『魔法使い』は孤高でありたい

「こいつが、アカリたちを襲った魔物……撤退は無理か」


 最初にそいつを見た瞬間、頭と尻を間違えて生まれてきちまったんじゃないかと逆に心配になった。


 なにせ、二又尻尾の猫又を見たことはあっても、双頭の猫を見るのは初めてだったのだから。


 もちろん、体長4mくらいの黒豹くろひょうのことを、単なる猫と表現するのに無理があることは重々承知の上だ。


「その魔物は、動くものと魔力に過敏に反応します。特に複雑な属性を操るわけでもなく、ただ強靭なその肉体性能で暴れるタイプです」


 アカリが神妙な顔で説明をする間も、黒豹はのそのそと少しずつこちらへと近づいてくる。


 昨日聞いた話的に、逃げようとした時に一番戦闘が激化したらしいしな。少しずつ様子見していこうか。


 それにしても魔力に敏感でフィジカル特化の魔物、ね。魔法を使う身マジックユーザーとしてはなかなか歓迎しにくい特性だ。


 こんな浅層で出くわしてしまったのは大誤算だから、実は用意が整っていない。


 前衛がいないのもそうだし、アカリと支援魔法についてのすり合わせをする時間もなかった。


 おかげさまで、ぶっつけ本番でいつ暴走するとも知れないニトロを乗っけてインファイトする羽目になりそうだ。


 こんなことならさっきレンを追い返すんじゃなかったぜ。


 今日のところはアカリとコミュニケーションをとって仲を深めることを優先するつもりだったから、ケンにも声をかけてないし……。


 もうちょい調査が進んだら手伝わせるために声をかけるつもりだったんだけどな。裏目に出ちまった。 


 俺だってそこそこ歴戦の冒険者。どんなアクシデントがあるかわからないから最低限の備えはあるが、それだって他に手段がないとき用の奥の手だ。


 希少な上に使いきりだから、出来ることなら使わずに済ませたい。


 もちろんアカリの身に危険が及ぶようなら、切らざるを得ない札だが……。


「カケルさん、出来ることなら私自身の手で仇を討ちたいです」


 アカリ自身が危険とかもろもろその他を軽視しちまってる状況なんだよな。


 いくら治せるからって、けがする前提なのはだめだろ。


「いや、流石にそれは無理がある。とりあえず戦いに巻き込まれないくらい後ろに下がって、ありたっけの支援魔法を俺にかけてくれればと思うんだが」


「いくらカケルさんがソロでの攻略に慣れているとはいえ、一人でどうにかなる相手ではないはずです」


「まぁこのレベルの魔物はS級ダンジョンの深層まで行かなきゃ出てこないが、戦えないなんてことはないぞ。危ないし下がっててもらった方が助かる」


 そう、実際この黒豹の魔物は厄介だとは思うが、倒すことだけならば大して難しくない。


 こんなところで果てるようなら、『魔法使い』という最強の称号を頂いてなどいないのだから。


 すべての障害に立ち向かい、そしてそのすべてをくだしてきたからこそ、俺はここにいるのだ。


 どんな艱難辛苦かんなんしんくも、魔法のように、奇跡のように覆してこその『魔法使い』。


 たとえ魔法が使えなくなっても、どれだけ強大な敵に襲われようと、どんな逆境に立たされようと、たった一片の可能性を掴み取り勝利をもたらす者。


 『魔法使い』は甘くねぇ。


 たかが猫一匹程度が、どうにかできるほど安い存在ではない。


 だから難易度を馬鹿ほどあげているのは、ただアカリが傍にいるというその一点に尽きる。


「……でも、勝てる、とは言葉にしてくれないんですもん。あれだけ自信満々のカケルさんが」


 アカリにも、俺の動揺が伝わっているのだろうか。


 アカリだってばかじゃない。アカリなりに俺のことを見定めているだろうし、その上での言葉なのだろう。


 でも、どこか俺を見くびられたようで、どうにも腹がカッカして抑えられない。


「それはっ、アカリが傷つかないように倒せるかわからないからで! 別にただ勝つだけなら何の問題もない!」


 そう、勝つだけなら何の問題もない。


 俺が勝利を疑ったことなど、生まれてこのかた一度もない。俺は常勝無敗の勝者だったからだ。


 ただ、周りすべてがそうだったわけではない。


 俺と一緒に受験勉強をしていた友達は、同じくらいの成績だったのに、俺だけが合格した。


 俺と一緒に部活をしていた同期は、同じ戦術をとっていたはずなのに、結果を残すのは常に俺だった。


 俺と一緒にダンジョン探索をしていた臨時パーティは、俺だけを残して全滅した。


 それからだ。


 俺が『はじまりの冒険者』になり、『ユニークジョブ』持ちか、上級冒険者の中でも頭一つ抜けたやつとしかつるまなくなったのは。


 あいつらとは、死んでも自己責任だって、冗談みたいに言い合えたから。


 冗談にできるくらいに、互いに自覚と理解があったから。


 いや、違うな。


 自分が死んだことの責任すら、他人に奪われるのが気に食わないやつらだからだ。


 アカリは違う。


 こいつは、こんなところで傷ついていいようなやつじゃない。


 魔物に立ち向かう力なんて、そのちっぽけな拳を握りしめるくらいしか持ってないのに、それでも立ち上がろうとするやつに。


 その尊い在り方に俺のせいで傷がつくなんて、許せるわけがないだろう。


 アカリは、戦いが終わった後に、そこで笑っているだけでいい。


 特にこんな因縁ある魔物と戦って、その顔がまた曇るというのなら、俺にはそれを邪魔する義務がある。


 だからアカリが何を言おうと、戦いに参加させるわけにはいかない。


 それがリスクになるというのなら、支援魔法すら拒否しよう。


「私だってA級のダンジョンには何度も潜っていたから、この魔物がどれくらいの脅威なのかはなんとなく理解しています。……傷を負わずに勝とうだなんて、すごくむずかしいって」


「難しいからなんだって言うんだ! 俺に出来ないとでも言うつもりか!? 俺は『魔法使い』だぞ! 俺に出来ないことはない!」


「でも、一人より二人で挑んだ方が……」


「邪魔だ、下がってろ! 『風の障壁ウィンドベール』!」


「きゃっ、ちょっとカケルさんっ! カケルさんってば!」


 アカリはなおも言い募ろうとするが、これ以上聞いている暇はない。


 幸い、2階に上るための階段までは一直線だ。イレギュラーな魔物でもなければ、階層を移動するなんてことはまずありえない。


 吹き飛ばした後クッションになる風魔法なら、アカリを簡単に安全地帯まで運べるって寸法だ。


 黒豹はもういつでも俺たちに飛び掛かれる距離まで近づいてきていた。


 これ以上俺の横に立たれていると、守れなくなる。


 荒っぽいやり方になって申し訳ないとは思うが、無策で突っ込まれるくらいなら、後ろで大人しくしていてもらった方が圧倒的にやりやすい。


「クルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


「やっとやる気出したか。おねむの時間はもう終わりかい?」


 今の俺の『風の障壁ウィンドベール』の行使で完全にスイッチが入ったみたいだな。


 なるほど、これは支援魔法どころか、回復魔法もなるべく使わせたくないな。


 おそらく魔力感知の能力がずば抜けて高いのだろう。


 だから、このダンジョンの浅層に見合わない魔力の持ち主である俺とアカリの前に現れた、といったところか。


 前回は、その3人のパーティが積極的にヘイトを稼いでいたからアカリは無視されていただけだろう。


 ……結構な距離吹き飛ばしたと思うけど、アカリは絶対戻ってくるよな。


 つまり、アカリが絶対に焼いてくるおせっかいをケアする魔法戦をしつつ、しかしヘイトを稼ぐために激しく動き回れ、と。


 両方やらなくっちゃあならないってのがつらいところだな。


 『魔法使い』ってのは古今東西、運動不足と相場が決まっているんだがな……。


「アカリ、安全なとこから見てろ。『魔法使い』が、その名を背負う由縁をな」


 マル相手にちょろっとは見せたけど、ギルド内だったし、あっちもこっちも本調子は出してなかったからな。


 本物の『魔法』ってやつを、見せてやるよ。







 私はぎゅっと両手で杖を握りしめる。


 胸にかき抱いたこの杖だけが、今の私の拠り所となっていました。


 強風に巻かれた私は視界がぐるぐるになってしまって、やっと真っすぐ座れるくらいになったばかり。


 私が飛んできたはずの方向からは、魔法での戦闘音がかすかに響いてきます。


 私は、カケルさんの役に立つことはできないのでしょうか?


 この調査だって、もとはと言えば私が言い出したことで、だったらそこに責任を負うのは当然のことなんじゃないでしょうか。


 私はカケルさんと対等だと思っていました。


 いえ、対等になれればなと思っていました。


 確かに私は『聖女』であって、戦いの最中に出来ることは支援と回復くらい。一応攻撃魔法も少しは使えますが、光の玉を飛ばすだけの子どものお遊びレベル。


 打って変わってカケルさんは『魔法使い』としてありとあらゆる魔法が使えるらしいですし、「なんでもできるし一人で戦うのが基本さ」とふざけて言っていました。


 カケルさんは、私のことを足手まといだと断じたのでしょう。


 でも、だからって、出来ることがほとんどないからって、なんで隣に立つことすら拒否されなきゃいけないのでしょうか。


 ……むかつきますね。


 まじで、むかつきます。まじまんじです。ぷんぷんがおーです。


 あのわからずやのにぶちん野郎に、ちょっとわからせてやる必要がありそうです。


 カケルさんが勝手に私を遠ざけたみたいに、私にだって好き勝手にふるまう権利があるんだぞって。


 君だけが、特別じゃないんだぞって。


「いかなきゃ」


「ンーフフ、なんだかオモシロそうな気配がするぞー? やっぱビビビッと来たときはカンに従うのが一番だね!」


「それに振り回されるこっちの身にもなってから言ってくれよ……」


「ケンさん、とレンさん?」


「ヤッホー! アカリちゃん! アタシたちもまぜてよ!」


「ここまで来たからには、酒の1杯2杯は奢ってもらわねぇと割に合わねぇ。とっととカケルのやつの財布を奪いに行くぞ、アカリちゃん」


 どうやら、カケルさんにはやっぱりソロは似合わないみたいですね。


 ピンチの時に仲間が駆けつけるなんて、物語の主人公みたいで、ちょうどいいんじゃないですか?


 ここは俺に任せて先に行けとか素面で言っちゃうおばかさんには。

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