愚者の逆位置

「それで、結局二人して飯に熱中してなんも話せてないわけだが」


「美味しかったですからね! そういうこともありますよ」


「募集かけてた側のお前さんがそれでいいなら、俺からはなんも言わんよ」


 気づけばギルド酒場は客でいっぱいになってきている。


 メリダだけに限らずウェイトレスさんたちはてんやわんやだ。


 マスターの料理は美味いからな。ランチ目当てで入ってくる客は多い。


 夜になると、オールジャンルながら完全にバルの雰囲気になるから、そっちはそっちで別の客層に人気だが。


 俺たち冒険者も肉体労働者だからな。酒と飯で騒いでいい場所は貴重だ。


 俺に騒ぐ相手がいるかどうかは別問題として。


 隣の席でのんびりと食後のお茶をすするアカリに話しかける。


「とりあえず、今回の異変についての詳細から聞こうか。さっきは、はぐらかされたからな」


 俺がそう言うと、アカリは、がちゃんとティーカップをソーサーに慌てて着地させた。

 こら、お行儀が悪いでしょう?


「その、はぐらかしたつもりじゃなかったんです。カケルさんは他の人たちとは違ったから、そっちの方が気になっちゃっただけで」


 それまではお説教確率100%だったので、とアカリはぺろっと舌を出す。


「それに、まぁ、あまりお話しできることがないというか……」


 おどけてみせたものの、それは虚勢だったらしい。アカリの表情が苦笑に変わる。


 たはは、と笑っているが、結構洒落になっていない。


「つまり、本当になんの情報もなく無策だった、と」


「あのでもでもでも、人づてに聞いたとか、そういうことじゃなくて、私自身が経験したことではあるんです」


「ほう?」


 経験したのに、特に話せることがない。


 なにか隠し事があるわけではないのなら、よほど面妖な事態に遭遇したのだろう。


 人が言葉に詰まる時は、言いたくないか、信じられないものを見たかの2パターンだけなのだから。


「えっと、4日ほど前のことなんですけど。ここから少し西に行ったところにある大きなダンジョンにアタックしていたんです」


「西……というと、所沢の航空公園ダンジョン?」


「あ、はい。そうです。よくわかりましたね」


「アカリ以外から異変が起きたなんて話を聞いてないからな。大きいなんて形容されるダンジョンで、人があまり来ないところなんて、この辺じゃあそこだけだよ」


 「所沢航空公園ダンジョン」は、規模だけで言うなら「池袋サンシャインダンジョン」にも引けを取らない大きさだ。


 大きなダンジョンになってくると、複数パーティを抱えても賄えるだけの利潤が湧き出てくる。


 それを独り占めできたとしたら?


 まぁ異変がなかったとしても、元からダンジョンではあるから、現実的な話ではないが。


「そう、人気がなくて攻略が全然進んでいないとのことだったので、足を運んでいたんです。とりあえずダンジョン環境に慣れるために、1週間かけてのキャンプ狩りの予定だったんですけど……」


「その途中でアクシデントが起きた、と」


「はい、それで、パーティも解散になっちゃって。でも、ほっておくわけにもいかないですし。私に出来ることをやれるだけやらなきゃって」


 アカリはむん、と胸の前で力を入れるポーズをする。


 でも、先ほど見たのと似ているようでいて、どうにも空元気っぽいというか。


 悲痛さの方が先立つように見える。


 パーティの解散まで行くような出来事だ。生半可な心の痛みではなかったことは簡単にわかる。


 たった4日でここまで持ち直せた、その心の強さをこそ褒めるべきだろう。


 今日までのその3日間で、嫌というほど泣き腫らしたことだろうから。


 実際よくある話ではあるのだ。欲をかきすぎて失敗するパーティというのは。


 むしろ、命が残っているだけ儲けものとも言える。


 冒険者は基本的にパーティごとに一つのダンジョンを縄張りにする傾向がある。


 中規模以上のものならしばらくはそこを拠点にして食っていけるからだ。


 ダンジョンは魔物を産み出し、そして資源を生み出す。


 それはつまり、魔物のドロップアイテムや、ダンジョンでしか採れない鉱物や植物という、宝の山を生み出しているということだ。


 それらの戦利品は軒並み換金性が高く、冒険者が今を時めく高給取りになっている理由でもある。


 なにせ、今まで地球上で観測されたことのない物質が、あるいは人工的には生成不可能と断じられた希少金属が、ざくざくと出てくるのだ。


 研究者からも好事家からも引っ張りだこだ。


 もちろん、滋味あふれる珍味も、光り輝く宝石も、挙句の果てには誰が作ったかも不明な神話上の武具アーティファクトだって手に入る。


 誰だって、そんな金の卵を産む鶏を独占したいと願うものだ。


 なので、冒険者たちは自分だけのダンジョンを構えるのが、一つの夢になる。


「あのダンジョンは人気がないから、旨味が多い場所を縄張りにしてしまえれば一発逆転大儲け、か。縄張り替えの時に、移動先のダンジョンの『固有環境』がパーティ構成とかみ合わなくて、トラブルになるのはよく聞く話だわな」


 アカリたちがやったことも同じことだ。よくある失敗話の典型例。


 複数パーティが稼げるレベルのダンジョンになってくると『ダンジョン難度』の方も相応のものになる。


 大規模ダンジョンになるとダンジョンギミックである『固有環境』が必ず存在するし、ほとんどがA難度指定以上の凶悪なものばかりだ。


 これは、一般の冒険者が徒党を組んでも、その辺を歩いている魔物に簡単に蹴散らされてしまうレベル。


 場合によっては、直接妨害してくるタイプの『固有環境』に阻まれて進めなくなることすらある。


 実力がないと、潜るだけ損をするのだ。


 ギルドがアナウンスするところによれば、上級冒険者を複数人含む4人以上のパーティを組んで攻略することが推奨されている。


 上級冒険者自体が大した人数いないので、複数となると大分ハードルが高い。


「でもでも、今回のは『固有環境』のせいじゃないんです。確かにのせいで集中力が途切れていたのはありますけど」


「アカリは真面目そうだからな。不勉強だったとは思わないよ。でも、人気がないってことがどういうことか、軽視しすぎたな」


「うぅっ、耳に痛いです……」


 しょんぼりと肩を落とすアカリだが、擁護しきることもできない。


 ダンジョンを甘く見たツケは、多くの場合その命で払うことになるのだから。


 くだんの「所沢航空公園ダンジョン」はB難度指定しか受けていない。


 決して簡単とは言えないが、規模からすれば大分控えめに評価されている。


 それは『固有環境』の悪辣さに原因がある。


 攻略に直接的には問題がなく、しかしあればあるだけ鬱陶しいそれ。


 B難度指定しか受けていないのに、未だ完全攻略のなされない癖強ダンジョン。


 それが「所沢航空公園ダンジョン」という魔窟なのだ。


「でも、B難度のダンジョンですし、私がいれば何が起きても取り返しのつかないことにはならないかなって思いこんでいたんです」


「そうしたら異変が起きたわけだ」


「はい。あの時、私は無力で……結果的にはみんな身体に傷が残ることはありませんでしたが、その心の傷を癒しきることはできませんでした」


 そう告げるアカリの目は澄み切っていた。


「そうですね、君になら言える気がします。なんででしょうね。理由とか別にないんですけど」


 クスリと笑いをこぼすアカリが、ひどく大人っぽい。


 微笑みを浮かべてこちらを見てくるので、慈悲深さをひどく湛えた瞳と目が合う。


 今までの素振りは何だったのか、と思うほどの雰囲気の変貌。


 今の彼女は、その静謐な美貌と相まって、誰が見ても『聖女』であった。


「カケルさん」


 俺を見つめるその透明な瞳に、『魔法使い』の姿が映っている。


「私がたった4日前に『聖女』になったと言ったら」


 へらへらとして、人の失敗をよくあることだと笑い飛ばして、目の前のアカリがどんな目に遭ったのか、本当のところを想像しようともしなかった。


 斜に構えて、真摯に向き合うことを恐れた。


「『魔法使いきみ』は、信じてくれますか?」


 の姿が。

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