第14話「情状酌量の余地は無いでしょうか!? 無いみたいですね!!」


 痛い。


 辛い。


 すぐにこの状況から逃げ出したい。


 私は地面に座り、必死に脳内をあらゆる感情が錯綜する。


 けれど、どんなに咄嗟に出た言葉も何の意味も持たずに泡と消えていく。


 ひたりと頬を冷たい汗が喉元へと降っていき、私は乾いた笑みを浮かべては、


「ごめんなさいーー!!」


 全力で土下座をするという最終手段に出たのだった。



 ことの発端は、魔族が屋敷で暴れた時にリィナがスラを見つけた事だった。


「ねぇ、ラウ。これ、どういうこと? 今まで、スライムなんてラウの側で見た事無かったんだけど?」


 その一言で私達の住居となった屋敷の体感温度は氷点下まで落ちた。


 アミルに寄りかかりながらソファでぐたっていた私はミリアの手の平にぽつんと乗っかる黒いスライムこと、スラに言葉を無くし、暑くも無いのに冷や汗が止まらなくなる。


 脳裏に今なら逃げられるんじゃないか?とも浮かんだが、それはアミルに抱きしめられる事であっけなく霧散した。


「まだフェンリルの事なら、私も見てるから分かるの。でも、これは?」

「ぁ……そ、そうそう! ママが他国に行くんだから、用心としてって――――――」

「私達より弱いのに?」


 ミリアがスラをテーブルの上に置き、私にゆっくりと近付いてくる。


「そ、それでもほら、いないよりはマシというか何というか――――――」


 それだけで私の口はいつにも増して早くなり、


「だったら、ルーナがいるよね? 最悪、私達が側に居ない状態でラウが危険になった場合、ルーナなら助けに入ると思うけど?」

「で、でも、ルーナにも手に負えない時に助けとなるかもって」

「ラウ?」

「ぁ……あぅ」


 ミリアの顔が近付くにつれて私は頬が熱くなるのを感じていた。


 何故こんな時に顔を赤くしているんだと呆れられるかも知れないが、しょうがないじゃないかぁ!


「ラウ、こんな時になんで赤くなってるの?」

「き、気のせいだよ。……多分」

「顔を背けないで」

「あぅあぅ」


 ミリアのほっそりと暖かな手が私の頬を挟み、


「ラウは私に隠し事をするんだ?」

「そ、そんな事しないよ!」

「そうだよね。そんな事されたら、あまりに悲しくてキミウに帰っちゃうかも——————」


 その言葉で私は一秒にも満たない速度で全てを諦めて、素直に白状した。


 そして、話は冒頭に戻り、現在床に座る私の横にスラと名前はまだ未定のままの神喰黒獣ブラック・フェンリルがいる。


 とはいえ、神喰黒獣ブラック・フェンリル本来の姿は優に大人の男性であろうと優に背丈を越すので、今は闇魔法で身体を小さくしてはいるからか、あまり以前の迫力は無くなっている。


 私の後ろから抱き着こうとしてメイに連れて行かれるアミル、そして対面に立つ呆れ顔のミリアと面白そうな光景だとニヤニヤしながら椅子に座って見ているクアンの構図だ。


「状況は分かったけど、私達が此処にいるのはラウの護衛だからって事、忘れないでね?」

「それは大丈夫!」

「心配だな〜」


 結局のところ、私がいつも一人で問題を起こすのは日常茶飯事なのでそこまで怒られる事は無かった。


 しかし、私の胸に何故か不思議なモヤモヤが。


「その子達もラウの使い魔として契約するんだよね?」

「勿論! この子達両方共、私の大事な仲間になる子達だからね。ただ、スラは決まってるけど、この子の名前がまだ未定なんだよ」


 もしゃもしゃの毛並みをわしわししては頬を舐められる。


 すると、自分もとにスラが私に飛びつき、太ももの上でくつろぎだす。


「名前はラウに任せるとしても、使い魔召喚以外で仲間にした魔物の場合だと冒険者ギルドでの契約になるわ。ただ、黒いスライムと黒い狼なんて見たことないし、見る人が見たらすぐに問題になりそうね」

「しかし、とにかく行ってみないとなんとも言えませんし、ギルドで契約をしてみてはいかがですか?」

「そうだね〜、まぁ、バレたらバレたで仕方ないけど。取り敢えず明日行ってみようか」


 そうして、翌日にクアンとアミルの三人で魔法国にある冒険者ギルドへと学園帰りに行ってみたのだが、


「この冒険者プレートは現在失効してるので、無理みたいですね」

「え?」


 私が渡された冒険者プレートを真面目そうな受付嬢さんに渡したらそんな答えが返ってきた。


 確かに、最近冒険者として活動はしてなかったからなぁ。失効されてても仕方ないかな。


「どうします? 見たところDランク冒険者の様ですし、また最初から作り直せばその歳だとすぐに元のランクまで戻ると思いますが」


 そうは言っても、私としたらこの子達との契約をしに来ただけだしなぁ。


 それに、確かクアンの話じゃSSランク冒険者のプレートが交付されるとこのプレートは効力を失うとか言ってたし、まさか何かの手違いで早めに失効させたとか?


「ねぇ、クアン。冒険者プレートって私作って良いの?」

「私が聞いた話だと今失効されたとか言われてるDランク冒険者プレートにラウの情報が隠されて乗ってるから他のは無理って話だけど」

「でも、ラウ様の冒険者プレートが使えなくなってるんじゃ、どうしようもないんじゃないの? 臨機応変に、じゃない?」


 私がどうしようかと悩んでいると、隣で私達のことを見ていたもう一人の受付嬢が割り込んで来ては、「もしかして、貴女お姉さんとかいるでしょ」と何故か腕組みをしながら怒った表情で私を見ていた。


「え? いないけど。何で?」

「嘘言わない! だって、貴女見るからにDランク冒険者を名乗れる程実力があるように見えないもの。そんな小さな身体で何が出来るって言うのよ! 分かった、貴女に姉がいないなら兄ね! 家族の冒険者プレートを勝手に取ってきてそのランクで冒険者をしようだなんて、それが許されると思ってるの!?」

「いや、本当になんの事?」

「そうやって私を誤魔化そうとしても無駄よ!! いくら貴族だからって、この私を相手によくもそんな事が出来たわね!」

「ちょっと、貴女良い加減に」

「貴女も同罪よ!」


 突然乱入してきた受付嬢さんに他所へと追いやられていた最初の受付嬢が流石に見てられなくなったのか、「す、すみません! ちょっと先輩!? どうしたんですか!?」と慌てて謝りながら止めようとする。


「だって、明らかにおかしいじゃない! 後輩のアンタは黙って私の意見に賛成してなさい!」


 それでも、彼女は止まるどころか更に悪化し出した。なんだか、ややこしい事になってきたんだけど……。


 あまりに不躾で一方的な言葉を吐きながら乱入してきた先輩受付嬢さんにクアンとアミルが明らかにキレ始めるが、それよりも面倒なのは先輩受付嬢さんが大声を出した事で騒ぎが大きくなってしまった事だ。


 あちこちから、「おい、あれがDランク冒険者だとよ?」や「アレがDランクなら俺でも楽勝じゃね?」と小声が増えては注目が私達に集まってきている。


 それに今の私達は魔法学園の制服を着ている。


 あそこは貴族が大半を占めるからか、中には貴族の権力を使って実力も無いのにDまで上げたって言う話も出てくる始末だ。


「だから! ギルド長に確認して、って言ってるのよ!」

「いいえ、そんな必要はありません! 何処の貴族かは知らないけど、ギルドでの不正は許されない重罪ですよ! それとも、ここで衛兵に捕まりたいですか!? 出来ませんよね? そんな事したら、実家の名声に傷が付きますもの!」


 まさか、自分が正義で私達が悪役として打ち負かしたとでも思っているのだろうか。


 あからさまに凄い勝ち誇った表情をしてるけど、私のパパとママは名声とかそんなの全く考えてないと思うけど。力を付けたら、なんかそれらが自然と手に入ったってだけで。


 寧ろ、パパの事だからこれ以上名声だの権力だの増えても面倒そうな顔をするだろうね。


 何せ、そういうの苦手なの私そっくりなパパだし!


「ラウ様。コイツ、ムカつくんだけど。泣かせたい、私に一日頂戴。身の程を分からせるから」

「はいはい、落ち着いて。ぎゅ〜」

「ふぁ〜、ラウ様ー!」

「本当に頭硬いわねって、何やってるのよ貴女達は。はぁ〜、もう良いわ。二人共、帰りましょう。やってらんないわ」

「だね〜、この子達の契約はまた後日で良いかな。あっ、じゃあ来る途中に喫茶店あったから寄っていく? 立て看板に甘いスイーツが書かれたんだよ! 食べたいよね? というより、私が食べたいっ!」

「寄りましょ、ラウ様! 是非!」

「私も賛成よ。それじゃ、こんな所さっさと出るわよ」


 これ以上口論しても何も進まなそうだと判断した私達は受付嬢から冒険者プレートを返してもらおうと思ったのだが、「いいえ、これはギルドで預からせて貰います! それと、貴女達はギルド職員であるこの私に反抗的な態度を取ったので後日、重い処罰を覚悟しといてくださいね」と言い放つ。


 以前に貴族と何かあったのか、処罰だとうるさい受付嬢をめんどくさくなって放置し、私の側でお利口に座っていた神喰黒獣ブラック・フェンリルとその頭にちょこんと乗っかったスラを撫で、私達はギルドを後にしようとする。


 だが、面倒は続くもので。


「おいおい、待てよ? ギルド職員の言う事はちゃんと聞くべきだぞ?」


 と数人の男性冒険者がギルドの入り口を塞いだ。


 後から入ってきた冒険者も何事かと私達を見ては成る程と傍観者へと回る。


 どうやら、誰も助ける気は無いようだ。


 男達は下卑た笑みを浮かべてるし、受付嬢は多数に無勢だと嫌味ったらしい笑みを見せてくるし。


「はぁ〜、面倒」


 良い加減イライラしてきて、そう言葉を出した直後だった。


「おいおい、そろそろ勘弁したらどうだ? とはいえ、貴族の御令嬢様だ。此処は黙っといてやるから俺らにそうだな、何か相応の代物を——————」


 と、うだうだ喋る男性冒険者の後ろが突如として騒がしくなると、「なんじゃこのハゲは。どけぃ! 邪魔じゃッ!」と物凄い音を弾けさせながら男が此方に飛んで来た。


 私に抱き着いて笑みを浮かべていたアミルだが、男がこっちに向かってきているのを確認するよりも前に私の前へ出て拳に付けた籠手で頬を全力で殴ってギルドの壁へ吹き飛ばしては、


「ラウ様に貴様如きが近付こうなどと、穢らわしい」


 絶対零度の瞳を向け、毒を吐いている。


 野次を飛ばす観客と化していた他の冒険者も巻き込みながら壁へ轟音を立てて激突した男性冒険者をチラリと見ると、物言わずに意識を彼方へ飛ばしていた。


 更に視線が私達に集中するが、その視線は男性冒険者が吹き飛んで来た入り口に注視しており、そこには軍服を羽織った小柄の少女がふん!と腕を組み、鼻を鳴らしてふんぞり返って立っていた。


 その少女は王都を復興する際に何度か遠目で見た事はあるが、実際会うのは初めてなのだ。


 しかし、彼女は私に気付くとパァッと顔を華やかせては私の元へ駆け寄って来ると「ほぅ? やっぱりラキそっくりじゃな!」と可愛らしい笑顔を見せた。


「ママを知ってるの? もしかして友達?」

「ん~、友達というより悪友であり親友というやつじゃな。これでも若い時はラキやキリと彼方此方行ったものじゃ。じゃから、キリの娘もいる所を見ると昔を思い出すってやつじゃな」


 私と殆ど身長が変わらない少女が背伸びしながら私の頭を撫でる。


「それでお主がクアンで、そこの褐色なのがアミルじゃろ? 他は居ないのか? ん? うむ!? なんじゃ、この真っ黒の二匹は! かわいいのぅ~! ういのぅ~♪」


 二匹を撫で回してテンションが上がっているみたいだけど、何で此処に来たんだろ?


 彼女が来るって事は、かなり重要な事が起きたとか?


「ちょ、ちょっと! 何してるんですか!? 彼はこの都市の冒険者ですよ!? 貴女も処罰の対象にされたいんですか!?」


 と例の受付嬢が割り込んでくる。


 私も一応、ママから彼女の事について聞かされているし、知ってはいるから言えるけど、この人は貴女の権限で処罰とか絶対出来ないと思うよ?


 なんなら処罰されるのは受付嬢さんの方じゃ無いかなって……思うから、私は知らない顔してよ。


「ほぅ? わちに処罰か? 随分と面白いガキもいるものじゃのぅ?」


 あ〜、既に眉がピクピクしてる……。


 私はどうなっても知らないからね。


「ガキ!? 貴女、目上の人になんて口を聞くんですか!? さっさと名前を名乗ってください! この件は後でギルド長に伝えて厳正な処罰を———————」

「わちの名前か? レノエーヌ・ヴァーレン。これでも、そこそこ名は知れてると思うがのぅ?」


 彼女がそう名乗った直後、ギルド内にいた人達の空気が一斉に変わった。


 その名を聞いただけで、逃げ出す冒険者もいる程だ。一体、過去に何をやったのやら。


 でもまぁ、投げ出したくもなる。


 何せ彼女は――――――、


「お、おい。俺は知らねぇぞ! ただ注意しただけだからな!」

「俺も関係無いぞ! 騒ぎ出したのはアイツだし!」

「レノエーヌ・ヴァーレン……って、まさか本物!?」


 受付嬢さんの顔が青ざめ、最初に私達を対応した受付嬢さんはすぐに二階へと駆け上がってしまい、すぐにバタバタと音がすると魔法国の冒険者ギルド長だろう女性が降りてくる。


 そして、目の前の状況を見るや否や額に手を当てた。


「ちらほらとわちを知っている者がいるらしいが、わちが来たのは単純じゃ」


 —————各国に一人だけ存在する、クリノワール王国各地の冒険者ギルド長を纏める王国の中枢『王都』の冒険者ギルド長だからね。


「お主が処罰だなんだと言ったこの少女にSSランク冒険者の認定が降りたからじゃ!!」


 そう言うや否や、レノエーヌさんは私を指差しては不敵な笑みを浮かべたのだった。

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