『魔法使い』は譲れない

 流石に気分が高揚します。


 まさに一航戦になったかのようだ。敵船は全部ハチの巣だぜぇ!


 ハチの巣は言い過ぎにしても、マルは襲い来る風の弾の全ては防げなかったはず。


 左手で背中から抜き放ったからには、左足は盾が届かず防ぎようがない。


 ギルドの備品に傷をつけないように、ある程度の距離で霧散するように設定したから、貫通まではしていないはずだが……。


 マルの左足には1つだけだが小さな穴が開き、そこから真っ赤な血が溢れ出している。


 『颶風の弾丸ウィンドバレット』は本来、貫通力の高い風系の上級攻撃魔法だ。


 不可視であり、放たれた後も弾丸の中心に向かって大気を高速で収束させて加速し、周囲との莫大な気圧差で相手の防御をぐちゃぐちゃに食い破る。


 マルは手持ち盾バックラーを振り下ろすことで『颶風の弾丸ウィンドバレット』と真っ向から打ち合わず、流し切った。


 それによって威力と貫通力を落とすように設定していた大半の弾丸たちは、盾を貫くことなく表面を削るだけでやり過ごされてしまった。


 うむ。撃った時は少しばかりやりすぎたかと思ったが、きちんと防げたな!


 流石は上級冒険者だ! えらいぞ!


 ……次はもう少し加減しよう。


「ああ、クソッタレ。お前がそんなもん撃ってくるならこっちにも考えがあるぞ!」


「お、これはまさか?」


 笑顔を浮かべてしまう俺とは反対に、マルの方は奥歯を噛み締めた髭面だ。間違えた。しかめっ面だ。


 右足一本で後ろへと一足飛びに退いたマルは、左腰にぶら下げていた片手剣に手をかけた。


 勢いよく抜き放ったそれを、胸の前で構えた盾の影からいつでも繰り出せるように引き絞る。


 ボクシングスタイルで右手に片手剣、左手に手持ち盾バックラー


 これが、『剣闘』のマルの名の由来だろう。


 このスタイルは最近の攻略組の流行りだから使っているのかと俺は思っていたが、先ほどの防御といい構えが堂に入りすぎている。


 これはもしや。


 両手を挙げて飛び込んで来ようとするマルに制止をかける。


「1つ聞いてもいいだろうか」


「……あまりマジックユーザー相手に時間を渡したくないってことを分かってくれ」


「俺は今、魔力をこれっぽっちも動かしちゃいない。この状態から魔法が撃てないことは、お前さんほどの使い手ならわかるだろう?」


「何が聞きたい」


 問答の間も一切構えを崩さないマルが、しぶしぶ答える。


「最近流行っているそのボクシングみたいな構え。もしかして生みの親は?」


「ちっ勘がいいな。……俺だよ。俺の名は『剣闘』のマル。ジョブは『剣闘士』。剣と盾を用いた、古代ローマの剣闘士のような肉弾戦が俺の得意分野だ」


「へえ、やっぱりいい名前じゃないか。改めて宣言しておこう。俺は相手の名前を覚えないなんて傲慢なことはしない」


 そう、そんな失礼なことはしない。


 そして、だ。


「マル。君の名前は、俺が一等覚えておくべき名前のうちの1つになるだろう」


「はっ。『魔法使い』様の覚えがいいとは、こりゃ光栄だな。ついでに俺の一撃でぶっ倒れてくれれば文句なしだ」


 マルの身体に『力』がみなぎるのがわかる。


 武器を抜き、いつものスタイルになったからだろうか。それとも、今の俺とのやり取りでより自信がついたか。


 先ほどまでよりも明らかに圧力が増している。


 憎まれ口叩いてるしツンデレかと思ったんだけど、自惚れかな?


 俺を認めてくれてるなら嬉しいけど、聞いても素直には答えてくれないだろうな。


 たとえ左足に風穴が開いていたとしても、今度の突進は受け止められないだろう。


 使おうと思っていた『風の障壁ウィンドベール』を頭の中の候補から消す。


 これは加減はいらないな。もう少し強い魔法を使ってもよさそうだ。

 

「よーし、新しい戦術を生み出した名誉を称えて、俺もそれにふさわしい魔法を使うぞ!」


「なんでお前に称えられなきゃいけないのかわからないが……お手柔らかに頼むぜ」


 互いの目が笑いあったことを認めたのが合図だ。


 俺は改めて右拳を握りしめる。指輪が一際輝き翠緑の光を辺りに撒き散らした。


 その瞬間には、もうマルは駆け出していた。


 上半身の体幹を少したりともぶらさず、下半身の動きだけで近づいてくるその歩法は、俺にマルとの距離を正常に測らせない。


 どこぞの武術の奥義にありそうな技をここ一番でぶつけてくるのか!?


 マルならば俺が動きを見せた瞬間には飛びかかってくることは想定していたが、想像以上の速度と技だ。


 いや、これは本当に速いのか? それすらも俺にはわからない。


 だが、1つだけわかることがある。


 それは。


 何が来たって、俺が勝つということだ。


「すべての冒険者の中で最強の座につく二つ名は決まっているんだ」


 俺の魔法が発動した瞬間、マルとの距離がゼロになった。


 あれだけ格闘術を見せておいて最後はただの体当たりか!?


 いや、そう思っただけか?


 本当に密着しているならば、もう衝撃が来ていてもおかしくない。


 もしや、これは錯覚か。


 マルが本当に拳を振るう距離に入る直前に魅せてきた、まやかし。


 離れているはずなのに近くにいるように見せる、蜃気楼の体術。


 動揺する時間ももったいない。体当たりでも当て身でも関係ない。


 魔法が発動したことでで、マルとの間の正確な距離を測り直す。


「たとえ相手が近接職だろうと、マジックユーザーだろうとヒーラーだろうとなんだろうと!」


 マルの位置を把握した。拳を振るうのに最適の距離。


 構えからしてやはり、目的は右手の剣を振るうことのようだ。


 左の盾を前面に出して近づくことでこちらの魔法を防ぎ、右の剣で斬り伏せるつもりだったのだろう。


 どこまでもセオリー通りに、それを高い水準でこなす男だ。


 だが、今回は相手が悪かったな。


 俺の全身を金雷が蛇のように這いずり始める。


 マルは既に剣を持った右手を全霊で振るうべく、左の盾を後ろに引き始めてしまっている。


 右手の剣も振り下ろし始めていて、前面がすっかりがら空きだ。


 今からでは到底この雷の一撃を防ぐ術はない。


 だから俺は冷静に、限界まで引き絞った右拳を超大振りで繰り出す。


 野球のオーバーハンドスローの要領で繰り出された拳は、標的を穿つのが待ちきれないとばかりにみるみる輝きを増し、マルの顔へと近づいていく。


 マルの顔が驚愕に歪むのが、加速した知覚にスローモーションで映る。


 まやかしを魅せて、自分の方が早く剣を振り始めたのに、なぜか相手の拳が迫る方が早い。


 そんな恐怖を味わうことになったマルは今、何を考えているのだろうか。


 『雷帝の鎧エレクトラム』。


 近接格闘用の、とっておきの付与魔法エンチャント


 体中に纏わりつき、辺りを黄金に照らし出す雷の蛇たち。


 生体電気にすら干渉する輝白きびゃくの雷は、風を纏った時以上の速度と破壊力を俺に与える強力な付与魔法だ。


 俺の知覚を加速させ、体のリミッターを解除したような動きを可能にする。


 ついでに触れた相手を感電させたりそのまま電熱で焼き切ったりもできるが、今回は過剰だな。


 ただ殴れば、それで終わる。


 目の前で驚愕の表情を浮かべるマルには悪いが、今回の魔法の喧嘩は俺の勝ちだ。


「『魔法使い最強』は譲れない」


 思い切り振り下ろした俺の拳がマルを叩き潰し、彼の頭が床をぶち抜いた。


 ……いや、ぶち抜いちゃダメじゃん!? せっかく傷つけないように戦ったのに!






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