宴
食事用にと用意した即席のテーブルが埋まるほどの量の料理が並べられる。
つまみに最適なブルスケッタなんかの一品料理から、メイン級のボア肉のステーキ、箸休めのためのスープまで種々様々だ。
こんな飯を食いながら酒を飲むなんて、絶対に楽しいに決まっている。
ギルド酒場で食い飲みするのもそれはそれで楽しいが、ダンジョンの中でやる宴は冒険者の
「というわけで宴もたけなわでございますがっ」
「まだ始まってもいないのに盛り上がりすぎだろ」
「それ、〆の時のあいさつじゃなかったですっけ」
「やめてやれアカリ。このアホ娘はなんか語感が良かったから使ってるだけなんだ。意味なんか分かってないんだよ」
「カー君もアカリちゃんも盛り上がりが足りないって! そんな真顔で喋ってないでもっとはしゃがないと! アタシはもうッ、我慢が出来ないッ」
涎をだらだらと垂らしながらレンが吠える。
言葉の使い間違いを指摘されても、まったく気にしていない。
もう頭の中が飯のことでいっぱいになっちまってるなこりゃ。
下手すりゃ今にでも料理に食いつきそうだ。
ペットでももう少し待てができるぞおい。
「さっさと飯にありつきたいってのはわかるが、せめて乾杯用の酒の用意くらいさせろ」
「カー君早く早く! ……いや、こんな美味しそうな料理もう我慢できない! いただきまーす!」
って言ってるそばから食い始めやがった!?
「いやどんだけ欲望に忠実やねん!」
「レンさん! お行儀悪いですよ!」
自由すぎるだろ……。
分厚いボア肉のステーキを嚙みちぎってほおばるレンは笑顔いっぱいでひどく幸せそうだ。
見てる分にはいい喰いっぷりで気持ちがいいんだがなぁ。
ま、これはこれでレンらしいか。
そう思ったんだが。
「ごはんっていうのは、一緒に食べる人もみんな気持ちよくなれないとだめなんです! だから食器の使い方に気を配るし、出されたものは全部食べたりとか、そういうマナーがたくさん生まれたんですよ!」
俺は別にかまわないかと思ったんだが、ここでアカリのエントリーだ。
食事に関するマナー違反は見逃せないというところか。
自称ごはんにはうるさい女だからな。
「う、年下のアカリちゃんにお説教されたら流石にアタシも心にクるものがあるんだけど……」
「乾杯を待って、それからみんなでいただきますしたら、もっと美味しくなりますからね。レンさんは偉い子だから待てますよね?」
「アカリちゃんは、アタシのママだった……?」
なんだかレンがアカリに敗北して変な顔をしているが、これもまたいたしかたなし。
悪いのはどう考えてもレンだしな。
あと誰がお前のママじゃ。アカリは俺の母になってくれるかもしれない女性だぞ。
お前に付き合わされてたらアカリがかわいそうだろうが。
それでもって言うなら戦争だぞ戦争。
「まぁいい。ほれ、とりあえず乾杯用に適当な赤ワインな。アカリにはぶどうジュース」
「わぁ、ありがとうございます! カケルさんの『
「そもそも『聖女』なのに『
「ガクジュツテキなキョーミじゃお腹はふくれないよ~。カーくぅん。乾杯~」
あと少しというところで話が横道に逸れそうになったからか、レンが俺の左腕に絡みついてくる。
けがしてさっき治療されたばかりの腕によく平気で抱きつけるなこの女!?
って、そんなに揺らされたらワインがこぼれるこぼれる。
そこそこいい値段のやつ開けたんだぞ!? ふざけんのも大概にせいよ!
「だーもうわかったわかった絡んでくるな! こぼすだろうが!」
「アタシもうガマンできないよ~~」
「なんだか今のレンさん、えっちですね」
「唇が肉の脂でテカってるからか? 肉欲に溺れる女ってか。やかましいわ!」
「ひ、ひとりのりつっこみ……」
「あーもういいや! カー君がやらないならアタシがやる! カンパーイ!!!」
「だーからこぼれるから無理やりにやるなアホ娘! 乾杯!」
「はい! かんぱいです!」
グラスの中身を一息に飲み干す。
あぁ、美味い! 金があるってのは、美味い酒を飲み放題できるってことだからな! 金は稼ぐに限るぜぇ!
マナーだなんだとは言うが、本質的には冒険者なんて無礼講。
アカリも飯の食い方にはうるさいかもしれないが、酒の飲み方にまではいちゃもんつけてこないだろう。
さぁ小さなトラブルはいくらでもあるが、それがないのも寂しかろう。
楽しい宴のスタートだ!
「……誰も、俺のことを気にかけてはくれないんだよな。……ふっ、乾杯」
後ろからケンの独り言じみた音頭が聞こえてくる。
いや、すまんて。
俺は触れようと思ってたけど、レンにそんな細かいこと出来るわけないだろ……。
嫌ならそんなにこだわらずにさっさとこっちに来て座りゃあいいのに。
とことん外れくじを引きたがる男だぜ。
ま、それくらいのんびりやった方が何事もうまくいくのかもしれないが。
実際、このつまみは美味いしな!
多分鳥の軟骨の塩だれ焼きだと思うんだが、肉が普通のニワトリじゃねぇな。エールがあったら無限に飲めるタイプの味だ。
俺にあまり馴染みのないダンジョン産の鳥魔物を使ってるんだと思う。
動物系の魔物がたまにドロップする食材はどれも品質が良くて、高級料理店なんかでは定番のメニューになっている。
遠征クラスの滞在をする場合。ダンジョン内での自給自足もそういう魔物の食材頼りだったりするし。
そして、そういう食材ドロップの中には、たまに倒した魔物がそのまま残るものもある。
普通は特定の部位の肉だけが残るもんなんだが、いわゆるレアドロップだな。
そういうレアな丸ごとドロップからしか採れない部位がある。
今俺が食べているこの軟骨焼きからも、そういうレアドロップ特有の気配を感じる。
まぁ血統書まで見せてくるような高級料理店にいるわけでもなし。
ここはケンの
というより、今席を外すわけにはいかないのだ。
なぜなら……。
「ウマいっウマすぎる!」
「ブルスケッタ! なんでこんなにもおいしいんでしょう!?」
「肉! ウマすぎておかしくなりそうっ!」
「レーション以外のごはん!!! おいしすぎます! ああああああああああっ!」
女性陣二人によって、料理という料理が現在進行形で
今ここで目を離したら、次の瞬間テーブルの上には空の皿だけがあっても俺は驚かないぜ。
レンが喰い荒らすのはなんとなくわかっていたけど、アカリまでストッパーはどこに行っちまったんだ?
よくわかんない叫び声あげて、泣き笑いしながら食い続けてるじゃん!?
完全に情緒崩壊しちゃってるだろあれ!
そんなにレーションが嫌だったか!? いや気持ちは分かるけどもっ。
「わたじ、ごんなにあだたがいごはん、びざじぶぢです~~~~~」
アカリの顔はみっともなく崩れていて、女子が外で
こちらの心にまで訴えてくるくらい、切実な歓喜がそこには込められている。
……遠慮するな。今までの分食え。おかわりもいいぞ!
そうだよなぁ。ダンジョン潜ればレーションレーション。地上にいたって、コンビニ飯か外食かデリバリーだもんなぁ。
勝手に推測するのは悪いけど、親が飯つくってくれるような家庭じゃないんだろうな。
『ユニークジョブ』に至るような人間が、まともな家に生まれるはずがない。
まっとうに生きていたら、そもそも冒険者になる必要がないんだからな。
昨日の昼飯でアカリがはしゃいでた理由もなんとなく理解できるぜ。
誰かと食う飯は、特に誰かが作ってくれた飯って、すげぇ美味いよな。
手作りの飯のありがたみはすごいもんだ。
そういうところ、この俺の左で暴飲暴食してるアホ娘も理解してくれりゃいいんだけどな。
「アカリちゃん! おいしいねぇ!」
「はぃい! おいじいです!」
ま、二人とも嬉しそうだし、なんでもいっか。
宴の席でしみったれたこと考えたってなんもならんしな。
「好きに食えよ、二人とも。ケンのおじちゃんがいくらでもおかわりつくってくれるからな!」
「誰がおじちゃんだ誰が!」
「よっマスター!」
「ケンざーん! ばりがどぅございばす!」
「お、おう。まぁ褒められて悪い気はしねぇな。へへ、よし! 今日は在庫全部出しちまうか!? 出血大サービスだぜぇ!」
居酒屋のマスターというよりは、魚屋の主人かなんかだろそれ。
ま、みんなハッピーならそれに越したことはない。
辛いことは酒に流しちまえばいい。
3人がぎゃーぎゃーと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます