『戦士長』は味方を守りたい、『剣聖』はすべてを斬り捨てたい
最初の一手を打ったのは、やはりカラフル☆ケルにゃんの方だった。
部屋に入った瞬間に見せたものと同じ、残像すら捉えられない速度での飛び掛かり、そしてそこからの噛みつき攻撃だ。
「『挑発』ぅ!」
攻撃は間抜けな変顔をしたケンを対象にしている。
挑発的な言動、もしくは行動をとることでヘイト値を一瞬で上げるスキル『挑発』を使ったからだ。
俺は魔物ではないが、ケンの変顔は正直すごいイラっと来る。
先ほど咄嗟に放った『ファイアボール』だったが、たった8発ではタンクの『挑発』を超えるほどのヘイトは稼げない。
無意識下でもそこのコントロールはできていてよかった。
本当は戦闘の初っ端から火力職が攻撃をしてはいけない。
タンクがある程度敵のターゲットを取り切ってから攻撃しないと、防御が脆いこちらへと攻撃の矛先が向いてしまうからだ。
「はっはー! どうだぁ噛み応えのあるメイン盾だろ!? カケルと組んでるとあんまり俺の出番がないからよぉ! しっかり運動させてくれよワンちゃん!」
4つの首が次々とケンへと襲い掛かる。
魔法とは強力である代わりにどうやったってヘイトを稼ぎやすい。
だからこそ、必要なときに必要なだけの火力を出せるように、相手の行動パターンを把握するところから戦闘はスタートする。
一撃で倒せるような相手とかなら、何も考えずにぶっぱするだけでいいんだけどな。
双頭の黒豹みたいに変な耐性があると困るからな。ここは慎重に、安全策でやっていこう。
でもそれはそれとして。
「……カラフル☆ケルにゃんはどう見ても猫だろう」
「そんな細けぇことはどうでもいッい! ッ! アカリちゃん! ヒールくれ!」
「はい! 『
「グァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
4つの頭を激しく交互に繰り出しているのに、ケンの防御がまったく崩れないことにケルにゃんが焦れてきている。
当代一のヒーラーである『聖女』を後ろにつけた『戦士長』の防御がそう簡単に抜けると思わないことだ。
ケンは多対一でも戦線を支えられる、一級の戦士だぞ? それこそ、実力だけで言うのならば『ユニークジョブ』を持っていないのがおかしいくらいの逸材だ。
少しばかり貧乏くじを引きがちで、かませ犬みたいなポジションにいることが多いだけで、戦闘となれば、これほど頼りがいのある男もいない。
いきなり盾役を放り出して魔物と殴りだしたりとかもしないからな! マジで安心だぜ!
そんなやつらとばかりダンジョンアタックしていた頃の俺の心労を、ケンは癒してくれたのだ……。
そうだよね。正しい前衛ってこういうものだよね。俺おかしくないよね……。
まぁ、それも相手の攻撃を受けて後衛を守るという意味での前衛職での話だ。
今この場には、そんな受け身なことが頭の片隅にもない、敵を斬るというただその一意のみに生きる剣の申し子がいる。
「とりあえず一本目、もらおっか!」
さきほどまではケンの隣に立っていたと思っていたのだが、気づけばその姿はケルにゃんの右後ろ脚の横にあった。
大仰に、もったいぶられるようにその一丈七寸の大太刀が抜き放たれる。
「ねねちゃん、噛み千切れえぇええええええええええ」
『剣聖』の名は伊達じゃない。
レンがその愛刀を振るった後に断ち切れなかったものなど、数えるほどしかないだろう。
それこそ彼の赫龍にはじまり、難度Sのダンジョンに出てくるような魔物でもないと拮抗することすらできやしない。
だからこそ、レンは武器を持ち歩かないという習慣を身に着けたほどなのだから。
楽しくない剣なんて振りたくないとか言い出して。そうしないと敵など出てこないとぶーたれて。
「……へぇ、いいね。すごくいい」
それほどの剣客の一閃のはずだった。
俺から見ていても、完全無欠にケルにゃんの隙を突いた完璧な攻撃にしか見えなかった。
全力を出したくないとか普段は抜かしているアホだが、愛刀を持ち出してまで参加した戦闘で、こんなところで手を抜くようなやつじゃない。
『
どんなにつまらない動かない分厚い鉄板相手だろうと、刀を抜いたからには一刀のもとに両断するのがレンの流儀だ。
そうやって、なんだって斬ってみせる。斬れぬものなど、あんまりない。
そういう類の辻斬りなのだ。
そんな『剣聖』レンの渾身の一閃が、受け止められていた。
「クゥウウウウウウン?」
まずい。ケルにゃんの注意がレンの方に向かった。
レンはニヤニヤと涎を垂らさんばかりに興奮しながら、振り向いたケルにゃんと見つめ合っている。
理屈は分からないが、レンの刀でケルにゃんに想定通りの傷をつけることはかなわなかったのだろう。
細かい傷の有無までは分からなかったが、レンがあれほど興奮しているということは、攻撃が通っていたにしても手ごたえとはまったく別の何かがあったのだろう。
このレンという女はバトルジャンキーというか、困難に立ち向かうとそれを超えようとしたがるというか……まぁ歯ごたえのある遊び相手を見つけると周りが見えなくなるのだ。
こっから先はもう俺の指示が通らないだろうなぁ。
ある程度は好き勝手やらせるのが常だが、パーティ戦闘としてはある程度コントロールが効く方が嬉しいのだが……。
まぁ前線でヘイトを稼いでくれればそれでいいか。
アカリがいれば最悪の事態もあるまい。
紙防御とはいえ、一応仮にも剣を極めた女だ。相手が例えどんなイレギュラーであろうとも、そうへまを踏むこともあるまい。
そんなことよりもケルにゃんの耐性について考えなければ。
不意打ちだったはずなのに対応されたということは、斬撃に対して耐性を持っているということだろうか?
ケンは俺たちにヘイトが向かないように、剣を抜かずに身の丈のカイトシールドで攻撃を受けて回っていたから、斬撃が効かないなんて情報はまったくの想像の外から俺たちに殴りかかってきた。
レンほどの使い手で切り傷をつけられないのだから、斬撃……いや打撃や刺突なんかの近接攻撃全般に対して強いのかもしれない。
龍の鱗を持っているわけでもないのにあの『
「試してみるか。『
必死にヘイトを稼ごうと変顔をするケンを無視してレンに襲い掛かろうとするケルにゃんの腹に、地面から土槍が大量に突き刺さらんとする。
「アハ、アハハハハハh」
「グォオオオオオオオウ!」
だが、ケルにゃんはそれを一切意に介さなかった。
それどころか、その4本の首のうちの1本を落とさんとタイミングを合わせて振るわれたレンの一閃にも何の痛痒を覚えていないみたいに。
その強靭な獣の肉体から生み出される莫大な質量を、レンに叩きつけた。
レンの身体がフロアの奥の方へと勢いのままに地面と水平に飛んでいく。
放物線を描くことすらないとは、どれだけの威力のタックルだったのだろう。
現実を認められない俺の脳の冷静な部分が、その攻撃の脅威をどこか他人事のように分析していた。
ぐしゃっ、っというなにかが壁に叩きつけられる音だけが微かに耳に届いていた。
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