決闘
あまりに驚いてしまったので、経緯について今一度思い起こそう。
そう、それはほんの数分前のことで――。
推定『聖女』の少女は、困った顔をして応対していた。
それを取り囲む男たちは装備の質がいいから、深層にアタックをしている攻略組のパーティだろう。
せっかくならば、かわいいヒーラーが欲しいというところか。
むさい男たちとは対照的に少女の年齢は思ったよりも若く、まだ中学校に通っていそうな幼さだ。
「ダンジョン特例法」で冒険者になった口だろう。
冒険者適性が高ければ、学校教育が免除され、ダンジョン攻略を推奨されるとかいう。
「学生にまでダンジョンダンジョン……この国もいい感じに壊れてきたよな」
政府のお偉方の英断には頭が下がる。
世間様からはやぶれかぶれの悪法だ、学徒出陣だと馬鹿みたいに叩かれているが、俺としては大賛成だ。
ダンジョン攻略に年齢なんて関係ない。
必要なのはダンジョンに潜った回数と、ぶれない『譲れないもの』だけだ。それさえあれば、この世界で生き残れる。実力なんてのは後からついてくる。
だから、若い頃からダンジョンに潜るってのは冒険者としてエリートコースだ。
まぁ、『はじまりの冒険者』である俺ですらまだ3年しか潜ってないんだから、あまり偉そうなことは言えないが。
逆に言えば俺以外の誰が偉ぶるんだって話でもある。おら! 崇め奉れ!
なんにせよ、考え事をしている間に視線の先ではなんだか険悪な雰囲気が流れ始めている。
今面接中の男衆とはこじれそうだから、このコーヒーを飲み切ったら声をかけに行くか。
何もなければいいが、リーダーらしき髭面の男の顔が苛立ちに歪んでいるのも気になるし。
さすがにギルドでもめ事を起こす馬鹿が……。
「わからない嬢ちゃんだな? 黙って俺らについてくりゃいいんだよ!」
いるのか。
驚いた。
「離してください! いたっ痛いです! いくら治せるからって乱暴なのはだめですよ!」
「いつまでも駄々こねてないで、行くぞ! 力の無駄遣いなんてしてないで、まずは攻略しろよ! そもそもヒーラーは数足りてないってのにわがまま言いやがって」
机を右手で叩いて真っ二つにした髭面の男は、少女の腕を左手でつかんで無理やり立たせようとしている。
少女は抵抗しているが、攻略組の前衛クラスらしき男とは『力』にかなりの開きがあるのだろう。引きずられるように立ち上がらせられた。
周りはみんな嫌なものを見るような目はしているが、誰が声をあげるわけでもない。ただ、それが通り過ぎるのを待とうとしている。
……そういうところが、冒険者らしくねぇんだよ。
どいつもこいつもふざけやがって。
苛立ちと共に、現実逃避していた思考が現在へと追いつく。
その胸の内を解放したいと思っていたから、その言葉はするりと口を抜け出た。
「おい、そこの乱暴そうなの」
「え、私ですか?」
「あ? なんだ兄ちゃん、なんか文句あんの……か? え?」
「は?」
(……今、明らかに変な声が聞こえたよな)
なぜかこの状況でアイコンタクトが成立した。
狐につままれたような顔になった男は逆再生のように少女の方へと視線を戻す。
その動きに合わせ、俺も少女の方に目を向ける。多分俺も同じような顔をしているだろう。
男の背中越しにひょっこり顔を出していた少女の目が、まんまるに大きく見開かれている。目が合った。
彼女は男とこちらとを2度ほど見比べて。
「あ、違ったか。恥ずかしい……」
頬を染めて何か呟いたが、緊張感が薄れるからやめてほしい。
襲われている側なのになんでそんなに呑気なんだ……。どういう勘違いをしたら自分が乱暴者扱いされてると思えるんだよ。全然理解できねぇ。
とりあえず、この状況ごと吹き飛ばしちまえば、考えなくて済むか?
呟きを聞いて呆然としていた男が、ハッとして素早く少女から手を離しこちらへ体ごと振りむいた。闘争の気配を感じ取ったのだろう。
俺も男の方に視線を戻す。
こちらに振り向いたまま固まっている男だが、最初に騒ぎを起こしたのはお前の方だから、覚悟は当然できているはずだ。
……少女の突然のボケで混乱するのはわかるが。
「ギルド法4条3項」
ええい、カウンター前だとやりづらい。ラウンジの真ん中へと歩き出す。
周りの机も邪魔だな。少しどいてもらうか。模様替えして気持ちもリセットだ。
右手に持っていた身の丈大の愛杖『ユグドラシル』もラウンジのカウンターに立てかけてしまう。今回はもうこいつの出番はないだろうから。
ついでに、視界の端で今更動き出そうとしたギルドの職員さんも、軽く手を上げて押しとどめる。
攻略組クラスを制圧するならどうせ俺の手を借すことになるのだ。その間に報告を回してくれた方が事後処理が早く終わるだろう。
こちらの考えが伝わったのか「任せます!」と職員さんは声だけを残して走り去っていった。
よし、これで完璧に条件が整った。
「冒険者同士の争いを止められるギルド職員がその場にいない場合、より上位の冒険者はその争いを止める権利を持つ」
「机が、浮いてって、おいおい、無詠唱だろ!? しかもギルドはダンジョンから200m以上離れてるんだぞ……『減衰距離』が仕事してねぇのか? これだけの浮遊魔法を
よし、男の方も少女の事を忘れたように俺の方に注目している。これでいいんだよ、これで。
男の左頬を冷や汗が一筋流れる。
……俺を相手にしても少女に取ったのと同じ態度を取れたならまだ面白みがあったんだが、流石に萎縮が先立つか。
まぁ、わかるぞ。今がどういう状況なのか、攻略組まで上がればいやでも理解するよな。
よくいる
先ほど少女を立ち上がらせた様子を見るに、男も能力のすべてを失ってはいないようだが、弱体化を受けているはずだ。
なんせダンジョンから100mも離れれば、『減衰距離』の影響で、一般冒険者のダンジョン由来の能力は失われるはずだからな。
『減衰距離』。
この世が強大な力を持つ冒険者が牛耳る暴力の世界になっていないのには、明確な理由がある。
ダンジョンで得た能力は、ダンジョンから離れれば離れるほど、その強度を落とすことになっているのだ。
上級冒険者、つまり上位ツリーに位置する『ジョブ』についた冒険者はある程度その制約に抗うことができるが、完全に無視することもできない。
それを無視できる存在は、この広い世界を探しても、たった22人しか存在しないのだから。
そして、そのうちの1人がここにいる。
このギルドの、ダンジョンからの距離はおよそ270m。
冒険者の平均的な『減衰距離』からすると3倍近い。
だが、俺はなんの
周りへの遠慮で力は落とすが、それは俺の溢れ出る社会性によるものであって、ダンジョンですら俺を縛ることはかなわないのだ。
「俺は後衛だから格闘戦とか苦手なんだが、さすがにギルドで派手に攻撃魔法を使うわけにもいかないからな。杖は使わないでおく」
「おまえ、『魔法使い』っ」
なんてのは建前で、この男くらいなら『ユグドラシル』があってもなくても大差ないからだけど。
杖術が使えなくなるのは痛いが、ハンデとしては逆に丁度いいかもしれない。
別に苦しくなったら魔法で捕まえちまえばいいしな! この髭面の男を捕縛しようと思えば、いつでも一瞬でできる。
男は
左腰に片手剣を吊るしているし、さっき背中に盾を背負っているのが見えたから、おそらく片手剣と盾の両手持ちで戦う前衛職なのだろう。
ボクシングスタイルを流用した剣術は攻略組での最近のトレンドだ。
ギルド内で武器を抜かないだけの理性は残っている。
いや、少し頭に血が上っただけで、本人もあまり
それなら、間が悪かったと勘弁してほしい。少しばかり利用させてもらおう。
俺も、未来のパーティメンバー候補に自分の実力をアピールする機会が早々に欲しかったところなのだ。
本当はダンジョンでやるつもりだったが、こっちの方がインパクトが強いだろう。
鬱憤を晴らすのにもちょうどよさそうだしなぁ!
男の背後に一瞬目を向ければ、口を半開きにしたアホ面で少女がこちらを見ている。
この剣呑なやり取りに動じないとは、なかなか肝が据わっている。
やはり仲間に欲しいところだ。
半身になるために左足を引いて、それとバランスを取るように右腕を持ち上げる。
右の人差し指に嵌めた支援系魔法用の魔具である指輪を、体をリズミカルに揺らし始めた髭面の男の胸に向けた。
男の目には、先ほどまでとは違って、覚悟がきちんと宿っている。
それに対して、周りの冒険者たちはとっくに壁の華になっている。逃げ足だけは一人前なのも正しい。
敵わないものに出会ったら、普通は考える前に逃げるべきだろう。
だが、それでは障害にぶつかったときに逃げることしかできない。
その点、目の前の男はいいな。
逃げるのが正しいとは言ったが、真に冒険者らしいのはもちろんこちらだろう。
せっかくケンが真っ当なアドバイスをくれたところに、泥塗るようで申し訳ないけどよ。
冒険せずして、何が冒険者だというのか。
あぁ、こういう冒険者の相手をするのは久しぶりで気分が高揚する。
格下とはいえ攻略組の前衛職。年単位で人喰いの化け物と額を突き合わせてきた、生粋の戦闘人。
近距離では向こうに一日の長がある。
こっちは文字通り『魔法使い』。バリバリの後衛職ってことになってる。
しかも、周りを巻き込まないように攻撃魔法を自重してる上に、杖を置いてきたから頼みの綱の杖術も使えない。
これだけ加減すれば十分かな。
「前衛職は殴り合いが得意だろう? 拳での喧嘩の仕方を、この『魔法使い』にも教えてくれよ」
……少しは楽しめるといいんだが。
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