『魔法使い』は仲間にカケル
「……レン、さん?」
アカリのかすれて震えた声が耳に届くが、それに応えてやれない。
ぐしゃっという音だけが耳に残っている。
あれほどの勢いで壁に叩きつけられて、生きている人間がいるのか?
冒険者は『ジョブ』システムのおかげで一般人とは比べ物にならないくらい身体能力に秀でている。
だからといって、それには限界があるのだ。そうでなければ、死人など出ない。
そして、俺はレンが死ぬところを多分この世で一番多く見てきた男だ。
なんだよ。レンが死ぬのを一番多く見てきた男って……自分で考えておいて馬鹿らしいフレーズだ。
でも、そんな馬鹿馬鹿しい肩書きを背負わされそうな俺だからわかってしまうこともあった。
それは例えば、どんな時にレンが死ぬのかとか、どんな具合だったら死ぬのかとか、そんなクソの役にも立たないことだったりする。
レンが雑魚相手に死ぬことはない。
なぜなら、あいつはどんな戦闘も遊びだと思っているアホだが、自分より格下にやられて矜持を傷つけられることをこの世で一番嫌っていたからだ。
それは相手が魔物だろうと人だろうと変わらない。そして、自分の
あいつがまだ刑務所に入らずにシャバにいられるのは、俺と先代『聖女』が手を尽くして方々に頭を下げて回ったからに過ぎない。
でなければ、どれだけの死人が出ていたことか……。魔物相手の憂さ晴らしで勘弁してほしいところだぜ。
そう、だから、あいつは自分より格下との戦闘で死ぬことはない。
同格か、格上と戦う時だけだ。
あいつが本気を出して、それでも一人ではどうにもならなかった時、そんな時にしかあいつは死なないのだ。
今は、その時なのだろうか。
俺は今、冷静じゃない。
冷静じゃないから、どんなに知識で知っていても、レンが死んだかどうか判断することができない。
レンのいる位置は、俺の知っている限り『聖女』の治癒魔法が届く範囲の外だ。
そうでなければ、アカリがあれだけ傷ついたレンに何のアクションも起こさないなんてことありえない。
レンと俺たちの間には、咄嗟に駆け付けるには絶望的な距離があり、しかもその間にはこんな状況を生み出した元凶が鎮座しているのだ。
……治すことができない。
蘇らせることが、できない。
あれだけ死んでは蘇って、生き汚かったレンが、死ぬ……?
「うそ、だろ」
頭の中が滅茶苦茶になって、何も考えられない。
さっきまではあんなに明るくはしゃぎまわってたのに、いきなり手の届かないところに行くなんて、おかしいだろ。
またいつもみたいに、文句を言われるために蘇ってもらわなきゃ困るよ。
だって、生きてなきゃ文句も何も伝えられないじゃないか。
もらったもの、まだ全然返し終わってないのに、こんなところで別れるのはだめだろ。
また俺は置いてかれるのか?
「くっ、おいカケル! 冷静になれ! レンのことを助けるのか? 戦闘続行か? それとも撤退するのか!? お前が決めろ!」
「は? 何言ってんだよケン。助けなきゃ、だめだろ。たす、けなきゃ? どうやって?」
「ちっ、こりゃ使い物にならねぇな。アカリちゃん! 水かなんか持ってたらその馬鹿の頭からぶちまけてくれ!」
「へ、あ、はい。わかりました! まずは、目の前の人から……」
助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ。
そうだ、俺が助けにいかなくちゃ。
いつもみたいに、魔法で体を運んで、『聖女』の力で蘇らせてもらえば……。
よみがえ、らせる?
アカリは蘇生魔法を成功させたことがないのに、もう先代ですら手遅れになっていそうな時間が経ったレンを蘇らせられるのか?
「レンが、死んだ? ぶはっ、つめたっ!?」
「おう、これで正気に戻ったか?」
「ケン聞いてくれ。レンが、レンが」
「んなこと聞かんでもわかってるに決まってるだろ!」
左頬にしたたかに痛みが走る。俺は今、殴られたのか?
なんでっ!
いや、そうか殴られて当然だ。今の一撃で頭の中に少しだけ冷静さが帰ってきた。
俺はパーティリーダーなんだ……。
レンだけじゃない。アカリとケンの命も俺が握っているんだ……。
そうだ。放心している場合じゃない。何かをしなければ。でも、なにを?
うろたえ続ける俺にしびれを切らせたのか、ケンが俺の襟もとをつかみ上げ、顔を寄せてはメンチを切るように話しかけてくる。
「おいカケル。大馬鹿カケル聞け。今のお前に何かを決めることなんて出来っこないのは分かった。だから、1つだけ答えろ」
その悪人面で凄まれるとめちゃめちゃ迫力があるんだよな。
「お前はどうしたい? 何が正しいとか、何が間違っているとか。間に合うとか間に合わないとかそんな細けぇことどうでもいい! お前がどうしたいかだけ叫べ!」
でも、俺を怯えさせるためにケンは凄んでいるんじゃない。
俺を奮い立たせるために、叱咤してくれているんだ。
「俺たちゃパーティだろうが!? 一人はみんなのために! みんなは一人のために! 俺だってレンのことを助けてやりてぇ! でも! お前が、どうしてぇって言わねぇと、俺らもどうしていいかわからねぇだろ!?」
ああ、その通りだ。
まったく……俺はケンのそういう熱くなるべき時に熱くなれるところ、大好きだよ。
俺が道を間違いそうになるたびに、そうやって引き戻してくれる兄貴分がいる俺は、幸せもんだよ。
そうさ。絶望的だとか、なんだとかかんだとか、そんなこと関係ないんだよな。
すべての事象は我が手の中にある。
俺がNOっつったら、勝手に死ぬことも許されない。
世界ってのは、そういう風に在れ。
「ケン、アカリ! レンを助けたい! 力を貸してくれ!」
「けっ、遅ぇんだよ馬鹿がよ! 俺たちの準備はとっくに出来てるっつーの!」
「ん、カケルさんも覚悟が決まったみたいでよかったです。2人とも協力してくれなくても、私1人でどうにかしようと思ってましたけど、やっぱり人手は多い方がいいですからね!」
「……すまない。ちょっとばかし我を失ってたな。ケルにゃんはなんでかレンを吹っ飛ばしたあとこちらを観察するばかり。なんでか時間をくれるみたいだし、レンを救うためのアイデアを練るぞ」
「あ、それならもう用意してありますよ。本当はさっさとレンさんを救いたかったんですけど、目の前でカケルさんが苦しんでましたから。立ち直ったなら、即行動です!」
「……重ね重ねすまない。それで、作戦があるなら聞こう。どんな感じなんだ?」
ケンに突き放され少しよろめいた。伸びてしまった襟首を直しながらアカリに尋ねる。
「そんなのは簡単です! 私がレンさんのところまでいく、お二人はケルにゃんの注意をひく! 以上です!」
「「は?」」
「クゥ?」
だが、返ってきたのはいかにも高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するような作戦だった……。
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