第2話「友達」
ラウ達が魔法学園を出て暫く経った頃、屋敷の入り口からすぐ横にあるテラスでは、アミルとリィナが夜空の下で話に花を咲かせていた。
「でね、ラウ様が階層主を倒した際にくれたのが、この刀!」
壮大な効果音が付きそうな大ぶりの仕草で亜空間から刀を取り出し、鞘から抜くと刀身の波紋に双月が美しく映り込む。
しかし、それはどう見ても、
「えっ、でも折れてませんか? それとも、そういぅ?」
中心から綺麗に真っ二つに折れていた。
「実は、クアンと戦った時にちょっとね……」
アミル先生は、私の素朴な疑問に目線を僅かに晒しながら言葉を出した。
なんでも、昔にクアンと戦った時に気付かずに折ってしまい、修復しようにも他の鋼で作り上げて刀を修復すると、性能がガタ落ちしてしまうとアミル先生は嘆く。
短剣や和国に主に流通する脇差にする案もあるらしいのだが、アミル先生はそのままの刀が気に入ってると話してくれた。
先程から、アミル先生が一方的に喋っては、私が疑問や相槌を打つという奇妙な光景が繰り広げられてはいるが、それでも私にとってはラウちゃん達の知らない一面をアミル先生が話してくれるので、新鮮で楽しんでいた。
ただ、アミル先生の場合だと、
「それでね、ラウ様にメイド服姿を見せたら、それはもう喜んでくれて~」
と話の六から七割が彼女が心の底から愛するラウちゃんの事で、次に多くてもメイ先生。
ミリアやクアン、他のメイドさん達の事になると一割にも満たない状態なのがアミル先生との会話だった。
しかし、それでも私の知らないラウちゃんの過去やメイ先生達の話を聞く度に、友達同士がやる秘密の会話みたいで嬉しくもあった。
「そして! じゃじゃーん! さっき、ラウ様がくれた指輪!!」
普段と比べ、ハイテンションで、貰った指輪を何故か薬指に付け、にやにやと笑みを浮かべては嬉しそうに笑みを浮かべるアミル先生。
私から見ると、もう単なる恋する乙女にしか見えず、あれこれ疑問に思うことはあるが、それでも微笑ましくアミル先生の嬉しさに私も頬が緩んでしまう。
「とっても、綺麗ですぅ! ラウちゃんってば、いつの間にこんな立派な物を用意していたんだかぁ」
出会ってまだ短いが、普段はメイ先生やアミル先生含め、私達にとても良くしてくれるラウちゃんだが、一人で何かをやっている所なんて見た事がない。
もしくは、私が知らない所で、何かやっていたりするんでしょうかぁ?
ミリアは何か知っているようでしたけどぉ。
「そういえば、アミル先生はラウちゃんと出会った時はどんな感じだったんですか?」
「ラウ様?」
さっきまで指輪を眺めては笑みを浮かべていたのに、ラウちゃんの話を出すと、一気に意識が戻ってくる事にビックリしてしまった。
けれど、アミル先生は「そうだなぁ〜」と言いつつも、何処か申し訳なさそうな表情をしたのは何故なのでしょう?
「アミル先生?」
「ラウ様と私の出会いはそこまで感動的なものでは無かったかな〜。当時の私ってば、姉々と喧嘩中だったから〜」
「メイ先生とアミル先生がですか?」
「あの頃は、獣神国にあるエルフの里を出て暫く経った頃でね〜。まぁ、私も色々と精神的に参ってたんだよ。で、その時にラウ様が現れたの」
アミル先生の話では、ラウちゃんは浜辺で重傷の状態で倒れていたのだとか。
そこからメイ先生にラウちゃんが拾われ、看病されたようだが、その後はラウちゃんが治療していた家から追い出したのだとか。
「お、追い出しちゃったんですかぁ!?」
「今考えれば、その時の私をぶん殴ってるけど、そうなっちゃったわけで。あの後、何度ラウ様と戦った事か」
「で、でも外には魔物もいますし……、もしかして、その時からラウちゃんって強かったとか?」
「いや、弱かったよ。それこそ、今のリィナよりも弱かったね」
アミル先生の言葉に思わず「えっ!?」と大きな声を出す。
正直、あのラウちゃんが弱かった時期があった事が信じられないし、ラウちゃんが負ける姿が想像出来ずに頭がこんがらがる。
いつも笑みを浮かべてて、私達の先頭で引っ張ってくれる彼女が私よりも弱かったなんて。
え?
待って。それじゃあ、今の私ってもしかして、相当……弱いとか? そんなわけ……。
「リィナは対抗試合までに、もっと強くならないとね」
「あ、あははは……頑張りますぅ。そ、そういえばっ! アミル先生がラウちゃんに興味を持つきっかけってあったんですか?」
「そうだなぁ~。……何度もラウ様と戦ってきたけど、ラウ様はどれだけ負けようとも、決して辛い表情なんて見せなかったから。次会う時は必ず私の想像を超える成長を見せてきた。それが、私がラウ様に興味を持ったきっかけなのかな? そこから、私の知らない景色を見せてくれて、姉々とも仲直りさせてくれて。一体、どれがきっかけだったんだろ? ありすぎて分かんないや」
アミル先生は指輪を優しく撫でながら遠くを見るような瞳で話してくれる。
「本当にアミル先生はラウ様の事が好きなんですね?」
すると、驚いた表情からすぐに笑みへと変わり、「うん。世界で一番好き♪」と柔らかい満面の笑みを浮かべた。
「あっ、でも姉々も同じぐらい好きかな。いつもなんだかんだ文句は言うけど、昔からいつだって私を心から心配して一緒に居てくれた、たった一人の家族だもん。ねぇ、リィナは?」
「私?」
「リィナは何か大切な思い出とかって無いの?」
私の思い出……。
「昔、私にとって大事な友達がいた……んだと思います」
その声は誰に言うでもなく、小さく呟いていた。
「いた?」
「何でか分からないんですが、よく覚えてないんです。思い出そうとすると、記憶に靄がかかったみたいに不透明になってしまって。その子の顔や声も何処か濁ってはっきりとは……」
「魔法……いや、単なる記憶の欠落なのかな? その記憶って何年前ぐらいの話?」
何かを考えるように、アミル先生はぶつぶつと呟くと、此方にまた話を戻す。
「確か、私が幼い頃なので、かれこれ九年は前なんでしょうかぁ?」
「ん〜、魔法で記憶を弄れるのはあるって聞くけど、邪法だしな〜。でも、リィナはその子に会いたいと思ってるんでしょ? 会わないの?」
「それが、その子がいた痕跡が何処にも無くて。両親に聞いても知らないって言いますし、村の人達に聞いてはみましたけど、私は一人でいつもいたって言われてしまってぇ」
「皆んなの記憶から消えているってこと?」
他の人から言われる言葉は何故こうも私の胸にストンと入り込んでくるんでしょうか。
「消えた……確かに、そんな感じかもです」
でも、あの子がいた痕跡が無くても、皆んなの記憶から消えていても、確かに私の中で存在していて。
あの子を覚えているのは私だけなんだと寂しくなる。
「だったら、私も覚えていてあげる」
だから、そんな言葉を掛けられたのは初めてで、
「えっ?」
と声を出してアミル先生に視線を向けていた。
「だって、誰も覚えてないんでしょ? 私は一応はエルフで、これから長い長い年月を生きて行く。それこそ、死んじゃうくらい悲しみで溢れるだろうけど、ラウ様が居なくなってしまったその先も。その中で、リィナがたとえ忘れてしまっても、私だけがリィナに貴女が大事にしていたモノを取り戻させてあげる。私ってば、記憶力には自信があるんだよ?」
何処か私にはアミル先生が悲しそうに夜空を見上げて言葉を出しているように見えました。
確かに、エルフは人間の数倍は長い年月を過ごして行きます。
その中で、必然と別れや出会いを何度も繰り返す。
だからこそ、エルフは人間の何倍もの他者の死を見送ってしまう。
その中で、自分自身が傷付かないように閉鎖的になっていったと聞きます。
「どうして……ですか?」
だからこそ、何故彼女がそこまで辛い思いをしてまで、言葉を出したのかが分からなかったのです。
すると、アミル先生は言葉を詰まらせたように、照れ臭そうに小さく笑うと、
「だって、リィナは生徒で弟子でもあるけど、」
あれ、この先を私は確か知っている。
いつだったか。
私は、彼女に同じように—————
「友達だから」
その言葉を聞いた直後、私の中に記憶が一度パチリと弾けたような感覚が脳内に走った。
鼻先に微かな風を感じる。
あの忘れらないあの懐かしい風の匂いを。
『あははは、リィナはおっちょこちょいだね』
私と彼女はいつも村から近くの草原で遊んでいた。
その日は、草原の側を流れる川で水遊びをしていた時、私が足を滑らせて川の底で尻餅をついてびしょびしょになってしまった時の言葉。
下半身が少し冷たい水でびしゃびしゃに濡れてしまい、小さく唸る私に彼女はケタケタと面白そうに笑みを浮かべる。
『何がそんなに面白いのさぁ!』
少しむっとした私は水を小さな両手で掬うと、『えいっ!』と水を空中にばら撒いた。
キラキラと光を反射し、輝きを持った水飛沫は彼女には当たらず、地面に落ちて行く。
『はっずれ〜。ほら、リィナ。よく狙わないと』
翠の鮮やかな短髪を風に揺らし、にこりと可愛らしい笑みを浮かべる。
そして、私はその後、彼女に当てようと一生懸命水を宙にばら撒くのだ。
けれど、彼女には当たらず。
それを何度繰り返したか、疲れた私は草原に寝転がって荒い息を吐く。
さわさわと優しい風が吹く度に草原の緑が揺れて。
あの子はそれを愛おしそうに眺めていた。
そうだ。
小さい頃、私はあの子の名前を呼んでいた。
確か——————、
『ねぇ、テル。私と居て楽しい?』
『急にどうしたの? さっきので頭打った?』
『な! そんな事言うなら、もう二度と口聞いてあげない!』
『あははは! 嘘だよ、嘘。だから、怒んないでよ』
『もう知らない!』
むくれてそっぽを向いた私は、それでもテルの側を離れようとはしなかった。
『仕方ないなぁ。じゃあ、これは私の独り言だけど、楽しいよ。物凄く楽しい。リィナといる時間は私にとって、とても大切な時間』
『本当?』
『本当。そんな事で嘘付く訳ないって。じゃあ、私からも質問』
私はテルへと視線を向けた。
目線より少し高い草に隠れ、光が彼女の輪郭を淡く照らし出す中で、その声は響く。
『ねぇ、リィナはなんで私と友達になろうと思ったの?』
不安と期待を一緒に鍋に混ぜて出来上がったような感情がテルからは見え隠れしていて、私はそれが可笑そうに、
『そんなの決まってるよ。それはねぇ、まるで姉妹みたいに思えるしぃ、何よりテルをからかうのが好きだから、だよぉ』
と、笑みを浮かべた。
すると、テルもつられて吹き出したように笑う。
『そんな事で? あはははは、可笑しい』
『そんなに笑う事ないじゃんかぁ。なら、テルは、なんで私と一緒に居てくれるの?』
再び、優しい風が吹いて、テルの姿が草に遮られる。
『それはね……。ううん、これはいつかまた時間が経った時に教えてあげる。リィナ、約束』
『約束?』
『きっと、将来リィナは困難に当たる。そんな時は私を呼んで? 私が助けてあげる』
その時の私には、テルが何を言っているのか分からなかった。
だから、私は無邪気に言葉を発する。
『じゃあ、その時はテルを呼ぶね?』
すると、テルは感情が昂ったように『うん!』と、一瞬笑みを浮かべると、私へ覆いかぶさってきた。
『きゃ! ちょっと、テルぅー!』
『あははは! リィナが怒った!』
『こらぁ!』
私達は草原の中で汚れるのも気にせずに転がって、それでも楽しくて笑い合う。
草原の風の匂いと、テルの暖かな体温を感じつつ、私達はその瞬間まで一緒に居た。
『ねぇ、リィナ。今度出会った時は私の本当の名前を呼んで』
『本当の名前?』
『えぇ、約束よ。リィナだけに教えるんだから』
でも、分からない。
何で、記憶の中のあの子はあの時、なんであんなに嬉しくも悲しそうな瞳で私を見たのか。
『呼んで』
そして、なんで—————、
『私の真名は—————』
次の日から私の前から姿を消したのか。
その時、ガタッと隣で音がした事に思考が急速に戻ってくる。
隣を見ると、アミル先生が立ち上がり、何もない空間をジッと見つめていた。
「アミル先生? どうし—————」
「リィナは離れてて」
すると、アミル先生は私の数歩前に出ると、テラスを飛び越え、地面へ軽やかに着地する。
一体、どうしたのだろうか。
その答えはすぐに分かった。
何も無かった空間にスッと長剣で斬り裂いたような跡が空中に浮かび上がったのだ。
驚くのも束の間、その中から三人が姿を現す。
「ったく、何が俺は用事があるってのよ。しかも、ここ何処よ!」
「我に聞くな。修行の邪魔だ」
「ぎゃあぎゃあとうるせぇな。魔族にはこんなのしかいねぇのか?」
「あ? ぶっ殺すぞ、この人間の裏切り者が」
「哀れなり」
今、魔族と言ってなかっただろうか!?
だとすれば、緊急事態だ!
しかし、私がアミル先生に声を出す前にその三人は私達に気付いてしまった。
「って、おい。なんだ、こりゃ。あの野郎、人の前に送りやがったな?」
「む? 強いな」
「て、おいおい。最悪だ」
だが、何故あの中に魔法学園の制服を着た男子生徒がいるのだろう。
最悪が頭を過る。
「誰か知ってるなら、さっさと言いなさいよ! 鈍間ね!」
「ッ、うるせぇな。目の前の白髪はアミルっていう臨時教師だ。奥のは知らねぇが。まさか、学園に戻って来るなり、教師の前とか勘弁してくれ」
「にしては、嬉しそうだな」
「当たり前だろうが。一発でこんな最高な状況に会えるなら、願ったり叶ったりだ」
男子生徒は背筋がゾクリとする嫌な笑みを浮かべ、「へぇ、教師。まっさか、あの自分達以外どうなっても良いクソみたいな排他的種族が、人間に魔法を教える教師とはねぇ。ッフフ、面白いのに出会ったわ」と不気味な雰囲気を漂わす女が続く。
唯一、男子生徒より一回り巨大な体格を持ち、巨人を思わせる身長の男は何も言わないが、それでも三人からはすぐに貫くような殺気が溢れ出す。
初めて人から向けられる膨大な殺気に屈しそうになった時、「リィナは隠れてていいから」とアミル先生が言葉を出した。
すると、私の視線を遮るようにアミル先生が身体をズラす。
「おい、アイツを殺せ」
「はぁ? 何言ってんの? アイツはお前の学校の教師だとか言ってたじゃない」
「だからだ。こんな所を知られたんだ。もう後には引けない。ここで二人とも殺して隠蔽するしかねぇだろうが」
「ならば、我がアイツを討とう」
「黙ってなさい! アイツは私のよ! 私、エルフは何度か虐めた事があるけど、ダークエルフってのは初めてなのよね〜。どんな良い声を鳴かせてくれるのかしら?」
「まぁいい。なら、俺はさっさとあの女を殺して魔力を頂くとするか。その後には極上の魔力が待ってる訳だしな」
三人はそれぞれ二組に分かれ、標的に狙いをつける。
殺気と極度の緊張が張り詰める中、先に動いたのは相手だった。
目にも止まらぬ速さで、一気に女と男がアミル先生に詰め寄ると、攻撃を開始した。
「ッ!!」
「あはは! アンタ、まさか本当に私達を相手に戦う気? 本当、生意気なのよ!!」
「哀れなり」
二人の攻撃をいつ着けたのか、真っ黒な籠手で防ぎつつも、その威力は凄まじく、勢いを殺しきれずにアミル先生は森へと吹き飛ばされた。
「アミル先生ッ!!」
直後、「リィナ! 逃げて!!」とアミル先生の声が響くが、どうもそれは無理だ。
何せ、私の相手は——————
「残念だな? お前もこんな所にいなけりゃ、死なずに済んだのになぁ?」
「貴方は、なんで魔族とッ!」
「そんなん、決まってんだろ。俺がこの国の王になる為だよ」
何処かで見た顔だと思った。
「馬鹿な事を言わないでください! そんな事はさせませんから! マルス先輩ッ!」
「何だろうな? お前に言われるのは腹が立つなぁ! 一般生徒の分際でよぉッ!!」
魔執会所属、高等部一年にしてオリジン七位。
かつて、『風の神童』と呼ばれたマルス・カラフェルトなのだから。
直後、暴風が私に鋭い牙を剥いた。
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