アカリの告白
あの日は、よく晴れた日でした。
すっごい暑くて、みんな電車の中でもう既に「こんな疲れるなら縄張り替えとかしなくていいよー」なんて冗談を言い合うくらいで。
現地に着いても、そのいい意味で緩いいつもの雰囲気はそのままでした。
確かに色々な意味で難しいダンジョンだという噂は聞いていました。
でも、幸運なことに一時期ここを縄張りにしていた方に話を聞くことができたのが、二の足を踏んでいた私たちに決意を促しました。
「気にしなければ、ないのと一緒だよ。気にするからそれに意味があるように思えてくるだけさ」
彼はひどく陽気に、そう私たちに教えてくれました。
今から考えると、彼もどこかおかしくなってしまっていたのかもしれません。
その陽気さは自然なものではなくて、何かを取り繕うためにそうしていたような。
どんなに精神が強い人だったとしても、あんな環境に長いこといて調子を崩さないでいられるなんて、今の私には信じられません。
いえ、あえて目を逸らすのはやめましょう。
彼は、私たちが彼と同じような目に遭うのを期待されていたのでしょう。
どこかバランスが取れなくなってしまった心は、意図せず人を悪に誘いたくなる。
それは心理学も少しだけ学んだ私にとって、知っている知識だったはずなのに。
目の前にいる方がそうだと私には見抜けなかったのです。
もしくは、見抜いたうえで人の善意を妄信していたのか。
『聖女』となった今だからこそわかりますが、私はたったの1週間前まで思いあがっていました。
16という業界的にも若い年齢での上級冒険者入り。
しかも、慢性的に人手不足で引く手あまたのヒーラーという役割で。
私は誰からもちやほやされて、次は俺のパーティに、私のパーティにと、悪意を向けられることなく光の中を歩いていました。
ヒーラーを大事にするのは、冒険者の方々がそれだけダンジョンを危険視しているからだというのはわかっているはずでした。
でも、浮ついた心ではそれを本当の意味では理解できていなかったのでしょう。
私はいつしか、ダンジョンなど大して恐れるものではないと思うようになっていきました。
パーティを組んでくれた方々は、みんな良識的で、ご自分の限界を理解している方々ばかりでした。
私というヒーラーが加わったとしても決して無理をせず、明確な目的のためにその治癒の力を振るうことを求めてもらっていました。
治せばお礼を言われる。誰も私の元まで魔物を通したりしない。
休憩の時には、「アカリちゃんがいてくれれば何でもできそうだ」とリップサービスまでもらって。
だから、私がいればどんなダンジョンでも悲劇が起きることはあり得ないと。
私は、そう間違った確信を抱いていました。
そんな私に転機が訪れたのは、ちょうど17になった頃の話です。
冒険者として活動を始めて1年ちょっとが経ち、色んなパーティを巡った私は、顔見知りは多いけれど、腰を落ち着ける場所を見つけられないでいました。
どの冒険者さんも優しくて、「これからも一緒にどうだい?」と誘ってはくれるのですが、なんだかピンと来なくて、愛想笑いを送ることしかできていませんでした。
なにせ、私がいればダンジョン攻略は問題ないのです。
パーティメンバーが誰であるかは、その時の私にとっては大した問題ではなかったのでしょう。
今振り返れば、何て傲慢な考え方だろうと思いますが、当時は無意識にそう思い込んでいました。
恥ずかしい話です。
そう、そしてそんな風来坊だった私に声をかけてくれた方たちがいました。
そのパーティは女性3人で構成されていて、みなさん20歳になるかならないかという若さの、新進気鋭のパーティでした。
あ、カケルさんも知っていますか?
そうです、『ファクトロスの魔犬』の方々です。
3人全員がその若さで上級冒険者、しかもそれぞれタイプの違った美人ということで、そのとき私のいた新宿ギルドでは大変人気のあるパーティでした。
彼女たちとは、何度かお仕事をさせてもらっていたので、その人となりも知っていましたし。
何より、パーティ全員が女性というところも安心材料で、最初に固定でパーティを組むなら彼女たちがいいかもな、とは私の方でも考えていた方たちでした。
だから、彼女たちが毎日繰り返し声をかけてくれてすごい嬉しかったんです。
ああ、私は求められているんだな、と実感できるみたいで。
それまでお付き合いのあったパーティの人たちからは、いまいち本気さを感じることができませんでした。
声をかけてくれることはあっても、社交辞令の延長線みたいなもので、なんだか言葉が軽かったんです。
むこうからしても、私という異物に対して、接し方を探っていたのでしょうね。
上級に上がる冒険者というのは、やはり一般的な方からすると、変わり者と思われることが多いですから。
ちなみに、私が出会った中で一番変人だなと思ってるのは、ぶっちぎりでカケルさんですからね!
出会ったばかりの、こんなに可愛い女の子の頭を撫でるなんて!
ハレンチすぎます! きっちり反省してくださいよ!
まったく……。
どこまで話しましたっけ。
ああ、そう。
そうやって毎日声をかけてもらえて、本当に仲間として求めていただいたのがすごい嬉しくて、私は決意しました。
その次の日から、私は『ファクトロスの魔犬』の一員になりました。
『ファクトロスの魔犬』はとても居心地の良いパーティでした。
前衛が2人、後衛が1人のよくあるスリーマンセルで、お互いのことをよくわかって尊重している関係でした。
それは、彼女たち3人が歳は違えど幼馴染同士だったからこそかもしれませんし。
逆に言えば、その幼馴染という関係以外で、社会に馴染めていなかったからかもしれません。
彼女たちは、よく学校で一番孤独だったのは誰かという話題で盛り上がっていました。
一人一人が、自分のぼっちエピソードを順々に話していくのです。
もうそれは恒例になっている話題みたいで、むしろ自分以外のぼっちエピソードを嬉々として語りだすくらいだったので、彼女たちにとっては本当にただの笑い話だったのでしょう。
3人が揃っていれば、他のものはいらない。そういう方々でした。
なので、そんな3人だけの輪の中にどうして私を誘ってくれたのか、一度聞いたことがあります。
それだけ仲がいいなら、私という異物はお邪魔なんじゃないか、と。
「え、だって。アカリちゃんも私たちと同じくらいぼっちじゃん? 捨て猫みたいでほっとけなかったていうかー」
「あかりんは深く考えすぎなんよ。なんかこうピーンと来た! ってだけでよくない?」
「それにそろそろ妹みたいな
そう言って、抱きしめてもらった時、ふいに泣きそうになったことを今でも覚えています。
あぁ、仲間ってこういう存在なのかなって。
「えー、私たちのことももっと構えー」「かまえかまえー」「姉ぶりたいんだったら、あたしよりしっかりしなさいよ!」「難しいこと言うなー」「そうだーそうだーあまやかせー」なんて、彼女たちはふざけていましたが、その目は優しくて。
その時、私は生まれて初めて、本当の意味で仲間という存在に出会ったのだと思います。
彼女たちはかけがえのない存在だった。
だからこそ、そんな彼女たちを壊してしまって、治せなかった私は。
どれだけ罪深い存在なのでしょうか?
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