第32話「改革の宴」


 ミレイアの顔に驚愕の表情と共に血飛沫が舞った後―――、


「ははははははははッ!! あの生意気なクソガキ、マジで信じてたのかよ!? ふっ、ははははははははッ!!」


 中継として映された映像にベルズィンの同僚だと紹介されては図々しくもソファーに腰掛けた男は腹を片手で押さえ、ゲラゲラと爆笑する。


 バタつかせた脚で机を蹴り飛ばし、葡萄酒の入ったグラスが床へぶちまけられた。


「ひーっ、はあぁ……随分とオモれぇ事やってんじゃねぇか。なあ? ベルズィン?」

「だから、この話に君を誘って正解だっただろう?」

「はんっ! 普段はいけ好かねぇテメェだが、こういう時の直感だけは俺を上回るのが気に食わねぇッ! ……が、今日は俺の感を信じて正解だったって訳だ。何せぇ? こんなおもしれぇ行事に出会えるんだからなぁッツ!!」


 目を細め、嗜虐的な笑みを浮かべては、再度映像に目線を向ける。


「でだ! 俺は何をすれば良い? このクソガキか? それとも――」


 深々と座っていたソファから跳ねるように飛び上がり、片手に持ったナイフを停止された映像に映る桃髪の少女へ投げつけた。そして、それは通り抜けた拍子に壁に深々と突き刺さる。


「この男共をそそる身体付きのデカパイを嬲れば良いのか? あぁ?」


 瞬時に解き放ったのだろう荒々しいドロドロとした闇の魔力が牙を剥き出しにする。


 それは、同じく部屋に居た二人組の黒ローブの片方に纏わり付き、男―――ドーベルとベルズィンへ助けを求める悲鳴が響き渡る。


 だが、悲痛な声もやがて静寂へと変わる。


「何か期待しているようで申し訳ないが、君には彼女をお願いしたいのです」


 この状況にも慣れているのか、ベルズィンは懐から持ってきたある風景を撮ったものをドーベルへ投げて渡した。


 胡散臭そうに眉を顰め見る瞳に映ったのは、複数の少女達に囲まれた中心で満面の笑みを浮かべる少女。それも、ただの少女ではない。


 華奢な身体に身に纏った真新しい制服に加え、光を反射しているかのような鮮やかな銀髪と当たる光によって変化する淡い青色の瞳が宝石の様で酷く美しい。


「あぁ? なんだよ、ただのガキかよ」


 けれど、ドーベルの瞳には彼女はただの少女にしか見えなかったようで、機嫌が一転したのか、不機嫌そうにソファへと荒々しく座り込む。


「気に入りませんか? 彼女はこれでも、裏の世界ではかなりの値打ちが出ると踏んでいるんですけどね」

「ったく、テメェは! ……チッ! あぁ、わーーったよ!! どうせ、俺に寄越すっう事はテメェの中で何かしらの欲があっての事だろうけどな! 俺は自分の意思で動いたんだ! テメェに指図されてじゃねぇ!」

「では、その意思とやらを向けさせる努力を私もしましょうか」


 場面がイーサラ含めた学園の新入生達と少女の戦闘シーンへと切り替わる。


「彼女の名前はベルクリーノ公爵家の一人娘―――ラウ・ベルクリーノ。今年の新入生にして初等部オリジン一位エーナを持つ少女です」

「だから、んな事は―――」

「えぇ、分かってますよ? ドーベル、君が求めているのはこの問いでしょう? 彼女は君が向かうに値する相手なのか?」

「分かってんなら、さっさと言えってんだよッ! 女がいるベッドの上でも、んな事やるつもりか? あぁ!?」

「本当に君はその性格だけは直した方が良いですよ? そもそもですね―――」

「チッ!!」


 苛つきが限界に来たのだろう。

 鈍い音をさせながら蹴り飛ばした机が壁に衝突し、粉々に砕け散る。


「ベルズィン―――あんま、俺を苛つかせんなよ?」

「ふふっ、では答えましょうか。ラウ・ベルクリーノ―――彼女は強い。それこそ、彼女はまだ学園内で本気というものを出した事が無い。とはいえ、彼女はまだ力ある者が支配者となる真の世界を知らない。そんな彼女を倒すのは、暴力と力が正義の裏の世界で生きていた貴方には簡単な仕事でしょう? 狂犬のドーベル?」


 映像ではイーサラ達の攻撃をものともせず、初等部とは思えない程の派手な戦闘を繰り広げている。


「今度は俺をその軽い口で煽てようってか? で? テメェはなんでコイツにこだわる?」

「私は彼女の力が欲しいのですよ。彼女の闇の魔力であれば、それこそあの方の力になり得る」


 ベルズィンは何かに酔ったかのように腕を広げると、普段の薄気味悪い笑みとは違う光悦とした表情で笑い出した。


「そうすれば、あの方に褒美を頂け、そして私は遂に昇り詰める事が出来る! たった一人の少女の犠牲の上で私の人生は日の出を浴びる事が出来るのですよ! それがなんと有難い事か! 神はこの時の為に彼女を生かしたのだと私には分かります!」

「っひひゃ、ひははッ!! 良いねぇ!! 普段は嫌いなテメェだが、今回ばかりは良い感じにぶっ飛んでラァッ! こんなたかが東大陸の一つにある学園でふんぞり返ってる自称最強ってか? さぞかし、学園生活を満喫したんだろうなぁ?」

「ふふふっ、どうです? これが終わったならそれ相応の対価は支払いますよ?」

「コイツがそうならやってやるよ。いいや、コイツは俺に寄越せッ!」

「気に入ってくれたのなら結構です。あぁ、それと彼女は生きたまま捕獲してくださいね? 他は殺しても構いませんが」

「あぁ? 捕獲かよ! ったく、ダリィな」

「彼女は特別なんです。くれぐれもよろしく頼みますよ? 私の部下も連れて行って良いので、報告を楽しみに待つとしますよ」


 ドーベルが消えた部屋でミレイアの姉―――ネラ・モントーロは今もなお、腹を抱え、溜め込んだ不敵な笑みを浮かべるベルズィンへ視線を向ける。


 部屋の扉が開き、新たに入ってきた黒ローブの一人がベルズィンに耳打ちをする。


「っふふ、ふははははははッツ!! さぁ、ネラ!! 我等の願望を叶える時が来たんだ!」


 教員だというのに、その瞳には闇に染まった濁りしかなく、内に秘めた狂気を剥き出しにした笑みは普段とはまるで別人。


「その為の準備も整っているんでしょう?」

「あぁ、やっと準備が整った! 既にカトカ・ヘプリを無力化した事で指揮系統はまともに機能せず、我等の部下は既に配置についている。そして、最後の標的も籠に入った。私が指示を出せば、一斉にこの魔法学園は炎と混乱に包まれる。老いぼれ共が押し進めてきたこの学園が落ちる所を奴らは表舞台にも出ずに黙ってみるだろうか? いや、否だ。必ず奴らは表舞台に出てくる。そして、それこそが我等の狙い。そして、君の願望だ。さぁ、あとは君だけだ―――ネラ」


 この手を取れば、もう後には引けない。


 道は絶たれ、先に進む道しか無くなってしまう。


 脳裏に浮かんだのは妹が血に塗れた表情だった。


「ふふっ、可笑しいわね。まだ、帰れるなんて思ってるなんて」


 黒ローブが持ってきた一本の短剣を見る。


 それは、ミレイアに渡した物とは違う白色の短剣。


 ソレに触れ、手に持った。


「覚悟は決まった様ですね」

「えぇ。さぁ、改革の宴を始めましょう?」


 男女は笑う。


 そして、笑い声を掻き消すかの如く、一際大きな爆音と振動が魔法国に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る