冒険者ってバカだよなw

 ラウンジはギルドが入っている建物の4階にある。


 1階は素材の買取所と、ギルド直営の冒険者用のサポートショップ。2階がギルド酒場。そして、3階がクエストカウンターで、5階から上は事務所だ。


 ラウンジでは主に冒険者がパーティメンバーを探したり、情報交換なんかをする。


 たまに一般人が珍しいもの見たさでお茶会をしていたりもするが、基本的には冒険者たちの社交場だ。


 中にはギルド酒場の方でそういう冒険者らしい交流をやりたがるロールプレイング勢もいるにはいるが、周りからの評判は悪い。


 俺としてはすごく行動でいいと思うんだけど、日本人的には用意された場でそういうことはやれ、ということらしい。


 まったく、そんなんだから冒険者としての格が上がらないのだ。外聞なんてくだらないものを気にしても、ゴブリンすら気遣ってくれないぞ。


 500円硬貨を渡して入場料代わりのコーヒーを紙コップに注いでもらう。


 長居するなら普通のカフェのようにカップに淹れてもらうことも可能だが、今回はそこまで長い交渉にはならないだろう。


 なにせ、相手はの冒険者ならば乗ってこないようなパーティ募集をかけている。募集に応じる資格者が見つかれば、ノータイムで握手をするだろう。


 そして、その資格者とは。


「強く、金銭的に余裕があり、自分の得にならないこともやる冒険者」


 異変が起きていることしかわからず、何を目標にして解決すればいいかの情報すらない、というのは大分厳しい。


 そこには異変と呼ぶだけの初見の異常があるのだから、調査ですら命がけだ。


 豊富な経験とその強大な力で危機を回避できる上級冒険者でなければ生き残れないだろう。


 またケンはあまり重要視していなかったが、報酬皆無だからこそ、異変が解決するまでの生活の糧をどうにかするためにそこそこの経済力も必要になる。


 冒険者のうち、平均的な異変解決期間である1か月を無報酬で平気で過ごせるのは、俺やケンのようにダンジョン深部の攻略を進めるトップ層だけだ。


 例外としては、ソロやコンビで浅層を探索しているやつらもある程度は余裕があるだろう。


 しかし、そういうやつらは自分の利益のためにそういうスタイルを取っているわけだから、今回の募集に乗ってくることはないだろう。


 儲かる依頼じゃないからな。


 冒険者ってのは大抵は稼いだ金をパーティ人数で割るから、一般的な4人パーティで探索などしていると、常に自転車操業を強いられる。


 食い扶持を除けば、装備のメンテナンスとアイテムの補充だけでいっぱいいっぱいになってしまい、ソシャゲの課金代すら出せないみたいな嘆きはよく聞く。


 ダンジョンは金食い虫なのだ。


 ん、改めて考えてみるとなんとも儲からない商売だ。


 そのうえ命がけの肉体労働で、時には暗い穴倉に泊まり込むことだってある。いいことなんて冒険終わりのキンキンに冷えたエールくらいか。


 だが、俺たちはダンジョンに挑む。


 なぜならそこにロマン『譲れないもの』があるからだ。


 冒険者は常に金欠だ。


 言っちゃあなんだが、上級冒険者になれば一般的なサラリーマンの年収など鼻で笑えるほど稼げる。

 

その分、装備のメンテナンスとかの支払いもアホみたいな額になるんだけどな。


 4人パーティで浅層を探索している冒険者たちだって、大きな稼ぎが出た直後にドロップアウトすれば2~3年は遊んで暮らせるだろう。


 じゃあなぜ冒険者たちが常に金欠に喘いでいるか。


 そんなの、冒険をやめるという選択肢がないからだ。


 俺たちは金が欲しくて冒険者をやっているわけじゃない。


 中にはそういうやつもいるが、大半がダンジョンに潜りたくて仕方ない立派なダンジョンジャンキーばっかりだ。


 だって、漫画やアニメの中にしかなかった冒険が、目の前で俺たちを待ってるんだぜ?


 どうしてそれでワクワクしないのかわからない。


 堅実にサラリーマンとして家族を養っていくのが偉いという風潮なんてクソくらえだ。冒険者を野蛮だと、社会不適合者だと嘲笑うやつらはそれこそ「臆病者」だ。


 俺たちは、今日を精一杯生きている。誰にも迷惑なんてかけてない。


 むしろ、唐突に現れた危険なダンジョンを攻略して、ダンジョン特需を作って経済回してるんだから、十分すぎるくらい社会に貢献している。


 やりたいようにやりたい放題やって、自分のケツを拭けるようになったらそれで一人前の冒険者だ。


 さて、1人で勝手に熱くなってしまった。久しぶりに骨のありそうな冒険者の話を聞いたからだろうか。


 少し落ち着いた方がいいな。ファーストインプレッションは大事だ。


 それにしても、思い返してみたがなんとも難儀な募集だよな。


 まだこの募集を受けると決めきったわけではない。だが、こんな面白そうな状況を見逃す手もまたない。


 もし俺がこの話を聞かなければ、ギルドが調査に出かける前にメンバーが集まっていただろうか?


 ……いや、その時はその調査に無理やりついていくんだろうな。もしくは一人で突っ込むか。


 少し聞きかじっただけでも、バイタリティの塊みたいだし。


 『聖女』ってのは見た目がどんだけ儚く麗しくても、芯のところが他人様を助けるためだけに鋼鉄で出来てるからな。


 ナイチンゲールだのクララ・バートンだの、あの手の人にはマジで尊敬しかない。


 そして、そんな医療伝説の最先端たる『聖女』が生半可な存在であるわけがない。


 「終末医療ターミナルケアとかいう言葉が気に入らないから、とりあえず」とか言って、日本中の病院から一時的にがん患者を一掃したのは痛快なエピソードの1つだ。


 流石に一気に患者が減りすぎて経営が傾いた病院側から無視できないほどの苦情を貰って、政府からも規制されたってんで治療の規模を調整したみたいだけど。


 そこで病人以外の意見も聞くのがお優しい『聖女』様って感じだよな。


 俺が同じ立場だったら、絶対この世から怪我と病を消すまで我慢できないし。


 やりすぎるくらいが正義だろ?


 ま、そんな『ユニークジョブ』の一角。人助けモンスターの『聖女』様はどこにいるかなっと。


 ラウンジを見まわしてそれっぽい娘を探す。


 ローブ姿、野暮ったく、聖職者のような……。


 いた。


 噂の彼女は、奥の方の机で募集用のボードを手に持って今も面接中だ。


 むしろあれは逆に男3人のパーティから勧誘を受けているのだろうか。


 話しかけるタイミングを窺うことにするか――。


「わからない嬢ちゃんだな? 黙って俺らについてくりゃいいんだよ!」


 と優雅にコーヒーを呷っていると、突然、大きな音を立てて机が崩れ落ちる。


 リーダー格っぽい髭面の男が力任せに真っ二つにしたみたいだな。


 ……いやいやいや、冒険とか魔法とか、非日常は大好きだけどさ。


 暴漢に絡まれる少女とか、そういう面倒ごとは逆に創作の世界だけでいいんだが???


 こっからどう穏便に話しかけろって言うんだよ。ふざけやがって。

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