第38話「突然の再会と出発」
皆んなが唖然とする中、私はキミウから来たメイドの一人——————イーリスに抱きつかれては腕の中で固定。
更には首筋に鼻を擦り付けるようにグリグリとされては、時々首筋に吐息と硬い感触を軽く数度感じていた。
彼女の抑えられない愛情表現……というか捕食行動というか……が行われている視界の端で、彼女の腰から伸びる金色の尾がゆらゆらと嬉しそうに揺めき、見上げた彼女の頭部には可愛らしい三角耳が小さく動く。
更に、私の背中を柔らかな二つの双胸が押し上げている。
端的に言えば、至高のむにゅむにゅだ。
彼女が抱きつく度に柔らかさがダイレクトで感じる中、私は喜びを僅かに出しつつも平然とした顔持ちを維持するという高等テクを披露する。
素直に言ってしまえば、このままずっと堪能していたいという気持ちがある。
それは事実だ。寧ろ、それしかない。
しかし! しかしだ!
そんな私の気持ちを見透かしたような皆のジト目の視線が非常に、非常に痛いから、やめてほしくはないけど! せめて後でにしてくれないかなぁ……と不服そうに小さく願うも、その願いは若干暴走気味な今の
「はぁーーーー! ラウ御嬢様、ラウ御嬢様!! とても会いたかったです! すんすんっ……はぁ〜〜、ラウ様のいい匂いがします!!」
なんだか、若干変態の気質があるように思うイーリスだが、実のところ、私は秘密裏に他のメイド達に頼んでイーリス達の事は聞いていたので、会えて嬉しい気持はあれど、そこまで寂しくはなかったりするが、会うのは本当に久しぶりなのだ。
ところで、なんか硬い歯みたいな感触が首筋に当たってるんだけど、噛まないでね!? 痛いのは嫌だよ!?
「ふぁっ!? あふぅ〜〜……やっぱり、ラウ御嬢様の撫で撫では癒されます!! はぁ、可愛い! 私のご主人様!!」
なんだか、大きな犬に甘えられているような妙な気分になっていると、ミリアに状況説明を終えたリーリスが戻ってきた。
「姉さま、私も。変わって下さい」
「はっ! そ、そうだった。じゃあ…………はい」
そして、私は先程まで抱き着いていたイーリスの妹であるリーリスに渡されては、「では。失礼します、御嬢様」と控えめに抱きしめられる。
イーリスの場合は後ろから抱き締められていたが、リーリスは真正面から。
メイとアミルにも言える事だけど、抱きしめ方や触り方は一人一人特徴が出るので、やっぱり姉妹でもどこか違うんだよね。
「ラウ御嬢様、本当にお久しぶりです」
胸に頬をくっつけ、両腕で私の腰に回しながら私だけに聞こえる程の小さな声で呟く。
だが、この体勢も懐かしいもので、彼女達がベルクリーノ家に来た小さな頃から知っている甘えん坊な性格は変わっていないようだ。
スラッとした背中に流れる雪原の雪をまぶした様なサラサラの白髪を撫でながら改めて、二人とも美人になったなぁとしみじみ思う。
そしてぼんやりとしていたのだが、イーリスの目元に目がいった事である事を思い出す。
「そうだ。ねぇ、リーリス。ちゃんと瞳を見して?」
「は、はいっ」
普段、リーリスが目元に巻いている黒布を取ると、しゅるりと僅かに
真正面から見つめる事暫し。
リーリスの瞳が僅かに逸らされては戻るのを見ていると、「そ、そろそろどうでしょうか?」と今までで一番小さな声が聞こえた。
「んー、うん。やっぱり、リーリスの瞳は綺麗だね。どう? 制御は出来てる?」
熱に浮かされたような瞳は私だけを見つめており、「リーリス?」と呼ぶ私の声は聞こえていないようだ。
「す、すみません。はい、最近ではこの布が無いと落ち着かないくらいです」
「そんなに? ん〜、ならもっと可愛いのにしたら良かったね。今度、新しいの探しに行こうか?」
「それは実に興味を唆られますが、私はこれが気に入っているので」
その声は心の底からの声であり、本心なのだろうということが分かった。
「そう言えば、これ言えてなかったよね」
「何をですか?」
「冠位第四位まで上り詰めるなんて、強くなったね。リーリス♪」
「っ!? は、はいっ!!」
涙混じりに答えた声はきっと私の中で消える事は無い。
そして、抱きしめられたこの時の温かさも決して忘れる事はな——————
「ラウ様! 私も混ぜてください!!」
「えっ、ちょっと、イーリス!? うぎゃあ!」
*
ジト目から、過去の事を知っている者達にとっては微笑ましい瞳の先で、二人の従者にもみくちゃにされるラウを横目に私達はリーリスが寄越した情報について話し合っていた。
「貴女達の主人があんなになってるけれど、助けなくていいの?」
「今回だけです。それに、あの方達には少しばかりの恩がありますから」
「確かに、私のラウ様がもみくちゃにされるのは気に入らないけど〜。でも、ラウ様自身が嬉しそうだから良いかなぁ〜って」
「それもそうね。にしても、まさかあのラキ様がドラゴンを送ってくるって相当厳しい状態なの?」
視線を二頭のドラゴン達に向けてみると、ビクトリアの召喚獣であるウラヌスに興味を惹かれており、二頭揃ってウラヌスの匂いを嗅いでいるところだった。
しかし、そのウラヌスが二頭のドラゴンを目の前に固まっているのに思わず笑みを浮かべてしまいそうになる。
しまいには、慌てるビクトリアをリィナが宥めるという逆転の立場だ。
「このドラゴン達を送り込んで来たって事は急いだ方が良いって判断したんだろうね」
「にしても、あのドラゴン達は何なのですか? 少なくとも一体一体が桁違いの魔力量ですし、人間が御しれる器ではない様に思いますが」
「ラウ様があの子って言ってたのと何か関係があるの?」
私の質問にミリアが答えると、メイとアミルがドラゴン達を見ながら疑問を口に出す。
「残念だけど、詳しくは私も知らないんだよね。ただ、あの二頭はキミウにはいなかった筈なんだけど」
「ミリアでも知らないってなると、直接本人に聞いた方が早いわね。ラウ!」
「ん? どうしたの?」
ラウが私の声に気付き、とてとてと走ってくる。
「このドラゴン達について聞きたいのだけれど」
すると、ラウは何か悪戯を思い付いたような笑みを浮かべてドラゴン達の前に歩き、くるりと私達に身体を向けた。
「うっほん! それじゃあ—————」
「そういうのはいいから」
「え〜!!」
「ほら、早く」
「全くもう、クアンはせっかちさんなんだから」
「ん? 何か言ったかしら?」
「な、何でもないよ! えっとね、この子達は私が引き取ったメイドの一人が育ててる子達の内の二頭でね。今はキミウに居ないんだけど、実力は見ての通り保証するよ。戦えば分かるんだけど、って言ってる場合じゃないんだよねぇ」
確かに、ラウが言う通り一目でこのドラゴン達は魔物の中でも最上位に君臨するだろうというのは分かる。
だが、信じられないのがこのドラゴン達を育てた者がいるというところだ。
しかも、ラウは言った。
『育てている内の二頭』だと。
「って事は、これがあと数体いるって事よね……」
考え込む私を他所に、イーリスとリーリスがラウの後ろにピタリと付く。
それに反発するメイとアミル。
そして、解放されたウラヌスと共に戻ってきたビクトリア達からの質問に答えているラウだが、後ろから鼻先を軽く押し付けては構って欲しそうにしているドラゴン達とで迷っているようだ。
すると、側にミリアが歩いてきたのが感覚で分かった。
「ミリア、貴女とんでもない所のメイドになったみたいよ?」
「分かってる。でも、もう決めた事だし、何よりラウがいるから」
「はぁ〜。本当にラウの事が好きなのね?」
若干の呆れや照れ臭さから放った言葉だった。
しかし、長年ずっと一緒にいるミリアにはそんな私の強がりな所も分かってしまっている。
「うん、好きだよ。でも、クアンも好き。皆んな、私の大切な人達だもの」
思わず頬に朱が差したような感覚を覚えながらも顔を前に向ける。
「…………あっ、そぅ。私も、ミリアの事は良く思ってるわ。嘘じゃないわよ?」
不服だけど……きっと、ミリアの視線には耳を真っ赤にした私がいるのだろう。
なんで、こうも二人に素直な言葉を掛けられると暑くなるのかしら。
こういうのを抑える魔法があれば良いのに。
「ふふっ、ありがとう。さてと、それじゃあ出発の準備をしようかな」
ん〜と背筋を伸ばし、歩き出すミリア。
そうだ。
これから向かう先は魔物との戦闘が起こっている地帯。
不安を出したつもりは無かったのだが、私の影からするりと出てきたラトラの頭に手を置き、軽く撫でる。
ガルス砦に何が起こっているのかは分からない。
けれど、会長が戦争と言ったからには相応の覚悟が必要だろう。
「ガウガウ!」
「えぇ、分かってるわよ。むしろ、私よりラウやあの暴走メイド達の方が心配だわ」
気負い?
そんなものはない。あるのは、目の前で笑みを浮かべる友人達を死なせるわけにはいかないという強い意志だけだ。
「ラトラ、私達も頑張るわよ」
「がぅっ!」
小さくも強く呟いた言葉はラトラの嬉しそうな声にかき消されたのだった。
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