狩人の目
魔物たちは未だ暗闇の中で蠢いている。
アカリの警戒が間に合う距離であることを確認したうえで声をかけているのだから、これは当然か。
<魔物感知>のスキルはある程度育っているので、不覚を取るようなことはまずない。
<暗視>のスキルもあるので、よほど隠密性の高い魔物でなければ見落とすことはあり得ないだろう。
つまるところ、この浅層の魔物程度ならば何も問題ないということだ。
「近づいてきているのは3体だけ。このダンジョンの出現傾向通りに、お利口なワンちゃんたちだな」
「コボルドはワンちゃんなんて可愛げがある魔物じゃないと思うんですけど。せめてもっともふもふしていたらなって」
「確かに、10円ハゲが体中にある犬はかわいくはないな」
「ハゲとまで言っちゃうのは可哀そうですよ! 生類憐みの令です」
「博愛精神は大事かもしれないが、これから殺す相手に慈悲も憐れみもなかろうよ」
身の丈よりも大きな愛杖を掲げ、アカリを自身の後ろへと下げさせる。
これはダンジョン内での取り決めとして先に相談しておいた。
基本的に、出てくる魔物はすべて俺が相手する。
アカリは、ダンジョンの調査要員と万が一の時の回復役だ。『聖女』なので支援魔法も得意と聞いたが、バフデバフは普段とは調子が変わって逆に危ない。
よほど深層まで行かない限り、アカリの手を借りることはまずないだろう。
パーティとしてある程度の練度がないと、その手の
リスクってのはつまり、支援魔法がある状態が当たり前だと思い込んで、自分の力を過信して身の丈に合わない冒険をして壊滅していくパーティの話なんかだな。
長く生き残る冒険者は自らの
それでも、危機的状況というのは突然に訪れる。
そういうハプニングを乗り越えるための力として、
もちろん、俺を含め深層を探索したりする最前線の冒険者たちがヒーラーやコントローラーをパーティに入れるのは、それらの前提を踏まえた上で、未知に挑むためにはそういうジョブの力が必要だからだ。
そういう強大で悪辣なものに挑むでもなければ、人は易きに流れるものだから薬よりも毒になりがちだ。
そもそもヒーラーに依存しなきゃいけないようなパーティはどうやったってうまくいかないということだな。
ヒーラーのためにもならんから、そういうパーティはギルドからも目をつけられたりする。
希少なヒーラーを無駄遣いするわけにはいかないのだ。
「後ろでそのまま見てな」
「ご武運を!」
ま、この程度なら支援魔法をもらうどころか、俺が魔法を使うまでもないのだが。
先の魔法で寄ってきたということはこいつら以外にも後続がいる可能性がある。
こういう時は手早く片してしまうに限る。
あまり遊びすぎて、
寿司を食らうのは馴染みの店だけで十分だ。
「というわけで遊んでやれなくてすまないが、お宅らには退場してもらうぜ」
「「「グゥルウルルルルルルルル!?」」」
「次は地獄で会おうぜ。こいつで
ドゴォオオッ!!!
地面が何か所かせり上がり、その切先を尖らせ
ようやく姿を見せたコボルドたちは一言目から断末魔を発し、あわれ愉快なオブジェクトに。
俺が両手を合わせて足を踏み鳴らせば、クッキーは増やせないが魔物の死体は増やせるのだ。
ちなみに両手を合わせるのは完全に趣味です。かっけーよな錬金術。
モノホンの『錬金術師』がクソを下水で煮込んだような性格してるからこそ、創作のそれが沁みるわ……。
いつまでも憧れのままでいてくれ。
ファンタジーも現実になると、夢がなくなるのだけが欠点だ……。
「さて、先に進むか」
「おーばーきる、ですねぇ」
俺の声に合わせて、槍衾はホロホロと崩れ落ちて土くれへと戻っていく。
魔物たちの死体もひとかけらの魂を残して、宙に解けて消えていった。
「これでも大分手抜いてるけどな。どんなに弱い魔法使ったって、意図的に威力を抑えなきゃ、起動分の魔力だけでこんくらいになるだろ」
「ええまぁ確かに、大抵の治療は『
「ダンジョン探索なんて、やりすぎるくらいでちょうどいい。足りなかった時に払う代償は、大概命かその次に大事なものと相場が決まってる」
「カケルさんは、強い力を持っているのにそういうところ真面目ですよね。……君といれば大丈夫だなって安心しちゃいます」
「そう言ってもらえりゃ嬉しいな。俺がアカリの安心安全だぜ」
「でもっ、普段はおちゃらけててすっごいいじわるです! いつも真面目にしてくれてれば私もこんなに怒らなくてすむんですけど!」
「いやはや悪かったって、からかいすぎたな。こう緊張感をほぐそうと俺なりの努力だったんだが……次からはもうちょい加減するよ」
「いや、そもそもからかわないでほしいんですけど!?」
それは無理な相談だろ。
今だって、ぷりぷりと杖を振り回して抗議しようとしているけれど、申し訳ないなと思うよりも和むなって気持ちのが強いし。
そんだけかわいいリアクションしてくれるんだもの。からかい甲斐しかないじゃないか。
ま、だからこそ、機嫌を損ねないようにしないとな。人を傷つける笑いは、忌避されるべきだ。
とりあえずは、話を流すためにも魔石の回収をするか……。
いつ見ても納得がいかないが、『ドロップアイテム』を残さなかった魔物の死体は何故かその場で掻き消える。
あとに遺るのはその魔物の格に応じた魔石だけだ。
魔石は世間で万能エネルギー源として重宝されている。新時代の再生可能エネルギーとして大注目なのだ。
現在は国が買い取って発電用にメインで使われているが、将来的には家庭用電気機器などに直接使用していくことで、電力フリーな社会を目指すとのこと。
お上と研究者は俺たちの苦労を軽く見てるよなぁ。魔石一個取るのもそんな簡単じゃないんだぜ?
研究者の中には、魔物は魔力で形作られているから死ねば体が消えるだのなんだの言うやつがいるが、世界で一番魔力をうまく扱える身としては、にわかには信じがたい話だ。
俺がどんなに魔力を繊細に扱ったとしても、魔物のような生体を作り出すことは不可能だからだ。
俺がどれだけこの分野に時間を割いて新魔法の開発をしていると思っているんだ。
やはり『魔法使い』なのだから、使い魔がいないと格好がつかない。そう思ってめちゃめちゃ努力してるのに足がかりすら掴めてないんだぞ……。
それが、こんなコボルドやらゴブリンといった雑魚ですら出来ていることだと言われると……プライドが傷つくぜ。
なので、僕はそんな理論認めませーん! 僕が一番専門家なので、僕が言ったことが一番正しいデース!
「ダンジョンという大規模な魔法陣の用いられた結界内でだけ発生する現象」とか、再現してから提唱してほしいもんですねぇ!
素人質問で失礼ですがぁ! ソースは? エビデンスはあるんですかぁ!?
「それもこれも、この魔石がカギだとは思うんだがなぁ」
「あ、魔石拾いくらいは次から私がします! カケルさんはけがしなさそうだし、そしたら私のお仕事ほとんどなさそうですし」
「信じてもらえてるのか、興味が薄いのか、判断が難しいところだな」
「信じてほしいんだったら、かっこいいところだけ見せてくださいよね!」
そう言い捨てて、アカリはとことこと俺のことを走って追い抜かした。
「おいおい、まだ魔物がいるかもしれないんだからはしゃぎすぎるなよ!?」
俺の慌てた注意もなんのその。
アカリは振り返るといたずらげに笑い、"あっかんべー"をして見せる。
「君がいれば安心安全、でしょ?」
にゃろう、男のやり込め方がわかってるじゃねぇか……。
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