『聖女』ってすげぇよな。最後までほっぺたもちもちだもん。

「いやぁ楽しかったな。とりあえず飯でも食いながら細かいことを話そう」


「カケルさんはいじわるです。あくまです。パーティ組んでくれるなら、最初からそう言ってくれればいいじゃないですか! もう!」


 散々じゃれ合った俺とアカリは、小腹も減ったということでギルド酒場の方に移動してきていた。


 エスカレーターを下りながら、馬鹿みたいな会話をするのが楽しい。


 からかわれ続けたアカリはほっぺたをぷくーっと膨らませて、もうフグみたいだ。


 目線もずっと合わせてくれない。無理やりにでも合わせようとすると、つーんと反対の方に顔を向ける。


 もう拗ね方が子供っぽすぎて、俺としてはさっきからこう、いぢめたい欲がむくむくと湧き上がって仕方ない。


 あの頬袋を指でつついたらどうなるのか、めっちゃめちゃ気になっている。


 幸いアカリは別の方向を向くことに夢中で、こちらのことをあんまり見ていないのだ。


 バレないように、バレないように、指を伸ばして……。


「ぷひゅう」


 気の抜けた鳴き声が耳に心地よい。


 あー、もち肌に指が突き刺さって沈み込んでいくー。


 うおー。想像以上に柔らけー。


 ふにふにふに、と。


 この肌触りでクッションとか抱き枕とか作ったら、ベストセラー商品になるんじゃないかなぁ。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょ」


「ぶっ、ぶは、ぶははははは! バグっちゃってるじゃん!」


「ちょっとー! カケルさんのばか! あほ! おたんこなすぅ! 女の子のことなんだと思ってるんですか!? うぅ、恥ずかしさで死んじゃいそう……」


 ぷりぷりと怒ってみせるアカリだが、まったく迫力がない。


 小動物が威嚇してきてもかわいいだけなんだよなぁ。


 動画に撮っといて、癒し動物系のチャンネルでも開くのはありかもしれない。


「まぁまぁ機嫌直してくれよお姫様。旅の恥は搔き捨てだぜ?」


「恥をかかせた側が言うセリフじゃないです! もー!」


「はいはい、文句は後で聞くよ。足元気をつけな」


 まだまだ文句が言い足りなさそうなアカリの頭をぽんぽんと撫でてなだめてやる。


 妹分に対する接し方ってこれで合ってるよな?


 完全に俺の大好きなラノベの受け売りだったけど、実際にアカリは黙り込んだし、これが正解なのか。


 こう、もう少しがーっと、「髪が乱れるのでやめてください!」とか言うと思ってたんだけどな。ちょっと拍子抜けだ。


 完全に静かになったアカリを連れて、エスカレーターを降りる。


 ギルド酒場に立ち入ると、ケンとメリダがちょうどこちらを向いたところだった。


 ほかに客はいないようだし、メリダも休憩しているのか二人で同じテーブルに座っている。


 こういう緩いところがいい意味で日本っぽくなくていいよね。海外だとよく見る光景だけど。


 メリダがこちらに手を振り声をあげる。


「あ、おつかれー。いいお土産話が、おっ、連れてきたみたいね!」


「俺がダメで、カケルがOKな理由ってなんだ? 顔か? 顔なのか?」


 てめぇがアカリの柔いところ尊い願いを汚そうとしたからだろうがっ。


 被害者ぶってんじゃねぇぞ、ああん?


「ひっ、そう凄むなよカケルぅ。わかってるよ、今回は俺が悪かったって」


 すまんすまん、と俺とアカリに手を合わせて謝ってくるが、酒に焼けて赤ら顔なせいでいまいち真剣みが足りない。


 もう少ししめておく必要があるか?


 と思ったが、アカリが俺を抑えるように一歩前に出た。


 言いたいことがあるなら、ここは当事者に譲るのがスマートだろう。


 俺の言葉は結局外野の言葉だからな。


 それに、アカリの顔には負の感情が見られない。


 悪いことは起こりえないだろう。


「そんなに気しないでください! 私も生意気なこと言っちゃいましたし。それに、おかげでカケルさんに会えました!」


 悪いことにはならないと思ったけど、良くも悪くも裏表がないよなぁこの娘。


 さっきあんだけいじり倒した俺に対して悪感情0かよ。こういうところ含めて『聖女』らしい純粋さが眩しい。


 泳いだ目線が、にやついたメリダのチェシャ猫のような瞳とかみ合った。


 にんまりと口の端がさらに上がってくのが憎たらしい。こいつはいつもいい空気吸ってるよな。俺もケンも、このメス猫にとっちゃよく動くおもちゃなんだろうなぁ。


「おうおうそう言ってくれると助かるぜ。アカリの嬢ちゃんもカケルなら安心だろ。悔しいことに、そいつがいりゃ大概のアクシデントは形無しだからな!」


「はい! さっきも私のことを守るために、乱暴な人に立ち向かってくれて、すっごいかっこよかったんです! まるで白馬の王子様みたいでした!」


 ぺかーっと。アカリの顔が一気に華やぐ。おめめきらっきらだ。


 俺と出会えたことをそんだけ喜んでくれるのは嬉しいが、こう、こそばゆいな。 


 まったく、アカリが優しくて助かったな! ケンは心の底から感謝しろよ!


 かーっ、ぺっ。


 あと、お世辞はありがたいが、俺は王子様なんて柄じゃない。


 『魔法使い』だぞ『魔法使い』! 王の右腕みたいな感じで知識人ぶるポジだろ。


 ローブ着て、陰気で、魔法以外取り柄がなさそうな世捨て人だよ。


 普段は自分の魔道を極めることしかやることなくて、国の有事にしか必要とされないくらいの扱いがちょうどいい。


 クールでカッコいいよな。


 それに一番大きい理由が、別にある。


 王子様として民衆にキャーキャー言われるのは心地いいが、そのために仮面をかぶり続けるなんて、まっぴらごめんなのさ。


 俺は、ありのままを理解してくれる奴が少しいるだけで、それでいい。


 100人に好かれるより、1人に愛されていたいよ。


 ま、今の俺はその1人すらいない独り身だけどなぁ!


 流石にそろそろソロ活動も寂しすぎて死んじまうぜ!


「いやー、これはカケルにも春が来たかー? けしかけた甲斐があったぜ。アカリちゃん。こいつは偏屈なやつだし大分我が儘だけど、いいところもまぁまぁあるんだ。仲良くしてやってくれよな」


「えへへ、私の方こそよろしくお願いしたいくらいです!」


「おい待て、ケンお前、しれっと嗾けたとか言ったか? なんだ? 酒場で飲んだくれてたのは演技だったのか?」


「耳がいいな。全部が全部じゃねぇよ。まぁ、カケルならアカリちゃんに興味を持つだろうなぁとは思ってたが」


「ケンさん涙目になってましたけど、よさげなやつがいるから紹介してやる、そこに座って待ってろって。人情家お人好しですよねぇ」


 改めてありがとうございました。とアカリはぺこりと頭を下げる。

 そして、頭をあげたかと思えば、俺のことをじっと見つめてくる。


「あ、でもカケルさん。おいたはだめですよ? 君がいたずら好きなのはわかりましたけど、いきなりああいうことされると、その、心の準備が出来てないので……」


 ぽっと、頬を染めてもじもじと身を捩るアカリ。


 は? 


「え、嘘だろ。あのカケルが。コミュ障のカケルが、もう手を出したってのか?」


 はぁ?


「へぇ? ここまで連れてきたのは、お土産話だけじゃ物足りなくて、お持ち帰りしたってことだったのね」


 はぁー?


「次するときは、きちんと声をかけてからにしてくれたら、嬉しいかなって。別に、されることは……嫌じゃないので」


「はぁー!? その言い方は誤解しか生まないだろうが! 主語を言え主語を!?」


 このあと滅茶苦茶火消しした。

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