第3話「窮地」


「いつまで逃げまくってるつもり!?」


 女が展開した剣状の闇魔法が複数空中に浮かぶと、アミルへ向かって一斉に発射される。


 それを木々を使いながら避けるも、いつの間にか接近してきていた大柄の男が持つ刀がアミルを捉えていた。


 上段から振られる重い一撃は空気を裂き、血管が浮き出る程の力で握り締められた刀。


 しかし、それもアミルが籠手で表面を滑らす事で火花を散らしながらも防ぎ、身体を捻り、重心を身体の中心に置く事で男に重い一撃を食らわせた。


「むッ!?」


 しかし、感触は鉄のように硬い何かを殴ったような地味な威力。


 男は木々を薙ぎ倒しながらも地面を滑り、止まった所で鋭い視線を向けてくる。


 けれど、相手は二人。


 一人がアミルと戦闘になれば、もう一人は時間が出来る。


 アミルが男に攻撃を加えた隙を狙い、女は数十もの闇矢を作り出し、放出すると同時に全力で駆け出す。


 矢が地面や木々を穿ち、まるで暴雨の如く放たれた全ての矢を回避を織り交ぜながら防ぎ切った所で気付いた。


 女は一足一足大地を踏みしめる毎に速度が大幅に上がり、アミルの元へ到着する頃には残像さえ見るようになっている。


「ほらほらァ! 必死に逃げないと挽肉にするよ!!」


 女が突き出すように放った長剣を咄嗟に横へ飛び退いたのも束の間、女が片手で魔法陣を展開。


 飛び退いたアミルへ向かって闇矢を再度放った。


 逃げるスペースが限られる森の中では木々を何の抵抗も無く貫通してくる魔法がどれほど危険な物か。


 女の攻撃を避けたつもりでも空中ではどうする事も出来ず、アミルの全身に闇矢がかすり傷を付けていく。


「ッ!」


 今のアミルの視線に映るのは木々の隙間から見え隠れする屋敷の姿。


 ここでアミルと女達が本気で暴れればラウが帰るべき場所である屋敷にどのような影響を与えるか分からない。


 加えて、あそこにはリィナがいる。


 逃げろとは言ったが、あのリィナの性格だ。


 確実に逃げずに男子生徒——————高等部一年のマルス・カラフェルトと戦闘になっているだろう。


 そこにアミルが今、リィナの場所へ戻れば、間違いなく女達は弱点を突いてくる。


 だからこそ、今ここで女達の意識をアミルヘ向け続けさせる状況が続けなければいけなかった。


「何処見てんのよ! お前の相手は私達だろうッ!!」


 だが、すぐに方向を変え、アミルへ迫った女が腕を振り下ろす様に動かすと、真上から闇矢が降り注ぐ。


 それを後ろへ飛び退く事で何とか避けるも、女が笑みを浮かべた時には、アミルの脇腹に鈍い痛みが走る。


 視線を動かせば、木を貫通した闇のやじりが脇腹から顔を覗かせていた。


 加えて、アミルの視界が何処か歪に歪み、身体が重く動きが鈍くなる。


「まさか、毒ッ?」


 時間が経つごとにアミルの視界が歪み、身体が重くなっていく。


 すると、女がゆっくりと脚を進めながら歩いて来ている姿が映り、しゃがみ込むアミルの目の前で止まると、首元を握りしめた。


「ぐッ!!」

「あらあら、可愛らしい顔が歪んで。実にそそる顔付きになったじゃない?」

「お前達の狙いは何なのさっ」

「そんな事、今から死ぬお前に話しても意味は無い事だよ。それにしても、お前、良い物を持ってるじゃないか」


 片手でアミルの身体を持ち上げ、アミルの腕に付けられた籠手を見やる。


 それは、アミルが初めて島で手に入れた武器であり、ラウに刀を貰うまでは何度も壊しては修理してやりくりをしながら使ってきた、言わば長年の相棒のような物。


 それに女は指を滑らせ、「ふふっ、せっかくの楽しみだ。これも貰っていこうかね?」とアミルの腕をなんの警戒も無しに掴んだ。


 その瞬間、


「ッ、アァッツ!!」


 腕から全身に駆け巡った魔力が女の身体に鋭い痛みを走らせた。


「ッ、げほげほっ。ざまぁ」


 ドサリと地面に落ち、痛みでのたうち回る女へ向かって荒々しい言葉を吐き捨てる。


 アミルは、女が籠手に触るのを見計らって自身の魔力を流し込み、脇腹を刺した女の魔力を解析する事で、魔力同士の反発を行ったのだ。


 そうすれば、全身に走った魔素の通り道である魔力回路に、異物が紛れ込む。


 その状態で繊細な作りをしている回路に魔力を流せば流すほど、それだけ他者の異物の魔力が魔素の通り道をボロボロに引き裂くので、魔族や魔法師にとって、耐え難い程の激痛が絶え間なく走り続ける。


 結果、女の魔力はアミルの魔力によって一時的に狂わされ、魔法を練り上げるのも困難になる。


「こ、このクソエルフがァッ!!」


 女が怒りに任せ、魔力を大量に使い、魔法を使おうとするも、上手く練り上げられ無い。


 不完全な魔法陣に外部から少しでも魔力の篭った力を加えてしまえば、


「ま、待てッ!」


 巨大な魔力爆発を引き起こす。


「アアァァッ!!」


 まずは一人。


 だが、ここで安心は出来なさそうで、刹那に殺気が肌を刺した。


 すぐに殺気の感じた方向へ地面すれすれに身体を捻り、闇魔法で作り出した黒炎を指先を地面に付け、上へ振り切ろうとするが、そこには誰も居ない。


「なっ!? 何処に!?」

「ふむ。魔力量もあり、身体も動く。そして、なにより機転が利く、か。我の修行相手には持ってこいだッ!」


 声が聞こえたのは、頭上ッ!!


 アミルが気付くと同時に男が闇魔法で強化した刀を頭上から突き刺すようにして落下してくる。


「クソッ!」


 既に展開していた黒炎を傷を負うのも覚悟でその場で爆発させ、その反動で男の攻撃を避ける。


 地面を転がりつつ、手をついて飛び跳ねる事で態勢を立て直す頃には男の姿は無い。


「面倒……、姉々やラウ様ならこんなのちゃっちゃと片付けちゃうってのに」


 恐らく、男の魔法は気配を消し、死角からの攻撃を主とする暗殺者気質な剣士だ。


 気配を探ろうと、女達を屋敷から離れさせる為に逃げる最中に仕掛けて置いた魔力を周囲に張り巡らせてはいるが、それでも掛かった感じは無い。


 通常の見開けた土地であれば平面だけに気を付けていれば良いのですぐに察知出来るが、ここは森の中。


 先程の男が利用したように頭上にも死角はある。


 しかも、木々が乱雑に生えているからか、全てを察知出来る程、完璧でも無い。


 すると、アミルが足を僅かに組み直した一瞬を狙って、背後の木の裏から現れた男が、闇魔法を付与した刀を斜めに振り上げた。


 それは気を抜けば、一刀の元に死に直結する。


 だが、何もアミルは何もせずに突っ立っていた訳では無い。


 アミルを中心とした半径五メートルの円形を自身の攻撃が届く攻撃範囲と限定とする事で、どんな死角からの攻撃にも対応する。


 だからこそ、刀がその領域に入った瞬間を狙ってアミルは片腕の籠手を盾にする事で攻撃を防いだ。


 高い金属音が互いに擦り減る音が耳に響くが、すかさずにアミルはもう片方の腕に黒炎を纏わせ、身体全身を使う事で、一気に、振り抜くッ!!


「グハッ!!」


 女との戦闘の際、一発腹に加えた時に感じた微かな違和感。


 それは、男が刀を振るった時、あの時の刀には何の属性も付与されていなかった。


 だが、今は刀に闇魔法を付与した事で、体への防御力が下がり、アミルの放った拳は男の腹に深くのめり込んだ。


 同時に黒炎が男の身体を焼きながら、男を木々を薙ぎ倒して吹き飛ばす。


 これで、二人。


「ふぅ。やっと片付いたかな〜」


 錐揉みしながら吹き飛び、木に直撃して男が気絶したのを確認すると、グッと身体を伸ばす。


 けれど、まだ女にやられた傷を回復魔法で回復してないので、所々に身体へ鋭い痛みが走った。


 特に痛みを発するのが、先程の脇腹を刺した鏃となるべく激しい運動を避けたつもりだが、徐々に身体に回ってきた毒。


「遅延性の毒かな、こりゃ」


 脇腹を少し触れば既に痛みは無く、ただ血が流れ過ぎているよう……な……。


「これは……少し、」


 徐々にアミルの身体は言う事を聞かず、身体が重くなると同時に遂に荒い息を吐きながら地面に手足が付いてしまう。


 ガクガクと手が震え、身体が地面に沈み込むように重くなると、「よくも、よくもやってくれたわねッ!!」奥から怒りに震えた女が姿を現したのだった。


「マズ……い……なぁ……」



 一言で言うなら、私は今まさしく窮地に立たされていた。


「おいおい! 今の後輩ってのはこんなもんかぁッ!?」

「ひいッ!」


 私の主な戦闘方法は風魔法による攻撃。


 普通の魔法使いなら一般的な魔力量で魔法を最大でも二十は打てるが、私の場合、魔力自体が少なく、そこまで威力を出せるわけでもなければ相手を一撃で倒せるものでもない。


 かと言って、数で押そうにも一度一度の行動にもどれだけの魔力をどのタイミングで使い、そして、どうやって格上の相手を倒すかを戦闘中に模索していかなければならない。


 けれど、はっきり言って目の前の男—————— マルス・カラフェルトは自分の上位互換。


 風魔法の威力も私が繰り出す魔法に比べて桁違いに威力が高く、私の魔法がマルス先輩……いや、マルスの魔法を減衰させるどころか威力を増加させた時は情けない悲鳴を上げた。


 今は屋敷の周りを全力で走り回り、なんとかマルスの攻撃から逃げ回ってはいるが、それでも限界は近い。


 アミル先生が魔族の二人を引き付けてくれたおかげで私は今、マルスとの一対一に持ち込めているが、三対二になっていた場合、どれだけ私が足を引っ張ってしまうか想像しただけで頭が痛くなる。


 屋敷の角を曲がり、魔力を少し使って地面の砂を巻き起こす。


 その間に私は屋敷裏にある物置小屋へと姿を隠した。


 木製の扉を開け、月明かりが僅かに入る薄暗い小屋の中で息を顰める。


 走った事による動悸と緊張でドクドクと五月蝿い程に鳴る心臓の音を頭の奥で感じながら、体を固めていると、頭にむにゅりと何か柔らかい感触を感じた。


「ぇっ、な、何……ッ!? ひ—————む、むぅぅ!!」

 

 頭をゆっくりとずらし、見えたのは真っ黒な物体。


 しかもプルプルと震えており、魔物!と直感した私は大声を出そうとした。


 だが、すぐに魔物は私の暴れる手足を捕まえ、口元を塞ぐ。


 しかし、いくらもがこうと全く私を拘束した何かは外れる事がなく、むしろ強まっていく。


 あぁ、私食べられるんだ。


 ごめんなさい、アミル先生。


 さようなら、皆んな……と素早く戦意を喪失し、遠い目をしていると、私が絶望感に打ちひしがれて静かになったのを理解したのか、すぐに私の口元と手足に絡まっていた何かが私の身体から離れた。


「へっ??」


 そして、改めてマジマジとソレを見る。


 暗闇に時間を追う事に慣れてきたのか、私の目は目の前で台の上に乗っかる一体のスライムを映していた。


 光すら通さない何処までも真っ黒な身体にプルプルと震える小さな楕円状の身体。


 も、もしかして私を食べるつもりは無い……とか?


 いや、まさか——————


「君、もしかしてラウちゃんか誰かの使い魔さんとかですか?」


 すると、スライムの身体がプルプルと震える。


 そして、粘性の身体を僅かに伸ばすと、頭上で丸を作った。


 理由はよく分からないが、此処にいると言う事はラウちゃん達の誰かに隠れているように言われたとか。


 そうなると、あの中で一番やりそうで、当てはまりそうなのが、


「もしかして、貴方の主人はラウちゃん? あっ、えっと、銀髪で青い瞳の可愛い少女なんですけどぉ……」


 私が小声で身振り手振りを付け加えながら説明していると、今度は黒いスライムは嬉しそうに頭上で丸を作った。


 そこで、私はラウちゃんがミリアやメイ先生に見つからないように、このスライムを此処に隠した様子がありありと脳内に浮かび上がっては妙に納得してしまった。


 ラウちゃんなら、やりそうですね……。


 すると、「何処に行ったッ!!」とマルスの怒りの声が聞こえて来る。


 どうやら、私を見失ったようだ。


 とはいえ、此処にいることがバレるのも時間の問題だし、ラウちゃんを第一に考えるアミル先生の考えからするに、アミル先生はこの屋敷を壊されたく無いんだと思う。


 だから、ワザと魔族の二人を遠ざけて私とマルスの一対一の状況にさせた。


 だとしたら、此処で私がマルス相手に勝たなくてはならない。


 此処で戦闘をすれば魔法学園の誰かが来てくれる可能性もあるけど、それが必ずしも味方とは限らないし。


 私が「よしっ」と気合を入れ直していると、ポスリと肩に柔らかな感触を感じた。


 目線を向けてみると、スライムさんが私の肩に乗っかっており、小さな丸を私に見せる。


「も、もしかして一緒に戦ってくれるんですか?」


 プルプルと震える身体と一向に降りようとしない事から、きっとそうなのだろう。


 さっきまで、一人だと思ってはいたが、今はスライムさんもいる。


「あっ、自己紹介がまだでしたね。私はリィナ。貴方はぁ……では、スライムさんで」


 私がラウちゃんの使い魔に名前をつける事自体おかしな事だが、それでもスライムさんはぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねてくれる。


 スライムさんの本当の名前は分からないが、隣にラウちゃんの使い魔がいると思うと一気に安心感が湧き出てきた。


 むしろ、勝てそうな気さえしてくる。


「それは少し盛りましたかね。でも、今の私……いえ、私達は強いと思いますッ! では、作戦を考えましょうか。まずはぁ——————」

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