「所沢航空公園ダンジョン」
「やっぱりこのダンジョンは……好きになれなさそうです」
「むしろ、この『固有環境』で落ち着くとか言うやつがいたら正気を疑うよ」
ダンジョンのエントランス部分を歩きながら、あたりを見渡す。
アカリも薄気味悪そうに肩を震わせているが、このダンジョンは明確に悪意満点に作られている。
壁中に浮かび上がった目、目、目、眼、眼、眼。
人のようなものがあれば、猫のようなものもあり、かと思えば虫の複眼のようなものもある。
無数の目が、侵入者へとただただ視線を向ける空間。
それが、「所沢航空公園ダンジョン」の内部だ。
『固有環境』。
難度B以上のダンジョンにおいて、それぞれ独自の変化を遂げたダンジョン内部のギミックを指してそう呼ばれる。
場所によっては、内装が壁から天井まですべて金属製だったり、逆に地面がすべてぬかるんでいるところだってある。
その種類は千差万別。
程度の差はあれど、どれもが冒険者たちを苦しめる自然の要害だ。
「悪い記憶があると、より適応するのは難しいだろうな。……大丈夫そうか?」
このダンジョンは難度の癖に悪名高く、未だに攻略が遅々として進まないのも、こんな不快な状況で深層まで潜るとメンタルに異常をきたすからだ。
実際、アカリたちもその精神疲労の隙を突かれて壊滅の憂き目に遭ったのだ。
聞いた話通りならば、他のダンジョンならもう少し抗えるパーティだったはずだ。せめて、アカリを見捨てなくてもどうにかなるくらいには。
「はい。本調子ではないかもしれませんが、足手まといになるようなことは、ないと思います」
当のアカリは、思ったよりも気丈に振舞ってはいる。
怯えてはいないし、自衛のための仮面であろう『聖女』モードにもなっていない。ちょっと力が入りすぎている気はするがな。
トラウマのある不気味なダンジョンに入ったにしては、元気すぎる。
「少しでもダメそうならすぐに声かけろよ。別に、今日明日でどうにかしなきゃならんってわけでもないんだ」
「今日は様子見。わかっています。わかっていますが……いえ、逸りすぎていますよね」
「まぁ、仇がいるダンジョンだ。平静でいられないのもよくわかるよ」
幸い本人にも自覚があるみたいだから、今日のところは無理しない程度に少し潜るだけでいいだろう。
「アカリはこのダンジョンのマップどれくらい持ってる?」
「中層のものまで一通りは揃えてあります。パーティで買ったものですが、これを活用できるのはもう私しかいませんから」
ギルドの一番の収入源かもしれないと陰口が叩かれるくらいには、ダンジョンのマップというものは高価だ。
特に難度B以上のダンジョンは、『固有環境』のせいで、難度Cのダンジョンとは別格の難易度となる。
難度Cの中でも難しいと言われるダンジョンを攻略したからと、調子に乗って難度Bのダンジョンで壊滅するパーティはいまだに後を絶たない。
上級冒険者でも1~2週間は『固有環境』への慣らしに使うのだ。
それくらい慎重にいかなければ、痛い目を見るのは冒険者側なのである。
そんなダンジョンのマッピングがどれだけ大変なことか。
それも、中層以降のものとなると、本当に命がけで手に入れた情報になってくる。
どんなダンジョンも浅層のマップは比較的安価で手に入るが、中層からは一気に価格が跳ね上がる。
それが命の値段であるからだし、逆に言えば、それだけの金を払う覚悟と見合うだけの強さがなければ、無為に命を落とすだけになるからだ。
ギルドは、冒険者を殺したくてダンジョンに送り込むのではない。
生きて、稼いで、笑っていてほしいからギルドが存在しサポートをするのだ。
決して嫌がらせで値段を釣り上げているわけではない。
「でも、このダンジョンのマップは希少性が高い。難度Aのダンジョン相当の高値だったはずだが、よく中層までとはいえ揃えてみせたな」
「それだけ、彼女たちは自分たちだけの居場所を探していたんだと思います。新宿御苑は、人がたくさん来ますからね」
「その気持ちは、少しわかるな。池袋ギルドの酒場の隅には、俺専用の椅子があるくらいだ。俺も居場所には一家言ある」
「それは、探すというより、無理やり自分のものにしているのでは……?」
「居場所ってのは探すものじゃなくて、自分で作り出すものだよ。人の視線ばかり気にしていても、落ち着かないじゃないか」
「なるほど。そういう意味では、私の居場所は彼女たちのそばだったのかもしれません。今となっては、叶うかもわかりませんが……」
「おいおい弱気すぎるだろ。仇を討つ! とか、絶対に救い出す! とか、そういう感じじゃないと俺も張り合いがないぜ」
昨日の別れ際、ケンに引き離された俺たちは、とりあえず異変が起こったダンジョンへと潜るという約束を交わしていた。
どちらを選ぶのか、アカリ自身決めかねていたのだろう。
いや、決めたとして、為せるのか自信がなかったのかもしれない。
惰性のようではあるが、なにがしかのヒントが得られるかもしれないと、目の前の問題に挑むこととなったのだ。
「そう、ですね。これからどうするにせよ、前向きに考えたいとは思います」
「それに、だ」
そう、別に今のアカリは家なき子というわけではないのだ。
「アカリが次の居場所を決めるまでは、俺の隣がお前の居場所だろ」
「ふぇ?」
「仮宿とはいえ、もう少し頼りにしてくれていいんだぜ?」
アカリはしばらくハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、俺の言葉が染みわたってきたのか、だんだんとその顔をほころばせていった。
少しでも、その背に背負ったものが軽くなればいい。
『聖女』なんてのは、いつも余計なものまで勝手に背負いこむ奴がなるものなのだから。
せめて、俺の前でだけは、もっと無邪気に笑っていられるように。
「はい!」
そのひまわりのような笑顔を見て、改めて願った。
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