宴の前に

「おーい、カケル! 他の料理は大方できたし、サンマってきてくれるか?」


「俺は換気に魔法使ってて忙しいんだからレンにやらせりゃいいだろ」


「あのガサツ娘にまともなサンマの収穫が出来るわけねぇだろーが。面倒くさがってねぇでさっさと行ってこい」


「へいへい、お前は俺の親父かってんだ……」


「四捨五入すれば20歳!!!」


「レンさんすごいけなされてますけど、言い返さなくていいんですか?」


「えー? アタシ料理とかよくわかんないし、いっつもカー君に任せてるからなぁ。別にイマドキ女子が家事育児できる必要とかなくなーい?」


「なんてまいぺーすなんでしょう……見習った方がいいんでしょうか?」


「アカリはアカリのままでいてくれ。そこのアホ娘を真似してもいいことなんもないぞ」


「カー君ひどくなーい!? 断固抗議するー!」


「文句があるなら行動で示せってんだまったく。ほれ、このクラッカーでも食って暇つぶしてろ」


「わーい! カー君大好きー!!」


「ちょ、ちょろすぎます……!」


 宴の準備は着々と進んでいた。


 テントの設営を終わらせたケンは、今度は料理人へとジョブチェンジして鍋の前でどっしりと構えている。


 時間のかかるスープの煮込みや、メインとなる肉の下ごしらえ、付け合わせやツマミ用の細かい調理。


 全部が全部、手慣れた調子で片付けられていく。


 俺も一通りの料理はできるが、こういう野営料理となると、ケンの腕前からは一段も二段も落ちる。


 ダンジョンが出来る前は家族ぐるみでキャンプが趣味だったというから、その手際は筋金入りだ。


 流石は合法的にキャンプができるからとかいう理由で冒険者になった男。こだわりも強い。


 テントを一人で立てたがるのもそうだし、料理も率先して包丁を握るタイプだからな。


 そういう面倒なことを自分でやるってのが楽しくて仕方ないらしい。


 不自由さを楽しむのがキャンプの醍醐味。ひいては人生を飽きずに歩くコツなんだと。


 他人にお節介焼くのもその延長。損な性分してると思うが、本人が楽しいならそれが一番だ。


 今も、刻んだニンニクをオリーブオイルで熱してなんだか凝ったことをしようとしている。


 ダンジョンの中で食う飯の重要性はわかっているが、流石にここまでこだわるのは本職くらいな気もするが……。


 まぁ、美味い飯にありつけているのだから、野暮なことはなしにしよう。


「ほれ、サンマ採ってきたぞ」


「おうすまんな。そこに置いといてくれ」


「それ、何つくるつもりなんだ?」


「蜂蜜酒に合う飯なんてもんはわからねぇけど、とりあえず洋風なもん用意しておけばいいかと思ってな。サンマのガーリックオイルソテーでもしてみようかと」


「サンマっつったら和風のイメージだわ。ちょっと味が想像つかないな」


「ま、俺も思いつきでやってるけどよ。ニンニクと油が効いてりゃ大体のもんは美味くなるぜ!」


「はっ、そりゃ違いない」


「ってわけで、そろそろスープとか完成してるやつを器によそってってもらっていいか。それで、サンマが焼けたら先に宴を始めちまってくれ。俺は残りの料理をつくりながら呑ませてもらうからよ」


「何から何まですまないな。助かるぜ」


「俺がやりたくてやってることなんだ! 別にありがたがるようなもんじゃねぇよ」


 照れくさそうに顎をさするケン。


「それでも何か言いたいってんなら、美味ぇっつって盛り上がってどんちゃん騒ぎしてくれりゃ、それでいい」


「完全に居酒屋のマスターみたいなセリフだな」


「冒険者引退した後は、そういうのもいいかもしれねぇな」


「膝に矢を受けてしまってな、ってか?」


「言ってみてぇなそれ! 俺はあの伝説の『はじまりの冒険者』たちとも肩を預け合うような仲だったんだが生憎と、な!」


「肩を預け合ってるかは知らないが、胃袋と客の心は掴めるんじゃねぇか?」


「シビアだねぇ。ま、その辺は働きで示さねぇとな」


「嘘だよ、嘘嘘。こういう裏方とか、戦闘時の壁役とか、助かってることの方が多いっての」


 ん、今柄にもないこと言ったな。


 ケンもポカンとしている。


 クソっ口が滑った。


 ケンが弱みとか見せるから悪ぃんだぞ!? なんでこんなツンデレみたいな振る舞いをせにゃならんのだ!


「……なんで酒も入ってないのにこんなこと言わなきゃならねぇんだ。ちっ、ケンのくせに生意気だな」


「え、なんで勝手に褒められたのに逆ギレされてるんだ? 今の流れで俺いいことしかしてなかったよな!?」


「うるせぇ! サンマでも焼いてりゃいいだろ! バーカーバーカ! 俺らは先に始めてるからな!」


「り、理不尽すぎる……」


 クソっ。さっさと料理よそってここから離れちまおう。


 こんなの、酒飲まねぇとやってられねぇよ。


 男のデレなんぞ、誰に需要があるってんだボケ。


 これはスープ皿! これは平皿! これは小皿!


 適当によそって、全部浮かせて持っていきゃいいだろ!


 そうやって、俺が手早く料理を持って背中を向けた時。


「……ありがとうな、カケル」


 ……しみったれた声出しやがってよぉ。


 お前に元気がなかったら、俺まで元気出ねぇだろうがよ。


 末永く元気にしてやがれってんだこのクソボケがよ。


 小さいことでいじけやがって。


 まったく。


「さっさとお前もこっちに来いよ! 待ってんだからな」


「ああ、後で行く」


 レンとアカリがこちらを向いて、今か今かとワクワクして待っている。


 もちろん俺だって待ち遠しいさ。


 だからとりあえず、今だけは先に行ってるぞケン。

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