シンデレラ

「さて、そこな少女」


「あ、はい。なんでしょうか『魔法使い』さん」


 一連の処理が終わったラウンジは俺がどかした机も再配置され、冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事ですよみたいな顔をしている。


 壁の華がお似合いの冒険者諸君も、何事もなかったかのように茶をしばいている。


 冒険者なんだからこんなところでお茶してないで冒険しろよ、と言いたくもなるが情報は武器だ。


 ダンジョンアタックには体調管理も必要になるから、休息時間をラウンジで過ごすのはむしろ意識が高く模範的なのだ。


 冒険者だって立派な職業なのだから、仕事として考えたら毎日好奇心のままに動くわけにはいかない。


 2日潜れば1日は休む。初心者講習で最初に習うことだな。


 ま、俺はそういうのとはあまり関係ない。仕事とかどうでもいいしな。


 これ以外の生き方ができないから冒険者をやっているだけだし、猫のごとく好奇心に従って生きている。


 自由はいいぞー!


 毎日ダンジョン攻略してもいいし、ふいに1か月くらい家で読書だけしてもいい。


 この楽しさを知った身としては、労働に縛られた冒険者とかいう意味わからん立場にはなりたくないものだ。


「どうにも妙なパーティメンバー募集をかけている少女がいる、と小耳に挟んでラウンジに来たんだが……もしかしなくても君の事か?」


「妙かどうかはわからないですけど、パーティメンバー募集はしてますね。参加希望ですか?」


「詳しい話を聞かせてもらえると嬉しいとは思っている」


 パーティ募集の件の詳細について尋ねると、彼女の顔がパーっと華やいだ。


 彼女はさっきから片付けの間、何故かずっと隣にいる。


 被害者とそれを助けた者という関係性ではある。


 しかし、だからといって礼の1つが飛んでくるわけでもなく、なんとも不思議な雰囲気だけが彼女との間には存在していた。


 気まずいわけではないのだが、こう背筋がぞわぞわするというか、悪い感覚ではないのだが、言語化しづらい感じだ。


 部活の先生に見られながらやった試合で勝った時のような……。親の前でピアノを弾いたときのような? よくわからんがそんな感じか。


 なのでどうにか早めに声をかけたかったが、流石に後片付けも残っていたし、それが終わるまで頃合いを見計らっていたのだ。


 これだけ喜ぶのであれば、先に話だけでも切り出しておけばよかった。さっきまでの俺の葛藤は何だったのか……。


「よし! じゃあ、席は……ここでいいですね。説明しましょう!」


「ああ、頼む」


 ニコニコとこちらを上機嫌に見る彼女は、席に着いた途端にどこからか募集用のボードを取り出した。


 ……いや、本当に今どこから取り出した?


 『亜空間収納魔法ストレージ』だろうか。


 魔法として使えるのは俺だけで、あとは荷物持ちバックパッカーの専用スキルで使えるだけだと思っていたわ。


 他にも使用者いたのか。なんにせよ希少技能だ。なんぼあってもいいですからね。

 

「あ、でもその前にまずは自己紹介からですね。うっかりしてました。私はアカリ。ジョブは『聖女』。二つ名は、えー、ヒミツです」


 やはり、ジョブは『聖女』だったか。


 この大ダンジョン時代において、俺の前に現れた2度目のシンギュラリティ!


 『ユニークジョブ』の重複という、ジョブ理論の根幹を揺るがす一大事。


 その原因を探るためにも、なんとしてでもパーティメンバーにしなければ。


 『聖女』は『ユニークジョブ』の中でも、本当に希少なヒーラー系のジョブだ。


 『錬金術師』とかいう、薬とうそぶいて副作用の方が強い毒まがいの何かを飲ませてくる畜生をヒーラーと認めたくなかったので、俺たち『はじまりの冒険者』たちの回復事情はほとんど初代『聖女』頼りだった。


 特別な理由がなくても、とりあえずでも確保したい人材なのは間違いない。


 というわけで、交渉スタートだ!


「改めて、『魔法使い』のカケルだ。ジョブも二つ名も、どちらも『魔法使い』だ」


「わぁ、そういえば私、私以外の『ユニークジョブ』の方と初めて会ったんですよ! サインとかもらってもいいですか!?」


 確かにレアかもしれないが、ちょっとばかりミーハーだな。


 まぁ、まだ中学生くらいの年齢だろうから何もおかしくないのだろうか?


 半回りも下の女学生の考えることを想像するのは、20を過ぎたら少しむつかしすぎるな……。


 そんなことより気になるのは、二つ名持ちになるほどの功績があったのにそれを隠したことだ。


 基本的に二つ名は自称と他称の2種類がある。


 自称の二つ名だった場合は、それこそ自分で名乗っているものなのだから隠すようなものではない。


 逆に、公式にギルドから認定されるにはそれなりの功績を積まなければならない。


 冒険者全員に二つ名をつけていたらキリがないからだ。


 ちょっとしたファンサービスのつもりで、アカリのローブの右手の裾に、防御魔法が自動発動する魔法陣になるようにサインを書きながら考える。


 不自然ではあるが、自分の望まない通称がつくことも稀にあるから、それを言いたくなかったということだろうか。


 他称の厨二系の二つ名がギルドに認可されたりしたら、結構最悪だもんな。


 まぁ、言いよどんだことをつつくのは紳士的じゃない。


 さして重要でもないし、流してもいいか。


「それで、今回のパーティメンバー募集はあるダンジョンの異変解決のためだと聞いてる。どれくらいの情報が揃っているんだ?」


「んー? カケルさんはお説教しないんですか? 噂を聞いてきたってことは、私がやろうとしていることはわかっているんでしょう?」


「どこぞの異変を、ギルドの調査が終わってクエスト化する前に解決したいんだろう?」


「はい、その通りです」


「理由は聞きたいが、別に解決すること自体はしたる問題じゃない。俺がいれば大概は無問題モーマンタイだからな」


 アカリがぽかーんと口を開けてまたアホ面をさらす。


 そんなにおかしなことを言っただろうか?


 言っちゃあなんだが、これでも『はじまりの冒険者』22人内でも最強格の1人として「大阪―梅田駅地下ダンジョン」を攻略した身だぞ。


 その後だって、一度はコンビを組んで……。


 いや、解消してからもソロで「池袋サンシャインダンジョン」を攻略し続けている。


 多少ばかり異変の情報が少なかろうが、「池袋サンシャインダンジョン」深部のえげつない初見殺しと比べれば、その脅威度が落ちるに違いない。


 それにソロじゃなくてコンビな上に、最上級のヒーラーがいるのであれば何事も恐るるに足らずだ。


 本領を発揮した『聖女』の理不尽なまでの回復性能は今でも目に焼き付いている。


 最上級の治癒魔法って、首が飛んでも数秒の間なら傷跡もなく治せるんだよな。


 当時は何度となく肝を冷やすことになったが、そのすべてを取り越し苦労で終わらせた、その凄まじさよ。


「ほかの人たちは、私がやろうとしていることは冒険者として正しくないと言いました。それはやるべき人が決まっていて、私がやることではないと」


「普通に考えたらそうだな。でも、そんな誰かのを聞き入れることはそんなに重要な事かい?」


「え、だって、みなさん立派な冒険者さんで。私からしたらすごい先輩たちばかりですし、その、私のためを想っての言葉なのかなーって」


 俺の言葉を聞いたアカリは、その少し赤みがかった目をまん丸に見開きパチクリと瞬きを繰り返している。


 アホ面より上の驚きの表現があったのか……。


 いや、どっちもちょっと間抜けでかわいいんだけどな。


 整った顔立ちの女の娘がやると、どんな表情もかわいく見える現象だな。

 この世の真理だ。


 それにしても、疑問は実力に対してじゃなかったか。これは、信念が揺らいでしまっているな。


 アカリは、難しく考えすぎている。


 いや、募集をかけ始めたころはもっと単純に考えていたんだろうが、後からやってきた馬鹿な男どもの言うことを真に受けてしまったのだろう。


 純粋な『聖女』を汚すとはなんとも許せぬ狼藉だ。


「大丈夫だよ、大丈夫。冒険者としての心構えとか、情報が足りないとか、報酬がないとか、本当に大した問題じゃないんだ」


 世界で唯一無二の、純白の輝きは俺が取り戻す。


 もう一人の『聖女』の方は真っ白は真っ白でも、それは漂白された白衣のそれだから、このまだ無垢な彼女を守り通さねばならぬ。


 『聖女』とは名ばかりの、医療テロリストと同じ道を歩ませるわけにはいかねぇ!

 

 だから。


 それ以上、他人の言葉で美しさを失いたもうな。


「アカリ。君が今回のパーティメンバー募集をかけている理由を、ありのままに聞かせてくれ」


 その行動の理由が君にとって意味があるなら。


 その尊さが俺の胸を打つならば。


「納得できたなら、俺が手を貸そう。さっきの戦いで実力は分かっただろう? 天下の『魔法使い』を口説き落とすチャンスだ。俺がいれば、君の望みも叶うさ」


 心動かせたなら、この『魔法使い』が魔法をかけてあげよう。


 かぼちゃの馬車を用意して、君をどこまでだって連れて行ってあげる。


「聞かせてくれ。君の本心を」


 さぁシンデレラ。君の『譲れないもの』を見せてくれ。

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