第29話「最強の好敵手」
「魔力で敵わないなら、数だ! 数で押し切れッ!!」
現魔術学院初等部の中で最強のオリジン。
それは同じくオリジン六位のビクトリア・レオノールとの決闘で彼女が持つ力が周知された。
「……」
パーティーを組んだ同じ魔術執行会所属の男子生徒が真っ先に長剣を鞘から引き抜くと、溜めを作ってから振り下ろされた渾身の剣先がベルクリーノへと向かう。
私には、ただジッとその様子を観察するようにして立ち尽くしていた様に見えた。
「ハハッ! なんだ、まともに戦えねぇのかァッ!?」
「……にひっ♪」
だが、一瞬だったが前髪に隠れた口元を見た瞬間、血の気が一気に引くのが分かった。
「マズ———っ! こ、これは!?」
血の吹き出る音も、斬りつけた音も無く、ただ遠くで聞こえるミレイア様とリィナの戦闘音のみが地面を揺るがしている。
見れば、男子生徒の様子がおかしい。
何かに気付いたのか、必死に後ろへと体重を掛けているみたいだが、一向にベルクリーノから離れられていない。
それどころか――、
「まさか、引っ張られてる?」
ベルクリーノや後ろに佇む
だというのに、男子生徒の顔に困惑と若干の恐怖の色が現れていく。
「なにしてるの! はやく抜きなさい!」
「む、無理だ!! 無理なんだ!!」
「くそっ、なにやってんだ! いくぞ!」
「ちょっと、お前達待て!!」
嫌な予感が背筋から溢れ出し、咄嗟に声を上げた。
その時、視界の端に映ったベルクリーノの口元が上がった。
「お前達! その場から逃げろッツ!!」
すぐにベルクリーノから離れるように後ろへ駆け出すが、反応が遅れたッ!
止めどなく溢れ出る荒い息を飲み、一気に下の階層から噴き出す灼熱の元へと走り出す。
背後で一瞬で爆発的に膨れ上がった圧倒的魔力を感じ取る。
そして、一本の針が限界まで膨張した風船に触れる。
嵐の静けさと言わんばかりの静寂が訪れ、それは少しでも気を抜けば意識を刈り取る程の雄叫びを上げた。
まるで龍の咆哮だ。
全ての光が消え去り、背後から身体を宙に浮かす程の暴風が階層全体に吹き荒れ、瓦礫が礫となって周囲を穴だらけにしていく。
背後から空中に押され、地面に叩き付けられた。
「ガハッ! ッ……!」
鼻を打ったのか、ツンとした痛みが脳を刺激し、打った肺から咳が溢れ出る。
しかし、私にはそんな事を気にする事なんて出来ずに、ただ前へと走り続けるしか選択肢は無かった。
「はぁッ! ……はぁッ!」
一瞬にして闇色の雷光が地面を走り、全員が地面へ倒れ込んだのが音となって鼓膜に訴えかけてくる。
「えっ、ちょっと! なんで逃げるのさ!」
ベルクリーノが私に気付いたのか、声を上げるが、振り返る事はせず。
遂に下の階層へ続く階段へ辿り着くと、吹き荒れた灼熱が頬に痛みを走らせた。
「ッ!」
「やっと止まった……。さてと、残るは貴女だけだよ?」
「……」
「ん? もしかしてさっきのやり過ぎて鼓膜破れたかな? もしもーし!」
思わず一歩引きそうになる脚を踏みとどまらせ、背後を振り返ると背後にブラック・フェンルと黒いスライムを控え、一人の少女が首を傾げていた。
「私じゃ、お前には敵わない」
「え、ちょっとっ!」
「だから、私はこうする!!」
一歩引いた足先から宙へ身を投げ出し、下の階層へ一気に落ちていく。
全てはミレイア様の勝利を信じて。
私は私が出来る最大限を全うするッ!
*
イーサラが身を下の階層へ繋がる穴へと身を投げ出したというのに、不思議と心の中ではそれを望んでいた。
膨大な魔力が足下で渦巻いているのをこの迷宮に入った時から感じていた。
そして、その魔力を私が間違えるはずがない!
この先には間違いなく彼女達がいる!!
私の大好きな親友達が!!
「行くよ! フェル! スラ!」
ゆっくりと前へと踏み出し、徐々に速度を上げて落下する時にも感じるクアンの膨大な魔力。
そして、彼女の強さの証でもある灼熱の熱波が肌をチリチリと刺激する。
迷宮の土色の壁から一気に視界が開け、眼下に広がったのは、おおよそ迷宮内とは呼べない光景だった。
彼方此方から溶岩がふつふつと溢れ出し、ボロボロの状態で深紅に染まった少女に挑む三人のオリジンの姿がある。
時折鳴る剣戟の音と魔法同士が衝突し合った事で起きる爆発音が私に身震いをさせた。
ミリアとビクトリアの姿は見えない。
だが、
「やっときたッ!」
すると、ほんの一秒にも満たない時間の中、クアンを見やれば、私と視線が合った。
戦闘最中のほんの一瞬だったが、クアンは私を見て笑ったのだ。
その笑みはまるで、私をずっと待っていたかのように。
いつもの仕方ないなと呆れた表情でも、嬉しそうに手を口元に当てて笑う可愛らしい表情でもない。
私だけに向けた好戦的で私だけを見てくれる情熱と闘志の籠った私好みの笑み。
クアンは私と戦いたがっている。
それも、いつもとは違う。
全力の勝負をッ!
それを理解した時、全身が震えていた。
喜びが身体中を駆け巡り、堪え切れずに笑みが溢れ出る。
嬉しい!
クアンが私をこんなにも求めてくれる!
それがとてつもなく嬉しい!
風魔法で勢いを完全に殺し、私は地面へと降り立った。
刹那、三人のオリジンから隠れるようにして潜んでいた一人から魔法が飛んでくるが、それはスラが魔法ごと食べ尽くし、我先にとそいつの元へと飛んでいく。
今のスラは私の魔力を得てそこらの魔物よりは強いし、任せても良いか。
今はそれよりも!
「なっ!? ラウ・ベルクリーノ!? 遂に来やがったか!!」
「流石にム・リ☆ 一時撤退!」
「……だな」
「てめぇら、逃げんな!」
巨大な大剣を振り回していた少女が私を見るや一目散に逃げ出し、無口な生徒もそれを追うようにして一目散に離れていく。
「まぁいい! 此奴らを倒したら俺がオリジン一位って事だもんなァ!?」
そういえば、目の前のコレは誰だったか……?
開始直後にちょっかいを掛けてきたのは覚えてるんだけど、名前がなぁ。
「まずはテメェだ、ベルクリーノ!!」
「ん〜、ん?」
思い出そうとするが、名前が分からない。
いや、気にする必要も無いか。
男子生徒が氷魔法を身体に纏う事で手に入れた速度で私の元へ踏み込んできた。
明らかに先程の男子生徒君よりは速い。
獣人の持つ高い身体能力と強化された攻撃力は確かにオリジンに食い込みそうだ。
だが、私の視線がすぐにクアンへ向けられた事に気付いたのだろう。
雄叫びを上げ、更に速度を上げる。
「アイス・ファングッ!!」
鋭利に尖った十本の氷爪が私へ放たれる。
だが、それは一本たりとも私の元へ届くことは無い。
「GAAAAAAAAッ!!」
フェルが放った闇雷を纏った神狼の咆哮によって氷爪諸共、男子生徒が飲み込まれ、目の前から消える。
「スラ、フェル、ありがとうね。二人とも倒したら見てていいから」
そして、私はクアンの前で歩きを止めた。
鮮やかな深紅に染まった髪と正面に立つ事でより強く感じる膨大な魔力量。
クアンだけが持つ唯一無二の炎の猛りだ。
「にひひっ♪ クアン、綺麗だよ♪ それに、可愛い! でも!」
クアンがビクリと目を開く。
「私達が近くにいないからって無茶しちゃダメでしょ! ほら、頬に傷が付いてる!」
クアンは目を離すとすぐに何処かしら傷を作ってくるんだから!
しかも、昔なんてほっとけば治るって聞かなかった程だ。
クアンの元へ一歩で入り込むと亜空間から回復薬を取り出しては、ペタペタと手のひらで頬に塗り込んで馴染ませていく。
ついでにクアンの頬の感触を楽しんでるのは内緒だ。
「ぇ、や! ちょっと! ちょっ、ラウ。私達、今は敵同士なのよ? もっと緊張感をって———」
「そんな事言って、怪我して痛いのはクアンなんだからね! あと、いくら私でも私の大事な女の子が傷ついてたら、戦闘はやりません!」
これでも、怒ってるんだから!
「っ、はぁ〜。せっかくカッコつけて真剣にしてたのに」
「真剣な表情のクアンも可愛いかったよ!」
「そう言う事聞いてるんじゃないわよ……」
クアンがそっぽを向いて口数が減るのは、良くやる照れ隠しだ。
いつだって見てきた、私達だけが深く知るクアンの可愛いところ。
「ほら! 顔を背けないの! まだペタペタしないといけないんだから!」
「わ、分かったわよ……」
「えへへっ〜!」
クアンは私より一つお姉さんだ。
とはいえ、年下にも特権はある!
それは、クアンは年下には甘いのだ!
クアンには二人の弟妹がいるからか、彼女達に向ける視線を偶に私に向けてくるけど、今は違う。
困ったように眉を顰めるから、怒ったのかと最初は思ったけど、よく見ると頬と耳は赤くなる。
それを知った時はクアンに耳を見るのを禁止されたものだ。
「何、笑ってるのよ?」
「ん〜? なんでも〜?」
だって、妹じゃない私に触られて赤くなってるんだから、あの行為は間違いじゃなかったって事だし、少しは勘違いしたって良いよね?
「ねぇ、クアン?」
「何よ、さっきから」
「なんで、ミリア達を先に行かせてクアンだけ此処に残ったの? 此処から先に他のチームに行かせたってクアン達じゃちょびっと苦戦はするかもだけど、余裕でしょ?」
「……それ、分かってて言ってるでしょ」
「にへへ〜、でもクアンの口から聞きたいなぁ〜って」
「うぐっ」と鈍い声を出しては、目線を逸らし、でも覚悟を決めたのか————、
「ラウ。私と戦って」
彼女の決意の言葉を短くもはっきりと口に出した。
真っ直ぐに向けられた強い意志を見せる瞳。
クアンは本気なのだ。
彼女の苦悩は知っている。
それこそ、間近で見てきたから。
オリジン二位という立場と姉のサミア・リンライトとの比較。
そして、何をしてもサミア・リンライトの妹だから、これぐらい出来て当たり前といった目で見られる。
それでも、毎日毎日朝早くから剣を振るって自分の力を高めようとしてきたクアンだからこそ、私も真正面から彼女の気持ちに応えなくてはいけない。
「いいよ。でも、手加減はしないよ?」
「そんな事したら、ぶっ飛ばしてあげる」
「にひひっ、それは怖いや」
ゆっくりと手を引き、クアンと真正面から向き合う。
会話は要らない。互いに背を向けて、離れた。
そして、再度向き合った時には既に朗らかな雰囲気は消え去り、その場に残ったのは戦闘の高揚と張り詰めた緊張感。
徐々に周囲の音は消え、私とクアンだけの世界へと移り変わった。
クアンが地面に突き刺した赤禍狼を引き抜くと、魔力が爆発的に増加し、クアンの側に現れたラトラの咆哮がビリビリと鼓膜を揺らす。
それと同時に元々綺麗だった赤髪が深紅の鮮やかな色へと変化し、服もドレスのように変化した。
「良いね♪」
紅の髪は綺麗だし、きっと物凄く強いんだろうなぁ♪
クアンはどれだけ強くなったんだろうか?
でも、だからってクアンに怪我をさせるのは————、
「ラウ。全力で来るんでしょう? どうせ、ラウの事だから怪我させたくないからって、手加減なんてしたら————許さないわよ?」
「っ!! 分かった、なら全力で行く! 私もクアンと本気で戦ってみたかったんだからッ! だったら、余計な事考えるのは無し!!」
この場で、最強の好敵手の相手の前に出すべき武器。
それは前々から決めていた。
「この時のために、とっておきを用意したんだからッ!!」
これを見せるのは初めてだ!
魔力と魔力が衝突し合い、バチバチと闇の火花を散らす。
魔力を閉じ込めていた蓋を開け放ち、膨大な闇の魔力が暴れ狂う中で、嬉しさが限界を突破して笑みを浮かべる。
だって、あのクアンと戦えるのだ。
それも周囲を気にしなくて良い、全力でだ!
確かにこのままやれば迷宮が壊れる可能性もと考えたが、なったらなったで私がどうにかすれば良い!
今はそれよりも目の前に集中していたい!
メイやアミルは一度見ているが、全力を出す時だけにすると決められた一本。
「ッ!?」
魔力の鍵を幾多も外し、その子を入れた亜空間を開いた瞬間、溢れ出たのは肌を差すヒヤリとした深き闇の気配。
「おいで。アリスッ!!」
私の真横に何処までも深く沈み込みそうな亜空間が出現し、腕を突っ込む。
指先に硬い感触を得ると共に、幾多もの鎖で絡まれた長剣を掴み、押し戻そうとする力を無視して一気に引き抜いたのだった。
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明けまして、おめでとうございます。
何の予告も無く休止したりしなかったりする当小説アカですが、これからも緩くやっていきますので、どうぞ今年もよろしくお願いします。
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