第5話「龍の尾を踏んだ者」


 赤い絨毯じゅうたんが敷かれた、大人が数人横に並んでも通れそうな廊下を男は歩いていた。


 豪奢ごうしゃな造りをした高い天井の下で純白のローブを身に纏い、悠々と闊歩かっぽする姿は魔法学園にとってはお馴染みの姿であるが、学園の中でも、魔執会所属を表す真っ白なローブは同じ学園の生徒でも忌避の対象の印象が強い。


 それは、主に魔執会に入る面々は貴族でも高位の位を持つ家柄の者ばかりであり、その根には貴族としての確固とした縦社会がある。


 表には出さないが、魔執会に所属する生徒に下手に口を出せば、教師であろうと厄介な事になりかねない為、特に魔執会の面々には慎重に事を進めざるを得ない。


 そんな事情があるからこそ、男にとって、魔執会の服装というのは、この学園では有用性のある代物だと言えた。


 男が歩く廊下からは元々人気ひとけが少なかったが、更にすれ違う人の数は減り、遂には男一人だけが世界に取り残されたかと錯覚を覚える程に、静まり返る。


 靴底から発せられた反響音が一定の間隔を刻み、音を廊下に響かせながらも歩き続け、男は最奥の巨大な扉の前へと辿り着いた。


 だが、そこには二人の兵士が立っており、男に気付くと「ここは生徒は立ち入り出来ないぞ」と声を掛ける。


 しかし、男の視線は扉へと向けられており、反応する気配も無い。


 二人の兵士は互いに見合い、頭を傾げる。


 そして、「おい、聞いてるのか?」と一人の兵士が男に近付こうと歩き出したその時、闇色の線が視界でチラついた気がした。


 けれど、何かの見間違いだろうと、兵士の一人が前に足を進めた直後、兵士の頭が前に進もうとする身体に置き去りにされ、静かに落下。


 ゴトリと地面へと落ちた兵士の瞳の先には愉快そうに笑みを浮かべる一人の男の顔が映っていた。


 もう一人の兵士はそれを理解が追い付いてすらいない脳で眺め、「……は?」と声を出しては、ようやく理解する。


 目の前の男が何かをしたのだと。


「ッ!? 止ま—————」


 急な事態を素早く把握した兵士が長剣を構えるよりも先に視界に黒い線が走る。


 だが、流石は魔法国で兵士を務めるだけの実力があると言えるのか、咄嗟に出した長剣で防ごうとする。


 普通の攻撃ならば、間違いなく剣が盾となり、防ぐ事に成功していただろう。


 兵士も黒線が走って数秒経とうと何も無い事に、ハッタリかと決めて動こうとした。


 しかし、ずるりと視界が徐々に斜めに下がっていく。


「なに……が—————」


 そして、兵士の胴体から頭にかけて斬り上げるようにして引かれた綺麗な切断面によって、どうする事も出来ずに上半身を地面に落としたのだった。


 男の目の前にはドクドクと絨毯に赤い血を流す二人の兵士の姿があるが、それには関心が全く無いのは、一目で分かった。


「ようやくだ。ようやく、我等の悲願が叶えられる」


 男は目深に被ったローブの奥から覗く視線を扉の先へ向け、ぶつぶつと笑みを浮かべながら小さな声を吐くと、懐から鍵を取り出しては頑丈な造りをした扉へと向ける。


 すると、何も描かれていなかった筈の壁に数個もの魔法陣が出現し、扉を鎖で絡め取るようにして出来た魔法陣の中心へ鍵を差し込むと、鼓膜を叩く警告音が鳴り響き始めた。


「ふん、やはり偽物か。使えぬ奴め」


 男はマルスが持ってきた鍵をすぐに握り潰して灰へと変え、鍵では無く、自身の手のひらを魔法陣の中心へと置いた。


 鍵を使う事で、面倒な奴等に警戒されず、奪えるのならとマルスを使ったが、無駄な手間を取っただけに終わった事に僅かながら男の表情に苛立ちが見え隠れする。


 直後、男から闇の魔力が溢れ出し、魔法陣にヒビを入れていく。


 そして、闇の魔力が扉を覆い尽くす頃には、魔法陣が割れる音が周囲に響き、扉を覆っていた鎖が粉々に砕かれる。


 だが、男がやったのはあくまでも扉に掛かった魔法陣を破壊しただけ。


 扉はまだ開いていない。


 巨大な扉を開けるには魔法で吹き飛ばせば簡単だが、男は何故か扉の中心に開く僅かな隙間に指を入れると、徐々に力を入れて無理矢理に扉を開け始めた。


 金属音が砕け、ひしゃげる音と共に扉は中心から破壊され、人一人が入れるスペースが出来た頃には、先へと続く廊下が現れていた。


 警告音は今でも耳を打っている。


 此処で何もせずに待っていれば直ぐに各方面から応援に駆け付けた魔導師や兵士が男に牙を向けるだろう。


 しかし、男はそんな危機的状況にもまるで動じずに口元を僅かに歪め、平然と再度歩き出す。


 むしろ、今の男には目の前のこと以外どうでも良いと考えているようにも見える。


 ビービーと五月蝿い廊下から前へ歩いていく。


 すると、先を見通す事も出来ない程に真っ暗だった廊下の壁に取り付けられた魔導具が男を認識すると、橙色のほのかな柔らかい明かりを点々と付け始める。


 何処までも続きそうな道の先。


 ずっと歩き続けたその先に、ようやく男が目指した目的の場所へと辿り着く。


 高い天井に設置されたガラス窓に差し込んだ月明かりがソレを柔らかく照らし出していた。


 その場所には中心に置かれたガラスケースの他には何も無く、その為だけにこの厳重な設備が置かれたと言っても過言ではない。


 ガラスケースの中に置かれているのは、所々に固まった土が付着した、小石程度の真っ黒な魔石の欠片。


 巨大な空間にポツンとあるそれは、男の魔力とはあまりに桁違いの禍々しい魔力を放っていた。


 それこそ、結界を何重にも掛けたガラスケースの中にあっても抑えきれない闇の魔力は、常人が近付けばケースの中だろうと意識を奪う程、高密度に圧縮されている。


「死してもなお、此処まで美しい魔力をお持ちとは。流石は我が君ッ」


 男はケースに入ったそれに指を伝わせ、緩み切った瞳でそれを眺めていると、男の後方から足音が聞こえ、


「本当、後始末をする身にもなって下さいよ」


 ギザ歯の描かれた黒マスクを着けた男が現れた。


 だが、黒マスクの男が何を言ってもこの男が反応しない事が分かっているのか、大きな溜息を吐くと、「それがお目当ての魔王の欠片ですかい?」と声を掛ける。


「えぇ。伝承しか今では残されていない、魔族達の始祖となった最古の魔王。今でこそ、十魔と呼ばれる魔王が居ますが、そんな紛い物では無い! 純粋な力のみで魔界を統治し、世界を我が物にしようとした、我等が魔族を真に導く御方ッ! それを、あの憎き勇者が卑怯な手段を用いた事で敗れたとはいえ、魔王様と戦った勇者にはこれを壊す力など残ってはいなかった。だからこそ、魔石として封印し、砕いて世界にばら撒く事しか出来ないとは。なんと愚かな」


 男が興味を引くことならば勝手に喋ることを見越してはいたが、普段あまり喋らない男が、あまりに饒舌に喋る姿に黒マスクの男は僅かに目を見開く。


「ですが、今はそれに感謝しようではないですか。勇者の失態があったからこそ、我等の悲願は達成される」

「それはそうと、あの小僧はどうでした? まぁ、あの扉の様子から見るにまるで使えなかったようですが」

「あぁ。だが、少なくとも貴族どころか王族までもが通う学園だからか、厳重な警備を敷いている魔法学園にすんなりと入れたのはアレの手伝いがあってこそだ。とはいえ、もう用は済んだ。アレはこの国の王になると夢物語をほざいていたが、そんなモノ、我等には関係の無い話だ」

「ッケケ、用済みの奴は殺すって事ですかい?」

「アレを生かしておいて、我等の事まで勝手に喋られても困るからな。死人に口無しと言う言葉通り、口を塞ぐには確実な方法だろう」


 そう言うと、男はガラスケースに手を掛け、闇魔法を展開。


 部屋を覆い尽くす程の荒々しい魔力が吹き荒れた。


 部屋が赤く点灯し、警告音を鳴らすのにも関わらず魔力を込め続け、男の額に膨大な汗が滲み出る。


 そして、ガラス内の結界が男の手によって砕かれ、ガラスケースが中の魔力に耐え切れずに吹き飛ばされる。


「おぉ! 素晴らしいッ!!」


 部屋を覆い尽くした何処までも黒い漆黒の魔力。


 まだ完全では無い欠片の状態だというのに、圧倒的な魔力を放つ魔王の欠片を手に取ると、忍び笑いから深い笑みへと変わる。


「なっ、おい! ちょっとはその魔力を抑えろ! 俺まで巻き込む気かッ!」


 男が試しにと、魔力を込めると魔王の欠片は呼応するように闇の魔力を周囲に撒き散らす。


 その勢いは同じ魔族である黒マスクの男でさえ、男に近付くことすら出来ない。


 すると、黒マスクの男の背後からガタガタと大勢の足音が聞こえ始める。


「チッ、もう来たか……そろそろ行くぞ! 聞いてるのか!?」

「まぁ、待て。せっかくの良い機会じゃないか。この力をどこまでの物なのか。お前も気になるだろ?」

「だからって、此処で戦えばすぐに彼奴らが来る! 彼奴らが一人でも来たら俺達は捕まるのどころか殺されるぞ!」

「そうか? 俺はつくづく思っていたんだ」

「何を―――――」


 男は双月の月明かりに魔王の欠片を当て、一人怪しげな笑みを浮かべる。


 だが、その間にも「此処で何をしている!! 貴様、まさか魔族かッ!」とリグラ魔法国軍が男達が入ってきた道を塞いだ。


「ッ!! 本格的にマズいぞ……」


 黒マスクの男はジリリと後ろへ脚を擦り寄せた時、


「おい! その手にしている物をすぐに渡せっ!! それは魔族如きが持っていて良い物では無い!!」


 と隊長であろう他の魔導師とは違う煌びやかな衣装を身に付けた、一人の魔導師が言い放った言葉が、


「今、なんて言った? 下等な人間風情が」


 欠片を愉悦の表情で眺めていた男の意識を向かせた。


 男が視線を寄越し、振り向いた刹那に部屋に走った膨大な魔力と潰れそうな程に圧縮された殺気。


 咄嗟に数人の魔導師が結界魔法を展開し、他の魔導師が魔法を瞬時に展開して放つが、それは空中で全て霧散してしまう。


「な、何が起こっている!? 魔法が消えただと!?」


 しかし、驚いている暇は無く、男から溢れ出した魔力は魔導師達を軽々と飲み込んだ。


 視界が黒に染まり、完全に黒以外の他の色を失う。


「ぎゃあああああ!!」


 そして、何も見えぬ闇の中、一つの悲鳴が聞こえた。


「おい、何がどうなってる!?」

「い、今仲間が目の前で―――――カ、ハッ……」

「ひっ!!」


 極度の緊張感での仲間の悲鳴はより濃密な不安を掻き立て、恐怖を煽る。


 悲鳴は悲鳴を呼び、懇願へと変わっていく。


 その様子を黒マスクの男は何処か恐ろしいモノを見た顔で、それを成した男へと視線を向けた。


 元々、人間が好きでも無ければ寧ろ嫌悪すら抱いていた自分達のリーダー的存在。


 だが、少なくとも人間を殺したとて、無感情で退屈そうな表情を見せるだけだった筈だ。


 けれど、今の男は違う。


 男は笑っていた。


 人が死ぬ様子が何処までも可笑しいと、まるで劇を見る観客のように。


 手を合わせ、邪悪に染まった満面の笑みで。


 その姿は、まるで魔族の頂点である玉座に悠然と腰を掛けた、あの魔王達にそっくりだった。



 アミル達と女達との戦闘はどちらも決定打に欠けるが、気を一瞬でも抜けば状況が大きく変化するという、熾烈な戦いへと変化していた。


「さっきからちょこまかとッ!! うざったいわね!!」


 女がアミルへ闇魔法で作り出した闇の剣を振りかざすが、それをスラとリィナが背後から追撃する事で意識を逸らし、その隙に女の攻撃を避けたアミルが女の腹に拳を突き立てる。


「ガハッ!」


 そもそも、魔族である女達に連携というもの自体が無い事はアミルが最初に戦った時から分かっていた。


 互いが互いにアミル達を一人で殺す事に夢中になっているからか、時には互いの攻撃が自身に攻撃を喰らわせる事もある程に連携がつたない。


 とはいえ、そんな状態でも怪我をしてもすぐに治る治癒能力と超人的な高い身体能力に加えて、闇魔法を自由に操る魔力は思いの外、アミル達を苦しめる。


 しかし、それは相手も同じ。


「邪魔ッ! リィナ、スラ、行くよ!」

「はい!」

「ヴァウ!」


 いくらアミルの身体が魔力の大半で毒の進行を抑え込んでいて、全力も出せないとはいえ、アミルに先天的に備わった戦闘者としての才能は女達の有効打を次々と潰し、攻撃を喰らわせる事が出来たとしても、その攻撃を出した瞬間、二度目は無い。


 加えて、アミルが僅かな隙を見せれば女達が攻撃を仕掛けてくるが、その隙間をスラとリィナがカバーし、その逆もまた然りの女達には無い連携を見せる。


 アミルとリィナだけでは厳しかっただろうが、その間をスラが柔軟に補助する事で魔族でさえ決定打を打てない連携へと昇華させていた。


 言ってしまえば、この場においてのアミル達にとって、誰が欠けてもいけない重要な歯車となっているのだ。


 だが、女達との戦闘を始めて濃密な数十分が経つと、リィナの体力が底を尽き、アミルもまた身体の限界を感じていた。


 荒い呼吸が途切れる事なく、身体の筋肉が大声で悲鳴を上げ続ける。


 だが、相手の女達も体力と魔力は多いというだけで、無尽蔵では無い。


 互いが互いに牽制状態に移ろうとしていた、その時だった。


「ッ!!」


 アミル達と女達の間に長剣を振り下ろした様な黒い軌跡が現れ、そこから膨大な魔力を放つ不気味な男と黒マスクの男が姿を現した事で、状況は一変した。


「おい。何故、まだ生きている?」


 その言葉に反応したのは女達だ。


 すぐにアミルの頭に男達が魔族であり、最初に出てきた男こそが女達のリーダー的存在だと推測する。


「ち、違うのよ! アイツらの攻撃が思っていた以上に厄介でッ!」

「……無念」

「まぁ、良い。さて、龍の尾を踏んだらどうなるか、お前達にも分かせねばな?」


 突然現れた男は鋭い視線をアミル達に向けたかと思えば、何の予備動作もなく、闇魔法『ダークショット』を放ってきた。


 しかし、その威力は確実に女が放った『闇矢』より上。


「ッ! リィナ、私の所に来てッ!!」

「は、はい!」


 アミルは走ってきたリィナの手を取ると、肩に乗るスラも一緒に影の世界へと逃げる。


 一瞬にして、視界が白と黒の世界へと変わり、男の放った『ダークショット』が頭上を通過していく。


 それで、安全だと思えた。


 だが、アミルでさえ予想外だったのが、男が片足を僅かに上げ、降ろした直後、アミルだけが使えるはずの影の世界から放り出されてしまった事だ。


「なッ!? 解除された!? どうやって!?」


 アミル達が地面から空中へと放り出されたのを狙って、男が片手を向ける。


 危険を察知したスラがすぐにアミル達を包み込み、防御体勢へと移る。


 それに合わせて、アミルもスラの身体に魔力を流し込んで、スラの上に闇の壁を作り出し、その上にリィナが風魔法で風のクッションを作る。


 それで何とか威力を少しでも削ろうという考えではあった。


「ふむ? なら、これはどうだ?」


 けれど、男の形成した闇魔法『闇矢』は数十本から一本へと合成され、更にアミルが出した『黒炎』よりも更に黒々と燃え盛る焔を纏わせたそれは、スラ達に向けられ、


「精々、足掻けよ? 下等種風情が」


 放たれたのだった。


 本来ならば、これを受ければアミル達が防御体勢に移っているとはいえ、込められた魔力量が明らかに違う。


 辛うじて死なない、かもしれない。


 という、なんとも曖昧で唯一の選択肢の賭けに出た事も事実だ。


 だが、アミルが不思議とこんな状況だというのに安心していた。


 男が現れ、魔力を込めた直後から何か男よりも更に強大な圧が急速に私達に近づいて来ているのを気付いていたからだ。


「リィナ」

「な、なんですかぁ!? 遺言とかは止めてくださいよ!?」

「そんなんじゃないってば。ただ、もう休んで良いよ」

「えっ!? それはどういう事ですか? アミル先生? アミル先生!?」


 魔力で何とか毒の侵攻速度を抑えていたとはいえ、この世で一番信頼している二つの魔力が急速に近付いている事に、アミルはようやく安心して身体の力を抜いたのだった。



 リーダーである男が放った闇上級魔法『獄炎矢』が大規模な爆発を起こす。


 それを魔族である女はただジッと眺めていた。


 それは、男が放った魔法の威力に驚いているのもあるが、何か心が凍えるの様な、言葉にする事すら難しい、感じた事のない気味悪さを感じていたらからだ。


 轟々と燃える闇の炎の奥で、それは微かに姿を見せた直後、


「な、なによ……アレッ!!」


 女は怯えた様に自然と数歩後ろに下がっていた。


 絶対の強者である筈の魔族だというのに、全身が訳もわからずにガタガタと震え、四肢の感覚が急速に消えていく。


 それは、青みがかった白銀だった。


 何処までも美しく、少女の姿をした死神。


 その腕の中には女が戦っていたダークエルフの女が抱き抱えられており、その口元に何かを垂らして飲ませている。


 それはすぐに分かった。


 数秒も経てば、女の身体にあった傷は全て消え失せ、特製の毒で青白かった顔も血色の良い色へと変化した事で、少女が使った物が人族が主に使う回復薬なのだと。


 だが、そんな物で女の毒は消えるはずが無いとも脳裏に過ぎる。


 けれど、そんな疑問をよそに、パチリと目を覚ました女の顔には、疲れ切ってはいても嬉しそうな笑みを浮かんでいた。


 今が攻撃するチャンスだと言うことは嫌でもわかっている。


 しかし、それは出来そうになかった。


 むしろ、やればその時が自身の人生の最後だと直感で分かってしまう。


 少女の腕の中で、糸が切れた様に安心した様子で眠りにつくダークエルフの女を心配そうに見つめながらも笑みを浮かべるエルフと、巨大な体躯を持つ黒い獣。


神喰黒獣ブラック・フェンリル……まさか、本物なのか!?」


 黒マスクの男が信じられないモノを見たと言わんばかりの声で呟いた事で、目の前のソレが現実なのだと実感させられた。


 それが、単なる野良の魔物で、装備や魔力が満ち満ちていれば、どれだけ良かったか。


 けれど、現実は何処までも非情で残酷な色を見せる。


 ダークエルフの女を神喰黒獣ブラック・フェンリルへと渡し、スライムと心配そうに見つめる女も共に渡すと、少女はゆっくりと振り返り、荒々しくも思わず見惚れてしまう程に美しい膨大な魔力が溢れ出る中で、女はそれを見た。


 何処までも暗く、そして怒りに満ちたその色を。


「それで、」


 女は思う。


「誰が私のお姉ちゃんにあんな事をしたのか、教えてくれないかな?」


 決して、踏んではならない龍の尾を踏んだのは私達だ。

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