第46話「敗北。気付き、改善。故の、勝利」


「おい、金髪! 邪魔すんじゃねえ!! テメェは引っ込んでろッ!!」

「なぁッ!? なんて口の聞き方ですの!? それに、貴女こそ邪魔です!!」

「あぁ? 公爵の娘だがなんだか知らねぇが口が悪いなぁ!」

「貴女に言われたくないですわ!!」

「ここは後輩が先輩を立てる場面だろうが! ちょっとは空気ってもんを読めやッ!!」

「貴女がそのまま戦えば間違い無く死ぬと思いましたから、こうして手伝ってあげているのです! 感謝されこそ、暴言を吐かれる筋合いは無いですわ!!」


 端的に言えば、この二人の相性は最悪だった。


 公爵の娘として、あらゆる英才教育を受け、淑女しゅくじょたるものこうあるべしという強い信念を持つビクトリア。


 そして、貴族の出ながら荒々しい口調と粗暴な態度を助長するような暴力的な魔力によって戦闘経験によって自身の地位を確立したラフシア。


 華々しくも過酷な世界を生きてきたビクトリアにとって、彼女のような良くも悪くも裏表の無い人物と関わるのは初めての経験だった。


 互いが互いに相容れない関係だとは感じながらも、形だけの共闘を行う。


 けれど、ラフシアの魔力は既に尽きかけ、ビクトリアの足を引っ張っている事を強く感じ取っていた。


 それでも、強情で強気な性格はそれを否定する。


 難のある性格に加えて此処で引けない理由もあったが、キングオーガはそんな思考を嘲笑う様に鋼鉄化した片腕をラフシアへ振るう。


「チィッ! このオーガ如きがァッ!!」

「あっ、ちょっと!」


 鋼鉄化された拳と岩腕による力同士の衝突。


 押し負けたのは、ラフシアだった。


 視界が酷くゆったりとスローモションになり、キングオーガの拳に付いた傷跡もハッキリと見えていた。


 思考は穏やかで慌てる事もなければ、過去がフラッシュバックする事もなく、ただ自分の死というものを受け入れそうになった。


 その時——————、


「ぶっ飛びなさい、ですわ! 魔力充填、シュート!!」


 土魔法で固められた岩腕を木端微塵に砕いたキングオーガが何かに当たり、真横に吹き飛ばされた。


 呆然とする思考を取り払い、視線を横に向けると悠然と歩いてくるビクトリアの姿。


「礼は要らないですわよ?」

「チッ」

「本当に素直じゃ無い人。クアンよりも重症な人は初めて見ましたわ……。さて、今度はわたくしの番ですわね」

「おい、待て——————ッ!!」


 ビクトリアがラフシアに背を向けるようにして立ち、キングオーガに余裕綽々しゃくしゃくの強い眼差しを向けた。


 ラフシアがビクトリアに手を伸ばそうとした直後、脇腹に重い鈍痛どんつうが走り、思わず息を止め、荒々しく吐き出した。


「あまり動かない方がよろしいですわよ? 貴女、戦闘が出来る風を装ってますけれど、脇腹を気にしているのは分かっていますわ」

「だから、なんだ? 俺ら魔術師はな、錬金術なんて紛い物に頼ってねぇんだよ!」


 地面を握るように力を込め、目の前のビクトリアを殺気の籠った瞳で睨む。


 だが、ビクトリアは意外にも冷静だった。


 ラフシアの殺気混じりの瞳は彼女と同学年の高等部の生徒ですら、恐れるというのに、彼女は平然と「あら、それは侵害ですわ」と言葉を呟く。


「先程の事、礼は要らないと言った手前、言葉を濁すようですが。貴女はその錬金術に助けられたのではなくて?」

「助けられた覚えなんてねぇッ!!」

「貴女なら、そういうでしょう。ですが! ノブレス・オブリージュ!! 貴族たるもの、国の民を守るのは私達の務め! そして、貴女も魔法国の一員ならば、貴女も私の保護対象となり得るのですわ! ですから、」


 ビクトリアはビシッと人差し指をラフシアに向け、言っても聞かないだろうこの狂犬へ——————、


「大人しく、守られてなさいな!」


 大胆不敵にも言い放ったのだった。



 キングオーガはオーガという魔物の中で一番強い個体がキングとして進化を行う。


 それによって、通常のオーガでは本来使えない土魔法を使用する事が出来、肉体の防御力、攻撃力共に大幅に上昇する事が出来る。


 加えてオーガも従える能力も持ち合わせる為、その戦闘力は並の冒険者では相手にすらならず、一流冒険者と呼ばれるAランク冒険者でも最低二パーティー必要とされる。


 数十年前には皇国にキングオーガの変異個体が出現し、Sランクパーティー含めた数十人の一流冒険者が死亡した記録もある程だ。


 その時の変異個体となった赤い肌のキングオーガはSランクとして認定され、皇国最強と名高いSSランク冒険者『天剣』によって討伐されたと聞く。


 とはいえ、今回の相手は変異個体でもなければ他のオーガ達も紅竜と白竜によって灰と化した。


 邪魔者は、いない。


「いつまで寝ているつもりですの? そっちがその気なら、殺しますわよ!」


 腰に巻いた左右の革袋から宝石を両手に三つずつ取り出し、キングオーガへ魔力を込めて投げた。


 それはただ単に投げただけでは有り得ない程の速度で飛び、体勢を立て直したキングオーガが気付いた時には避けられる程の距離では無かった。


「弾けなさい!」


 指を一度鳴らした直後、六つの宝石が互いに小さな火花を散らすと、大規模な爆発を引き起こす。


 けれど、自分が起こした現象の大きさに対し、ビクトリアは何かが気になっていた。

 

「キングオーガはAランクの魔物。それが、こんなにあっさりとやられるわけがありませんわ。しかし、何故こんなにも……手応えが無いのでしょう」


 その言葉は土煙を切り裂いてビクトリアに飛んできた一本の土槍によって現実のものとなる。


 反射の如く掴んだ宝石を投げる事で何とか粉砕するが、土煙を裂いて現れたのは片手に自身の半分の面積を占める土魔法で構築されたのだろう岩楯。


 もう片方は何も付けていないとは言え、それに気を抜くのはあまりに愚かだ。


 何せ、キングオーガは元はオーガだったもの。


 土魔法は後付けされた武器に過ぎない。


 本来の攻撃方法は、


「ッ! ウラヌス! 行きますわよ!!」


 超近距離の肉弾戦ッ!!


 矢の如く飛び込んできたキングオーガの拳を間一髪で避けると同時に地面を錬金術で突き上げ。


 避けられるのは分かっている。


 だからこそ、別の布石を打つ!


 キングオーガが頭を後ろに倒す事で突き上げた岩を避けたと同時にウラヌスが尻尾を振るう。


 目の前の岩を避けた姿勢のままの状態から飛んでくる尻尾には防ぐしか方法はない。


 案の定、岩楯を前に突き出して尻尾を防ぐ。


 それを待っていたのだ。


「針鼠にでもなりなさいなッ!」


 衝突時は拮抗状態だったウラヌスが尻尾を振り切り、キングオーガを突き上げた岩の元まで押し戻すと、最初の岩を起点に四角形の形に地面を突き上げ、更にキングオーガの頭上を塞いだ。


 言うなれば、隙間一つない檻に閉じ込めたのである。


 そして、ビクトリアが魔力を込めると、四角形の岩から無数の針が突き出た。


 そこらの魔物ではなす術もなく岩の針で串刺しにされるが、Aランクの魔物。


 そう簡単にいかない事は分かっている。


 バギッと何かを砕くような音が聞こえた直後、岩の檻を粉々に砕き、飛び出してきたのは全身を土魔法で鎧化したキングオーガ。


 しかし、突然の攻撃に傷もないわけではないようで、所々から血が滲んでおり、呼吸も荒い。


「けれど、完全に私を敵だと認識しましたわね」


 今まで感じた事のない殺気を向けられる。


 だが、


「ラウには程遠いですわね」


 あの時、ラウと戦った時は自分が全力を出して何をやっても目の前の小さき同級生には通じないと分かってしまった。


 だからこそ、分かる。


 このキングオーガは、私が友と認めたラウの足元にも及ばないと!


 僅かにあった恐怖心は和らぎ、程良い緊張感と更に強くなれるという期待で身体は軽い。


「あそこでラウに決闘を申し込んでおいて良かったですわ。でなければ、私は此処で負けていたでしょう」


 グッと脚に力を入れ、


「ですが、」


 姿勢を低く。


「今の私は負ける気がしませんわッ!!」


 手を素早く地面に付けると、一気に魔力を流し込んだ。


 刹那、それを予期してたのかキングオーガが咆哮と共に自らを刺し殺さんと突き出された岩針に手を掛けると、無理矢理にへし折り、身体を最大限使って投げ付けた。


 速度は優に先程の土槍を超え、威力も桁違いだろう。


 しかし、何も私は一人ではない。

 

 振り切った状態のキングオーガへウラヌスが襲い掛かり、私は咄嗟にもう片方の手で土魔法を使用して壁を数枚作り出し、威力と速度が僅かに下がった岩針を真横に飛び込んでぎりぎりの回避。


 けれど、威力は消せていないので、衝突した際の衝撃波で吹き飛ばされながら錬金術を発動させる。


 作り出したのはラウとの戦闘でも使った五人の屈強な騎士達。


 風の宝石を地面に叩き付ける事で衝撃を軽減。


 土煙を巻き上げながら地面に着地すると同時に地面に手を付く。


 あの未完成の五人の騎士ではすぐに壊される。


「彼等が時間を稼いでくれている内に、早く完成させなくては!」


 これまで、ビクトリアは騎士やドラゴン、他にもありとあらゆる創造物を作り出したが、魔法師の姿はしていようと魔法が使えなかったり、ドラゴンの姿はしていようとドラゴンの最大の特徴と言っても過言ではないブレスが吐けなかったりと剣撃や打撃しか攻撃手段が無かった。


 所謂、未完成の欠陥品。


 だが、ラウ達と共に学園生活を送る中で、何度もラウに戦いを挑んでは負けてを繰り返していたある時、「その宝石って投げるだけなの?」とラウに言われたのが胸に小骨の如く突っかかっていた。


 確かに、今までは各種の属性が篭った宝石を投げ、魔力を流す事で火や水、風に土、雷と五属性の魔法が使えていた。


 けれど、それを投げるだけに使わないという発想が何故出てこなかったのか!


 五人の騎士は既に残り一体までに減らされ、ウラヌスもブレスを吐くが、たてに防がれる状態。


 ならば、今しかないだろう!


「さぁ! 私の騎士よ! 目の前の敵を撃つのですわッ!!」


 ビクトリアが前に手を振ると同時に地面に巨大な魔法陣が展開され、現れたのは一体の騎士。


 だが、その内包された魔力量と先程の騎士達とは比べ物にならない鋼鉄の鎧が圧倒的強者の雰囲気を醸し出す。


 片手には長剣を携え、ビクトリアの指示が飛ぶと同時に地面を砕く勢いで飛び出した。


 騎士の振るった長剣がキングオーガの盾を紙切れの如く斬り裂き、返す刃には氷の霜が張り巡らされ、斬り上げた刹那、キングオーガの身長を軽々と超える巨大な氷柱が出来上がる。


 しかし、それでもまだ止まらない。


 おそらく斬り裂かれた楯を活用したのだろう。


 後方に飛びながら、斬り裂かれた盾を捨て、新しく土魔法で盾を形成しようとした時、氷柱に水平の一閃が入ると、キングオーガは明らかに無理矢理に身体を捻り、体勢を崩した。


「あのキングオーガが防御すら出来ないだとッ!?」


 不自然に体勢を崩したキングオーガにラフシアが驚きと疑問の声を出す。


 けれど、それはすぐに分かった。


 キングオーガが地面に着地すると、そこには楯を握っていた片腕は無く。


 鋭利な刃物に何の抵抗もなく斬り裂かれた跡だけが腕の断面に残っていた。


 しかも、よく見ればその断面から血は流れず、緑の肌どころか紫色に変色している。


「まさか……」

「えぇ、斬った時にはもう既に腕は凍らされているのですわ」


 ラフシアが直ぐに向けたのはキングオーガの斬り落とされた腕。


 しかし、それは氷の結晶の中に閉じ込めらていた。


 あれではいくら脅威的な再生力を持つキングオーガでも断面をくっ付ける事は出来ず、加えて腕の断面も凍らされた事で細胞が壊死し、腕を再生する事も出来ない。


 すると、離れているにも関わらず、肌をチリつかせる熱気を感じ取る。


 見れば、クアンの方はもう終わったようだ。


「流石に、圧倒的ですわね。ならば、私も終わらせましょう!」


 ウラヌスが上空からブレスを吐き出すと同時に騎士がキングオーガへ疾駆。


 キングオーガの近接戦闘と騎士が振るう長剣は最も相性が悪いと判断したのだろう。


 ブレスを土魔法で作り出した壁で防ぎながら騎士の方へ極小に固められた土弾を連続で発射。


 騎士の脚を止めさせると、術者のビクトリアに向かって飛び出した。


 ここで、ビクトリアがやられれば魔力の途絶えた騎士は土に戻り、契約魔法で繋がれたウラヌスにも大きなダメージが入る。


「けれど、私はそう簡単に倒される程、やわじゃありませんわよ!!」


 騎士がキングオーガに突撃した瞬間から練り上げた土魔法を発動する!


 キングオーガが踏み込んだ足が地面についたと同時に大地が上空に向かって突き出し、頭上に放り出されたキングオーガへ上空へ羽ばたいたウラヌスが、最大火力のブレスを吐き出した。


 当然、防御する事は織り込み済み。


 防御をする事しか出来ずに落下するキングオーガの真下にドラゴンの顎門あぎとを錬金術で作り出した。


 その時にキングオーガにはビクトリアの考えが分かったのだろう。


 怒りの雄叫びを上げ、土魔法を併用しながらなんとか逃げ出そうとするも、ウラヌスのブレスからは逃げられず、落下。


 ビリビリと空気を揺らす衝撃が走り、顎門がバクリと閉まった。


 そして、最後。


 土弾を全て斬り払ったビクトリアが持つ最強の騎士が疾駆と共に放った一閃がキンッと甲高い音を鳴らし、鞘に納まった。


 そして、主人に忠実な一体の騎士が放った一刀は、遥か頭上。


「私の、勝ちですわ!」


 天まで登ろうとする龍が如く、巨大な氷柱が全てを凍て付かせたのだった。

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