ボス部屋に潜むもの

「で、ここにいるのが問題の変異モンスターの発生源ってコトー?」


「いやそれはわからん。ただ、マップにはこんなところにボス部屋があるなんて書いてないからな。そうとしか思えないってだけだ」


「ううぅ……ボス戦? ボス戦前に告白まがいのことするなんて、それって伝説にある死亡フラグってやつなんじゃ?」


「えー? なになに? アカリちゃんってばカー君に告白したの? ズルーい! アタシもする! カー君結婚しよ!」


「いや、そういう意味の告白ではなかったわ。……なかったよ。うん。だから、レンのそれも聞き流させてもらうぞ」


「カー君ってばほんっとーにヘタレだよねぇ。チキンっていうかさぁ。やーい臆病者ー」


「へたれー。おくびょうものー」


「へっ。言われてるぞカケルぅ? モテ男はつらいなぁ? 自分を好いてくれてる女の子にくらい、もう少しましな言葉選べよ。俺が君を守るから、何も心配しなくていいんだよ! くらいによ」


「え、えへ、カケルさんが、そんなことを、えへへ」


「……これ言わなきゃいけない流れか?」


 ボス部屋の大扉前は底冷えのする空間だ。


 禍々しい装飾が施された扉が俺たちを傲岸ごうがんと見下してくるからだ。


 ここに立つと、冷静さを手に入れる代わりに緊張も押し付けられる。


 押し付けられるったら押し付けられる。緩んだ空気の方がおかしいのだ。


 3mをゆうに超える石造りのそれはどのボス部屋の前にもあるものだが、今まで見てきた中でこの扉が一番おどろおどろしい彫刻に彩られている。


 毒々しいまでに飾り立てられたこれは通常の扉とは違い、どこか不自然に人工的な整い具合だ。


 一貫したテーマ性というか、ある種の美術品のような印象を受ける。


 今回の異変は、ダンジョンを作り出した『誰か』が意図して起こしたものなのだろうか。


 事実はどうあれ、その『誰か』の悪意が見え透くような造形だと思う。


 まぁ、どんな馬鹿だって功名心への焦りを捨てる羽目になるだけ、この下手な脅しのような面構えも悪くはないと思う。


 どっちにせよ、俺たちにとっては些細なこと。俺たちの仕事は事ここに至れば異変の調査ではなく解決だ。


 なにせ調査の過程で、あの双頭の黒豹以外でそれらしい魔物を見かけることもなく、他に何の障害らしい障害もなくこの扉に辿り着いてしまったからだ。


 随分とあっけなく、それでいてこの部屋の主が俺たちのことを待ちわびかねたかのように真っすぐに。


「それはそれで、不気味なんだがな」


 不安を言葉にすることで打ち払いながら、前衛の2人になけなしの補助魔法をかける。


 アカリも心得たもので、俺が魔法をかけ始めたのを見てバフを前衛後衛で器用に使い分けて俺たちにかけていく。


 俺がコントローラーをやれないのは、こういう補助魔法の効果時間とクールタイムを管理しきれないからだ。


 バフだけでも切らさないのが難しいのに、モンスター相手にデバフもかけるなんて、頭の中にどれだけ砂時計を持っていればできるのだろうか。


 その代わりに、ヘイトコントロールだけは俺を超えるやつはいないと胸を張れるが。


 ヘイト値はパーティメンバー分の算盤を頭の中で弾くだけで管理できるから楽なものだ。


「かけ忘れはないな? よし、5秒後だ。いくぞ、アカリ、レン、ケン」


 大仰な見た目をしているが、どんなに非力な冒険者にもこの扉を開くことができる。


 ダンジョンが挑戦者を拒むことはない。


 それがいいことなのか悪いことなのかは、挑戦者自身が決めることだ。


 開いた扉の隙間から瘴気のように重苦しい空気が噴き出す。


 この瞬間が、ダンジョン攻略で一番ワクワクする瞬間だ。


 さぁ、ここのボスにはどんな魔法が効くのだろう。


 双頭の黒豹は氷魔法に完全耐性を持っていた。


 ここのボスも似たような耐性を持っているのだろうか?


 不謹慎ながら、俺はそこに興味が尽きないのだ。


 魔法無効の敵なんて、今まで一度も出会ったことがない!


 そんな魔法なんて効きませんって顔をしたやつらの度肝をぶち抜いてやれたらどれだけ爽快だろうか。


 あぁ、楽しみだ。


 だが、得てして上手くいかないこともある。ダンジョンはこういうところが気まぐれで悪意に満ちている。


「くっせ!? おいおい、なんだよこの獣臭さはよぉ!」


「ひどっ、ひろひにおひへふ!」


 ボス部屋に入った瞬間、アカリとケンが叫んだ。


 叫びだしたくなる気持ちが俺にも非常によくわかる。


 こんな臭いを嗅げば盛り上がったテンションも一瞬でクールダウンしてしまう。


 扉を潜り抜けた先の空間は、ひどくひどく獣臭くよどんだ空気が渦巻いていた。


 地元の牛小屋でももう少しましな臭いだ。


 普通のボス部屋ならうるさいまでにこちらを煌々と照らす壁の燭台も、あまりの空気の汚さに霞んで奥の方まで照らしきれていない。


 それでもわかることがあった。


 ボス部屋の間取りがよくある円形フロアではなく長方形ステージ。それも明らかに横の壁と壁の間の距離が短く、奥行きの長いタイプであること。


 そして、道中に現れた黒豹の姿とこんな鼻の曲がるような獣臭を合わせれば、ボスが獣型なのはもう間違いがないということだ。


 獣型ボス相手に、この間取りはまずい!


 気づいた瞬間に目をやったボス部屋の最奥、澱んだ空気が一番濃い場所で、8つの光がこちらを無慈悲に睥睨していた。


「盾を構えろ!」


 言葉は間に合っただろうか?


 次の瞬間、ケンを押し潰すように巨大な影が出現した。


 いや、その影は現れただけでなく、同時に何かをケンに叩きつけていた。


 あれは腕か? 頭の片隅で考えながらも、無意識のうちに注意を叫ぶ裏で起動していた無詠唱魔法が炸裂する。


 発動したのは負荷が少なく使い慣れた『炎獄炎球ファイアーボール』。


 咄嗟に8つ放ったそれは、影に命中して爆炎を上げる。


「クァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 甲高い、耳を引き裂くような不快な鳴き声をあげて影が飛び退くのが見えた。


「大丈夫か!?」


「きっちり防いだ! だが、とんでもないスピードだなおい! アメフトだったら一瞬でタッチダウンだ!」


 ケンも軽口は叩いているが、こちらを振り返るような真似もせず、構えもいつさっきの飛び掛かりが来てもいいように隙が無い。


 いや、余裕がないのだ。


 想定していたより数段上のボスの強さを一番実感させられたのは彼なのだから。


 さっきの動きは完全に想定外だったが、ボスの攻撃であることは間違いない。


 双頭の黒豹がフィジカル重視の魔物だったから、ボスも相当動けるだろうとは思っていたが、バフのかかっている俺たちですら一瞬反応に困るレベルだと? 


 もちろん俺は後衛なので、レンやケンほど相手の動きを追えるわけではない。


 それでも、そう簡単に敵を見失うほど低レベルな冒険者でもない。


「グルルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウrrrrrrr」


 爆炎と一緒に澱んだ空気も晴れた後に立つ、牙を剥いて唸るボスと目が合った。


 いや、俺たち4人全員がと目が合っているのだろう。


「これが、難度Bクラスのボスだって、言うんですか……?」


 その威容にアカリが息を呑むのが隣から聞こえる。


 理解した。先ほどケンを襲ったのは腕ではなかった、首だ。


 ボスは、それぞれ色の違う4本の首を持つ獅子だったのだ。


 ボスは赤・緑・青・黄のカラフルな4色の首の1つ1つに、首と同色の立派なたてがみたずさえ、右前足で地面を掻きむしりながら8つの瞳でこちらを睨みつけている。


 もちろん未確認のボスだ。これは、の出番だろう。


 未確認モンスターを見つけた時にまず行うのは、その特徴からの命名であり、これはボスだろうと変わらない。


 むしろ、パーティ間で呼称が違うことで生まれる連携の粗はボス戦の時の方が怖いのだから、仮称であっても呼び方を決めるのが通例だ。


 双頭の黒豹の時は戦っているのが俺だけだったので、識別名を用意する必要がなかった。


 なので今でも特徴だけで呼んでいる。正式な名称はギルドに帰ってからつければいいと思ってたし。


 というわけで、パーティリーダー(自称)の俺が名前を付けてやろう。


 光栄に思うがいいぜ、猫ちゃん!


「慣例に則ってパーティリーダー・遠道翔エンドウカケルが命名権を行使する。あのボスの名前は、に決定する!」


 ……決定する……決定する……決定する。


 ボス部屋に俺の宣言だけが木霊し続ける。


 アカリも、レンも、ケンも、カラフル☆ケルにゃんすらも誰も声を発さない無言の時間が流れる。


 ……え、反応もらえないほどおかしなこと言ったかなぁ俺。


 凹んでいると、レンがため息を吐く。


 おお、今ならため息でも文句でも何でも嬉しいかもしれない!


 反応がないのが一番悲しいからな!


「昔からカー君ってネーミングセンス0だよねぇ。あんまりかわいくないなー」


「え、かわいいと思いますけど……って違います! あんなに怖そうなボスになんでそんなかわいい名前つけるんですか!? しかも首4本ですよ!?」


「はっはー! いいねぇ! あんな怪物だって笑い飛ばしちまおうってんだろ!? どう考えたってこいつは難度Aも飛び越えちまってるからなぁ。カケルはいつだってぶっ飛んでやがるぜ!」


「クゥーーーーーーーン」


 おお、ケルにゃんまで反応してくれたぞ!?


 四者四様の意見、ありがたく頂戴いたしマッスル! がはははは。


 今ならいくら滑っても無敵だぜ~~。


「見た目通りに、誰もが呼びやすい名前を意識しているだけだが? あと3本も4本も大した差じゃないだろ」


「見た目とギャップありすぎですよぅ! 明らかにヘルライガーとかと真逆の見た目じゃないですか! あと1本の差は大きいと思います!」


「ヘルライガーの名前つけたのアタシなんだよね! すっごいかわいい名前でしょ? カー君みたいなモンスターだなーって思ってつけたんだぁ。まっちろくて、筋肉ついてなくて、頭の良さとカワイさしか取り柄がないんだぁ。だから、それでいて肩書だけはすごいかっこよさそうなところまで揃えてあげようかなぁって!」


「余計なお世話だアホ娘! だーれが白い毛皮のモフモフ愛玩動物と同レベルじゃ!?」


「……言われてみると確かに、カケルさんみたいな魔物ですね。ちょっと一匹飼ってみましょうか」


「それは俺を飼いたいって意味じゃないよな? ヘルライガーがペットに欲しいってことだよな? おい、目を背けるな! アカリ! こっち向いて否定しろ! おい!」


「確かにヘルライガーは名前と真逆で可愛いよなぁ! 今度俺もペットに飼おうかと思ってんだよ! お一人様はきついからよぉ! 今も俺だけ蚊帳の外にしやがってさぁ! さっきも思ったが、見せつけてやがんのか!?」


「「「見せつけてなんていない!(いません!)(ないよー)」」」


 漫才やってる場合じゃないんだぞ!?


 ちらっと隣のアカリを見れば、彼女もこちらを見ていて視線が絡む。


 彼女の頬が段々と赤くなり、戦闘中だというのにその顔から目が離せなくなっていく。


「どうせ今もふと目と目が合って見つめあってんだろ!? 見なくたってわかんだよぉおおおお!」


 ケンの叫びに慌てて、2人して目を逸らす。


 レンは最初からこちらに一瞥いちべつもくれていない。興味がないわけではないと思うのだが、それがレンなりのやり方というだけだろう。


 同じように俺は最初から前を向き続けていた。


 顔を真っ赤にしていたアカリも何とか前を向き続けていた。


 それでいいのではないのだろうか。ボスも何もしてきていないわけだし。


 そう、今は強大なボスの前にいたのだった。


 あまりにも動きがなかったから漫才なぞが始まってしまうのだ。


 ボスなら戦えよ。


 カラフル☆ケルにゃんを見やれば、やつの眼はどこか俺たちを観察しているように見える。


 冷静にこちらを見つめており、唸り声をあげるのもやめ、さっきまでの戦闘態勢の様子は欠片もない。


 だが、俺たちがしゃべるのをやめたからか、また首を下げ、いつでも飛び掛かれるように足を地面にこすりつけ始めた。


「待っててくれたのか?」


「一生待っててくれりゃ楽なんだけどなー。攻撃受けなくて済むし」


「カー君の名づけにも反応してたよね? アタシたちと仲良くしたいのかも!」


「そうだったら楽なんだがな。猫じゃらし1つで攻略完了だ」


「なんで攻撃されなかったのかはわかりませんが、もう容赦はしてくれなさそうですけどね。ケンさん防御だけはしっかりしてください。首の皮一枚でも繋がっていれば、私が治してみせますから」


「あいよ了解! アカリちゃん頼んだぜ? そっちの凡骨男は攻撃するしか能がないからさ」


「失礼な奴だ。俺がメイン火力なんだから、その攻撃するしか能のないやつよりきちんとヘイト稼げよ?」


「合点承知の助!」


「えー? アタシには何かないの? ハッパかけてよハッパ」


「アカリは蘇生魔法が苦手だから、いつもの癖で死にまくるんじゃねぇぞ。……別に俺だって、お前が死ぬところを見たいわけじゃねぇんだ」


「フフ、カー君は素直じゃないなぁ! 仕方ない! 作戦はいのちだいじにでいってみよー!」


「きます!」


 アカリの声を聞いた時には俺たちの準備は完了していた。


 勇敢な心で、しかし冷静さを忘れずに、焦らず慎重に、時には大胆に。


「「「「クォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」」」」


 カラフル☆ケルにゃんの大咆哮が合図だ。


 さぁ、攻略を始めよう。

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