第39話「自称、天才ユリア」


「左砲! 放てぇぇぇぇぇっ!!」


 煙が立ち昇り、星々が煌めく闇が曇天で覆い隠される夜。


 空気を揺らす轟音と背に携えた灯りを基に発射された砲弾は空気を裂き、魔物を押しつぶしながら踏み荒らされた地面へ直撃する。


 星々が堕ちる流星群の如く、次々と降り続く砲弾と轟音響く場でも、安堵は無く。噛み締めた緊張の面持ちを崩せない。


 既に魔物の大群と衝突してから数時間経っているというのにも関わらず、放たれた幾多の魔法によって倒れた魔物の屍を越え、前へと何かに駆り立てる様に進む幾十の魔物達が雪崩の如くガルス砦に襲い掛かっていた。


 既にガルス砦に設置された救急室は傷を負った兵士で埋め尽くされつつある。


 だというのに、進行の勢いが全く衰えないどころか激しくなる事に余計に兵士の体力を消耗させていた。


「何匹もこのガルス砦に近付かせるなッ!! ここが破られたら自分の家族が、仲間が死ぬぞ!! 気張れ!! 我が魔法国の一角、ガルス砦を甘く見るなよ、魔物共ッ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』


 魔物の一匹は都市の外壁を覆う堀に落ちては魔導師達の魔法の餌食となり、またある魔物は外壁を破壊しようとするも兵士達の弓や剣の餌食となる。


 いつまでも終わりの見えない世界でもまだ希望が消えていないのは、数刻前に到着した魔法学園の援軍の存在だろう。


「おらおらおらァッ!! こんなもんか!? 弱え、弱えなァッツ!!」


 両腕の動きに合わせて構築された岩石の腕が魔物を薙ぎ払っていく。


 荒い言葉を吐きながら鋭い八重歯を剥き出しにして笑みを浮かべる姿は、杖を用いて魔法を放つ一般的な魔法使いの原型すら留めてはいない。


 それでも、腕を振り抜けば魔物は宙を舞い、叩きつければ血飛沫が地面が赤く染まっていく。


「チッ! 本当に一体いくらいやがんだ? 潰してもキリがねぇッなぁッ!!」


 休む暇もなく、戦い続けた事で徐々に魔力量は減り、同時に体力も減っていく。


 けれど、魔物側は倒せど倒せど新しい魔物が自身に牙を剥いてくるのである。


 加えて、雲によって双月が隠れ、満足な光が無い事で視界を狭めている事も苦戦を強いられている。


「ラ、ラフシア様! ご無事ですか!?」


 振りかぶった岩腕が魔物を押し潰し、ガルス砦の兵士長筆頭に扇動された兵士達が前線に加わった。


 その結果、戦闘の流れがばらけ、魔執会所属のオリジン——————ニーティ・ラフシアに集まる敵意が分散されたところで荒い息を一息で吐きながら、頬に付いた汚れを拭う。


 土煙が舞い上がり、辺りで戦闘音が鳴り止まぬ中、一人の女子生徒が転びそうになりながらも走って来た。


「アァッ? って、オメェか。どうした?」

「報告に参りました。今はどこも対処に追われて人員が足りないので。それで、現状の報告ですが、ラフレシア様を筆頭としたオリジン数名が各個魔物を討伐しています。けれど、想定よりも魔物の数が多いのに加えて空からの奇襲に対応しきれていない為、被害が出始めています」

「チッ、やっぱりか。っうことは、あいつらも苦戦してるってわけか」


 そう言葉を出した直後だった。


 耳を劈くような鳴き声と共に上空で極魔法とブレスが衝突し、破裂。


 一瞬の静寂と共に吹き飛ばされそうな衝撃波が押さえ付ける様に発生した。


「ッ!!」

「きゃあッ!!」


 視線を上空に向ければ、曇天に巨大な穴が空いていた。


 そこから見える数個の星の煌めきがそれを捉える。


「おいおい、いくらなんでもこれは聞いてねぇぞ……!」

「まさか、アレはドラゴンですかッ?! なんで!?」


 ワイバーンとは比べ物にならない程の強靭な両翼と星明かりで鈍く光を放つ逆立ちの鱗。


 空中を悠然と飛ぶ巨大な体躯は護衛の如く横に並ぶワイバーン達によって、大きさの違いが一際強調される。


 すると、縦に入った眼光がぎょろりと下を向き——————、

 

「マッズイッ!!」


 オリジンとして数え切れないほど迷宮に潜り、戦闘を繰り返して来たラフシアにも感じたことの無い悪寒が背筋を走り抜けた。


 まるで首筋に死神の鎌が掛けられた様な冷たい感触を得ながらもすぐに振り切り、咄嗟に数枚の土壁を作り出す土魔法『ブロックフォアスト』を詠唱開始。


 二人を覆う最小限の型に形成すると、魔法を発動させた。


 閉じる直前に見えた時には木々の如く太い首筋から、獰猛な牙生えそろう口元に紅蓮の炎が舞い、身体を仰け反らせていたところ。


「ッツ!!」


 直後、一瞬の静寂を掻き消す程の衝撃が我が身を襲った。



 ガルス砦で総指揮権を持ち、魔法国でも数少ない大佐の位に就くフィーリンは開戦前よりも非常に険しい状況にありながらも必死に打開策を模索していた。


 今、フィーリンがいる会議室には魔法学園から来たターム・ルーファンス含め、三人の教師が集まっている。


 他にも数名の教師が居たが、その全員は既に戦場へと赴いている。


 そんな年老いた大人達が集まる中で、一際目を引くのは眼鏡の奥に潜む氷の様な薄い眼差しをガルス砦付近を描いた地図に向け、我々に臆する事も無く意見を出している一人の女子生徒だ。


 名前はなんと言ったか。


 確か———————、


「ッ!?」

「な、なんだッ!? 何があった!?」


 思わず思考の海に繰り出そうとした自身を叱責する様にガルス砦が大きく揺れ、机に置いてあった書類が雪崩を引き起こす。


 すると、会議室に飛び込む影。


「ほ、報告致しますッ! 只今、上空に巨大なドラゴンが現れ、我が砦に向かって攻撃を開始。魔執会のメンバーであるノース・ルミーチェ筆頭の魔法師軍によって相殺されましたが、未だ脅威は健在!!」

「馬鹿なッ!? ドラゴンだと!?」

「まさか、竜の渓谷から飛んできたのか?! だが、ドラゴンが出てくるなんて滅多な事じゃ……」


 憶測は更なる憶測を呼び、会議室が僅かに騒々しくなった。


「静まれ」


 その時、重く威厳ある声が会議室に響いた。


「し、失礼しました」

「……」

「ルーファンス教授。ですが、何故ドラゴンが? ドラゴンは自身のねぐらから滅多に動く事はありません。動くとなれば、繁殖期か、または——————」

「何者かが竜の怒りを買う様な事を行ったか。ただ単にドラゴンの気紛れであればどれだけ良いか。しかし、今は原因を調べている暇なぞ無い。今やるべきは如何にかの竜を倒すか撃退するかじゃ。アーキスはどう思う?」


 ルーファンス教授が若き生徒—————アーキス・ボスカンへと視線を向けた。


「現在の状況では、ドラゴンにまで手は回っていません。兵士達の魔法や弓ではドラゴンの強固な竜鱗は傷付ける事も出来ないでしょう。出来るとしたら、私達オリジンか教授達。それも、撃退か討伐をするとなれば少なくとも十人以上の力を合わせなければなりません」

「ふむ……厳しいの……」

「はい。そうなれば、今担当している区域の戦力低下は必至です。それに、ドラゴンが出てきた以上、かの竜が発する強大な魔力に引き寄せられて更なる強力な魔物が姿を見せる可能性も捨てきれませ――――ッ!?」


 アーキスが言葉を切り、急いで会議室の窓から外を見上げては部屋を飛び出した。


 制止をする様に呼びかけた声も聞こえない程に急いでおり、いままでとは比べてもかなり緊張の面持ちである。


 だが、その表情の理由はすぐに理解出来、アーキスが開けて行って、そのままのカーテンが答えを教えた。


 星々の光に照らされた一体の炎竜。


 巨大な翼を左右に大きく広げ、自身がこの世の覇者だと言わんばかりの体格は見る者を畏怖させる。


 そして、口元から燃え盛る業火が赤から光へと到達する。


「あぁ、神よ……」


 誰の言葉だったのだろうか。


 不思議と魔物の雄叫びの様な声も戦闘音も全てが一瞬で静まった静寂の中、それはこの世に産み落とされた。



 会議室を半ば全力で疾走するような速度で脱した後、アーキス・ボスカンは長い螺旋の階段を駆け登っていた。


 目指すのは、その頂上。


 そこに彼女がいる。


 どんよりとした砂煙りの空気が頬を撫で、髪を靡かせていく。


 荒い吐息を吐き、空に見えるポッカリと空いた星空を視界の端に捉えながら最後の階段を駆け抜けた。


「ユリアッ!」

「ん? あぁ、来たんだ? でも、ちょっと待ってて。今、集中してるから」


 ユリアはそう言うと再び前を向く。


 伸ばされた手の先には種類の違う十二個の宝石が魔法陣の中で輝いていた。


 その視線の先には炎を口に溜めた赤竜。


「まさか、竜が出てくるとは思わなかった。これなら、学園にいた方が楽出来たや」


 真っ直ぐに伸ばしていた掌を真横に向けた瞬間、私達を軽々と包み込む様な魔法陣が出現。


「冗談はともかく、どうするつもりです?」

「とりあえず、アレを私の全力で相殺する。あれだけの威力を出すには大量な魔力が必要だと思うし。出来なかったら、それこそ終わりかな」

「最悪の選択肢ですね。ですが、もっと最悪なのはそうするしか無いという事でしょうか」

「アーキス」


 すると、背しか私に向けずにユリアは呟く。


 きっと彼女は意地悪げな笑みを浮かべているに違いない。


 そして、必ずこの争いは私達が勝つと信じている。


「分かっています。ですので、会長は目の前に集中してください」


 無論、それは私も同じだ。


 ユリアが勝てると踏んだのなら、その過程がどうあれ、彼女には何かしらの策があるのだろう。


 それこそ、自身の全力を此処で出しても惜しく無いと思える程には。


 ユリアの魔力が急速に上昇し、赤竜の縦長の瞳孔が此方を向いた。


「私達は必ず勝つよ」

「当たり前です」

「何せ、魔法学園の天才、ユリア様がいるますから!! ドヤァー!」

「はぁ〜〜」


 そんな冗談を言いつも両者の魔力量は膨大の一途を辿り、


「さぁ、食らいな!! 制約に基づいて力を行使する!! 『神羅砲ギガ・ラフィス』ッッ!!」

『GRRRRRAAAAAAAAAAAAAAAAAAッツ!!』


 視界を白色に埋め尽くした。

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