第26話「祭りの影で動き出した者達」
何か学園で暴れていると思って来てみれば、祭りではっちゃけ過ぎて校舎を破壊する馬鹿の対処なんてしなくちゃならないのか。
しかも、コイツが持っていたものが闇魔法を封じ込めた魔石だって言うんだから、見て見ぬふりが出来ないというのがまた面倒だ。
せっかく、ラウ様の晴れ舞台という事で、ラキ様から借りた魔導機とタリーでラウ様から貰った映像を録画する魔導機を使って応援していたというのに。
「まさか、こんなのが学園を彷徨いてるなんて、学園側は何を考えてるのか分からないったらないよ。あの一件から何も学んでいないのかな?」
暴れないようにと足で押さえつつ、姉々と連絡を取り合う。
『アミル、其方は終わりましたか?』
「もち! そっちはどうなってる!? もうラウ様出てきちゃった!?」
『いえ、まだね。でも、ラウ様の事だからもう何か考えてると思うわよ』
「うわぁ~~! だから、こんな場所で油を売ってる場合じゃないってのに!」
そう言って、腹いせに力を込めて踏みつけると苦悶が漏れる。
「はぁ~、で? 二人もそこにいるんでしょ?」
『リーリス、アミルから』という姉々の声が聞こえたと思ったら、次に騒がしい声が聞こえてくる。
『ラウ御嬢様はまだ!? 早く出して! 他の有象無象なんかには興味ないのに!!』
『姉さま、もう少しの辛抱。この魔導機を操っている人達が無能じゃなければ、ラウ御嬢様を出してくれるから』
「ちょっと私も早く見たいんだけど!」
『それはアミルの実力が無かった、それだけ』
『アミルがコインの表裏当てで負けたんだから仕方ない』
「素の身体能力が一番桁違いな獣人に勝てるわけないじゃん!」
『でも、メイはこの中で二位。私も負けたんだから、文句言わない。しかも、本来なら一回勝負だったのに、アミルが駄々を捏ねて増えた三回勝負で厳正に決まった事』
『まぁ? 私がラウ様の護衛の中で一位なのには変わりないけど!』
「まぐれで最後当たった奴に言われたくないんだけど!?」
魔導機の中からイーリスの憎たらしい笑い声とそれに反論する姉々の声が聞こえて来る。
メイド隊二位のイーリスと四位のリーリスの獣人姉妹は結局、砦の一件以降、ラキ様の許可を得たという事で休暇でキミウに帰ってくるまで私達と同じくラウ様専属のメイドとなっている。
屋敷にはまだ空き部屋が多くある為、今はラウ様や私達と一緒に生活しているわけだ。
だからといって、魔法学園臨時教師という面倒くさい仕事が無ければもっとラウ様とイチャイチャ出来るのにと思いつつ、内心「まぁ、学園内でもラウ様に正当な理由で会えるのは教師の強みだけど」と勝ち誇る。
でも、対抗試合直前にラウ様の髪を結ぶチャンスを仕事で奪われたのには納得出来ないが!
「それで、ラキ様からはなんて?」
『もう少し魔族のサンプルが欲しいっていう話よ?』
「っても、これじゃサンプルにもならなさそう」
『闇魔法使ってたんじゃないの?』
『多分、偽物だと思うよ』
「正解。これ、闇魔法を込めた魔石を使ってるだけの偽物だよ」
『だとすれば、論外ね。そんなものを送ったところで喜ばれもしないわ』
『ふん、くだらない』
『多分、ラキ様もそこまで期待してないと思う。そう簡単に捕まったらここまで苦労しない』
「じゃあ、私達の目的の物でも無いみたいだし」
手っ取り早く正体でも見ようと手のひらを仮面へと当て掴んだ時だ。
『やめろー!!』
と、上空から降ってきた小型の魔導機を影魔法で捕まえる。
『って、うぇ!? こら! 離せー!!』
なにやら声が聞こえてくるが、その声の本人は見えない。
『アミル? どうかしましたか?』
「なんでもー、ちょっと面白そうなの見つけたから、後で話すー!」
通信を切り、視線を面白そうな獲物に向ける。
私を視認しているということは、遠隔で操作可能であり、映像を見る事が出来る上に声を相手側なら伝える事が出来る。
そして、この小ささからくる操作性だ!
捕まえて、ラウ様専用に改造するのも良い!
「うごくなよー?」
『えっ、ま、待て! これは高いんだ! 触るでない!』
「逃げるなー!! よし、捕まえたー!!」
『だから、待てと!! 早まるなと言っておるだろうがー!! アァーーー!!』
*
一方、アミルがフレルが操る魔導機に夢中になっている時、倒された仮面を付けた男は酷くゆっくりと音すら立てないようにカチリと腕のボタンを押した。
音は立てていない。
寧ろアミル達の騒ぐ声の方が煩かったに違いない。
だというのに、男の顔を覆うように影が一つ差し込んだ。
「全く、往生際が悪いな」
確実にバレたのは間違いない。
だとしても、この女諸共巻き込んで計画の開幕とするべきだ!
その時、脳裏に男の声が思い起こされた。
『お前の勇気ある行動で開始の合図としようか』
それは、男が一番信頼している仲間の声。
そして、開戦を告げる狼煙の声でもある!
幾度となく聞いた声が脳裏に入り込み、その声が聞こえると同時にバッと顔を向ける。
闇魔法の籠った魔石を手のひらで一気に魔力を込めた事で暴走させた!
『ハハッ、ハハハハッ!! ザンネンダッタナ、バッドエンドダッ!!』
本来の声ではない、機械音の声が響き、すぐに魔石が膨張し、学園を巻き込んで大爆発を起こす——————、
「ハァ、…………喰らっちゃえ」
筈だった。
手のひらの中で硬く握り、アミルへ向けられた腕。
それは、鼓膜を破る爆発音も身を焦がす闇の炎も、何も無く。
バクリという音と骨の砕ける音だけが後に続いた音だった。
ボタボタと地面に赤い華を咲かす中で、『ハハハハ——————ハ?』と理解が追いついていない声が発せられた。
直後、鼓膜に機械の乱雑音が響き、そこから
『……どうした? 何があった!』
仲間の声が聞こえてくる。
しかし、動かそうとしてもなんの反応も示さない腕の空虚感に思考を食い潰されながらも、隣で自分の腕と喰らった何かを見る。
何故か、視界が真っ黒な闇の瞳から離れないよう……な……、
『おい、返事をしろ!』
『ヤ、ヤメロ……』
『何があった! 状況を—————』
その何かは全身が闇より黒く、一部に入った白の線が顔にも見え、
『ワ、ワラウナ…………ワラウナァッ! ヤ、ヤメ、ウァァァァァアアアッ!』
ゆっくりと、闇が何処までも続く口を開き、三日月の笑みを浮かべたのだった。
*
外の明るい景色など全く意に返さないような真っ暗な部屋に数本の炎が揺らめいている。
「…………ッ、聞いてないぞ」
その中で、最初に口を開いたのは先程まで仮面の男と話をしていた相手。
だが、既に切られたその声と最後に聞いた言葉は男の不安感を掻き立てている。
「どうやら、その様子だと失敗したみたいね」
男の内情とは裏腹に悠々と言い放った声は背後から聞こえてきた。
「やっぱり、練習を積ませないとダメね。あれじゃ、まるで子供が大人と戯れる児戯じゃない」
「本来の予定では救護班隊長のカトカ・ヘプリを倒して指揮系統を無力化するという手筈だった! それを何故ッ!」
「だって、まさかアミル先生が出てくるなんて思わないじゃない?」
「だからって、わざわざ何故戦わせたんだ! あのまま逃げれば—————」
言葉を言い終わるよりも先に「ふふっ」と笑みが女から溢れる。
「それこそ無理じゃない? だって、あのアミルとかいう臨時教師は学園側は隠したがっているとはいえ魔族を倒した女よ? 逃げ切れるわけがないじゃない」
「でも、貴方も元々誰かは犠牲にするつもりだったんでしょう? それがアレになっただけじゃない」と言葉が続いた。
「だからって—————」
「それよりも、こっちの準備はもう出来てるわ。魔法学園が隠したがっている魔族の事も、嫌煙される筈の闇魔法を使う少女を入れた理由も、私の目的の為にこの国には土台になってもらうの」
「いつ聞いてもクソったれな女だな」
「そういう貴方だって、そんなクソったれな女の意見に賛同したから此処にいるんでしょう?」
そして、女—————ネラ・モントーロは机に炎の揺らめきを反射し、闇色に光る魔石を置いた。
長く伸ばした金髪によって右半分の顔が隠れている。
男の認識では、悲劇の女子生徒でありながらも、その前の入学試験でも魔力等も実力の高い明るい性格ではあった。
だからこそ、今の彼女を駆り立てる動機に思い当たってしまう。
「今更仲間意識なんてくだらないモノに目覚めた訳でもないでしょう? やりたくないのなら、やらなくても別に良いわよ?」
「は?」
「ただ、その時に貴方の心配していた彼はどう思うのでしょうね?」
視線がネラの瞳から目が離せなくなり、息が苦しくなる。
「自分にだけこんな危険な事をさせといてと貴方を恨むのかしら?」
布に水を染み渡らせるように、ゆっくりと回る毒は男の意識すら刈り取っていくようだ。
「それとも、貴方のくだらない偽善を喜ぶのかしら? でも、貴方に賛同した子達は貴方を裏切り者として罵るのでしょうね」
楽しそうに笑い声を上げたネラは、
「誰かが持って来てくれる。機会が訪れる時を待つ。そんな受動的に慣れすぎて、自分で機会を掴もうともしない人間に何かを変えられるとは到底思えないわ」
と弄ぶように怪しげな笑みを貼り付けたまま魔石を指先で弄った。
「でも、貴方も結局は私の手を取った。野望のある貴方に手を差し伸べたのが、貴方達をその立場へ追いやった筈の本来の敵である魔術執行会所属の人間だろうとね?」
「……俺だって、本来ならお前の手など取りたくない。だが……此処で逃せば改革をするのはいつになる? 明日か? それとも一月後か? 俺が卒業しては遅いのだ。だったら…………。お前の計画通りにやれば、目的は達成されるんだな?」
「えぇ、貴方達の目的の魔法適正の低い生徒の救済は叶えられるわ。そして、魔法学園の改革もね」
「…………一つ聞きたい」
「何かしら?」
「お前の本来の目的は何だ? 何故、俺達に加担する? それでお前に何の利益がある?」
「教えない。でもそうね、これだけは言ってあげる。目的を達したいのなら、死ぬ気でやりなさい? さっきの光景を見たでしょう? じゃないと、何も達成する事なく無駄で終わるわよ?」
カチカチと鳴っていた時計の針が頂点に達し、部屋に鐘の音が鳴った。
「時間ね」
男はネラの言葉を待たずに魔石を手に取り、
「言われなくとも、やる事はやるさ」
部屋を出て行った。
「無愛想な男」
「それを君が言うか?」
独り言として呟いたつもりだったが、その言葉に反応したのは部屋に入ってきた一人の男――――ベルズィン・ペトロフ。
短髪の金髪を整え、ビシッと決めた格好は貴族特有の他者より目立とうとする、そんな上位階級だからこその意地が見受けられた。
「あら、聞いてたの?」
「何も全部聞いていたわけじゃない。ただ、入ろうとした時に聞こえたから反応しただけだよ」
「ふぅん? それより、遅かったわね?」
「あぁ、ちょっと野暮用でね。君のことだ、寂しかった等と言うわけないだろう?」
「遂に頭が腐ったのね」
この男は今年から新任教師として入ってきたベルズィンだが、当初から貴族であり、魔法を高いレベルで扱える者を特に優遇する思考をチラつかせる男である。
まさか、この男がこの計画に乗ってくるとは思わなかったけれど。
机に置かれた闇色の魔石はこの男が何処からか調達してきたもの。
そして、この計画を提案してきたのもこの男と来れば、何か思惑があると考えた方が良い。
「まぁ、邪魔をしなければ別にいいわ。邪魔をするのなら、いくら新任教師と言えど消すわよ?」
「おぉ、怖いな。だが、無用の心配だ。俺の仕事は終わったからな。後は見守るだけさ」
「どうだか」
そうしている内にもどうやら、外の熱狂は段々と高まっているようだ。
空中に浮かんだ映像の中で、必死に走る一人の女子生徒。
「ぁは♪」
ねっとりと絡みたく視線を歓声が聞こえる窓の外へと向け、
「楽しみだわ、本当に。貴女もそう思うでしょう? ミレイア?」
空中に映されたミレイアの頬を細い指先で撫でたのだった。
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