第40話「共闘」


 高威力の攻撃が互いに衝突した事で暴風となって辺りを襲う。


 風は肌をも焦がす熱風となり、崩れた瓦礫、吹き飛んだ矢や剣が更なる脅威となる。

 

 そんな一瞬でも気を抜けば生死を分ける状況の中、砦の外壁上に魔法使いとして配置されていた武連会所属のオリジン、ノース・ヘクタは荒れ狂う暴風を耐える為に水魔法で作り出した水壁を最大限の出力で展開、維持していた。


 視線を僅かに自分達より上にある外壁に目をやる。


 先程襲ったドラゴンのブレスに対抗する様にして放出されたユリアが独自に編み出した錬金魔法『神羅砲ギガ・ラフィス』。


 ユリアの最高威力の魔法と赤竜の巨大なブレスが互いにぶつかり合い、どちらが押し負ける事も無かった為に被害は最悪を逃れていた。


「あの駄犬はともかく、アレには借りが出来ちゃったわね……」


 相殺してもなお、これだけの被害を出すブレスだ。


 きっと、ユリアは戦闘が継続出来ない程に魔力が減っている。


「あの竜、これを分かっていて……? まさかね」


 視線を戻し、暴風が治まってきた頃を見計らって魔法を解除、周辺の状況を確認する。


 しかし、その惨状は酷いものだ。


 魔法や建物に避難した者はそこまでの被害を受ける事は無かったが、問題はドラゴンの真下にいた者達。


 まともにブレスとユリアの放った魔法が衝突した反動を受け、地面に叩きつけられる者、吹き飛ばされ絶命する者。


 戦場と化していた場所はまさしく破壊の痕跡がありありと見受けられる。


 加えて、今の衝撃で砦の門に入っていた罅が門を砕きかねない亀裂へ変わっている。


 自分達と同じように外壁の上で攻撃を行なっていた者達へ視線を動かすと、呻き声を上げながらも立ち上がっている兵士達が見受けられ、まだ戦えると安堵した時、


「ノース様! 大変です! 先の攻撃でドラゴンの魔力が周囲に拡散! それに伴って、周辺の強力な魔物が此方に押し寄せてきます!!」


 今までの兵達の頑張りとドラゴンのブレスによって魔物達にも壊滅的な被害を受けた。


 しかし、それがどうして収まりを見せるどころか、悪化するのか。


 つくづく戦場では時の運は上手く働かない。


「グズグズしている暇は無いわ。今は戦える人を集めて! 私はそろそろ戦場に出るわ!」

「危険です!」

「それは何処でも変わらないわ。貴女達も見たでしょう? あの赤竜のブレスを」

「……分かりました。御武運を」

「えぇ、貴女達もね」


 我が武連会の後輩達に言葉を残した後、外壁に足を掛け、飛び降りた。


 しかし、直ぐに後悔する。


「チッ、テメェも来たのかよ。良いんだぜ? お前らは学園に帰っても。俺様が全て片付けるからなぁ?」


 荒く汚い言葉を吐き、衣服とも取れない白い布を胸元に巻いただけの痴女みたいな格好。


 その上に白いコートを羽織っているとはいえ、あまり近付きたくなど無いが、


「あら? 貴女も生きていたのね。てっきり、そこら辺で屍を晒していると思っていたけれど。寧ろ、その方が貴女の為になったのではなくて?」

「ははっ、それこそ面白れぇ冗談だ。あの女が好き好んで側に置くわけだ」

「無知蒙昧もここまで行けば呆れを通り越して滑稽ですわね。貴女こそ、学園に帰られては? 貴女の熱を注いでいる愛しいアレがお待ちなのでしょう?」


 鋭い殺気を感じる前に身体を動かし、腰に納刀してあった片刄の刀を抜き、一瞬にして距離を縮めた。


 刀は駄犬ラフシアの首の皮に触れるかどうかという位置で止めている。


 しかし、それで此方の形勢が良いという訳では無い。


 私の顔面のすぐそこに迫った岩の拳。


 このままいけば間違いなく殺し合いになる距離だ。


「ここでテメェの頭をかち割っても良いんだぜ? なぁ、ノース?」

「あら、それよりも私の刀が貴女の首を斬り落とすのが先だと思いますけどね」


 魔執会と武連会が互いに犬猿の仲というのは昔から変わっていない。


 ましてや、今代の両者は過去最悪に悪く、その部下も同じ。


 だが、それも互いの邪魔をする敵が存在するのならば、味方とは言わずとも視界の端に映る邪魔か羽虫程度には変わるもの。


『GRRRAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 咆哮が耳をつんざくと同時に、私達に向けて赤竜の強靭な尾が空気を裂きながら叩きつけられた。


 すぐに後ろへ飛び退いたとはいえ、叩きつけられた地面は陥没し、僅かに炎がチラついている。


 明らかに当たればタダでは済まない。


 だが、そんな事を考えている間にもラフシアが先頭に立ち、魔法で形成した鋼鉄の岩腕を赤竜の前脚に向かって振り下ろした。


「かってぇなぁ! おい!!」


 だが、赤竜の鱗を砕くどころか少しの傷しか与えられなかったようだ。


 それどころか、鞭の様にしならせた首が駄犬ラフシアに直撃し、彼女を吹き飛ばした。


 しかも、ラフシアの岩腕は砕け、赤竜の持つ高温の熱によって一部赤く染まっている。


「まさか、体全体が触れない程の熱を持っているのですかっ……!?」


 通常の竜とは明らかに違う違和感に思わず声を漏らした。


 だとしたら、直接攻撃はマズい。


 あの駄犬ラフシアは魔法で幾らでもどうにかなるだろうが、私の近接武器はこの刀だけだ。


 それが私の最も火力の出せる攻撃手段であり、破壊されたとしても戦う事は出来る。


 しかし、明らかに戦力が低下するのは目に見えている。


 そこらの兵士の剣を使っても良いが、それも付け焼き刃にしかならない。


 かと言って、先程のブレスから身を守る為に使用した魔力もまだ完全には癒えていない状況下で更に魔法を連発するのにも限界がある。


 しかし、これ以上コレを暴れさせて被害を拡大させるわけにはいかない。


「駄犬! 合わせなさい!」

「ってぇ。あぁ!? おい、待てや! チッ、こっちは無視かッ!!」


 脚から地面に踏み込み、一気に疾走。


 片手で柄を握りしめ、鞘の中で刀を鋭く、水魔法で強化する。


 払われた前脚から伸びる何者を引き裂くような巨爪を身のこなしだけで避け、目まぐるしい速度で視界が変わっていく中で、懐へと潜り込んだ。


 チャンスは一度。


 これを逃せば間違いなく相手は警戒を強め、攻撃をするのさえ困難になるだろう。


 生物の中で絶対強者であるドラゴンだからこその油断。


 そこを突く!


 身体は鉄の如く固く、そして流れは水流の如く穏やかな一刀。


 心を鎮め、意識を深く。


 腰を沈め、視界を開く。


 周囲には水流が風一つ無く、静かな水面の如く張り巡らされ、延長線上には赤竜の姿。


 時間にして懐に潜り込んでから、一秒も経っていない。


 地面を滑るように砂塵が舞い、後方に二本の線を残す。


 私に気付いた駄犬ラフシアが僅かに目を見開くと獰猛な笑みを浮かべたのが視界の端に映る。


 そして、赤竜が急激に上昇する魔力量と殺気に気付いたのか、竜鱗に覆われた胸が橙色に染まりだし、喉、口へ移ると灼熱の炎を吐き出した。


 目の前に迫る肌を刺す強烈な熱気を感じながら、抜刀。


 鞘と刀の間を水魔法で埋める事で摩擦力を減少させ、抜刀速度や威力を極限まで高めた最高速の一刀を斬り上げた。


「武技、抜刀術――――凪月ッツ!!」


 片刃の波紋にブレスの炎と水魔法の波が写し出され、時間が酷くゆっくりと進むように吐き出された炎が水魔法を纏った刃に当たった直後に高熱の水蒸気となり、辺りを包み込んでいく。


 自身の周囲を水魔法で何重にも囲い、熱を遮断しているが、それでも長くは持ちそうに無い。


 だが、私は一人では無い。


「よそ見ばっかしてんじゃねぇぞ! オラァァァ!!」


 赤竜の周辺を覆った水蒸気から突如として現れた駄犬ラフシアが月夜を背に、振り上げた岩腕を赤竜の顔面へ叩き込んだ。


 直後、駄犬ラフシアは殆どの魔力を込めた様で赤竜の鱗に衝突したと同時に火魔法で大爆発を起こし、火傷を起こしながら竜鱗を吹き飛ばす。


『――――――――――Aaaaッ!!!!』


 顔面を殴られた事で、私に迫っていた炎は僅かに横を向いて外れ、灼熱の炎は地面を焼いていく。


 しかし、それが赤竜の怒りを買い、駄犬ラフシアに身体を向けた。

 

「あら、私を忘れるとは酷いですわ」


 炎が無くなった事で一気に振り抜いた刀が夜空を波紋に描き、脚を組み替え回転。


 私の長い髪が扇状に広がり、それに釣られて和服の裾がふわりと揺れる。


 真正面に戻る頃には先程と同じ体勢へと戻っていた。


 前脚を半歩進め、足先に力を込める。


 そして、強化魔法を使用すると同時に全力で疾走。


 狙いは胸。


 高熱のブレスを吐き出す器官があるそこに斜めの一刀を斬り込み、


「フッ――――!!」


 一気に振り抜いた。


 極限まで溜め込まれた一刀は堅い竜鱗を軽々と切り裂いた。

 

『GRRRAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 先程まで、私がいた場所には大量の血が溢れては溢れ落ち、血溜まりを作っていく。


 見れば、赤竜の胸から肩に掛けて斬り上げられた一筋の切り傷は体内で燃え盛る炎に空気を与え込み、更に燃え上がる。


 赤竜の血が噴き出る事で空気の入りを僅かに阻害しているが、それも時間の問題だろう。


 空気を取り込む、又は吐き出す度に胸が赤く染まり、体内で炎が暴走しているのか、全身が僅かに赤く染まり出す。


 それが酷い痛みを伴うのか、暴れだし、周辺にいた魔物も巻き込んで血肉が飛び散る。


「チッ! おいおい、余計に酷くなってるじゃねぇか!!」

「喋ってないで逃げますよ!!」


 荒れ狂った様に暴れる赤竜に魔物達が飛びかかり、凄い力でねじ伏せられながらも小さな傷を負わせていく。


 暴れれば暴れるだけ胸から血が漏れ出し、赤竜の勢いが衰えていく。


 だが、流石は竜と言ったところなのか、長年持て余した力が自身の死を感じ、解放した事で魔物が周辺に振り落とされては飛び散り、私達の前にも轟音を立てて地面に落下してきた。


 それが低ランクの魔物であれば良い。


 しかし、竜の圧倒的な魔力はどんな魔物をも引き寄せる。


 濃い緑色の皮膚に他の魔物と比べても盛り上がった筋肉、王冠を模したであろう皮膚に走った火傷のようなあざがその魔物の正体を教えてくれた。


「キングオーガ!?」

「そこを、どきなさい!!」


 唾を吐き散らす程の咆哮と共に振り下ろされた腕が地面を砕き、地面に腕が突き刺さると同時に私は刀を抜き、全力で前へ躍り出た。


 地面に腕を突き刺し、自身の片腕を使えなくするという、一見隙だらけの無駄とも思えるその行動。


「ノース!! 戻れ!!」

「ッ!?」


 だが、私達は一斉にキングオーガから飛び退かざるを得なかった。


 キングオーガの片腕に太い血管が無数に走り、猛々しい咆哮を上げると、地面から腕を上に向かって振り上げた!


 キングオーガが普通のオーガと違うのは他の追従を許さない巨大な体格と圧倒的な力と言われているが、その他にもう一つある。


 それは、魔物であるにも関わらず僅かながら知性があり、体内で魔力を持つ事で土魔法を使用する事が出来るという点だ。


 振り上げられた腕に従う様に土埃は岩の弾丸に、地面は石柱となって二人に襲い掛かった。


 横を見れば既に駄犬ラフシアは両腕の僅か上に岩腕を形成している。


 しかし、その表情は険しく、額には脂汗が薄らと見えていた。


 長い戦闘の中で魔力を消費しなければいけなかった事に加えて、先程の赤竜に傷を与えるには生半可な魔力では足りなかった。


 だからこそ、もう魔力が殆ど残っていないのだろう。


 そして、私は自身の手をチラリと見た。


 刀を握る力が全然入らず、僅かに震える手を。


 二度目の赤竜のブレスで他の生徒達を守る為に余計に魔力を消費したのが原因だろう。


 それに加えて先の赤竜との戦闘だ。


「勝てなけば、死。しかし、私達の魔力は殆ど無いと来ましたか……ッ!」

「何を、横でうだうだ言ってやがる!! 今は打開策を考えるのが先決だろうが!!」

「五月蝿いですね! 今、それを考えて——————!?」


 その時だった。


 何を思ったのか、キングオーガが私達に向かって走り出したのだ。


 駄犬ラフシアは両腕の岩腕で岩の弾丸を弾きながら、石柱を壊すなどという脳筋馬鹿を発症させているが、私の場合は持てる体力を全て回避と一定数の迎撃に振り分けている。


 そんな中、飛び込んできたキングオーガに僅かに対処が遅れたのが致命的だった。


「おい、ノース!! 何をボケっと突っ立ってやがる!!」

「ッ!!」

「クソッ!!」


 咄嗟に腕をクロスして防御を図るが、腕の防御だけではキングオーガが振るわれた拳も威力を防ぐことは出来ず、強烈な痛みが腕から骨まで貫通し、勢いそのままに吹き飛ばされた。


 地面に叩きつけられる直前に水魔法で衝撃を吸収させた事で最悪は逃れたが、突如として走った激痛に顔が歪み、唇を噛み締める。


 見れば、片腕は骨が木っ端微塵に折れたようで、腕全体が赤を通り越して紫色に染まり、酷い内部出血を起こしているようで指先を動かすことが出来ない。


 幸いにも片腕はまだ力を込める事は出来るが、何度も刀を振るう事は出来そうに無かった。


 視界の先では、駄犬ラフシアがキングオーガに戦闘を仕掛けているが、残り少ない魔力に夜という暗い闇によって視界が狭まる。


 そして何より。


「全く……、どいつもこいつも次から次へと」


 背後から感じた気配に痛みを堪えながらも、刀を抜き放つ。


 だが、何かを斬ったような感覚は無く、空気を斬り裂いた音だけが耳に届く。


 それは、すぐ離れた場所で真っ直ぐに此方を見下ろしていた。


 三叉みつまたに伸びた首に闇夜にぬらりと輝く鱗を生え揃え、縦長の六つの瞳孔が此方を睥睨する。


 しゅるりと口元から伸びた細長い舌と地面を引きる重い音。


「本当、つくづく嫌になりますわね」


 Aランク級の魔物『サーペント』が獲物として私を見下ろし、けたたましい咆哮を上げた。

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