未だ平和な第3層

 そんなこんなで、大して苦労することもなく俺たちの調査は続いていた。


 2層から3層へと降りる階段でここまでの成果を振り返る。


「1層、2層のマップにある道という道を全部歩いてみましたけど」


「なんもなかったな」


 あれからも魔物は多少出たが、アカリ曰く通常時とあまり違いを感じられなかったとのこと。


 「所沢航空公園ダンジョン」は犬系の魔物がたくさん出てくるダンジョンなので、コボルドをはじめにウォーウルフや疫病犬なんかの魔物ばかりと出会った。


 今回起きているらしい異変は、ダンジョンの傾向からは考えられない特異な魔物が出現するというものらしいので、その魔物の巣がどこにあるのかを探しているのだが……。


 まぁ、こんな浅層に異変の原因があったらいくらこのダンジョンの人気がないとはいえ、アカリたちのパーティ以外にも大量の被害が出ているだろう。


 だから、これは予定調和のうちと言える。


「成果がないのは悲しいが、普通に考えりゃ浅層で何かが起きるわけないしな。時間的には3層を少しだけ確認して今日は撤退だな」


「もともと今日はお試しのつもりでしたし、キャンプ用の道具とか何も持ってきてないですからね。終電のことを考えて、もうちょっとだけがんばったら、帰って晩ごはんを食べないと」


「のくせに、2層を調査し終わったタイミングで帰ると言い出さないのは、律儀というか真面目というか……」


「がんばっていい権利があるんですよ? 使い倒した方がお得じゃないですか! さすがに終電では帰りますけど」


「俺は未成年の女子を終電で返すってのもどうかとは思うんだがな。……一応俺はいつでもダンジョンに泊まれるように、『亜空間収納魔法ストレージ』の中にキャンプセット一式は持ち歩いてるからな?」


「でも、ダンジョンに泊まり込んだとして、カケルさんに狼さんになられちゃうと私困ります」


「さすがの俺もこいつら魔物みたいに年がら年中飢えてるってわけじゃないんだけどなぁ」


「「キャウンッ!」」


 一応は初見のダンジョンなので最初の方は詠唱をしていたのだが、出てくる魔物のレベルを見切ってからは、もっぱら無詠唱の魔法で無双ゲーのようにすべて蹴散らし続けている。


 過剰なくらいに警戒することは大事だが、必要な分だけ手を抜くこともまた重要なのだ。


 これぞ中庸ちゅうよう。何事も偏らず、その絶対値を高め続けることこそが肝要だ。


 とりあえず、3層侵入を待ち構えていて襲い掛かってきた犬っころたちには軽く燃え消えていただく。


 『炎獄炎球ファイアーボール』は頭を使わずに反射で放てるので重宝するぜ。


 敵の弱点も肉質も何もかも無視して焼き切ることができるからな。


 炎耐性みたいな特殊な耐性を持った魔物たちは、もっと深層に潜らないと出てくることはない。


 もちろんダンジョンによっては例外がありえるからアカリにも確認は取ってあるが、上層は『炎獄炎球ファイアーボール』のごり押しで進めそうだ。


 なんせ、壁も一緒に壊せて一石二鳥だしな!


「ぴゃぁぁぁ!? む、む、無詠唱でやっつけるのはいいんですけど! 魔法を使う前に! 一言くださいって! さっきも言いましたよね!?」


「いや、2層まで気を付けてたじゃん。今のは不意打ちだし仕方ないだろ」


「嘘です! 絶対に階段降りてる途中で気づいてましたよね! 杖構えてましたもん!」


「お、目敏いな。じゃない。気のせいだよ気のせい。ボクウソツカナイ」


「君といると安全なのは安全なんですけど、違う意味でドキドキして全然安心できないです!」


「顔を赤くして……その気持ち、まさか恋?」


いかりですよ怒り! 吊り橋効果なんてのは恋愛脳な中学生くらいしか信じてませんよ! 私は中学校は卒業しましたからね! そんなもの効きません!」


「やめてくれアカリ、その言葉は俺に効く。やめてくれ。高校生でももっとぴゅあっぴゅあに恋愛しててくれよ……。うっ、持病の青春コンプレックスががが……」


 目目目だらけの壁にすら縋らねば立てないほどに膝が震える。


 急に現実を見せつけるのはやめてくれ。


 男子校にずっと通い続けていた人間には、その光は眩しすぎる。


 もっとこう、ラノベみたいに劇的なラブコメをしててくれぇ。


 なんで青春もののスポーツ漫画とかは楽しく読めるのに、アオハル恋愛小説は受け付けないんだろうな。


 これが、こじらせ厄介オタクの末路だというのか……。


 俺にとっての最大の敵は、魔物やダンジョンではなく、若さなのかもしれぬ。


 ならばこんなところで歩みを止めるわけにはいかない。まずは歩きださねば何も始まるまい。


 若さとは、恐れないことさ。


 何せアカリは抗議の声をあげつつも、一歩も立ち止まることなく俺の前を歩き続けているからだ。


 ってふざけてる場合じゃないな。そろそろついていかないと本当にまずい。


 アカリもアカリで俺のこと信用しすぎだろ。少しくらいは後ろ振り返りなよ。


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり……」


「沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。平家物語でしょうか。でもそれって、一度は栄えてないとおかしいような」


「さすがに俺のこと見くびりすぎじゃあないか!? これでも少し前はモテモテだったんだぜ!?」


「え、カケルさん彼女とかいたことあるんですか?」


「そりゃいたことくらいあるだろ! これでも最強の『魔法使い』だぜ! まぁ、なんでかよくわからないけどみんなすぐ俺から離れていっちゃったんだけどさ」


 そう、俺は何もしてないのにみんな気づいたら距離が離れているのだ。


 ひどい時には、付き合ってほしいと告白されたその日のうちに別れ話を切り出されたことまである。


 その時だって、俺からは本当に何もしてなかったのだ。


 ただ、朝告白されて晩飯の約束して、いつもみたいにレンとダンジョンに潜って、今日は用事あるからって言ってレンと解散して、一回家に帰って身だしなみ整えてたら、いきなり連絡が来て破局だ。


 いや、マジでなんもしてないじゃん! なんかする前に終わったわ!


 どないせーっちゅうんじゃ!?


 他の時も全部が全部その調子で、まったくやんなっちゃうわ。


 『魔法使い』だって普通に彼女ほしいよー。


「……レンさんって絶対嫉妬深いよなぁ」


 アカリがしたり顔でうなずきながら何かつぶやいている。


 こういう時の女の娘の言葉は聞かないように気を付けてるので対応はばっちりだ。


 絶対に、俺の心にダイレクトアタックしてくるドギツイ言葉を使ってるに間違いないからな!


 聞かないのが最善策! 聞いてしまったら意味を考える前に忘れるのが次善の策!


「カケルさんは、あまり悪くないと思いますよ。きっと、その女性の方たちにも事情があったのだと思います。例えば……」


 少し考え込んでいたアカリが顔をあげると、なんだかすごい気を遣った話し方をしてくる。


 表情も、眉を寄せてかわいそうなものを見るときの目だ。


 わかるわかるぞ。これは慰めてくれるやつだわ。その目にはちょっと文句をつけたいが、甘やかしてくれるならこの際なんでもいい。


 さすがは『聖女』、お優しいことだ。イノチノオンジンカンシャエイエンニ。


 17歳の女の娘に慰められる22歳男性……情けねぇとでも何とでも言うがいい。


 今の俺は女性関係のトラウマを抉られてナイーヴなんだ。多少の赦しがあったっていいじゃないか。


 さぁ、答えを聞こう!


「例えば?」


「罰ゲームで告白したとか」


「いや、傷口にナイフ刺しにきやがったがこの娘!?」


 今のフリでそこまで完璧に自殺点オウンゴール決めるのは無理があるだろ!?


 それとも、味方だと思ってたのは俺だけなのか!?


「た、例えですよ例え。一例です。他にはですね……」


「ああ、何となくオチは読めるが、他には?」


「告白する相手を間違えたとか」


「どこのアオハル恋愛小説の話だよ!?」


 現実でそんなこと起きるわけないだろ!


 もっとぴゅあぴゅあ劇的な恋愛してほしいとか言った口でツッコミしてごめんな!


 でも、創作は創作でしかないんだよ? だから、尊いわけで。


 現実の恋愛は、もっと地に足ついた感じの方が幸せだと思うよ。


 王子様もお姫様も、そう簡単には出会えないからね。


「うーん、文句が多いですね。じゃあ、幻術をかけられたとか?」


「いやそもそも大喜利じゃないんだが」


「魔法にかけられ……」


「それ以上いけない」


 消されちゃうでしょ!


「もー。カケルさんはわがままですねぇ」


 アカリがくすくすと口元を萌え袖に隠して笑う。


 3層の探索はあんまり進んでないけど、アカリがこんだけ平和に笑ってられりゃそれで十分だな。


 その笑顔で俺の心の傷も少しは癒えるってもんだ。


 他の人に優しいやつは、ずっと笑っていてほしいな。


 とみに心の底から願う。これが虫のしらせじゃなけりゃいいが。

 

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