せいじょのこころ

 『譲れないもの』。


 それはその人間の在り方だ。


 例えばそれは、冒険者になりたいという単純なものにはじまり。


 自分が『魔法使い』であるという確信だったり、この手に持った剣に斬れないものはないという妄信だったりする。


 重要なのは、誰もがそれを持っていて、でもそれをピンポイントで強烈に自覚できる人間は少ないということ。


「今回のパーティメンバー募集の理由……ですか」


 眉を寄せて困った顔をするアカリ。


 そんな難しいことじゃないんだけどな。


 『ユニークジョブ』に適格するほどの『譲れないもの』があるんだ。それを口に出してくれるだけでいいんだけど。


 どうせ、隠そうとしても隠しきれないから俺たちはユニークの名を冠しているんだ。


 隠そうとしている奴が1人もいないけれど。まぁそんなもんだ。


 とにかく、何を言ったって、それが彼女だけの論理で紡がれる、彼女だけの言葉になることはわかりきっている。


 わかりきっているからこそ、彼女の口からそれを聞きたい。


 ありふれたセリフだろうと、名優が演じれば心に響くように。


 ただ、彼女の言葉でそれを聞きたい。


 聞きたいんだけど、信念が揺らいでしまった状態だと難しいかな?


「特に大した理由はないんですよ」


 そう思っていた。


「本当に、噂を聞いて、ああやらなきゃって思って。じゃあパーティメンバーを募集しようって。ただそれだけだから、カケルさんは納得できないと思うんですよね」


 アカリは困った顔はしていたが、それは、どう答えたらいいかわからないから困っていたのではなかった。


 自分の言葉に、俺を説き伏せる力がないと思って悩んでいただけだ。


「だって、私には力があるんです。誰かのために振るえる力が」


 アカリの眼光がだんだんと真剣さを増していく。


 それは、覚悟の宿った瞳だ。ルビーのような、澄み切った情熱の赤。


「それを使うのはこういう時だと思うんですよ。恥ずかしながら、ひよっことはいえ上級冒険者の端くれですからね! 他の上級の方々もそう思ってくれると思っていたのですが……」


 むんす、と胸の前に両手を掲げてやる気をアピールするアカリだが、いかんせんその幼さのせいでリスが餌を頬張る様の真似にしか見えない。


 まぁ、彼女なりに意気込みがあったということはよく伝わってくる仕草だ。


 俺はアカリのことを舐めていたようだ。


 迷っていても、『聖女』の言葉に澱みはなかった。そこにあったのは、他者を想うう澄んだ心だった。


 他の冒険者も自分に同調してくれるはず、というあたりは世間知らずともとれるが、そこを疑わないのはむしろ『聖女』として正しい在り方だろう。


 人を疑うことを知りながら、それを含めて愛するのが『聖女』という存在だ。


「だから、かの有名な『魔法使い』であるカケルさんが興味を引くような大層な理由はなくて。あ、でも、その協力してほしくないわけじゃなくて、あー、うー」


 頭を抱えてメトロノームのように左右に揺れる彼女は、本人は大真面目なのだろうけど、ひどく滑稽で、そして愛おしかった。


 その大層な理由を偽って俺に伝えることもできただろうに、自分を偽ることはなかった。


 たとえそれで俺を説得することができないと半ばわかっていても、それでも譲ることはなかった。


 ノブレスオブリージュ。


 力あるものとして、人を助けなくてはならない。ただその一心で、それを心の底から信じているのだろう。


 そして、それを話しても誰も賛同しないと思いながらも、どこかで誰かが自分の隣に立ってくれるのではないかとも思っている。


 なんといじらしいのだろうか。


 この彼女の面白いところは、誰も隣に立ってくれなくても、最後まで走り続けるところだろう。


 今回の件も、きっとパーティメンバーが集まらなくても、一人でどうにかしようとするのだろう。


 その在り方はひどく尊く、好ましい。


「ああ、まったく、どいつもこいつも肝が据わってやがるよな」


 どうして『ユニークジョブ』持ちというのはこうもわがままなやつばかりなのだろうか。


 敵と見れば斬らずにはいられなかったり、どんな悪人だろうとけが人なら見捨てることができなかったり、宝を見れば誰の物でも自分のものにしようとする。


 人の都合なんて知ったことじゃない。自分のやりたいようにやる。


 結果は後から勝手についてくる。


 同族だからこそわかってしまう、わかりたくもないろくでもないその在り方。


 まだの彼女は我の通し方がまだまだ下手くそだけど、その片鱗は見せてもらった。


 これなら、いいだろう。


 といっても、事ここに至って断る気はさらさらなかったわけだけど。


 俺のつぶやきを聞いてキョトンとしているアカリには悪いが、いちいち動作が小動物じみていて、なんだか新しいペットでも買おうとしている時の気分になる。


 さすがにうちでこれ以上ペットを飼うのは難しい。


 うちのふくろうたちは十二分にかわいいが、ご主人愛が強すぎるのが玉に瑕だ。


 お願いだから俺のために争わないでくれ。

 

「いいよ」


「へ? も、もういいってことですか? あの、そのちょっと今こう上手い勧誘セリフを思いつくとこなんで、もうちょっとだけ待ってもらえませんか!? こう! あと! ちょっとなんで!」


 慌てて変なポーズで交渉の延長を申し出るアカリ。


 いや、これ以上延長して意見をひるがえされた方が君にとっては損だけどね。


 まぁ、見てる分には愉快だからいいか。もう少しだけ彼女が空回るところを見ていようか。


 唐突に何か思いついたように勢いよく立ち上がったかと思えば、やっぱりあまり良いアイデアではなかったのか、脱力して椅子に深く座り込むアカリ。


 妹とかいればこんな感じだったんだろうか。生暖かい目でただ眺めているだけでコーヒーが美味い。


 ま、妹でも何でもいいが、パーティメンバーになる分には何の問題もない。


 ペットにするわけにはいかないが。


「あのですね、実は私には果たさなければならない使命がありましてですね! こう、ガイアが私にもっと輝けと囁いているのです!」


「そうか、輝けと囁いてくるのか」


「そうなんですよ! だからですね! それにはカケルさんの協力が不可欠なんです! 私がもっと輝くために!」


「じゃ、俺がマネージャーでアカリがアイドルな。2人で天下取りに行くぞ」


「はい! 輝きましょうね! ……いや、何の話ですかそれ」


 今はただ、この原石がもっと輝く未来を夢想するだけで笑みがこぼれる。


 身振り手振りもド派手に、ぎゃーすか騒ぐアカリを適当にあしらいながら、俺はしばらく笑っているのだった。


 よし、楽しく話せたな。



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