2.招待
「やあやあ諸君! 元気かな~?」
月曜の放課後、午後の四時に近づいたころ。勢いよく部室の扉を開けて菜央は手を上げた。
教室の四分の一程度の大きさの部室には中央に長机が二つ並べられている。机にはパイプ椅子が五つついており、そのうち二つが使われていた。
「おう」
「こんにちは、篠原さん」
池永彰と二宮智久がめいめいに返事をする。
「あれ? 二人だけ? とのやんとわっきーは?」
菜央は部室を見回す。写真部の部室は去年廃部となった部が使っていた部屋を譲り受けた形で、なおかつ写真部自体が出来て間もないため物があまりなかった。
右手の壁には本や荷物を置ける棚が設置されており、左手の壁にはコルクボードとカレンダー、部屋奥の窓際には四角いテーブルの上にパソコンとプリンターが載せられていた。
「脇家は家の用事、殿坂はそのへん回ってくるってさ」
「ふーん、そうなんだ」
脇家、殿坂は共に写真部のメンバーで同じ一年生だった。新設で特に厳しい規律もないため、菜央は不在メンバーをどうこう言うことはない。
「篠原さん、ちょっといいかな?」
二宮が読んでいた本を閉じて机に置いた。
「ん? にのみーどうかした?」
言いながら菜央は鞄を机に置いてパイプ椅子を引いた。鞄にはチェーンを通してストラップにした白玉のかんざしが付いている。これなら毎日持ち歩けるよねと言って二人に見せたのはつい数日前のことだ。
「池永にも少し話したんだけど、じゃあ改めて」
二宮は菜央が席についたことを確認して口を開いた。
「先週の金曜日に妖狐の里の使いが来たんだ」
「妖狐の里?」
菜央は目をぱちくりさせる。
「そんなのがあるんだ? へぇ~」
とても軽いリアクションである。実際に狐に憑かれた菜央にとってみれば、そこまで驚愕を覚えるほどでもなかったのだろう。菜央は思い浮かべた。可愛い狐がたくさんいる里を。
「ちょっと行ってみたいかも」
「行けるよ」
「えっ?」
呟きに帰ってきた二宮の言葉に、菜央は先程より驚いた。二宮はちょっと笑って話を続ける。
「妖狐の里の使い、三房っていうんだけど、その人が言ったんだ。池永と篠原さんを里に招待したいって」
「私と彰くんを?」
菜央は池永に顔を向ける。池永はいたって平静だ。先に話を聞いていたのだろう。
「この前、篠原さんは妖狐に憑かれたでしょ? それを僕と池永が祓った。その話が妖狐の里に伝わって、お詫びと感謝をしたいってことになったんだって」
「ほぉ~」
なんとなく間の抜けた声が漏れる。菜央は頭の中で二宮が言ったことを反芻した。妖狐の里、招待、お詫びと感謝。
「行くのは全然構わないんだけど、えっと、それっていつ行くか決まってるの?」
「それを篠原さんに聞きたくて。今週の土曜日は空いてる?」
「確か空いてるよ」
「じゃあ、土曜日にしよう。ちょっと待って」
そう言って二宮はスマホを取り出した。連絡先をタップして電話をかける。
「もしもし、井上さんですか? 例の日取りのことなんですが、土曜日なら空いてるそうです。ええ、十一時に松下駅? はい、分かりました。失礼します」
電話を切った二宮はスマホをしまい、菜央に視線を向ける。
「土曜日の十一時だって。松下駅で落ち合うことになった」
「そ、そうなんだ」
なんだかトントン拍子で話が進んでいるけど、いいんだろうか? 菜央は少し考えたが特にまずいこともないなと思った。というか、超激レアな場所に行けるということなのでは?
「ちょっとワクワクしてきたかも。いい写真とれそー!」
「あ、それなんだけど」
空に向けてカメラを向ける菜央を見て、残念そうに二宮は言った。
「妖狐の里は撮影禁止だよ」
「えっ? そうなの?」
びっくりした菜央は何故か池永に顔を向けた。池永は「残念だったな」と少しも残念に感じていなさそうに言って、菜央の肩にぽんと手を置いた。
「一応隠れ里だから。ごめんね」
二宮が申し訳無さそうに言う。
「そんなぁ~……」
上がりかけたテンションが急激に萎み、菜央はがっくりと肩を落とした。
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