パーティメンバー候補?

「その嬢ちゃんが言うには、とあるダンジョンで異変が起きているから、それを調査・解決したいって話だった」


「まぁメンバー募集の定番だな」


「そう、それだけなら普通の募集だ。ただ、それだけならな」


「随分あおるじゃないか」


「話し上手と言え! ったく。その嬢ちゃん曰く、ギルドからはまだクエスト認定されてなくて、それまで待ってられないんだと」


 ギルドクエストになる前の異変の調査……?


 リスクだけが先走って、大したメリットもないだろうに。そりゃまた珍妙なご用件だこと。


「パーティ募集をかけて冒険者を集めるってことは、ギルド専属でもないってことだろう。どういう事情だそれ」


「そう、わけわからねぇだろ? 当然、俺としてはそういうのはクエストになって情報が出そろってからどうにかすべきだと、説得しようとしたわけだ」


 そこで一息入れるためにエールを流し込むケン。


 彼は飲み終わったジョッキを、机に勢いよくドンと叩きつける。


「報酬だって出ない。何が起きてるのかもわからない! そんなところに突っ込むなんて、いっぱしの冒険者としてはうなずけねぇ話だからな」


 冒険者は冒険しねぇから成り立ってんだよ、とケンは最後に悔し気に吐き捨てた。


 ケンにしては真っ当なことを言っている。いや、彼は少しばかり悪人面なのと、女好きがすぎることを除けば、気風のいい付き合いやすい男なのだが。


 道理に反したこともしないし、ダンジョン内での立ち回りも一級のそれだ。


 模範的な冒険者としては理想に近い。


 いつまでたっても三枚目から抜け出せないだけなのだ……。


「ただ、その嬢ちゃんもなんか譲れねぇもんがあるみたいでな。喧嘩別れになっちまった」


「で、こうやって飲んだくれているのか」


「うるせぇ! 飲まずにやってられっかよ!」


「そりゃ飲んだくれると思うわよ? あんなこと言われちゃあね」


 もう少し詳しい事情を聞こうとしたその時、聞き覚えのある女の声が後ろから会話に割り込んできた。


 振り返るまでもない、知り合いの声だ。


「それで、メリダ。こいつは何を言われたんだ?」


 酒場の看板娘メリダ(源氏名)が俺の横を通り抜けて、テーブルの上にエールのジョッキと『モンシロダコ』の羽根焼を置いていく。


 今日も酒場の制服を着崩して、うまいこと自分の雰囲気に合わせている。くくった赤髪のポニーテールが色っぽいと客たちからも大人気だ。


「カケルももう少し早く来れば面白いものを見られたのにねぇ。それはそれは見ものだったわよ」


「えぇい! うっせぇぞメリダ! 大体なんでお前がラウンジにいんだよ! 仕込みしてろ!」


「仕込みが終わったら開店前は上で駄弁だべるのが日課なの。お生憎様ね」


 ニヤニヤと俺たちを見下ろすメリダは非常に楽しそうだ。正直引っ張らないで早く教えてほしい。


 そう思っていたのがまた顔に出ていたのだろうか。こちらを見たメリダが、はすっぱな笑みを引っ込めずにしゃべり始めた。


「こいつね、すごい真面目な顔でそのかわいこちゃんにお説教始めたのね? 周りの冒険者たちも思わずみんなして肯くくらいに見事なお説教だったわ」


「ベテランに片足突っ込んだ冒険者として、危ない橋は見過ごせねぇからな」


 渋い顔をしたケンがつぶやく。


「それでねそれでね? そんな立派なことを言ってのけたこいつに、その娘なんて言ったと思う?」


「おい馬鹿やめろ! 俺の傷をえぐって楽しいかてめぇ!」


 メリダとケンがじゃれあい始めた。


 喧嘩するほど仲がいいと言うだけあって、この二人はなんだかんだ相性がよいのだ。


 ケンもナンパばかりでなく、きちんと周りの女性陣に目を向ければもう少し恋愛事情も変わると思うの。


 ……彼には難しい話かもしれないが。


 閑話休題。


 はてさて、その娘は一体何を言ったのだろうか。人を見た目で差別しない理性的な娘で、事情は分からないが異変解決に積極的。


 善性と勇気を併せ持ったタイプか? 語り口的に逆上とかはしなかったのだろう。


 ならば……。


「では、私と組んでくれる方と組むので結構です。とかか?」


「そんな軽い言い方だったらよかったわね! 実際はこうよ? 『君が冒険者として正しいのはわかりました。しかし、そんなな方は今回募集していないので、お引き取り願えますか?』ですって! 笑っちゃうわよねぇ! くっふ!」


「だーっ! 言いやがったなてめぇ!」


 腹を抱えて笑うメリダ。それに殴りかかろうとするケン。


 実際には手を出さないだろうから放っておいていいだろう。


 いつもの茶番だ。どうせケンが負ける。


 でも、ああ、臆病者というのはすごいな。


 冒険者としての心構えを真っ向から説かれて、それで出てくる言葉が


 自分の意見を曲げないことに関しちゃ筋金入りだな。なんとも芯の通った娘だ。蛮勇にも等しいその勇敢さは、自分の力を心の底から信じているからだろう。


 なによりも、だ。


「ケンに対して、それを言うというのはいいな」


「でしょう? あの時のこいつのポカーンとした顔ときたら、くふっくふふ……クフフフフ」


「笑うな! 俺は臆病者なんかじゃねぇ! ちくしょう! たまにいいことしようと思うとこれだ! やってられっか!」


「フ、フフフッフフ、フフフ」


「おいカケル! ヤケ酒だ! 付き合え! メリダも! 笑ってねぇでなんか適当なツマミと酒持ってこい! これっぽっちじゃ足りねぇよ!」


 ケンは、いじられがちではあるが決めるべきところは外さない男だ。だから今のは褒めたつもりだったんだが、メリダにはからかっているように聞こえたのか。


 さすがにこれはケンに同情する。なんならそのヤケ酒に付き合ってやってもいいのだが……。


「いや、少し待て。俺もその娘が気になった」


「あぁん? あの生意気な嬢ちゃんの話を聞きに行くのか? カケル、お前も物好きだな。多分、俺とそこの畜生が言った以上のことはねぇから行くだけ無駄だと思うぜ」


「あんた、今あたしのことを畜生とか呼びやがったわね! ツマミに消し炭でも出してやろうかしら」


「まぁ落ち着け、そいつなら炭でも喜んで食う。話を聞きたいのもそうだが、それだけ自分を貫ける冒険者は珍しい。今回の件を置いておくとしてもぜひ顔を覚えておきたい」


 そう、ケンだって冒険者としては一流で、その模範になるような心構えを持っている。しかし、それを受け止めたうえで、自分の行く道を貫くというのは並大抵ではできないだろう。


 それだけの『譲れないもの』を心に持っているということは、おそらく『』持ち、もしくはそれに準ずる上位ジョブ持ちだ。


 ぜひとも知り合いになりたい。あわよくばパーティメンバーになってもらえれば最上だ。


 さすがにソロもそろそろしんどくなってきた。主に寂しさ方面で。


 下の世代のやつらは俺が声かけると、なんか距離取るんだよなぁ。それを見て他のやつもヒソヒソ話始めるし。


 俺、なにかやっちゃいましたぁ?


 自覚がありゃ直せるってのに、誰もなんも言ってくれないし。人望ないんだよなぁ俺。

 

「そうか……いや、待て何言ってやがるカケル!? 俺は炭なんか食わんぞ!? メリダもなに納得したような顔してやがる! 食わねぇからな!? あ、おい待て! お前厨房から何持ってくるんだ? 炭じゃねぇよな? 炭はやめてくれよ! お願いだ!」


「じゃ、また後でな。……健康には気をつけろよ」


「ふざけんなよお前ら! もう少し優しくしてくれたっていいじゃねぇか! もう、あんまりだ~~!!」


「いってらっしゃーい、カケルー。あ、そうだ、1つだけ耳寄りな話をあげる!」


 そう言って、メリダがその魅力的なかんばせを近づけてきた。すわ耳に口づけされるかという瀬戸際で止まったそれにドキドキさせられる。


 だが、次の瞬間にはそれ以上の衝撃が、彼女の囁き声の形をとって俺の脳天へと響き渡った。


「噂の女の子のジョブ、『聖女』だってよ?」


「…………へぇ」


「じゃあ今度こそいってらっしゃーい。お土産話よろしくねー」


 猫のように身軽に離れていったメリダの適当な見送りを背後に、ローブを翻し上階に向かう。


 ゲーム的に言うなら、受付嬢からクエスト受注したってところだな。


 目指すは新パーティメンバー獲得。


 対象は『ユニークジョブ』の1つ『聖女』持ちと言われている少女。


 さぁ、『魔法使い』の腕の見せ所だ。

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