キャンプ時々サンマ

「マップによればここが休憩ポイントということになっていますが……」


「お、サンマが生えてるしここであってると思うぞ。一応念のために入り口はなんとなくふさいどくか『土蛇の牙アースクエイク』」


 階層は4層に移り、時刻はもう夜9時になろうかとしている。


 終電に間に合わないと悟ってからのアカリのやけっぱちになり方は、ちょっと教科書に乗せるべきレベルであった。


 本人の名誉のためにしばらくは口をつぐむが、しかるべき時に開帳されるべき見ものだった。


 具体的には、アカリが酒を飲めるようになったタイミングとかで話題に乗せるのが一番盛り上がるだろうか。


 もしくは、それに相応しい場で、だな。


 今はその時が来るのを楽しみに待つばかりだ。


「おうおう、サンマが生えてるのは丁度いいな。糧食の類は持ち込んできたが、ツマミと言ったらやっぱりこいつだからな!」


「『ハストルの黄金蜂蜜酒』に海産物を合わせるのはちょっと罰当たりな気がしないでもないが、まぁ美味けりゃなんでもいいか」


「ダンジョンに生えてるサンマは海産物なんでしょうか? ダンジョン産物? そもそも何故ダンジョンにサンマ……?」


「アカリちゃん、それ以上考えたらダメだよ。そういうものだと受け入れるしかないんだ。アタシはもう、考えるのはやめたよ」


「あんなに元気いっぱいなレンさんの顔から表情が失われてる!? 考えなしがデフォルトそうなのにっ」


「アカリ、お前たまに思ってることをオブラートに包むの忘れるよな」


 各々騒ぎながらもキャンプの用意を進めていく。


 休憩ポイントは、ダンジョン内で唯一魔物たちが入ってこない場所のことを指す。


 大体4~5階層ごとくらいに1か所あって、そこにキャンプを築いて攻略を進めていくのだ。


 だから冒険者たちが縄張りを持っているような大ダンジョンは、概ねこの休憩ポイント毎にその境界を設けていることが多い。


 ダンジョンに人気がなかったり、占有しているパーティの力が強い場合は複数個の休憩ポイントを所有していることもあったりするが、そういうのは例外だ。


 俺たちが今いる「所沢航空公園ダンジョン」も縄張りを持つパーティはいるはずだが、流石にこんな潜ってすぐのところにある休憩スポットにキャンプを築くようなやつはいなかったようだ。


 普通に考えれば、泊まり込むような深さまで潜らないなら日帰りでいいわけだしな。


 狩りが目的ならば4層くらいまでは全然日帰りでいける。俺たちが調査に時間をかけていたから1日使う羽目になっただけだ。


 俺たちも泊まる予定はなかったはずなんだが……。


 ギリギリまで粘る判断をしたアカリと、あの双頭の黒豹の魔物のせいだな。


 まったく、しょうがないやつらだぜ。


「なんだか今、味方に背中を刺されたような……?」


 アカリが小首を傾げて虚空を見つめている。


 なんと勘の鋭い娘なのだろうか……。心の中でジョークを飛ばす自由すらないというのか。


 とりあえずここはごまをすっておくに限るな。


「どこの誰がアカリを悪く言ってるって? そいつはとっちめてやらないといけないな」


「カケルさん? それは自供ととってもいいんですか?」


「アッハッハッハッ。すいませんでした!」


 泣く子と地頭とアカリには勝てぬ。


 直角お辞儀をするのだカケル……。


 レン相手なら思う存分喧嘩できるんだけどなぁ。


 アカリ相手だとなんかこう手を出すのがはばかられるというか、守ってやらねばならん相手だと思ってるからなのかなぁ。


 ちょっかいかけるのはいいんだけど、傷つけてしまった時が俺は怖いぜ。


 別に年下だからって下に見ているわけではないんだけどな。それ言ったらレンだって2個下だし。


「もう! 何考えてたんだか知りませんけど、手は止めないでくださいね! テントを立てるのケンさんばっかに任せてるじゃないですか?」


 それにこれだけしっかりしてるんだし、妹とかよりは母さんとかの方が立ち位置近いと思うんだよなぁ。


 普段のふるまいは小動物的というか妹的というか、庇護欲煽る感じなのにな。


 芯はしっかりしてるから、どう接していいか未だにふわふわしちまってる。


 そのあたりに関して、このあとお説教も待ってるだろうしなぁ。ちょい憂鬱だ。


 酒で全部忘れちまいたいなぁ。


「テント立てるのはケンの趣味なんだよ。むしろ手を出すと怒るぞあいつ。俺に出来るのはかまどをつくったりとか、調理用具と食材を揃えておくとか、その手の雑用だけだ」


「え、ダンジョンの中でお料理するんですか? 糧食って言ってたから、てっきりレーションを食べるのかと」


「じゃあこの竃やフライパンは何に使うと思ってたんだ……」


「そ、それはサンマを焼くためかなって! レーションだけじゃ、飽きちゃいますし」


「飽きるだけならいいけどな。あんなクソ不味いもん食いながらダンジョン攻略ができるわけないだろ。いいか、アカリ。ダンジョンを攻略するにあたって一番重要なことはな。メンタルが常に不調にならないようにすることなんだ。レーションなんて緊急用の物資を常食してどうする」


 体調管理も大事だが、メンタルのコントロールもそこに含まれる。


 心・体どちらかが乱れれば、必ず結果が狂うものだ。


 メンタルの不調はパーティの不和と予期しないトラブルを招き寄せる。


 避けられるなら、絶対に避けるべきだ。


 別に絶好調である必要はない。


 むしろ見落としが出る可能性すらあるから、潜り慣れたベテラン冒険者はメンタルを好調にしすぎることを嫌う節まである。


 人が死ぬのは、調子に乗った時と気持ちが追い付かなかった時だとよくよく理解しているからだ。


 なので、ダンジョンに潜る時は常にフラットなメンタルで、盤石のフィジカルで、万全の装備を整えて挑むのだ。


 そのために、飯というのは非常に重要なファクターだ。


 暗い穴倉の中に何日も、下手すれば何週間も籠るのだ。


 まともな精神をしていたらすぐにやられちまう。


 だから美味い飯でその心を癒すのだ。


 難度A以上の大ダンジョンの深部にアタックする上級冒険者は一通りみんな料理上手だし、食材が切れた時に備えて魔物のドロップアイテムの食利用に対する造詣も深い。


 もしかして、これ世間には広まってない情報なのか?


 俺ら攻略組の界隈では当たり前すぎて今さら話題にあげるようなことですらないんだが……。


 というか今この娘、ダンジョンで料理するのすら初めてみたいなこと言ってなかったか?


 流石に冗談だよな……?


「あー、アカリ? 今までダンジョンの中で食ってきた飯の話聞かせてくれるか?」


「レーションですね」


「他には?」


「レーションですかね」


「……他」


「レーションしか食べたことないですって! おかしを持ち込むことはありましたけど、まともなごはんなんてダンジョンの中で食べたこと一度もないです!」


「そりゃあパーティ全滅するし、一緒にやっていこうなんて仲間が出てこないのも当然だろうよ! なんで飯をないがしろにしてんだよ!?」


「やっぱりおかしいですよね!? 毎日毎日レーション、レーション、レーション! ほとんど味はしないし、なんかもちゃもちゃしてのみこみづらいし、ギルドの人はよくわかんないけど激推ししてくるし! 世の冒険者全員の味方なんだぜこれ、とか耳ざわりのいいこと言われましたけど、おかしいと思ってましたよ! これ以外をダンジョンの中で食べてる人と会わなかったから半信半疑でしたけど、やっと疑いが晴れました! 世の中の冒険者はくそです! おいしいごはんを食べないで生きていけるわけないじゃないですか!? 私悪くなかったです! どう考えてもレーションなんか食べてる方が悪いんです! 私はごはんにはちょこっとだけうるさいですが、やっぱり冒険者として生きるのには我慢が必要なのかなって、半分くらいあきらめてたのに!? 上級冒険者の人はみんなおいしいごはんを毎日食べてるですって!? 彼女たちのことを悪く言いたくはありませんが、レーションなんて食べてたから負けちゃったんですよ! きちんとしたごはんを食べてれば私たちはまだ元気にやれてたのに! 絶対そうですよね! カケルさんもそう思いますよね? 彼女たちがあんな目にあったのは、全部レーションが悪かったんです! こんな、こんな、コンビニで売ってる10円ガムの方がおいしい粘土みたいなもの食べてるから、みんな冒険者としてうまくいかないんです! 私決めました! 私の二つ名は今日から、『レーション絶対許さないウーマン』です! ギルドに直談判だってしちゃいます! やはりレーションは悪い文明! 粉砕します! 私の目が黒いうちはこんな悪は栄えさせません!」


「お、おう。よっぽど鬱憤うっぷんが溜まってたんだな……」


「カケルさん!!!」


「あ、はい」


「今日は食べ飲み明かしましょうねっ! 私がそう言ったから今日はダンジョン飯記念日です!」


「いろんなものに喧嘩売ってそうな記念日だなぁ」


 あとアカリ、お前さんはまだ未成年じゃろう……?


 ぷんすこ気炎あげてるとこ悪いけど、君まで暴走を始めたら本格的にストッパーがいなくなっちゃうよ?


 戻ってきてくれ~~~。


 これじゃあ、俺が羽目を外しきれないだろうがよぉ!

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