイルに淡い色のジャケットを羽織い、小ぶりなバッグを手にした篠原さんは振り返って智久に挨拶を返した。


 二人にはラフな格好でいいと伝えたので普通に遊ぶときと同じような服装をチョイスしたようだ。かくいう智久もいつものようにシックな色合いのパンツとジャケットを選んだ。


 待ち合わせの十一時まであと十分ほどある。案内役の三房さんが来ればすぐにでも移動できるのだが。


「おはようございます」


 そこへ智久の見知った人物が歩み寄ってきた。三房こと井上拓哉さんだ。休日ということもあって、ビジネススーツではなく紺色のパンツとグレーのタートルネックを身に着けている。どこにでもいる普通のお兄さんといった出で立ちである。


「おはようございます。井上さん。池永、篠原さん、このひとが井上さんだよ」


 二人に井上さんを紹介する。


「はじめまして、池永彰です。今日はよろしくおねがいします」

「はじめまして! 篠原菜央です! よろしくおねがいします!」


 池永と篠原さんはそれぞれ頭を下げ、井上さんも「はじめまして。井上です。よろしくおねがいします」と言ってお辞儀した。


 篠原さんは井上さんの姿をまじまじと見て


「なんか、あんまり狐っぽくないね」


 と池永に零し、こらと小突かれた。


「ははは。それだけ私の擬態が上手いということでしょう。褒め言葉です」


 笑って受け流す井上さんに池永がすみませんと謝る。


「お気になさらず。では行きましょうか。付いてきてください」


 そう言って井上さんは駅の出口へ向かって歩きだした。


「え? 電車に乗っていくんじゃ……?」


 そのために駅を集合場所にしたと思っていたのだろう。池永が困惑した声を出した。篠原さんも戸惑っている。


「いえ、里へは徒歩で行きます。……二宮さん、説明なさらなかったのですか?」

「ええ、まあ。百聞は一見に如かずといいますし」


 そうですか……。とやや俯き思案していた井上さんだが、うんとひとつ頷いて言った。


「そうですね。説明するよりも実際に体験してもらった方が早いでしょう。お二方、何も聞かず私に付いてきてくださいますか?」


 井上さんは池永と篠原さんに優しく問いかける。二人は迷った様子で智久に視線を向けた。


「大丈夫だよ。危ないことは何もないから」


 穏やかに笑む智久を見て二人は顔を見合わせ、同時に井上さんの方を見る。


「分かりました。付いていきます」


 池永が言うと井上さんはありがとうございますと微笑んだ。


「ではこちらへ」


 先導して歩き始める井上さんに智久、ほんの少し間を開けて池永と篠原さんが続く。


 歩いて十分かそこらだろうか。井上さんが立ち止まってここですとある建物を示した。四階建てのビルの入り口の脇にある鉄製の扉の前で、井上さんはポケットから銀色の小さなケースを取り出す。ケースの中には一本の鍵が入っていた。


 解錠して扉を開けると上り階段が顔を表す。行動の意味が分からないといった風の池永と篠原さんに、


「少しのぼります」


 と言って井上さんは階段に足を掛けた。智久は二人を促して先にいかせる。そして自身も扉の内側に入り、戸を閉めて鍵を掛けた。外からの光源が無くなると折返しの小さな踊り場の窓から弱い明かりが入ってくるだけで薄暗い。


 四人は黙々と階段を上がっていく。二階、三階、四階を通り過ぎて篠原さんの息が少し乱れたころ、入り口と同じような鉄製の扉が見えた。


 特に鍵などは掛かっていないらしく、井上さんが扉を開くと外の眩しい日差しが目に飛び込んでくる。


 四人が階段を上りきるとそこは屋上だった。四方をフェンスで囲まれ、縁には給水タンクが二基置かれている。


 中央にはぽつんとひとつ、朱塗りの鳥居が立っていた。しめ縄と紙垂(しで)に飾られた大人の男性ほどの大きさのものだ。


 井上さんは鳥居の柱に手を当て目を閉じ、


「繋ぎ給え、導き給え」


 と二回唱えた。すると向こう側の景色を写すだけだった鳥居の内側に変化が訪れる。


 鳥居の真ん中に丸い半透明の物体が現れ、じわじわと大きさを増していったのだ。厚さにして親指ひとつ分ほどのそれは同心円状に広がり、鳥居の内側を満たす膜のようなものになった。


「こちらが里への入り口となります。どうぞお通りくださいませ」


 鳥居から手を放して三人へ向き直った井上さんは、開いた手のひらを『入り口』へ向けてお辞儀をした。


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