いくら治せるからって乱暴なのはだめですよ!

 俺がマルを殴り飛ばした直後。


 ギルドのラウンジは誰も音を立てられない静寂の場と化していた。


 拳を振り下ろしたまま残身を取っていたが、それも必要なさそうなので姿勢を戻し、伸びを一つする。


 ほんの1~2分の戦いだったが、肩が凝ったように感じる。精神的なものだがな。


 マルが思ったより強く、一瞬の判断ミスで負けかねない緊迫した戦いだった。

 

 さて、壁際の冒険者たちを見る。……またしても全員から目を逸らされる。


 少しやりすぎたもんなぁ……。


 流石にこれは遠巻きに見られても文句は言えない。


 ガチガチの前衛職を、後衛職マジックユーザーがパンチ一発でしたらすごいかっこいいと思ったんだけどなぁ。


 何事にも限度があるということだろう。カケル反省だ。

 

「あーーー、そうだ! まだギルドの人は誰も来ていない?」


「まだ来ていませんね。それにしても、いくら治せるからって乱暴なのはだめですよ! さっきも言いましたよね? 君にも聞こえていたはずなんですけど」


 かなりアウェーな空気感に堪えられなくなって、仕切り直しの意味も込めて声を上げれば、想定していなかったところから返答があった。


 頭を床にうずめて倒れ伏すマルの横。


 殴り倒してから視線を外したのは一瞬のはずなのに、そこには既に例の少女がしゃがみ込んでいた。


 マルが頭から床に叩きつけられた時に、可動域の外まで動いてしまった肩の様子を診ているようだ。


 まぁ、あの動き方だと最低でも脱臼はしているはずだ。はめ直してやるつもりだろうか。


 けが人が出ると踏んで準備をしていたのだろう。


 戦闘開始前のアホ面からは想像ができない手際だが、専門職というのは自分のやれることに関してはこちらの想像を軽く超えてくることがある。


 からかい好きのメリダの言うことだから全面的に信じられなかったが、これはもしかして、もしかするのか?


 この少女はり手のヒーラーだ。だから歳に見合わないレベルでその手の医療知識があるのも不思議ではない。


 症状を把握したのか、少女が患部にその小さな手を添える。


 そして。


「……これなら、こうかな? えいっ」


「いってぇえええええ!?」


「あ、間違えちゃったかな? じゃあこれで! えいっ」


「ぐぁあああああああ!?」


「んー? 本に書いてある通りにやったはずなんだけどな……もう一回! えいっ」


「いっ!? ぃぃかあああげんにしいろおおおお!」


 惨劇が始まった……。えぇ……。


 床下からくぐもったマルの声が木霊する。


 これ、下のクエストカウンターでも響いてるだろ。新しい怪談ができそうだ。


 『怪奇! 天井でうごめく鼠男の悲鳴!』みたいな。


 ……シャレにならないくらいシュールな絵面なんだよな。


 四肢をじたばたさせる床に頭の埋まった筋肉質な男と、その男の肩を掴んで明らかに人体が動かない方向に捻り上げる純朴そうな少女。


 一体、俺は何を見せられているのだろうか?


「あ、すいません。失敗しちゃったみたいです」


「しちゃったみたいですじゃないだろ!? 人様の肩で遊ぶな!」


「遊んでいたわけではないですよ! せっかく治療してあげてたのに失礼な人ですね!」


「だったら早く治しやがれ! 治癒魔法使えばいいだろ!」


「わがままだなぁ、治癒魔法でどうにかすればいいんですね? ……これで満足ですか?」


 なにやら不毛な押し問答をしていたかと思えば、不服そうな表情を浮かべた少女が右手を患部に押し当てた。


 と、ふいにその手に翡翠ひすい色の光が灯る。


 やさしい光を放つその手からは、見ているだけでこちらの心まで安らぐ、マイナスイオン効果を持った癒しオーラとでも言うべきものが発せられている。


 俺が見間違えるはずがない、『聖女の手ホーリィヒール』だ。


 残りのもう片方の肩と、傷ついた右手も同様に癒し終わった少女は、立ち上がり一歩後ろに下がった。


 それを知ってか知らずかマルは両手をつき、渾身の力を込めて床から頭を引き抜いた。


「まったく……いくら治せるからって乱暴にするんじゃない、って言ったのはそっちだろうに」


「すいません。せっかくのいい実験台かんじゃでしたので」


「お前、今俺のことを実験動物かなんかだと思ってただろ」


「そんな馬鹿な! ところで、治療費はどちらに請求すれば?」


「嘘だろ!? この上、金までとるっていうのか!?」


 ……そろそろ、茶番も飽きてきたな。何より、蚊帳の外なのが寂しい。


 外野の冒険者たちも遠巻きにこちらを見るばかりで何もしないし。


「治療費はそこのマル持ちだ。ギルドの規定によれば、ギルド法4条3項に則って行われた仲裁で生まれた傷害の治療費は被傷害者の負担となる。つまり、弱いやつが悪いってわけ」


 ついでに、物的被害が出た場合はいさかいを起こした側が弁償することになっている。


 この場合は俺も少女も悪くないから、マルが全額払うことになるだろう。


 そう、俺が払う必要ないじゃん。もっと派手にやればよかったわ。


「なるほど。ありがとうございます『魔法使い』さん」


 割り込んだ俺に、律儀にもこちらを向いて少女がペコリと頭を下げる。


 そして、その間に立ち上がろうとするマルの方へと即座に向き直った。


「というわけで、マルさん。肩関節脱臼2か所と右手の裂傷の魔法的治療、あとはまだ手をつけていませんが、オプションで頸椎けいつい周りのアフターケア。併せて、30万ほどが相場ですか。オプションなしなら20万でいいですよ」


 少女の首が人形のようにガクンと横にかたむく。


「お支払い、いただけますね?」


「あ、はい。払わせていただきます」


 後ろから見ていて表情がわからなかったのに、少し怖かった。


 直視してしまったマルにとってはホラー映画さながらの演出だったのでは。


 声もさっきまでの少女らしい明るさが鳴りを潜めた、すごい平坦な声だったし。


 魔法治療は、『減衰距離』の関係でダンジョン周辺でしか行われない。というか普通は行えない。


 なので、おかみの出したガイドラインに従うと、とんでもない高額請求が当たり前となる。


 保険もあんまり効かないしなぁ。冒険者はけがし放題・死に放題なので、保険会社から嫌われているのだ。


 でもそれは一般の治療と比べて、だ。


 魔法治療は従来の近代医学では対処できない病巣にも手が出せる。


 快癒までの即効性が段違いなのも相まって、実際に出る効果からしたらその料金はむしろ良心的とまで言えるだろう。


 魔法をかける側としても、自分のMP単価で換算すると、大分もうかる商売だ。


 小規模ダンジョンの横にクリニックを開いて、一般人向けの万能医者として荒稼ぎするヒーラーとかもいるくらいだし。


 まぁそんなことしてるやつの腕がいいかと言われると疑問だが。


 そして、この場で一番重要なことは、少女が魔法を使ったことだ。


 ダンジョンの中で使うのと遜色そんしょくのないレベルの治癒魔法を、だ。


 そんなことができるヒーラージョブなど、この世界広しと言えど1つしかない。


 『聖女』である。


 だから、この場で一番の問題があるとしたら、彼女が『聖女』であることではなく。


 宿、ということだ。


 俺は『はじまりの冒険者』として、やつら21人の顔と名前が一致している。


 いや、中には初代が殉職して2代目3代目が生まれている『ユニークジョブ』も存在する。するにはするが、あれは例外というか、『ユニークジョブ』という名の呪いというか……。


 なんにせよ真っ当な、というとあの人格破綻者どもには上等すぎるが。俺を含めた正当な『ユニークジョブ』持ちの21人はいまだに健在なのだ。


 旧友である『聖女』本人とも、先月メールでやり取りしたばかりだし。


 なので、先ほどメリダに耳打ちされたときに、興味がわいたのだ。


 存在しえないはずの、『ユニークジョブ』の重複という異常。


 そんなとびっきり面白い世界の特異点が目の前にあると知ったら、調べずにはいられないだろ?


 なんせ、好奇心でうかつに踏み込むのが冒険者という生き物なのだから!


 痛い目見たって、それはそれで笑い話だ! どうやったって儲けもん!


 目の眩むような成功も、馬鹿みたいな失敗も、酒のつまみにゃ欠かせない。


 人生、そういうものだ。


 とりあえず、けがの完治したマルは、後からやってきたギルドの職員さんにパーティメンバーごと連れていかれた。


 肩をしょんぼりとさせていて、哀愁を感じずにはいられない。


 貴重な回復役を捕まえられなかったばかりか、ギルドからのペナルティに加えて、余計な出費まで負ったのだ。


 自業自得気味だが、本人としては踏んだり蹴ったりだろう。


「さて、そこな少女」


「あ、はい。なんでしょうか『魔法使い』さん」


 ま、ここまでは余興に過ぎない。


 俺にとっての本題は、目の前で小首をかしげてこちらに上目遣いをしている。


 くそっかわいじゃねぇか。


 別に『聖女』だからって見た目まで美少女である必要はねぇんだぞ。


 媚び売りやがって……。俺はそんなのに惑わされんからな?


 気持ちを切り替えるために一呼吸つく。


 変なことを考えるのは緊張のせいだ。


 いつどこであろうとこの瞬間が一番緊張するのだから。


 新しいパーティを組むこと、仲間を増やすこと。


 それは冒険者にとって、こいつのためなら命を賭してもいいと思える仲間を選ぶ、神聖な儀式だ。


 さぁ、俺と君の出会いは運命なのかどうか、御伺いを立てようか?

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