偽りの目

「実は俺、このダンジョン初めてなんだよね」


「え! あれだけ自信満々そうだったのにですか!?」


「別に俺はいつでも自信に満ち溢れているからな。初見のダンジョンでもそれは変わらんさ」


「じゃあマップとかも、もしかして、なくても大丈夫だったり?」


「いや、楽できるとこは楽した方がいいだろ。常識的に考えろよ」


「なんか非常識な人に、私が常識を説かれている……? あれ、これって私が悪いんですか!?」


 エントランスを出てからこっち、アカリの持つマップを参考にしばらく歩いてきたが、段々と道が細く狭くなる場所へと出くわした。


 廊下も天井が高く横幅も広かったのだが、どうやらここからが本番のようだ。


 なにせ、まだ魔物の一体も出ていないからな。


 ただ、四方から色んな視線にさらされ続けただけだ。


 その視線こそが厄介すぎて、気が滅入ってくるんだがな。


 流石の俺も、<魔物感知>のスキルを持っているとはいえ、たまに何もないところで身構えそうになることがある。


 どんなに魔物がいないと分かっていても、ふと獲物として見られているような気がしてくるのだ。


 しかし次の瞬間、そこには何もないただの通路だけがある。


 錯覚だったと理解して、一瞬緩んだ警戒意識を持ちなおそうと力を籠める。


 そうやって、少しずつ、少しずつ無駄に力んで疲れが溜まっていくのだ。


 よくできたギミックと言わざるを得ないよ。


 直接的な害がないだけ他の大規模ダンジョンよりも難度指定は低いが、悪辣さだけならば上から数えた方が早いと言われるだけある。


 ……ダンジョンってものを作り出した『誰か』ってのは、よほど性根が腐っているんだろうな。


「この通路、どこまで狭くなるんでしょうか」


「前回はここは通らなかったのか?」


「はい、もっと下の層で狩りをした方が効率がいいだろうという話になったので。今は調査のために、端っこの方の道から試しているんですけど」


 「このままじゃ私はともかくカケルさんは通れなくなっちゃいますね……」と壁をぺたぺたと触って調べ出すアカリ。


 よくその目玉だらけの壁にためらいなく触れるな。


 目の模様が映し出されてあるだけで、実際に眼球がそこにあるわけではないとわかっていても、俺は生理的に無理だぞ。


 だって、そいつらまばたきもするんだぜ? 流石にキモすぎるだろ。


「んー。この道はマップを見る限りはもう少し奥まで続いてるんですけど、私たちじゃあ進めないですね。私しか通れなさそうですから」


 そうやって俺が鳥肌を立てている間にアカリは真面目に分析をしていたようだ。


 手元に浮かべた『光球ルクス』の魔法で奥の方を照らしたりして、探索の是非を決めたらしい。


 だが、それはだいぶ普通というものに囚われた考え方だ。


 俺は『魔法使い』。常識は通用しねぇ。


「というわけで、『炎獄炎球ファイアーボール』!」


「ぴゃあああああああ!」


 ちゅどーん!


 と表現するには派手すぎる擦過音、というか溶解音を鳴らしながら、巨大な火の玉が道を広げていく。


 俺の道を邪魔するものは、神だろうが壁だろうが容赦しねぇぜ。


「いや今、絶対『炎弾ファイアーボール』じゃないの使いましたよね!? 壁どころか天井まで、魔法が通った痕しか残ってないじゃないですか!」 


 どうやらアカリには不評だったようだ。


 また小鳥みたいにぴーぴー鳴き声をあげて、自前の木杖に縋りついている。


 爆風とかが発生しないように魔法使ったから、そこまで盛大に構えなくてもいいんだけどな。


 派手なのは見た目だけだよ。当たったら無事は保証できないけど。


 まぁ何の前振りもせずに魔法ぶっ放したし、そりゃ驚くか。


 レンのやつはまったく気にしたことがなかったから、そういうもんなのかと思っていたが、やっぱりおかしいよなあいつ。


 アカリが一般的な反応を返してくれる度に、俺は和むよ……。


「その顔、私をからかってる時の顔です! 子ども扱いしないでください! っていうか今のはどう考えてもおかしいですよね!? 魔法使うなら一言声をかけてくださいよ! しかもあんな大魔法をいきなり!」


「まぁまぁ、細かいことは気にすんな! 今のは最大火炎呪文ではない。火炎呪文だ。というやつさ。ほうれんそうは、うん、それはしっかりするよ」


「もうっ。確かに通れるようにはなりましたけど、ダンジョンの壁を壊して進むなんて……」


 そこまで言ったところで、アカリが何かに気づいたように小首を傾げる。


 うちのふくろうちゃんもこの動き良くするんだよね。可愛いよね。


「ん? それマップがある意味、ほとんどないんじゃないですか?」


「自分の道は自分で切り拓くもの、だろ?」


 そう洒落てやれば、かっかと顔が赤くなっていく。


 どうやら、お怒りを買ってしまったらしい。


 ふざけすぎたかな? まだ出会ったばかりで加減が効かないところがあるな。


 からかいってのは、相手がキレる手前の許せるレベルにとどめるからスキンシップなのであって。


 本当に怒らせてしまえば、それはただの失言なのだ。


 ……全面的に俺が悪いな、うん。


「も、もうっもうっ、カケルさんのばか! あほ! おたんこなす! このマップがいくらしたと思ってるんですか!? 1階のものですら、20万ですよ!? 全部無駄ですかこれ!」


「あー、すまん。流石に冗談だよ。おふざけが過ぎたな。謝る。この通りだ」


 こういう時は素直に頭を下げる以外の解決法はない。


 相手のやさしさに縋るようで情けないが、古今東西これより効果的な謝罪方法は袖の下を送ることくらいしか存在していないのだから仕方ない。


「うー。あー。別に、そこまで申し訳なく思わなくてもいいです。ちょっと、冗談にしては、たちが悪かったですけど」


 アカリもどうしようか迷っているのだろう。怒った手前、すぐに許すのもどうなのだろうと、うなり声をうーうーあげている。


「真面目に話すと、だ。マップがあるから、こういう無理が効くんだよ。道なきところに道を作るのは大事なことだけど、もともと道があるならそれをありがたく使うのも大事なことさ。先人たちの努力を無下にするのはよくないからな」


「それは、そうかもしれませんが、さっきまでふざけていた人が言うと、なんだか納得がいきませんね」


 「いきなり真面目になるのずるくないですか。ひきょーですひきょー」とぶつぶつつぶやきながらジト目を向けてくるアカリ。


 俺が悪うござんしたよ。いくらでも責めなされ。


 でも、そろそろのんびりしてる時間もなくなってきたんで、ほどほどに。


 なぜなら。


「納得するまでお付き合いしたいところなんですが、お姫様。それはとりあえず後にして、今は僕の背中に隠れていただけますか?」


「へ?」


「どうやら、今の魔法に釣られてやってきたみたいだ。魔物様ご一行の登場だよ」


 アカリの背後では今にも牙をこうと、壁の模様どころではない本物の殺意を宿した6対の目が、暗闇の中で爛々と輝いているのだから。

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