第31話「帝国の姫」


 ガラガラと車輪が音を立て、一段と活気付いた魔法国へと数台の竜車が入って行く。


 主に王族などの高貴な者に人気のある持久力と他の牽引種と比べ、圧倒的な速度を持つ竜種————グルードが引く。


 中型と呼ばれる竜種の中では小さい部類に入るグルードだが、それはあくまでも竜種の中では、という括りに過ぎない。


 びっしりと生え揃った強固な鱗に加え、足を踏み出す度に地面に重く足跡を付けながら凄まじい速度で走る姿は誰もが眼を見開く。


 加えて、グリードが引く竜車の外装には帝国を示す模様が描かれ、豪華絢爛としたソレは多くの人々の目を止まらせるのには十分な威力を生み出していた。



 竜車の外から高らかと上がった歓声と惚ける様な感嘆の声を上げる者達がいる中で、私は脚を組み、酷く退屈そうに「爺、噂は本当でしょうね? 嘘などと言ったら承知しないわよ?」と訝しげに視線を外から戻しつつ、目の前に座る執事姿の老骨————ルーグルに声を掛けた。


「お嬢様、ご心配なさらずとも情報は確かです。何せ、その御方はそもそも自身を隠す気も無いようですからのぅ。探すのが実に楽でしたわい」

「ったく。『帝国の領土を犯した伝説の黒狼に主人が居た』なんて、初めて聞いて慌てて真相を確かめる為に来たっていうのに随分とお気楽じゃない」

「口ではそう言いましても、城の退屈から抜け出せる吉報に心躍らせているのをこの爺、見逃してはおりませんぞ?」

「レディーをそんな目で見てたの? ヘンタイね、クビにしてやろうかしら?」

「ほっほっほ! お嬢様マイスターである爺はお嬢様の事ならば、赤子から今に至るまでの全てを記憶し、お嬢様の御言葉の中に眠る真理を見抜けぬものはございませんからなぁ!!」

「うっわ、キッ…………モ」

「その侮蔑の瞳もまた、御嬢様の魅力!! たまりませんぞぉぉぉぉぉ!!」


 高らかに笑う執事を最大級の侮蔑の瞳で見ながら、別の竜車に搭乗するメイド達の方がまだ気が休まったのにと心の中で愚痴をこぼす。


「で、爺? 報告に五日掛かったって言ってたじゃない。簡単に見つかったんなら、その残りはどうしてたのよ?」

「おっと、そうでした。そうでした。実はお嬢様を心配させぬようにと黙っておりましたが、帝国でさえ捕まえるどころか、擦り傷一つ付けられなかった神出鬼没の黒狼です。それも一瞬にしてその行方が消えたときましてなぁ。流石にこの老骨、探すのに随分と苦労しましたぞ」

「そんな見え透いた嘘を良くも私の前で平然と宣えるわね。それでこれが例の?」


 事前に渡されていた資料に素早く目を通していく。中には、いつ撮ってきたのか、黒狼の主人だろう少女を隠し撮り―――というか此方に向かって小さくピースした少女が載っていた。


 完全にバレてるじゃない……よくも、こんな自信満々に出してきたわね……。


「かの御伽話にも出てくる伝説の黒狼の主人、クリノワール王国ベルクリーノ公爵家の少女———ラウ・ベルクリーノ様ですな。普通の公爵家の少女とは違い、その生涯は波瀾万丈に荒れておりましてな。元は何処にでもいる普通の少女だった彼女が二年前、ある事故に遭い、行方不明から帰ってきては膨大な魔力と戦闘力を手に入れたとか。彼女が現れた漁業都市ガラルでは相当に暴れ回ったそうですぞ?」


 ルーグルが手渡した書類には、クリノワール王国を中心に活動していた元Aランク冒険者の詳細が事細かに記載してある。


 身長、体重、過去の経歴や素行、何を好んでいて何を嫌っていたのかすら、ルーグルにかかれば全て丸裸にされる。


 実に、この変態らしい趣味だわ。


 だが、目的のラウ・ベルクリーノに関しての文は他のページに比べれば明らかに少ない。


 いや、いくらなんでも少なすぎるわね。


 まさか、秘密裏とはいえ帝国の諜報部隊にいたルーグルでさえもそれ以上の情報が掴めなかったとみると、ベルクリーノ公爵家が余程厳重に情報の統率を行っているみたい。


 それとも、ラウ・ベルクリーノの従者に余程有能な人物がいる、とか?


「へぇ? 不正だらけで真っ黒のドロドロとはいえ、Aランクに属していた冒険者を瞬殺ねぇ」

「しかも、ガラルの期待のルーキー、Cランク冒険者アグも彼女達に鍛えられたという話でしてな。他にも、禁忌の森に潜むという、一息で国さえ堕とすバジリスクすら殺してみせたというではないですか」

「まって、彼女? ラウ・ベルクリーノだけではないの?」

「なんでも、このラウ・ベルクリーノは漁業都市ガラルに到着した時には、その隣に二人のエルフがいたようでしてな。それもラウ・ベルクリーノとまるで恋人や家族の様な距離感で接していたと」

「人間嫌いの引きこもりエルフにも珍しい事があるものね」

「そして、そのエルフ二人は魔法学園で臨時とはいえ教師をしているとか」


 エルフが教師?


 大の人間嫌いのエルフが?


「珍しいわね、爺が間違えるなんて。今度は正確な情報を寄越すことね」

「それが当然の反応ですからのぅ。まぁ、真実を見たくない気持ちもこの爺、お察し致しますぞ」

「一々、うっざいわね……」


 なんとも言えない哀れみすら感じる表情で何度も頭を張っているヘンタイクソ爺だが、どれだけ私が悪態をつこうと折れるどころか哀れみの感情で見てくるのでもう慣れてしまった。


 各国を探しても王族にこんな態度を取るのはコイツだけと信じたい。


「歳は14、もうすぐ15歳と。じゃあ、後輩なのね」

「お嬢様の時はそれはもう輝かしいばかりでしたが、彼女はどうなのでしょう」

「この少女は自分がどれだけ大きな存在になってきているか知っているのかしらね? あのベルクリーノ家の娘にして、鬼の英雄と白銀の魔女の一粒種。他の国が動く前に、今のうちに目を付けれたのは行幸だったわ」

「ですが、彼女は既に王国から侯爵位を与えられている貴族という話ですぞ。と言っても止まるお嬢様ではありませんでしたな」


 やれやれとでも言いたげな口調だ。


 変に畏れたりなどすれば、この爺の頭が遂に本格的に狂ったのだと確信する。


「おや?」


 ようやく目的の場所に着いたのだろう。


 竜車がゆっくりと減速して動きを止め、外の光が差し込んで来る開かれた扉から騒々しくも心沸き立つ歓声が耳を打った。


「お手を、姫様」


 外向きの主人第一の堅苦しい執事へと態度を変えた爺の手に呆れながら指を添え、足を外へ踏み出す。


「えぇ、行くわよ」


 熱気に包まれた空気が肌を撫で、煌びやかな黄金色のドレスが風に揺れる。


「爺、楽しみね」

「……ほっほっほ。この爺、お嬢様の意のままに目的を遂行しましょうぞ」

「なら、目的を変更するわ。ラウ・ベルクリーノ、彼女は誰にも渡さない。私の玩具ものにするわよ」


 この時、帝国王位第二継承権保持者———第四皇女クルス・レウガストが魔法国に足を着けた。

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