第28話「黒剣・後編」
「はははっ! 大量だ!」
「ったく、平民如きが魔石を持って上位を目指そうなんて図々しい!」
「や、やめッ————」
「うるせぇ! 敗者は黙ってろッ!!」
打撃音と共に苦悶が下から溢れる。
「42個か、よし、これで全部だ。このまま行けば、もしかするんじゃないか?」
「いや、もしかじゃない。やるのさ、あの忌々しいオリジン共を—————」
ベルズィンが用意した魔執会のメンバーと思われる男子生徒達が下卑た笑みを浮かべる。
その下では対抗試合に参加した一つのパーティーが横たわっていた。
彼等も不運なものだ。
せめて迷宮の魔物———ショットバレットの群れに足止めされなければ私達の標的になる事も無かったのに。
とはいえ、そんな事も言ってられない。
前では身を焦がすような灼熱が熱風となって迷宮内を駆け巡っている。
「にしても暑いな……、まだ一つ下の階層だってのにこの熱風ってどうなってるんだ?」
「つべこべ言うな! 黙ってる事も出来ないのか! ミレイア様、どうなさいますか? この先にはきっと……」
イーサラの質問に直ぐに答えられる程、私の精神は余裕など持ってはいなかった。
この燃えるような熱さを知っている。
赤髪———クアン・リンライトの魔力から作られた灼熱の炎だ。
使い魔契約の時に感じた熱以上かもしれない。
確かに、このまま進めば、自分達も危険に晒される。
けれど、私の目的は彼女じゃない。
「先ずはこの階層にいる他のパーティーを倒した後————」
他メンバーに命令を告げようとした時だった。
「きゃぁ!」
「ミレイア様!」
なんとかイーサラの協力もあって、壁に叩き付けられる事はなかったが、
「い、今のはなんでしょうか?」
迷宮に重い振動が走り、パラパラと土が頭上から落ちてくる。
「分からない。でも————」
勘が告げている。
経験が答えてくれる。
迷宮を外から揺るがせるのは、アイツしか居ない。
遂にアイツが迷宮へと踏み入れたのだと。
「ッ! 全員、早く準備して! 迎え撃————」
音はしてない。
振り返ってもいない。
もしかしたら他のオリジンかもしれない。
迷宮の魔物かもしれない。
だが、全ての縋りたくなる可能性を自分自身が否定している。
背後から感じる圧倒的な存在感が彼女達の存在を強く意識させていた。
誰が声を出したのか。
「黒狼……」
現状、今の新入生の中で狼を使い魔にした者はいれど、黒狼を使い魔にしたのは一人しか居ない。
「あれ、ミレイアだ。じゃあ、次は君達が私達の相手なんだ?」
「ミレイアさん」
沸々と抑えていた感情が怒りとなって現れてくる。
必死に制御しようとしても、アイツが目の前で私を見るから。
「私は、もう逃げません。過去からも、貴女達姉妹からも!」
やめて—————、
「……ラウちゃん。予定通り、私に任せてくれませんか?」
「ん? いいよ、後は私が受け持つから。頑張ってきてね、リィナ♪」
「はいっ! ミレイアさん、私と勝負してください!」
やめてよッ!!
おかしいじゃない。
「っ……!」
おかしいじゃないッ!!
なんで私が、この私があんなのからそんな視線を向けられなきゃならないわけッ!
振り返った先には、黒い狼から降り立ったアイツが居て。
「ミレイア様」
「貴女達はそこのチビを片付けて。私は……アイツと戦わなくちゃいけないから」
返事は無かった。
だが、私の邪魔をしないようにとイーサラが気を遣ってくれたのだろう。
彼女達の足音が遠く。離れていく。
「ミレイアさん、私はっ!」
「うるさい! 貴女なんかに私の名前を呼ばれる筋合いは無いッ!!」
悲しげな表情だ。
だけど、貴女には分からないのでしょうね。
私がどんな思いでこの学園に入ってきたのかも、姉様をあんな風にした元凶の貴女をどう思ってるのかもッ!!
まるで自分こそが被害者だと言わんばかりの伏せられた瞳が嫌い。
私達姉妹が苦しんでる中で一人、友人達と笑い合っている姿が嫌い。
声も仕草も、何もかもが嫌いッ!!
「聞いてください! あの戦いで、ネラさんに向けて放った魔法は————」
「黙れッ!! そんな言い訳なんて聞きたくない! 現実だけが事実だ! これ以上話したところで、あの頃の姉様が帰ってくるはずが無いッ!!」
私の悲しみも苦しみも悔しさも。
姉様と私を引き裂いたオマエだけは絶対にッ!!
「許さないんだからッ!! 絡め取れ! 氷の
相手を貫かんと生み出された十本の氷の薔薇は一斉にリィナへと向けられ、矢の如く頭上から降り注ぐ。
「オマエだけは絶対に許さない! 私達、姉妹を引き裂いたオマエだけはッ!!」
地面を抉り、轟音立てて突き刺さった土煙の中でも、
「少しは話を聞いてください!」
アイツは声を張り上げた。
濛々と上がる土煙の隙間から見えたのは、防ぎきる事が出来なかったのか、頬や腕から僅かに血を流しながらも強い視線を向けるアイツの姿。
弱いくせに、何処までも前へ向かうとする。
その姿が、その瞳が一番嫌いなのに。
まるで、姉様の事でその場から動けない自分とは違う人間なんだと思い知らされるから!
「オマエの話なんて聞いてなんになる! この、感情が落ち着くとでも!?」
元から上にいるやつは気に食わないが、それでも良い。
だけど、なんで下のオマエまで私を抜き去って進もうとするッ!!
「大した驕りね! オマエが居なければっ! 姉様がこんな風になる事も無かった! そうすれば、私達も巻き込まれずに済んだのにッ!!」
「ッ!! ミ、ミレイア……さん!」
直後、新たに氷の
「はっ! なに、力を隠し持ってたってわけ? 私じゃ相手にならないからって!」
荒い呼吸を吐き、所々傷付きながらも、前とは違う力強い瞳で私を見る。
周囲では強風が絶えず吹いていて、その力強さは出会った時には無かったはず。
アイツを変えたのがいるとすれば、それは間違いなく、あのチビだ。
アレと関わっていなかったら、今には至ってない。
「違います! 私はまだミレイアさんに勝てるかどうか分かりません。でも、私は自分の弱さから逃げて、これ以上自分の過去とミレイアさん達を見て見ぬふりはしません! だから、ミレイアさん! 私と勝負してください!」
「勝負? してるじゃない。貴女をぶちのめすっていう勝負を!」
繰り出した氷が迷宮を凍らせ、氷柱が相手を貫かんと連続で発射。
しかし、風で自分の周囲を覆ったのか、直撃せずに粉々に砕かれていく。
気怠さが増してきているが、そんな事はどうでも良い。
「ッ! でも! だったらなんでミレイアさんは、そんな泣きそうな顔なんですかッ!!」
泣きそう?
私が?
「戯言ね! そうやって私を————ぇ、キャァッ!!」
前々から練っていたのか?
それとも、咄嗟の機転でここまで行ったのか。
アイツは私が繰り出した氷薔薇の隙間を通るように風魔法を身体に乗せ、一気に詰め寄ると私に飛びついてきた。
二人してごろごろと勢いを殺すように転がり、気付いた時には私の上に乗られ、両腕を脚で拘束されていた。
「やっと捕まえましたぁ!」
「触らないで! それと、いいから離しなさいよ! 邪魔ッ!」
「ちょ、ちょっと暴れないでください! まずは話を聞いてください!」
「アンタの何を聞けって言うのよ! 姉様をあんなにした張本人が!」
「それです! そのネラさんの事なんです!」
姉様の事。
どうせ、弁明や謝罪なのだろう。
けれど、自然と抵抗する力は弱くなっていた。
「…………勘違いしないで。私はアンタの弁明を聞くだけ。少しでもムカついたら直ぐに私の氷柱で貫いてやるから」
「怖いです!」
本当に怖がっているのか、にへらと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「あっ! でも、殺しは駄目ですよ!?」
「何? そんなに死にたくないなら、今すぐにでも背中を見せて必死に逃げ回ったら? もしかしたら死なずに済むかもしれないわよ?」
所詮はこんな奴だ。
きっと此処で不安げな表情を見せ———、
「嫌です! 私はもう逃げません!」
「……だ、だったら何よ。何、もしかして姉様があんなになった原因は自分には無いとでもほざきたいわけ?」
「いいえ。ネラさんが今みたいになってしまったのは私が原因です。でも、おかしいんです! 一年前のあの入学試験の時、確かに私は制御が上手くいかずに魔力を暴走させてしまいました。その結果、迎撃しようとしたネラさん達含めて怪我を負わせてしまったのは事実です」
「やっぱりそうじゃない!」と言葉を発しようとして止めた。
「でも、おかしいんです! だって、精霊病は精霊魔法の魔力でしか他者に与えない。なのに、今まで私は幼少期から今に至るまで精霊魔法は使えてないんです!」
私はすぐに声を発する事が出来なかった。
だって、私はその時の状況を知らない。
何があったのか、姉様に何が起こったのか。
やった相手は誰なのか。
それは分かる。
でも、コイツが何をしたのか。
「それは……」
————知らない。
私が知ってる内容は噂と話してくれた内容しか知らないから。
「うそ……嘘よッ! 姉様が私に嘘を付くはずがないもの! そうやって、私を騙そうとしてるんでしょ!?」
「……」
「なんとか言いなさいよッ! 早く! …………だって、そんな筈」
けれど、答えはなかった。
ふいに柔らかくも暖かな感触が私の身体を抱き締めた。
「何すんのよ!」
「ご、ごめんなさい! でも、大丈夫! 大丈夫ですから!」
「だから何がよ!?」
ずっと「大丈夫」の一言を連呼し、全く話を聞かないコイツはなんなんだ。
姉様を今の状態にした奴。
いつもおどおどしてて、人の目線を伺う嫌な奴。
そして、最後に姉様と戦った相手。
まだ許してはない。
経緯はどうあれ姉様を変えたコイツを一生許す気は無い。
…………でも、本当にコイツの言う事が本当であるならば。
「離して」
「ぇ?」
「だから、いい加減離して! 別に暴れたりしないわよ!」
「は、はぃ!」
重みが身体から消える。
だが、僅かに残った暖かさは残っていて。
不思議と今は悪くはなかった。
「いいわ、アンタの話を聞いてあげる。だから、あの時の事を」
直後だった。
コイツ———リィナの頬に赤い滴が飛び散った。
「ぇ?」
胸が焼けるように熱い。
胸が凍えるように寒い。
「ミレイアさんッ!!」
何も感じない。
何かが手に触れ、そっと下を見た。
「なによ、これ?」
指先がぬるりとした赤に触れる。
硬く黒い刀身が私の胸を貫いていて。
『駄目よ、貴女は何も知らなくて良いの』
視界が徐々に黒く塗りつぶされていく。
『だって、貴女は私だけの
姉様の声が脳裏に響くと同時に、
「ねぇ……さ—————」
視界全てを埋め付くような黒い棘が視界を埋め尽くした。
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