『魔法使い』は『聖女』に……
翌朝、だろう時間に誰かに顔を触られたような気がして目が覚めた。
どうやらあのまま酔いつぶれてテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。
夢も見ないほどの深い眠りでございました。あーちくしょう。
アカリが隣の椅子に座ってにこにこしながらこちらを見ていたから、起こしてくれたのはアカリなのだろう。
起こし方がなんだったのかは寝起きの頭で考えるにはむつかしすぎる。
肩をゆすられたわけじゃないんだよな……。頬に何か触れたような気がして……。
頬をこすりながら首を傾げていると、ふとアカリと目が合う。
テーブルの上に両肘をついて顔を支えながらにやにやと、まるでチェシャ猫のように笑っている。
……よし、考えるのはやめよう。
朝っぱらから変な気持ちになっちまう。
昨夜のことは、とりあえず記憶の物置にぽいっだ。
俺の反応が面白くなかったのか、アカリが頬をふくらませて抗議してくるが、今の俺は賢者モードだぞおい。
『魔法使い』なんだから、その手のコントロールはお手の物……って言ってて悲しくなってきたな。
憂さ晴らしに、アカリのふくらんだもちもちの頬をつついてしぼませる。
「ぷひゅう、もう! なにするんですか!?」
「ふっ、おはようぷひゅうます、だな」
「カケルさんのくせに生意気です! あれだけ余裕ぶっておいてお酒におぼれちゃうような人のくせに!」
「そりゃまあ、酒が飲めないから寝逃げするしかなかったアカリとは違って、大人だってことだよ。大人はズルいもんなのさ」
「べ、別に逃げたわけじゃないんですけど? ただ、あれ以上お説教したらカケルさんがかわいそうかなーって、そう思っただけなので。他意はないので」
ああ、昨日のあれは酒におぼれて見た幻覚ではなかったのか……実はいまいち自信がなかったんだよな。
だって、なんか都合よすぎる気がしたし、求めてたものが簡単に手に入ってしまったみたいで、実感がすごい薄かったんだよな。
うむうむなるほど、と俺が頷いているのをどう受け取ったのか、アカリがぺちぺちとその小さな手で俺の肩を叩いてくる。
……こんな小さな手なのにな。あったかいんだよな。
アカリにはアカリなりの理屈があるのだろう。それが俺の理解の及ぶ場所にないのも、仕方ないのかもしれない。
結局のところ俺は『魔法使い』でしかなくて、『聖女』にはなれっこないんだから。
だったら次に必要なのは、『聖女』が『魔法使い』を救いたいと思ったように、『魔法使い』が『聖女』をどうしたいのかはっきりさせることだろう。
酒を飲んで一晩経って、なんとなくすっきりした思考で心からそう思えた。
恋愛だとか、なんだとか、そういう難しいことはわからねぇ。
でも、もらったからには、何かを返さなくちゃならない。
世界ってのは、そうやって回ってる。
たとえ、アカリがそれをまだ望まないのだとしても。
一歩目ってのは、どんな時も恩返しから始めるもんだ。
俺を叩くので忙しいアカリのおとがいに手を添えて、強引に目を合わせさせる。
何を勘違いしたのか、顔を赤くして手をあわあわと忙しなく振り始めたが、別にただ目を合わせたかっただけなんだけど。
大事な話は目を合わせてしたいからな。
そう思って口を開こうと……。
「いちゃついてねぇでさっさとテーブルを片付けねぇか? てっきり俺ぁよぉ、寝る前にそれくらいのことをやってくれると思ってたんだがな」
「チッ。てめぇがぶっ倒れたあとどうなったと思ってやがる。感謝の一言から始めるか、何も言わずに働くか、それくらいはできると思っていたが? なんだ? 俺の方が間違っているか?」
「あ、ウス。片付けさせていただきやす、ウス」
思ってたのに片付いていないテーブルを見てケンがつっかかってきたんだが?
こっちはそれどころじゃねーんだが?
今大事な場面だってのにしゃしゃってくんじゃねぇよボケ!
そんなもん最初にぶっ倒れたおめぇがどうにかしろってんだ!
俺の不機嫌さがダイレクトに伝わったのか、ケンは縮こまりながら黙って片付けを始めたが……。
ちっ興が削がれたな。また今度でいいか。
「おいアカリ、続きは今度だ。目を開けろ」
いつの間にやら、目を閉じて何かを待つ態勢になっているアカリに声をかける。
いや、人前でそんな恥ずかしいことできるわけないだろ。
そもそも恋人どころか告白すらまだだろお前。
「めめめ、目を閉じてなんていないんですけど? なにも期待なんてしてないんですけど?」
「はいはい、なんでもいいから片付けるぞ」
「むぅ、カケルさんのばか、あほ、おたんこなす。でりかしーが足りてないです、でりかしー!」
「いくらでも罵ってていいから、動きださないとキャンプを引き払えないだろ」
「へたれ! おまぬけ! むぅうううう。昨日はあんなにかわいい顔してたのに……ずるい人」
「ずるくて結構! そいつぁ誉め言葉だね! さぁ働け働け!」
声をあげたからには俺も片づけを始めなければならない。
取り急ぎ、机の上で転がる酒瓶を集めるところから始める。
作業に集中しないと、変なことを考えそうだったから。
まだ不満が収まらないのか、むぅむぅうなっているアカリを尻目に手を動かす。
すると、なにか思いついたのかおもむろにアカリが立ち上がって耳元に顔を寄せてきた。
……いやな予感がする。昨夜と同じ構図だ。
「次は、君の方からシてね。待ってるから」
それだけ言い残して離れていったアカリの後姿を目がどうしても追ってしまう。追わずにはいられない。
俺の視線を捉えて離さない
彼女は、その柔らかな唇に人差し指を当てて
……どっちがずるい人だってんだよ。手加減してくれまったく。
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