第30話「乙女の願い」
ラウの全力。
心の底からこの時を待ち望んでいたとはいえ、自然と私の手のひらは力が入っていた。
ラウが亜空間から手を伸ばし、引き抜こうとした時、私の背筋が凍るような悪寒が走った。
まるで、闘技場でグレアさんの前に立った時の死を意識する冷たい感覚。
暴雨の如く襲い掛かった闇の魔力によって、空中に浮いていた学園が配備した投影用の魔導具が地面に激突し、粉々に砕け散る。
「くッ!」
ソレは何処までも異様な雰囲気を醸し出しながら現れた。
漆黒の剣身に入った一本の脈打つ紅線。
闇の魔力の本流が濁流の如く襲い来る。
だが、これはあくまでもラウの中に入り切らなくて溢れ出した物でしかない。
表面に近い闇が溢れれば、残ったのは――「〜〜っっつ!! はぁ♡」――濃度の濃い本来の色。
銀髪は漆黒に染まり、瞳も常闇の如く。
頬の火照った赤みは誰よりも艶やかで場違いだ。
溢れ出した闇の魔力が纏った聖装は見覚えがあった。ソレは誰もが幼き頃に見ては憧れた服。
元は白銀だったのだろう、足先まであるドレスが風を受けてフワリと広がる。
魔力の荒々しい風にもゆったりと揺れ、コツリと踏み出された足音が迷宮内にやけに響く。
白銀は漆黒に染まり、絵物語で見慣れた私にとっては異様な光景に見えた。
ラウが突き立てた漆黒の長剣と闇の聖装。
「まさかッ……アレは……ッ!?」
何度見ても見間違いなどでは無い。
長剣が最後まで引き抜かれ、空中に姿を現わす。
手の平で転がすように、久しぶりの感触を確かめるようにして空気に漂っていた熱波を一閃で切り払うと、騎士のように顔の前で長剣を止める。
「神剣アリス――――」
そして、ラウは長剣を頭上へ向け、
「私を受け止めて、クアン♪」
全力で振り抜いた。
*
闇の剣身から放たれた軌跡がラウの持つ闇の魔力を吸収。
地面を抉る程に巨大化した闇刃は、魔力を大量に消費して赤禍狼から放った炎刃と衝突し、衝撃波が迷宮内を揺るがしていく。
けれど、様子見として攻撃を止める事は出来ない。
煙を裂いて振り下ろされた神剣と一瞬でも目を離せば、確実にこの戦闘は終わるという緊張感の中で、火花を散らす。
「ッ! ハァッッ!!」
直後、ラトラが灼熱の焔を纏いラウへと飛び掛かるも、巨大な氷が壁を形成され、ラトラの攻撃は氷壁に全て打ち消された。
大きな音を立てながら崩れゆく壁の中、闇色の光が隙間から覗く。
「離れなさいッ!!」
ラトラが後ろへ飛び退いた瞬間、氷壁の欠片を全て弾き飛ばし、視界の端に漆黒の影が映り込んで来る。
「まだだよ! クアン! もっと、もっと楽しもう!」
「ッ! 隙なんて無いっての! これで全力だとでも思ってるわけッ!? まだ私はこんなものじゃ無いわよッ!!」
ラウの小柄な体格から繰り出されているとは思えない程の重い攻撃をなんとか防ぎつつ、隙を窺っては幾十もの剣戟が空中に火花を咲かせる。
闇の軌跡が煌めけば、岩を紙切れ同然と言わんばかりの一閃が駆け抜け、炎と闇の衝突は迷宮を大きく揺らした。
「貫け!
全力で魔力を込めた、上級にも及ぶ炎中級魔法『
「ック!? こんなに軽々と!」
ラウに言わせれば魔法の核を斬れば霧散するとか言ってたけど、そんな軽々しいものじゃないってのが分かってんのかしら!?
それは普通の人が何十年も掛け、人生の果てでようやく身につけられる一種の奥義――神技とも呼べる技術なのに!
きっと、これを見てる騎士は驚愕どころか、何人の騎士が職を辞めるかしら……。
「クアン、考え事してる暇あるのかな?!」
衝撃で隆起した地面を盾に放たれた闇中級魔法『
闇雨が地面に当たる毎にまるで紙に穴を開けていくように、馬鹿げた高密度の魔法一つ一つが降り注いでくる。
「ハァッ!!」
灼熱の炎火によって直接攻撃を避けながら地面を駆け抜けていく。
だが、幾ら避けようとまるでキリが無いッ!!
「ホント、化け物じみた魔力量ね!?」
「クアンだけの特別だよ!」
「フッ! じゃあ、追い込んでその力をもっと発散させてあげるわよッ!!」
あまりの数の多さに避ける事も許されずに迎撃する中で、追い討ちと言わんばかりに影魔法『咲縛種』が地面で芽吹き、私へと絡み付かんと幹を伸ばす。
逃げ回っていた足を急に止め、剣の平を指先で滑らす。
一つの火種は徐々に大きく、そして火種は炎を化していく。
「!? にひひひッツ!!」
ラトラが貼った炎の渦が闇雨と咲縛種を防ぐ音が耳を打つ。
「まだまだこんなもんじゃないんでしょ!?」
ラウから膨大な魔力が溢れるのを感じる。
「もっと、もっと!! クアンの本気を見せてッ!!
迷宮の光という光を奪い、放たれた一閃は大地を裂きながら真っ直ぐに私へと放たれた。
しかし、火種はやがて、炎と化し、炎は何ものをも飲み込む炎獄の業火へと変わるッ!
「ッツ!! 灰燼と化せッ、
爆発的までに膨れ上がった灼熱の業火が赤禍狼を飲み込み、全ての炎を一瞬にして放出して振るわれた紅刃がラウの放った一刀と衝突。
一瞬の静寂が鼓膜を破かんとする爆発音へと変わる。
互いの力と力の衝突によって行き場を失った二つの力は迷宮の天井を破り、天高く闇炎の柱を形成する。
衝撃によって僅かにでも湿気った空気を飛散させ、何処までも澄み切った青空の空気が一気に流れ込んだ。
ラウの使い魔によって、身動きの取れないオリジン達の悲鳴が突如として吹き荒れた暴風によって掻き消される。
本来の私ならここまで力を使う事は無かったのだろう。
だが、それは今だけは違う。
「にひひひッ!! んっ、うんっ!!」
衝突する全てを灼熱へ変えた炎は空気中に灰を運ぶ。
辺りに炎塵が舞い落ち、辺りを赤色に色を変えた迷宮は元の面影も無い。
ガラガラと崩れゆく壁が地面に大きな音を鳴らした。
「ラウ、楽しい?」
業火が地面から噴き出し、闇色の一閃が降り注いでいく中で呟いた。
私は彼女の
言葉に出さずとも答えは分かっていたが、直接ラウに聞いてみたかったのだ。
「あの時よりも、本当に強くなったね!」
薄暗い迷宮の影を塗りつぶすように入った光の先で、ラウは本当に楽しそうに微笑んでいた。
「炎の火力もあの頃とは桁違いに高いし、剣術も沢山努力したんだろうなって。頑張ったんだね、クアン」
ラウを守る為に強くなったのに、そのラウが私よりも強いって知った時は、自分の力が無意味にも思えた。
なにせ、守るべき対象が自分より強いのだから。
あの時誓った自分の決意が揺らぎそうになる。
だが、ラウの真っ直ぐな瞳を見て、その笑みを浮かべながら放たれた言葉は不思議と自分の中にあった不安を切り裂いていた。
「クアン。私はもう守られる女の子じゃないよ」
ラウは親友だ。
この世で、二人しかいない親友の一人。
「あの時はクアンの助けになる事も出来なかった弱い自分じゃない」
ミリアはラウをお世話するのに心血を注いでいるが、私は違う。
私は、いつだって―――
「私はもっと強くなる。もっと、もっと。どんな危険だってどんな困難だって、真っ正面から立ち向かえるように。私の愛する人達を守れるようにッツ!! だから、超えていくね―――クアン」
ラウの隣に立っていたいんだッツ!!
「はっ、そう言うなら超えてみなさいよ。強いと自負をするのなら、その傲慢で強欲で我儘な願いを叶えてみせなさいよッ!!」
私を超える? 私達を守る?
ふざけんな、ふざけんなッ!!
私は、私達は!!
あの子に全てを託すような真似は絶対にしない!
ラウが私達を守るなら、誰が隣でラウの背中を守ってあげられるってのよッ!!
私は何もかもを小さな身体で守ろうとするあの子を守れる人に、決して泣かせない為に力を付けたんだからッツ!!
いつだって、どんな時だって。
あの時を繰り返さない為に、私はもっと強く。もっと強くッ!!
危険だって、窮地だって、ラウの隣にいつだって立っていられるそんな人に―――!!
なんでラウの事でこんなにもイラつくのかも、モヤモヤとする気持ちなのかもだって、もう分かってる!
もう、とっくのとうにこの感情は知ってるわよっ!
それでも、今まで目を背けてきただけ。
だって、いつかは何かと繋がる事で失う恐怖から逃げたかった。
まるで、私が進む道には何かを無くす事でしか進めない道なのだと感じた。
だけど、そうじゃ無いっ!
私はラウが女の子として、恋心として好き。
でも、ラウはいつだってお転婆で何処か抜けてるから。
そんなこの子にはしっかりした人が付いてないとダメでしょ?
「ラウ」
「ん? どうし———」
「好きよ。心の底から貴女が好き」
「……ぇっ……な、なにぃを!?」
「決めた、今さっきのラウの望みなんて書いてあげない」
「ク、クアン!?」
「だって、恋人って好きな人の隣で歩んでくものでしょ?」
ラウはラウが大切に思う全ての人を。
私は私の好きな人を。
改めて考えれば簡単よね。
「だから、私は我儘になるわ! 残念だったわね? 〜っ…………はぁ〜っ! 気持ちいいっ。じゃあ、そろそろ本気で行くわッ!!」
「ちょ、ちょっと待って! まだ脳が追い立てないってば!?」
「そんなの知らないっ!」
私は私の願いを叶える為に、私は過去の私を超えていくッ!!!!
「炎帝の雄叫びを上げなさい、赤禍狼ッ!!!!」
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