第47話「自分の居場所」
血飛沫が宙を舞う。
イーリスを倒そうと群がってくる魔物が半獣化した拳や蹴りに吹き飛ばされ、イーリス達ごと燃やそうとブレスを吐く赤竜によって灰と化す。
けれど、いくらブレスを吐こうと当たるどころか強烈な一撃を加えてくるイーリスに次第に彼女が近付く度に後ろへ下がっていた。
赤竜の身体には所々に打撃痕や鋭い刃物で切り裂いたような傷跡が残るが、すぐにそれも溢れ出す魔力によって回復される。
しかし、龍脈から放出される魔力が必ずしも赤竜にとって味方となる恩恵を与えているのかと言われれば、間違いなく違うと言えた。
どれだけ傷を負ったとしても回復はされる。
だが、消耗した体力が戻ってくるわけでは無い。
赤竜が翼を広げて飛び上がって空中に逃げようとするが、半獣化したイーリスの跳躍力は優に赤竜の頭上を越え、そのままくるりと脚を抱えて回転すると、勢いを付けた踵落としが赤竜の頭部に直撃。
頭から地面に叩き付けられ、その衝撃で地面が僅かに陥没した。
「よいしょ。さて、と。まだやる気?」
空中から猫の様に軽く地面に着地し、赤竜へ視線を向ける。
イーリスによって地面に叩き付けられ、血溜まりを作ろうと魔力によって強制的に回復された赤竜は身体を荒い息を吐きながら辛そうに顔を歪ませて立ち直した後、イーリスを鋭く睨み付けた。
それが、紛れもなく戦う意思を失っていない証拠であり、この戦闘が終わっていない事を感じさせていた。
すると、イーリスは赤竜から視線を外し、自身の主人であるラウへと顔を向ける。
そこでは、動物とじゃれ合うように古代竜『種森竜』と戦闘をするラウがおり、自分がラウと同じ場所で戦えている事に一瞬、止まると深い笑みを浮かべた。
イーリスにとって、これは愛すべき主人に怪我をさせてしまってから何年も待ち焦がれた時間。
全てのあの日、二年前のあの時。
そして、どれだけ自分の不甲斐なさを呪い、目の前の不条理な現実の否定を繰り返した事か。
ラウから遠ざけておきながら守れなかったベルクリーノ家の人達をどれだけ悲しみと怒りで恨もうとしたか。
……けれど、ベルクリーノ家で過ごしたラウ様やラキ様、他の従者の仲間達との生活がそれを霧散させた。
なにより、見てしまったのだ。
ラウ様が行方不明になり、各地を飛び回っていたラウ様が拾ってきた四人のメイドや事情で離れていたメイド達が戻ってきていた夜。
メイド達やキミウに住まう誰もが堪えようのない怒りと深い悲しみの涙を流す中、暗い廊下の奥。
部屋に入ると、暖かい日差しに咲く向日葵の如く心地良い笑みを私に向けてくださったラウ様の部屋から聞こえてきたすすり泣く声。
美しい銀髪が月夜に照らされ、悲しげに光る彼女の姿を。
私達以上にラウ様と何処までも一緒に長い時間を過ごし、何処までも深い愛情を彼女に注ぎ続けてきた、一人の親の姿を。
この悲しみは私だけのものじゃ無い。
しかし、自分は今、此処に居る。
これが、どれだけ嬉しい事なのか、それは彼女に関わった彼女を一度無くした私達にしか分からない。
いや、分からせはしない!
「魔物風情には私の感情は分からないでしょう。例え、魔物として進化して、言葉を喋れる高位な存在になろうとも」
脚と腕を覆っていた半獣化を解き、元の真っ白な素肌が覗く本来の腕へと戻る。
弱体化。
他の魔物より強い力を持つ竜種は思考する能力は持つ。
それが高位になればなるほどにあらゆる知識を身につけ、言葉を喋るようになる。
原因は謎に包まれているが、それは他の魔物にとっても同じ事だ。
つまり、赤竜はイーリスが半獣化を解いた事で、満身創痍な自分と同様、もう力を出す事も出来ないのだと。
しかし、戦闘が始まって赤竜はイーリスに一撃も与えられていないのだから、その自信も僅かに揺らいだ時、自分から目を背け、視線を向ける先に一人の少女を見つける。
自分より強大な力を持つ古代竜と対等以上に渡り合う一人の少女。
だが、そこに自分が加われば?
隙をついて間違いなくあの少女を噛み殺す事が出来、あの少女を殺したなら、次は目の前のこの女だ。
まだこの世に産まれて数十年という竜種にとっては赤ん坊同然の年齢である赤竜はその案を実行した。
それが目の前の
すぐに動いたのは赤竜だ。
翼を大きく広が、空に飛び上がると、激しい戦闘を繰り返すラウと古代竜の元に最大のブレスを放った。
肌が焼けるような痛みと共に炎はラウ達に襲い掛かろうとするも、ラウはそれを見向きもせずに戦闘を続行する。
そして、直撃した。
だが、おかしい。
戦闘音は相変わらず続いている。
直後、ゾワッと全身を貫いた悍ましい程の怒気。
全身から血の気が低き、膨大な灼熱の炎を持つ身体が感じたことのない寒さを感じ取った。
見たくない衝動を必死に抑え込んで、僅かに視線を炎を向けた先を見た。
ここで初めて赤竜は自分より小さな存在に恐怖を覚えたのだった。
炎の中から現れたイーリスからは、此方をジッと見つめる桃色から赤色に染まった瞳と半獣化した腕の黄金の毛がザワザワと動き、膨大な殺気が辺りに撒き散らされる。
それによって、他の魔物はすぐに逃げ出し、
『お前の相手は私だろう?』
誰も声を発していないのにその言葉が赤竜の脳内に強く響き渡った気がした。
自分は魔物中でも最上位の竜種だという威厳すら最早、彼女の前には何の役にも立ちそうない。
敵わないと悟った後、ゆっくりと地面に降り立つと、自然と首を垂れた。
それは、赤竜がイーリスに屈したのと同時にドラゴンのプライドを自ら折ったのと変わりはない。
土を踏む足音と共に赤竜の頭に小さな手が置かれる。
「そう。それで良いんだ」
だが、赤竜はそれすら怖い。
そのまま頭を引きちぎられるかもしれない。
もしかしたら、そのまま地面に叩きつけられて絶命するかもしれない。
憶測は憶測を呼び、最終的に目の前のメイドに身体をガタガタと振るわせて怯えるようになった赤竜からはイーリスの顔は見えない。
「お前はまだ使えそうだから、殺さないであげる。でも—————」
けれど、イーリスが顔を下げ、まるで見せる様にして瞳に映った瞳に赤竜は、
「次やったら、許さないから。絶対に」
現実逃避する様に、さっさと意識を暗闇に飛ばしたのだった。
*
古竜『種森竜』によって作り出された樹木による新たなる森林も、黒い稲妻が走れば、辺りに炎と恐ろしい唸り声の様な雷鳴が暗雲の中で響き渡る。
そんな光景が一つ動作をする度に起きる戦闘の中で、少女は笑っていた。
『何故じゃ! 何故、我を騙した!!』
長い年月を経て、人間より高い知能を持つようになった古竜は人の言葉で嘆きを吠える。
『許さぬ! 下等な種族の分際で我を騙すなど、決して許されぬ!!』
目の前で笑みを浮かべる小さな少女は自分を騙した敵に見え、自分を味方する魔物達は次々とその身を散らしていく。
かつての愛する番の声に目を覚ましては、騙し討ちのように刃を向ける劣等種共。
しかし、この劣等種はどれだけ攻撃を加えようと勢いが衰えるどころか笑い声を上げる。
『なんと、気味の悪い! ッ!? グハッ!!』
大蛇の如くうねった黒い稲妻が古竜の固い鱗の張った頬をたやすく焼けきり、すぐに回復するとしても傷跡は時間を負う毎に増えていくばかりだッ!
『負けぬ! 負ける訳には行かぬゥッ!!』
大地を踏みしめ、声のあらん限りを尽くして咆哮を吐き出した。
それと同時に少女が飛び出し、自身も竜魔法『種子騒乱』を発動。
魔力が減っては回復するのを感じながらも、大地から盛り上がった幾十もの巨大な大樹の蔦が標的に向かって走り、衝突。
けれど、すぐに気付く。
蔦を凄まじい速度で駆けた黒い稲妻を。
直後、爆発と共に業火が天に舞い、火花が舞い落ちる中、それはゆったりと姿を見せる。
『悪魔めッ……!』
古竜は胸の中で忌々しげに呟く。
自分と戦闘をし、打ち倒さんとする者がまるで理解出来なかったからこその言葉だ。
外見は人間であろう。
それは間違いない。
しかし、終始不気味な笑みを浮かべる口元と、いつの間にか変わった髪の毛。
そして何より、彼女の周囲に広がる業火と身に蛇の如く纏わり付く黒い稲妻がある一体の苦々しい過去を思い出させるのだ。
とはいえ、今はそんな事を思い出している場合では無い!
黒い髪を風に靡かせ、人の身でありながら自身の身体で衝撃波を出しながら此方に疾駆する姿が目に映ったからだ。
魔力で自身の分身たる大樹の蔦を動かし、彼女を追わせる。
その隙に少なくなった魔力を龍脈で回復しつつ、竜の最大の攻撃手段であるブレスの為の魔力を放つ為に背に背負った大樹に魔力をありったけ送り込む。
そうする事で出来るのはたった一つの虹色に光る雫。
それは数ある魔物の生物の中でも自身しか作る事が出来ず、使うのには膨大な魔力が必要な技だ。
けれど、此方には龍脈がある。
大樹になった雫を蔦で大事に掴み、目の前まで持ってくると、口の中へ放り込んで、噛み砕いた。
効果は三つ。
一つは自身が受けた傷の完全回復。
だが、それは龍脈の力を引き出す事によって今回であればそこまで意味はない。
もう一つは雫を使用した際の魔力の結晶化。
それによって体内に入れた際に自身の魔力量を大幅に超える事が出来る。
そして、もう一つは―――――。
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