『剣聖』は遊びたい

 所沢は今日もだだっ広い空に浮かぶ太陽が眩しい。


 土地が有り余っているからと、色んな大学のキャンパスがあるのが特徴のこの地域は、見渡す限り畑畑畑はたけと住宅地ばかりだ。


 唯一でかいなぁと思えるものがあるとしたら、それは今俺の目の前に鎮座しているこの迷宮だけだろう。


「結局、うやむやになっちまったなぁ」


 日が変わって、昨日のことを振り返る。


 アカリは、結論を出すことはできなかった。


 いや、正確には、出すことを止められた。


「ケンのやつ、一丁前にまともなこと言いやがって。俺が悪者みたいじゃねぇかよ」


 拗ねるのも仕方なかろう。


 なにせ、アカリが俺たちとになってくれる記念すべき場だったはずなのに。


 その機会を台無しにされたのだから。


「そりゃ、その場で決めることじゃないってのもわかるし、時間を作ってやれって言われれば、頷くしかないけどさぁ」


 だからって、あそこまで大見得切っといて茶々入れられたんじゃあ、やってられないってもんだ。


 まぁ、多少強引なところがあったのは認める。


 勢いで決めた選択では、心の底から納得はできないというのも理解できる。


 でも、そういうのは別に後から俺がフォローしてやればいい話だし。


 アカリならできると思ったし。なんかイケる気したし。


「だぁあああ!」


「ぴゃあああ!」


「今度あのハゲ頭がピッカピカに輝くまでワックス塗ってやる!」


 とりあえず、腕を振り上げ鬱憤うっぷんを吐き出して、この話はおしまいだ。


 過ぎたことをいちいち愚痴愚痴やっていても何にもならん!


 前だけを向いて生きていくぜ俺は。


 で、だ。


 なんだか変な鳴き声が聞こえたような?


「急に大きな声をあげないでくださいって、昨日も私言ったじゃないですか!? な、なにか特別恨みを買うようなことをしましたか!?」


「あ、アカリ来てたのか」


「来てたのかって? ええ来ていましたとも! 約束した時間通りなんですから、そりゃあ来ますとも!」


 早速後ろを振り向けば、「まったく、カケルさんはやっぱり“でりかしー”が足りていません」と、ほっぺたを膨らませてぷんすこ怒るアカリがそこにいた。


 いや、すまんて。


 これに関しては、考え事に没頭して時間を見てなかった俺が悪いよ。


 どうやら、気づけば約束の10時になっていたようだ。


 でも、本調子と言うべきか、普段通りと言うべきか……。


 なんにせよ、取り繕えるくらいには、アカリは自分を取り戻せたみたいだ。


 昨日の別れ際には、小動物っぽい明るい笑顔も、『聖女』らしい透き通った微笑みも浮かべずに、完全に悩みこんでしまっていたからな。


 そこまで追い込んだ俺が悪いと言えば悪いのだが、どうせいつかは出さなければいけなかったうみだ。


 早いうちに触れただけ良しとしよう。


「まぁまぁ、機嫌を直してくれ。ほれ、航空公園名物の焼き団子でもどうだ?」


「私が甘いものを食べれば何でも許すと思ったら大間違いですよ!」


「いらないのか?」


「……まぁ、それはそれとしていただきますが」


 アカリは釈然しゃくぜんとしない顔をしながら、焼き団子をほおばる。


 みるみるうちに頬をゆるませてにこにこ笑顔になるのだから、簡単なものだ。


 とりあえずアカリの注意が団子に向いている今のうちに、近づいてくる面倒なは片づけてしまおう。


「で、お前の方はなんでここにいるんだ? 


「アタシがいちゃおかしいっての? 別にどこにいたってアタシの自由っしょ!」


「ああ、どこへなりとも行ってくれて構わんのだが。今さら何の用だ? お前とコンビを解消してもう半年以上経つ。その間、全ての連絡を絶っていたのはお前の方だろうが」


 どこから嗅ぎつけてきたのか……いや、どう考えてもケンのツルッパゲが告げ口した以外に考えられないが、どうしてここにいるのか。


 招かれざる客だ。


 レン。『剣聖』のレン。


 『はじまりの冒険者』の1人であり、俺の最初の相棒。


 棒状の物さえその手に握れれば万物を切り捨てる、切断という概念の擬人化。


 コンビを組んでいた時には、前衛と後衛の二人の純粋な火力だけで各地のダンジョンを荒らしまわっていた。


 攻撃こそが最大の防御よ。


 それにしても、彼女と最後に顔を合わせたのは、もう半年以上前のことなのか。


 自分で言っておいて、その時の流れの速さに、傷つく俺がいた。


「カケルさん、その方は……?」


 アカリが、もっちゃもっちゃと焼き団子を噛み締めながら聞いてくる。


 こら、お行儀が悪いでしょう?


 昨日もティーカップを粗末に扱って……ってなんで俺は教育ママみたいになってるんだ。


 そんなんは後回しでいい。


「もう少しのんびり食えよ。……紹介しなきゃダメか?」


「えー! アタシのあつかい雑すぎなーい? カー君の口から聞かせてよ、アタシのことどう思ってんのかさっ」


「カー君」


 アカリの目が、フクロウよりもまん丸に見開かれる。


 私、気になります! とでも言いたげだ。


 やめてくれ! なんかその目で見られていると自分が浮気男みたいに思えてくる!


 アカリもレンもそんな関係じゃねぇよ!


 だが、俺がアカリに気を取られた隙に、レンが腕に絡みついてくる。


 そこそこ実った果実が腕に押し付けられているが、彼女は何も気にしようとしない。お気に入りのぬいぐるみを抱きしめた時のようにご機嫌だ。


「ええい、めんどくさい、じゃれるな! 俺は今から予定があるの! 今度構ってやるから、今日のとこはさっさと帰っとけ。しっしっ」


「アタシは今カー君と遊びたいの! その娘とダンジョン攻略するんでしょ? ずるいずるいずるーい! ずっとガマンしてたのに、なんでアタシとじゃないの!? 信じらんない!」


「カー君……カー君? カー君……」


 アカリの目が、どんどんジトっと平たくなっていく……。


 別に何か悪いことをしたわけじゃないはずなのに、とても居心地が悪い。


 ええい! なんもかんも、このアホ娘が悪いんだぞ!


 なんで俺が困らなきゃならんのじゃ!?


「お前の方から、コンビ解消するって言い出して、そのまま所在地不明の、連絡先不明になったからだろうが、このアホ娘!!!」


 どう考えても、俺はこれっぽっちも悪くねぇだろうがよぉ!?


 ある日いきなり、「んー、つまんなくなってきたし組むのやめよっか」とか言い出して、そのまま消息をくらませた人間のセリフと行動じゃねぇぞ、おい。


 俺がどんだけ沈んだと思ってるんだ。一か月くらい読書以外なんも出来なかったんだぞ。


 まぁ、アカリと出会った今ならその理由も少しわからなくもないが。


 あの頃の俺は、世間からの人気が減るにつれて、力の振るいどころも見失っていったからな。


 だんだん惰性でダンジョンに潜るようになっていった俺に飽き飽きしたんだろう。


 このアホ娘は、竹を割った性格をしているからな。何事も常に真っすぐド直球だ。


 いっそ迷惑なくらいに、自分を隠さず、わがまま放題。


 おかげさまで、それをフォローする俺に毎回しわ寄せが来やがる。


「ちっ。でも、今回は、俺がフォローされてたのか」


「んー? よくわかんないけど、カー君がやる気出すの待ってたんだよね。つまんないカー君と遊ぶほど暇じゃないからさっ」


 俺の左腕に顔をこすりつけて、フニャフニャと笑うレンは、別れた時と何一つ変わっていなかった。


 こいつは、いつもそうだ。


 何もわかってなさそうなアホ面の鳥頭のくせに、大事なことだけは見誤らない。


 ……敵と味方はたまに見誤るが。


 今回は、俺の負けかもしれない。


「でも、やる気出したら最初にアタシに声かけてくれると思ってたんだけどなー。傷ついちゃうなー。昔のオンナには目もくれないんだー」


「語弊しかない言い方すんな! 確かに俺とお前は相棒だったが、別にそれ以上の関係だったことは一度もなかっただろうが!?」


「アタシはいつでもOKだったけどねー。このヘタレー」


「ヘタっ、ヘタレじゃないが?」


「……カケルさん?」


 やめてくれアカリ。その視線は俺に効く。やめてくれ。


 あーもう、頭来た。このアホ娘はここに置いていく。


 いっつもいつも俺のことを困らせやがってよ。


 ふざけんなって話だ。


 まったく……。


 おかえり、レン。

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