最強は譲ります

「まったく。俺は飯を食いに来たのであって、割を食いに来たわけじゃないんだが」


「別嬪さんを口説き落とした必要税だと思うこったな」


「ちっ、頭を撫でたらあんな反応されるなんてどこにも書いてなかったぜ。やっぱラノベはクソだな。で、ケンは消し炭を肴に酒を飲んでるから昼はいらないよな」


「だから炭は食わねぇっつってんだろ!?」


 上のラウンジでも軽食はあるが、気づけば昼時と言えなくもない時間だ。


 ランチを食べるなら、ガッツリもいけるこちらの方が適している。


 何より、ここのマスターの料理は美味い!


 『冥海サンマ』の塩焼きのレシピを作ったのもマスターだ。


 この串焼きは塩焼きとは言いつつ、焼く前に薄く塗り付ける秘伝のタレがいい味を出しているのだ。


 サンマを焼くだけにとどまらず、それをいかに自分だけのレシピに落とし込むか。そこに対するこだわりがすごい。


 食の伝道者(自称)としては、マジリスペクトってやつだ。


 とか言っている間に、メリダが料理を持ってきてくれた。


「お待たせしましたー。『ブクロ牛』のカツレツのスープセットと、本日のMaster’Sランチセットの鶏肉のソテー・香草を添えて」


「お、今日も美味そうだな!」


「あとケンには追加のつまみね。『絡まりイカ』のフリット・イカ墨風仕立て。持ってくるから少し待ってて」


「炭は食わねっ……墨ならまぁ食うか」


 とりあえず、パーティを組むなら同じ釜の飯を食うところからだよな。


 仲間ってのはそういうところから仲を深めていくものさ。


 ケンくんはパーティメンバーじゃないので、同じテーブルでも仲間外れデース!


「なんだろうなこの釈然としない気持ち。別に気にしねぇけどよ。目の前でいちゃつかれると疎外感が……」 


 多分、「あの人はいい人だよね」って言われるキャラのせいだと思うよ。


 いじられ真面目気質はこういう時に損だねぇ。きちんと理解してくれる嫁さんを探しな?


 あと、別にいちゃついてない。


 出会ったばかりの小娘に俺様が簡単に屈するわけなかろうに。


「わぁ、私ここでご飯食べるの初めてなんです! ギルド酒場って、大人の人たちが行くお洒落なところだと思ってたので、入りづらかったんですよ! カケルさん連れて来てくれてありがとうございます!」


 隣の席に座っているアカリは、さっきからそわそわとしていた。


 俺からすると通いなれて今さら目新しいものもないが、この娘にとっては違うのだろう。


 壁の装飾一つとっても物珍しいのか、さっきからきょろきょろと目線があっちゃこっちゃに旅行していた。


 せいいっぱい背伸びしていることも合わさって、プレーリードッグみたいで和む。


「この程度で喜んでたら、これからは大変だぞ? 俺と一緒にいれば、笑っていない方が難しいくらいだ」


「はい! はい? いただきます!」


「いただきます」


 何言ってるんだかよくわからない、みたいな顔をされた気がするが、そんなおかしなことは言ってないって。


 こんなこと酒場に連れてくるくらいでいいなら、いくらでもしてやるぞってだけ。


「でれっでれだな」


「姪っ子に甘えられて照れてるおじさんって感じね」


 ケンと、戻ってきたメリダのつぶやきが聞こえる。


 なんだか不名誉な見られ方をしているな。


「うるさいぞお前ら。大体、俺はおっさんなんて歳じゃない。まだ22だぞ? ケンとは違うんだ」


「2つしか違わねぇだろうが! 俺だってまだ四捨五入すれば20歳だよ!」


「あ、私は17なので、カケルさんとは5歳差です! それにしても、このお肉美味しいですね。噛むとじゅわーって肉汁が出てくるのに、脂っぽくなくてさっぱりしてます。付け合わせの香草のおかげなんでしょうか? 料理は奥深いですねぇ」


 嬉しそうにとりのソテーをパクつくアカリが、なぜか食レポを始めた。美味いのは分かるが、こいつ喋り慣れてるな……。


 そうそう、ケンがおっさんでないならば、それより若い俺がおっさんであるわけがなく……いや待て、なんだか今スルーしてはいけない言葉が聞こえてたような。


「あら、アカリちゃん17歳なの? もう少し若いかと思ってたわ」


「よく言われるんですよね。もう少しで大人のレディの仲間入りだっていうのに、みんなひどいです!」


 いやまぁ、誰が見てもそう言うと思うぞ。


 トレードマークだろうクリーム色のベレー帽の是非とか。


 黒髪赤目とかいうアイコンを無視したうえで。


 一瞬小学生かなと疑うくらいの童顔。


 おそらく140cmちょっとしかなさそうな身長。


 肩掛けのポシェットにはくまさんの刺繍。


 スリーアウトだ。


 その上、今は食事にあたって腕まくりしているが。


 服の上から羽織っているローブがぶかぶかで指先まで覆う、いわゆる萌え袖状態になっていたり。


 いちいち動作がこちょばしい、小動物っぽいところとか。


 ころころと変わる、思ってることに素直すぎる表情とか。


 人をほとんど疑わない、スレていない純真さとか……。


 なんというか、歳相応というには保護欲くすぐる幼げなところが多すぎる。


 中に着ている服自体は、結構お洒落なやつ着てるっぽいけどな。


 ローブからちら、と覗くだけだから断言できないが……。


 高校生、いや今も通っているかはわからないが、その年ごろが着そうなシンプルながらも上等な仕立ての服に見える。


 彼女なりの努力ではあるのだろう。


 それが効果的に働いているかというと怪しいところだが。なんならローブでひざ下まで隠れてるし。

 

「大人のレディ、ね。そう呼ばれるためには、もう少し子供っぽいところとおさらばしないとな」


「あら、ひどいこと言うのね。別に女の子がどう振舞ったって自由でしょう? そこに年齢は関係ないわ!」


「メリダが言うと説得力がちげぇや!」


「うっさい! この飲んだくれ男! あんたこそ、いい歳してかっこつけてハゲになって悪人面して! そのくせやることなすことみみっちい! もっと漢気見せなさいよ!」


「いやそこまで言うこたぁないだろ……傷つくぜ……」


 アカリのことをしげしげと眺めていたら、また対面では喧嘩が勃発ぼっぱつしている。


 流石に他の客も入り始めたし、そろそろ落ち着いた方がいいとは思うが。


 ヒートアップしたメリダもそこに思い至ったらしい。


 まだ手に持っていたイカフライの皿を机にたたきつけると、ふん、と一息、机からはみ出していたケンの足を思いっきり踏んでから、踵を返していった。


「ふんっ」


「痛ってぇな、このアマ! くそ、少しは俺が悪いかなーとか思ったけど、取りやめだ。絶対ぜってぇに目にもの見せてやる……」


 痴話げんかは犬も食わんな。


 そんなことよりカツレツだ。俺はカツレツを食うのだ。


「やっぱりここで食うカツレツが至高なんだよな。この薄い衣に包まれることで肉の旨味が凝縮されて、俺に食われるためだけにそこで待ってる。しかもレモンが効いてることで衣の油っぽさがよく中和されてて。肉の旨味をより引き立てるために、シンプルな塩胡椒のみで味を調ととのえられてる。ただ肉を美味く食うためだけに生み出された、肉を焼くより一段上の料理法、それこそがカツレツだ」


「カケルさん、誰に話しかけてるんですか?」


「誰でもない。ただ俺の、魂にだ」


「うーん、よくわからないけど、そんなに美味しいなら私のと一欠片ひとかけ交換しませんか?」


 ほら、私の鶏さんも美味しいんですよ! と、笑顔で肉にナイフを突き立てるアカリ。


 少し猟奇的だな……。


 切り取られた肉片にぶすりとフォークが刺さり、持ち上げられ、そのままこちらの口元へと運ばれて?


「はい、カケルさん、あーん」


「???」


「あ、ソースが服にこぼれちゃいます! 早く食べちゃってください!」


 アカリが慌ててフォークの下に右手を添えるのが、他人事のように視界に映る。


 とりあえず、急かされたのでフォークの先に刺さっているものを口に含むが、噛み締めても何の味もしない。


 俺は美味いもの同士のトレードを申し込まれた気がしたのだが、スタンド攻撃をします、の間違いだっただろうか。


「どうですか? 美味しいですよね! って、もしかしてカケルさんは食べ慣れた味だったりしますか!?」


 そうですよね、あまり驚いてないですもんね。と一人納得するポンコツ娘。


 俺は今、こんな頭ぽやぽや娘に、敗北しかけているのか……?


 いや、メスガキごときに大人の男は負けんが?


 奥歯に力が入る。負けん気が鎌首をもたげる。


 我を取り戻すと、鶏の旨味が口いっぱいに唐突に広がった。


 確かに美味いなこれ、今度頼も。


「じゃなくて!」


「ぴゃっ、いきなり大きな声出さないでください! びっくりしちゃうので!」


「そういうとこだぞ。くそ、気にしてる俺の方が馬鹿みたいじゃないか。少し待ってろよ」


 考えるだけバカバカしい気もするが、この娘に恥じらいとか、その手の概念は搭載されていないのだろうか。


 年頃の娘が、気軽にあーんとかするんじゃないよ。


 男ってのは、自分に優しい女の子には全自動で惚れるように作られてるの。


 もう少しこう何というか、手心というか……。


 あーーー、マジで俺だけが動揺してるみたいで、むかつくな。


 絶対に仕返ししてやる。


 手元で切り分けたカツにぐさりとフォークを突き刺す。


 これでも食らえ!


「ほら、アカリ、あーんだ」


「わぁ! ありがとうございまふ! んー! こへ美味ひいでふね!」


「なん……だと……」


 一瞬の躊躇もなかったぞ。


 というか、礼を言いきる前にはもう食いついてたぞ。食い意地はりすぎだろ。


 負けだ。俺の負け。完敗だった。


 勝ち目がねぇ。『最強』の座は譲るよ……。


 頑張れアカリ、今日からお前が、№1だ。


「仲間で食べるご飯が美味しいってこういうことなんですね! 勉強になります!」


「ああ、もうそれでいいよ」


 これから先、この小さな乱暴者に振り回されそうだなぁ。


 そんな予感をひしひしと感じる昼飯時であった。




「……俺だって愚痴りたいのに、二人の世界にひたりやがってちくしょう……どいつもこいつもよぉ~」


 

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