第24話「黒い仮面と機械音」


 新入生部隊対抗試合が開始されて早数時間が経過した頃、救護班隊長として任命されていた高等部生徒————カトカ・ヘプリの元に一通の報告が入っていた。


「違和感?」


 よほど急いで走ってきたのか、荒い息を吐き出し、如何にも焦った表情の男子生徒は私へ恐る恐る視線を向けると言葉を発する為の唾を胃へ流し込んだ。


「なんでも、迷宮で戦闘不能になった生徒達を回収する為に入った救護班の連絡が急に途絶え、暫くして経った後に出たのは連絡係の人物の声では無かったんです……」

「……その人が応答不能になったから、緊急事態って事ね……だとしたら、かなり切迫してるか。他の救護班はどうなってるの?」

「現在、緊急で迷宮に向かわせていますが、迷宮に近付くよりも周囲に魔物がいる事ですぐには到着は出来そうにないです」

「映像にはそういう部分は無いんだよね?」

「そういう部分とは・・・・・・?」

「あからさまな、外部の誰かによる介入!」

「い、いえ! そのような事は確認されておりません!」

「だったら、さっさと人員を向かわせて状況を把握して!」

「は、はい!!」


 廊下をバタバタと走り去った姿を流し目で見終わる。


 呆れながらも前へ進もうとして、足を止めた。


 ジッと前を見つめ、「ファム」と小さく声を出す。


 すると、周囲にふわりと風が舞い、肩にはいつの間にか一体の大鷲が頭を私へ擦り寄せていた。


「よしよし、急に呼び出して悪いわね」


 使い魔である大鷲の首元を撫でながら、


「で、貴方達はいつまでそこにいるの?」


 今では隠す気など更々無いと言わんばかりに放つ前方の気配へ、鋭い視線を向けた。


 けれど、相手はこれに応じるつもりは無いのか、いつまで経っても姿を現す様子は無い。


 だが、微かに女子生徒の鼻には薬品の混じった嫌な匂いが鼻を突いていた。


 距離は走れば直ぐに取っ捕まえる事は出来る。


 ただ、問題はそれだけじゃない。


「……」


(まさか、私を待ち伏せてたの?)


 何処からともなく、自分を挟むようにして影が姿を現した。人数は四人。


 だが、どれも顔を隠すようにして不気味な仮面を被り、その体格も黒ローブの所為でハッキリとしない。


 しかも二人に至っては先程走って行った救護班の男子生徒と同じ場所から現れた。


(仮面に血痕。はぁ……つくづくあの男子生徒も運が悪い)


 加えて、目の前の奴同様、薬品の匂いが微かに漂っている。


「めんどさいわ……それに、単なるオリジン狙いって事でも無さそうだし」


 今は対抗試合を観戦する為に多くの他国の人間がこの魔法国へ入っている状態。


 加えて、ガルス砦の一件以降、魔法国の警戒度は過去一番で高くなってる。


 それこそ、上がなにやら騒がしい程に。


 あの時は魔法学園生の中に手引きした者が居たという話だったが、なおさら、そんな状態の魔法学園で騒ぎを起こしたとしても、かえって自分達のリスクになる筈だ。


 しかし、こうして姿を現したという事は、私を倒す事で彼等にとっても都合が良いのだろう。


 だとすれば、


「まさか、救護班……いや、私狙いですか」


 現状、救護が遅れれば、それだけ新入生達を危険に晒す。


 私を狙うことで救護班の指揮系統を乱すつもり?


 しかし、何故それで相手の得となると……。


 そうなると、新入生の中にこのお仲間が紛れ込んでいるのが手っ取り早いですが。


 窓ガラスの外から微かに聞こえる喧騒に反し、静寂が包む廊下。


 そんな睨み合いが続く逼迫ひっぱくした状況下を破ったのは、黒ローブ達だった。


「イケ」


 耳障りの悪い機械音のような声に従うようにして、


「ッ!」


 前方から姿勢を低くし、速度を上げて突っ込んでくると、その懐から鋭利なナイフを取り出した。


「死ねッ!」

「死ねと言われて、そう簡単に死ねますかッ!」


 ナイフは真っ直ぐ自分の胸を狙って放たれたが、風低級魔法ウィンドを発動し、弾くと同時に回し蹴りが相手の頭に当たり、良い感触を与える。


「アァッ!! ッ、クソがッ!」


 そのまま追撃出来れば良かったが、ストーンブリッツが視線に飛び込んでくる。


 弾丸の如く発射された土の弾丸は自分の胴体に向けて的確に放たれていた。


 よほど魔法に真面目で取り組んできた者で無ければ、この現状で的確に相手の急所を狙ってくるとは思えない。


 敵になって長いのであれば、そのような癖も無くなっている筈ですし、考えられるとしたら、仲間になって日が浅い。


「だからって、無駄に腕が良いんだから!」

「あれを避けた!?」


 避けたんじゃないです、全部ウィンドバレットで叩き壊しただけです!


「そんなに撃ちたいんでしたら、この人でも撃ってみなさいなッ!!」


 一気に踏み込んだ脚から、ふらつく男の顎を再度蹴り上げ、苦悶を上げる隙も与えずに腕を掴み、ストーンブリッツの盾に。


「き、救護班の癖に汚ねぇぞ!」

「は! 何の事だかわかりません、ねッ!!」


 あと数歩で届く距離に近付くと、男を空中に投げ、勢いそのままに男諸共両脚で蹴飛ばした。


 案の定、真面目野郎は目の前に飛び込んで来た気絶した男を受け止めるかどうか悩んだ結果、押し潰されるようにして、頭を打ったようだ。


 此処で戦闘が終わればどれほど良いか。


 すぐさま、背後の二人に振り返ると詠唱を終了したところだった。


「アイツを引き千切れ! 雷獅子!!」

「噛み砕け! 氷狼!!」


 氷雷の轟きとが急速に迫る中、私は笑みを浮かべる。


「舐めんじゃないわよ! それに、学園を荒らすクソ野郎共に言われたく無いってのッ!」


 直後、ファムが目の前で吠えると、一本の回転する風槍を作り出す。


 だが、その小ささは魔法学園生が使用する短杖と同じ程度。


 明らかに二体の魔法獣を倒せるとは思えない。


 けれど、私は舌を少し出すと、廊下のガラスを足で蹴破った。


「は!? 何やってんだ、あいつ……?」

「まさかッ!? アイツを止めろッ!」

「えっ?」

「チッ、クソ!!」


 直後、その言葉から私は餌が掛かったと笑みを深くする。


 男の声で聞こえた指示に魔法獣がファムから私へ方向を変え、崩れた体勢から走り出す。


 ですよねぇ?


 だって、お前らの狙いはあくまでも私ですもの。


 男がファムをもう一人の男と魔法獣に任せ、此方へと走ってくるが、


「残念。気付くのが、遅いんですよッ!!」


 脚に風魔法を込め、一気に前へと振り抜けば、横に並んでいた窓ガラスが次々と粉々に砕け、それと同時に廊下へ外から風が吹き込んでくる。


 そして、ファムは風の精霊。


 暴風となって吹き込んだ風によって、みるみる増加し、風槍は無視出来ないほどに大きさを変える。


「ファム! 吹き飛ばしちゃえッ!!」


 刹那、黒ローブの二人が焦ったように一斉に杖を取り出し、照準を此方に向けると、複数の魔法を放つ。


 同時にファルの大風槍が衝突したのだった。



 際限なく襲ってくる全身の痛みを堪えつつ、瓦礫を退かして這い上がる。


「っつ……これは、どっかの骨が折れてる気がするわ……」


 痛みと気怠さを我慢しつつ、身体を起こす。


「これは少し、やり過ぎた……い、いえ、そんな事ないって。命を狙われたんだから。そりゃ、多少校舎が崩れる事もあるって」


 そう言いつつ、目の前を恐る恐る再度見る。


 そこには、取れかかった魔導具に一部どころか、廊下の原型すら留めていない瓦礫の山。


 そして、嫌味ったらしい程に澄み渡った青空が広がっていた。


「人員を向かわせろと言ったけど、ッ、はぁ……私が助けて欲しいわ」


 脇腹からどくどくと未だに流れる血を眺めつつ、不思議と笑みが溢れる。


「流石にアレだけやれば全員生き埋め、って言いたいけど」


 直後、瓦礫が盛り上がるようにして膨らみを増し、停止。崩れると、中から一人姿を見せた。


「アンタだけは姿を見せてなかったわよね?」


 そいつは先程の男達とは違い、顔面に貼り付けた黒い気味の悪い仮面から呼吸らしき機械音を立てる。


「で? 私を狙って何が目的なわけ?」

「…………」

「聞いてるの? ねぇ、ってば!」


 しかし、それはコチラに視線を向けたが何も言わずに踵を返して瓦礫何処かに行ってしまった。


 声といい、立ち姿といい、問題しかない。


 が、

 

「ちょっと、アレを追うには……無理そう」


 視界の端が歪み、ゆっくりと瞼が重くなってきている。


 それでも、やれる事はやっておこう。


 スカートの中に入れていた緊急用の小型魔導具を取り出し、上へ向ける。


 そして、パシュという音と共に空へ赤い線を引いたのだった。

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