第25話「フレル」


 天高く積み上げられた本棚とその中に埋蔵された魔術本が空中にふわりと無数に浮き上がる不思議な空間で、ジッとそれを見つめていた。


 まるで自宅かのように空中に置かれたクッションに身体を仰向けで沈め、浮遊する菓子を手に取るとポリポリと軽い音を響かせる。


「ぁー、今年のもつまらんー。まぁ、例年よりは多少マシだが」


 太腿まで露出したあまりにラフな格好のそれはパタパタと両足をゆっくりと動かし、かと思えば、空中に映し出されたクアンがオリジン三人を相手に戦闘を繰り広げる場面を見ては「おぉー」と足裏を合わせて雑な拍手をする。


「うんうん、こいつは合格。それと、このガキと……この獣野郎も良いか、オマケだ。あとは、あー、コイツは違ぇ」


 画面に映る一人一人を指差し、評価を付けていくが、それは単に暇つぶしと言ったところか。


「つったくさー、リーがオススメするから見てるのに、はい、この子も駄目ー」


 そうして次々と付けられた評価は空中に浮き上がり、映像として映り出された生徒の顔の上に次々と置かれていく。


 すると、炎を纏った長剣が振られ、火花が空中に舞い散った画面の端でジッと見つめては「うぉ?」と声を発する。


 すぐに画面は切り替わったが、戦闘に注視していた面々では誰も気付かないような一瞬の出来事に対し、若干の興味を抱く。


 リーこと、学園長カーデン・リグラからくれぐれも壊さない様にと、観客用として貰った魔道具をすぐさま弄り、原型も留めていない程に弄りまわした結果の産物に触れる。


 すると、時間が巻き戻ったかのように先程の映像が空中に浮かび上がった。


「ん〜、んー? なんだコイツ?」


 救護班の服装は白を基調としつつも動きやすいように制服の形にしてある。


 同じ白を基調とする魔執会との大きな違いと言えば、救護班の場合、制服の所々に赤の線が入り、背中には魔法学園生の救護班を現す両翼とその間に突き刺さった一本の長剣が大きく描かれている事だろう。


 そして何より、彼等は単独ではなくチームとして動く。


 であれば、わざわざ意識のある生徒を背後から気絶させてまで運ぶとも考えづらい、と結論に達した時だった。


 僅かに振動が走り、本棚が軋む音が耳に入る。


 すぐにその音は収まったが、リーから貰っていた連絡用の魔導具が点灯する。


「はいはーい? どったー?」

『また、私の部屋でぐーたらしてたのですか?』


 対抗試合の熱が余程高いのだろう。


 リーの声に混じって観客の歓声が度々聞こえて来る。


「うぇ!? あっ……そ、そんな事より、要件をさっさと言え! 私は忙しいんだ!」

『あらあら。まさか、勘で言って当たるとは。それよりも、フレル? どうやら敵が罠に掛かったようですよ?』

「ったく、やっとか。どれ?」


 フレルと呼ばれたそれは、片手を振り、目の前に新たな映像を作り出す。


 そこでは、魔法学園全体を捉えた景色が映し出されており、赤い線が空中で爆ぜた。


「これを出したという事は少なくともあの娘は無事か」

『…………」

「分かった、学園の生徒を勝手に危険な目に合わせるなと言うのだろう! で、敵はどうした?」

『現在、交戦中です』

「は? はぁ!? 何故また戦っておるんだ! リー、お前の使い魔を使って止めさせろ! 誰だ、せっかく面白い……じゃなくて、大変な事に巻き込んだというのに!」

『はぁ……本音がダダ漏れですよ?』

「うるさい! それで、誰が戦っているんだ、こんな時に!」


 今しがた作り出した空の瞳から魔法学園を見ていると、爆発音と共に灰色の煙が上がる。


「あそこか!」

『……では、私は引き続き結界で外から学園全体を隠す必要があるので、これで失礼しますね? くれぐれも無茶は—————』


 何かリーがブツブツと言っているが、そんな事よりもこの私の舞台をぶち壊してくれた奴に文句を言わねばならない!


 灰色の煙が濛々と立ち上がり、視界が悪い中、ジッと見つめていると、その戦闘の光景が徐々に見えてきた。


 どうやら、氷魔法を使用していたのだろう。


 所々に魔法によって氷漬けにされた建物や木々が見受けられた。


 それも、上位魔法をぶっ放したと見て取れる。


 そこらの学生相手では太刀打ちするどころか止める事すら難しい魔法を使ったとなれば、相当魔法に長けた人物の可能性が高い。


 それこそ、魔法を学んでいる生徒や軍のように。


 けれども、真下で逃走する黒い奴は氷魔法では埒があかないとでも感じたのか、身体を黒い霧が包むと、闇を纏い出した。


 闇が地面を這い、作り出した闇牢が煙を上げる場所を囲う。


 そのまま闇魔法で攻撃するのかと思えば、次には氷魔法で巨大な氷柱を作り出し、真上から叩きつける。


 轟音を立てながら地面が真っ青に染まった。


『ムダナアガキヲ』


 巨大な氷柱が地面に突き刺さった状況に確実に死んだと思ったのだろう。


 男が氷柱に背を向けた刹那、氷柱全体に罅が入った。


『バカナッ!?』


 それも、何かを複数殴り付けるような胸の奥まで届くような振動が一際大きく鳴った。

 

 一瞬にして崩れ去ると、煙の中から何かが飛び出す。


『ッ!?』


 黒い奴も闇初級魔法ダークショットを乱発してはいるが、全て見切られているのだろう。


 身体を絶妙に操作する事によって、当たっていると思わせる程の至近距離ながら全弾を避けている。


 しかし、闇魔法とは。


 リーから聞いた話だと今年、闇魔法を主軸として戦う少女が入ってきたという。


 今年の対抗試合を見ているのだって、リーが推薦してきた少女達を見る為でもあったのだが、仕方ない。


 少し視線を外しただけだというのに、次に見た時には、褐色肌の女の拳が黒い奴の顔面を直撃していた。


 ベンチを破壊して校舎の壁に衝突。


「くれぐれもこっちに破片を飛ばして壊すなよ!? 高いんだからな! 壊したら許さないぞ!!」


 轟音が響いた後、強烈な風によって視界が揺れ、思わず画面にしがみついて牙を剥く。


 視界が定まった時には状況は一変していた。


「リーめ! こんな奴がいるなんて聞いてないぞ! それに、ぽんぽこと学園を破壊するんじゃないわ、馬鹿者共ガァ!」


 建物に突っ込み、煙を上げていたのは勝手に敵に挑み掛かった相手……ではなく、本来の目的の敵だ。


 姿を隠す為に着ていたのであろう黒のローブはボロボロに千切れ、付けた仮面は大きな亀裂が入り、黒い煙を上げている。


『グハッ!』


 すると、煙から悠然と歩きながら現れたダークエルフが黒い奴の胸へ足裏を押し付けた。


 何かを呟いているが、被害を受けない為と離れていた為か、聞こえない。


「って、うぇっ!? やめ、やめるんだ! そいつを殺すな! ぅう、くそぉ! えぇい! 虫だと思って潰すなよ!?」


 急いで空中に置いてある私の視界—————『小型空中投影魔導具改八』こと、『ハチ丸』を戦闘場所へと急いで近付けた。

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