第43話「落下」


「きゃぁぁぁぁあああああ!!」

「あははははははっ!!」

「二人共、もうすぐ抜けますよ!」


 バサバサと五月蝿い程に制服の上から羽織った厚手のコートが風に揺れ、耳に入る風切り音が次から次へと荒々しく抜けていく。


 力強い羽ばたきで前へ前へと進むドラゴンの翼は視界は見たもの全てを置き去りに進んでいき、


「わぁっ……!」


 身を乗り出すように見ていた真っ白な視界が、分厚い雲を突き抜けると、そこには満点の星空が視界全てを埋め尽くしていた。


 金色に光を放つ金星から星々の流れ星、そして星の河とも言える運河まで。


 絶景と呼べる光景が目の前にあった。


 下を見れば、先程までは眼下に魔法国に住まう人々が生活している証拠であるだいだい色の灯りが広がっていたが、それも今や何処までも白色に広がる雲で見えない。


 双子の月明かりに照らされたその場所はまだ誰にも触れられていない、何処か不思議な雰囲気が漂っていた。


 僅かに遅れて隣からもう二頭のドラゴンが顔から身体を徐々に上げていく。


 その光景が雲を引き裂きながら現れたので、普段見ている景色じゃ絶対見れない光景って事もあり、胸の内で暴れ狂う感情をどうにかしようとしてどうにも出来ない嬉しさを感じていた。


「ちょ、ちょっとラウ! 絶対離さないでよ!? 離したら本当に怒るからね!!」

「凄い! 凄いよ! クアン!! 一面、星だらけだよ!! こんなの、キミウでも見た事ない!!」

「分かった! 分かったから!! 動かないで、ってば!!」

「ラウお嬢様、彼方には一等流星と呼ばれる流れ星も見えますよ」

「わぁ! 本当だ! ねぇ、イーリス! あれは!? あれはなんて言うの!?」

「あそこに見える金色の光を放つ惑星が金の女神エクテア様の瞳と呼ばれるエクテア。また、その横に並ぶのが—————」


 背中に抱き付く感触を得ながらも、片手はクアンの手をぎゅっと握り、そして片手で前に座るイーリスの腰に手を当てながら頭上で煌めく星々の解説を一つ一つ聞いていく。

 

 それにしても、初めての上空に初めての景色。


 全てが初めての中、戦場に向かう最中だと言うのに思わず心が躍ってしまう!


「ねぇ、クアン。目を開けて?」

「む、無理よ! 私、高い所はダメなのよ!」

「大丈夫。私がいるから! それに、ちゃんと手も握ってるから! ね? なんなら、もっと抱き着いてもいいよ?」

「抱き着く? いいの?」

「良いよ! そしたら、落ちる心配も無いでしょ?」

「……わ、分かったわ。離さないでね? 離したら呪うから」

「う、うん。絶対しない。ワタシ、ソンナコトシナイ」

「なんで片言なのよ。いいから、黙って私のぬいぐるみになってなさい!」


 直後、クアンの柔らかな温もりが背中に強く感じられる様になった。


 表情は見えないのが残念だ。


 しかし、行動が可愛いと言ってしまえば怒られるので言わないが、私の腰に回した腕の力も強くなっているし、本当に怖かったのだろう。


「ほら、クアン?」


 背中にもぞもぞとした動きを感じながら「わぁっ……綺麗……」と感嘆の声が後方から聞こえた。


 首を僅かに後ろに向けると、目を興奮で輝かせるクアンがいて。


 その事に嬉しくもなりながら、私は此方を横目で向いていたイーリスと目が合い、思わず小さく笑みを浮かべ合う。


「ね、凄いでしょ?」

「なんでラウが自慢気なのよ」

「むふぅ!」

「変なラウ。でも……、確かに綺麗だわ……」


 他の二頭にはリーリスとメイ。そしてビクトリアの召喚獣であるウラヌスにはビクトリアとミリアが座っている。


 リィナとアミルは今回は迷宮で捕まえて強制連行されてきた黒いスライムこと、スラと一緒に屋敷でお留守番だ。


 アミルは私達がもし万が一何かあった時に私の両親に知らせる連絡係兼臨時教師としての魔法学園への連絡をお願いしている。


 あと。これは私も知らなかった事なんだけど、アミルの場合は後に聞いた都市タリーでクアンと戦闘した際に愛用の刀が折れてしまっているらしいし。


 仕方ないとはいえ、アミルは若干落ち込んでたから、こっそり試作品として作った指輪を通して私と会話出来る魔導具を渡したら機嫌が良くなってたから、多分大丈夫だと思うけど……。


 スラとリィナは最初より強くなったとはいえ、まだ戦場に出す事は厳しいかなという判断で、今回はお休みだ。


 それに、戦場に出れば否応なく人の死というものに直面する。


 それを考えると、意気込み振り切れんばかりに張り切っているビクトリアはともかく、メイとアミルに特訓されているとはいえ、戦闘経験の少ない今のリィナには少々酷だろう。


 ともかく。真夜中とはいえ、人間にはあまりに脅威過ぎるドラゴン三体を空中で飛び回らせる訳にもいかず、人の目が無い空の上まで来たわけだ。


 私とミリアでそれぞれに結界を張り、寒さや空気の減少を和らげる。


 私達の屋敷からガルス砦までは馬で数時間。


 屋敷から出発して十数分しか経っていないけれど、あの子が育てた子達なら——————、


「ッ! な、何!?」


 視界の遠く先。


 白と黒の水平線の上で突如として、空気が破裂したような音がしたと思ったら荒れ狂った空中が私達を襲い、雲と風が凄い勢いで流されてきた。


 これが普通の魔物ならともかく、ドラゴンの羽ばたきはどんな過酷な地形にも直ぐに対応し、三頭のドラゴンは強風を難無く進む。


 私達も姿勢を低くし、なるべく抵抗を減らす。


 そして、それは姿を見せた。


「あれは……」


 山の如く巨大な体躯とそれを支える強靭な四肢を持ち、背中に大樹を背負う竜。


 確実に私達が今乗っている紅竜や白竜、ビクトリアの召喚獣であるウラヌスよりデカい。


 というより、ここまでデカいのは見た事無いんだけど!!


「イーリス知ってるの? あのデカいの」

「はい、ここに来る前にラキ様から渡された資料の中に載っていました。確か、古の生き証人にして森の神。古竜種『種森竜しゅそうりゅう』だとか」

「古竜……あれが……」

「ちょっと、一体何がどうなってるのよ!」

「ねぇ、クアン。あの古竜、強いかな?」

「……古竜? まぁ、少なくとも弱くはないと思うけど」

「だよね、だよね!!」


 ドラゴンより長く年月を生きた竜種の強者。


 一体、どれだけ強いんだろう?


 心の奥底から湧き上がる居ても経っても居られないわくわく感を押さえ込んでいると、種森竜は前脚を上に上げ、一気に振り下ろした。


 直後に大地に走った分厚い亀裂とそこから湧き上がった膨大な高密度の魔力。


 それが噴水から鉄砲水の如く天高く噴き出したのだ。


「お嬢様! 捕まってください!」

「クアンも捕まって!」

「ぇっ、い、いやぁぁぁぁぁああああ!!」


 あまりの高密度の魔力が私達にぶつかる前に急旋回した事で逃れたが、問題はここからだった。


 なんの力も込めていない魔力は空中では霧散し、魔素から霊素マテリアルへと変わってしまう。


 しかし、体外から吸収した霊素マテリアルから作り出された魔素を放出せずに体内に溜め込みすぎれば魔力酔いとなり、最悪魔素が許容範囲を超えて体に異常をきたすようになる。


 結果的に死に至る訳だが、何を思ったかあの竜は地面から溢れだした膨大な魔力を直接、自身の身体に吸収し始めたのだ。


 瞬間的に走った魔力の奔流に私はイーリスとクアンの手を離していた。


 イーリスとクアンが驚いた表情で私を見た。


「二人とも、ちょっと行ってくる!!」

「御嬢様!?」

「ちょっと、ラウ!?」

「皆も早く来てねー!」


 轟々と耳元で鳴る風切り音と共に私の制服が音を立てて激しく揺れ、重力に従って更に速度は速くなっていく。


 やっとだ。


 やっと、私だけの獲物を見つけた!!


 嬉しい、嬉しい!!


「あははははははっ!!」


 迷宮でまだ見ぬ魔物と戦うのも良かった。


 知らない魔物が奥から沢山沸いてきて、階層を潜る毎に知らない景色と戦闘に巡り会えた。


 でも、弱かったのだ。


 全て、私の一撃の下に沈んでしまう。


 攻撃魔法を禁じて、防御魔法を禁じて、強化魔法を禁じて、武器を禁じて、移動を禁じて。


 それでも開いたレベル差を埋める事は出来なかった。


 潜れば潜るほどに魔物のレベルは上がる。


 けれど、この胸の内から湧き上がる戦闘欲はもっと、もっと! と、血生臭くも強者の居る戦場を求める。


 そして、私の眼下には「神」だとかいう古竜がいるッ!!


 長い年月、他の魔物にも冒険者にも討伐出来なかった古の竜。


 それは、私の好敵手たり得るだろう!!


「おいで、レイギスッ!!」


 私の背中から柔らかく抱きしめられる様な感覚の後、手元に感じる鋼鉄の重い感触。


 神装—————第六の戦乙女『レイギス』が手元でキラリと輝かしいばかりの月光を反射する。


 種森竜が吸収した魔力を体内で循環させて、中心の大樹が光を灯した。


 普通の魔法師が百人居ようと足らないであろう膨大な魔力をブレスへと出力変換し、竜種の簡潔にして最強の攻撃を解き放った。


 まともに喰らえば、間違いなくガルス砦は消滅する。


 そうなれば一体、何十人、何百人の犠牲が出るか分からない。


 夜の暗闇の中、もう一つ煌びやかな光を放つ存在が一つ。


 ガルス砦の外壁を見れば、まるで闇夜で迷わないようにと立てられた旗印のように光る鮮やかな色をした数々の防御魔法が展開されており、その中心に居たユリアと目が合った気がした。


 しっかりとは見えなかったが、ユリアは驚いた表情から安心しきった意地悪っぽい笑みを浮かべ、『遅いぞ』と言った様に見えた。


「にひひっ♪ さぁ、貴女の本当の力を見せて! レイギスッ!!」


 銀斧に描かれた十三等星が私の魔力によって輝きを増し、私の魔力を更に引き出そうと光を増していく。


 何処からともなく私の体には稲妻がバチリと弾け、夜闇にはまた新たな輝きが生まれる。


「本来なら、これを片手で振るうんだろうけど」


 私にそんな力は無いので、両手でぎゆっと握り締め、身体を弓の如く後ろに引く。


「にひひっ♪ さぁ、楽しませて!」


 目の前には既に種森竜が放った特大のブレスが差し迫っている。


 身体を強化魔法で強化し、雷魔法を惜しむ事なく解き放った!


雷鎚らいついッ!!』


 身体を空中で前に振るう事で雷を極限まで帯びた銀斧の刃はブレスに衝突。


 互いに拮抗するかと思われたそれは、振るわれたレイギスの威力によってブレスを押し留めるどころか、何処までも威力は落ちる事はなく、遂にブレス全てを斬り裂いてしまった。


「あっと、危ない危ない」


 指をパチンと軽く鳴らす。


 ブレスを囲うように急速に闇の結界が張られた次の瞬間、結界内でブレスが行き場を失い、次々と爆発。


 爆発音鳴り響く中、結界の色が橙色から赤く染まり、そして黄色く染まる。


 そして、治まった所で結界を解除。


「よっと」


 小さな結界を足場に展開し、階段状にする事で、私はガルス砦前に足を付けたのだった。


「ふぃ〜、ん?」


 すると、なにやら此方にズンズンと向かってくる一つの人影。


 真っ白なサラシを胸に巻いてる、いかにもガラの悪そうな人が来たんだけど!?


 目つき怖いし、制服真っ白だし!


 し、知らないフリしようかな?


「おい、てめぇッ!! おめぇだよ、チビ助!!」

「チ、チビ助!? 酷っ!」

「てめぇ、一体何者だ? あぁ?」


 な、なんでこっちに来るのかなぁ!?


 絡まれる理由無いんだけど!


 けれど、彼女が私に手を伸ばそうとした瞬間、彼女の首に魔力の篭った杖、矢を引いた状態の弓、金色の鋭い爪が既の所で止められていた。


 そして、私の後ろから「それ以上、彼女に近付かないでもらえますか?」という声と共に笑みを浮かべたミリアが歩いて来る。


 更に、地面を揺らす振動と共に二頭の紅竜と白竜がガラの悪い彼女を取り囲むように殺気を当てる。


 ビクトリアとウラヌスは上空で旋回しているのを見ると、ミリアだけ早く飛び降りたらしい。


「……チッ、分かった。手を引く。だから、そっちも引いちゃくれねぇか?」

「次はありませんよ?」


 ミリアの言葉でメイ、イーリス、リーリスが私の背後へと回った。


「はっ! まさか、二学年も下の後輩に舐められるとは。おい! お前、名前は?」

「ラウだけど。ラウ・ベルクリーノ」

「ッ!? は、ははっ! そうか、てめぇが例の奴か。これで納得がいった」

「?」


 だが、彼女はひとしきり笑うとすぐに後ろへ視線を向けた。


「チッ、本当にしぶとい野郎だ」


 そこには、ドーム状の岩があり、そこから一体のオーガが姿を現す。


 所々に怪我を確認出来るが、それもオーガ特有の再生能力ですぐに塞がる。


 私達が変に痣の入ったオーガへと視線を向けていると、背後から何かが飛んできた。


 イーリスが飛んできた彼女を抱き止めると、ボロボロな状態の軍服を着た女性。


 そして、彼女が飛んできた視線の先には一体の三叉の蛇がいて、その尾にはボロボロな和服を着た女性が捕まっていた。


 だが、まだ終わりではないらしい。


 空気を割る咆哮が種森竜の方向から聞こえ、耳を塞ぎながら向けると、種森竜の前に立つ一体の赤竜が此方を殺気混じりに睨んでいる。


 他にも魔物は沢山いるが、ここで確認していたらキリが無さそうだし。


「ラウ、指示を出して」


 この子達の信頼にも応えないと。


「うん。それじゃあ、メイは外壁から上空の魔物を撃ち落としていって。亜空間にある矢は全部使っちゃっても良いから」

「分かりました」

「リーリスは外壁にいるユリアに状況の確認とそれが終わり次第、メイの援護をお願いね」

「お任せください」

「ミリアは重傷者を看病する場所がガルス砦の中に見えたから、そこで回復魔法をお願い」

「うん」

「クアンは……、クアン? 大丈夫?」

「し、死ぬかと思った……。もういや」

「あ〜、あはは」

「笑い事じゃないわよ! それで? 私は何をすれば良いのかしら?」

「うん。クアンにはあの蛇をお願い」

「ふーん、なんだか弱そうね。まぁ、良いわ。ちゃっちゃと終わらせましょ」


 次は、っと。


「ビクトリア! ビクトリアはそこのオーガの相手をお願い!」

「分かりましたわー!」


 上空でくるくると回っているビクトリアとウラヌスに声を掛けたが、どうやら聞こえていたみたいだ。


「そして、イーリスはあの赤竜をお願い」

「お任せを。お嬢様」


 全員の役割決めは終わった。


 ついでに言うと、レイギスで斬り裂いた種森竜の脚も溢れ出る魔力を吸収する事で治したらしい。


 今では元気に殺気を此方に向けている。


「さてと、それじゃあ楽しい楽しい戦闘を開始しようか♪」

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