第44話「灼熱の乙女と闇夜の聖女」


 外れね。


 ラウの声に合わせて三つ叉の首を持つ蛇の魔物『サーペント』を見たとき、その言葉が脳裏のうりを過ぎった。


 六つの縦長の瞳からは各々殺気が感じ取れるが、それはキミウで強くなる為に魔物を狩っていた時に会ったどの魔物よりも弱い。


 まだ隠した能力があるのかもしれないが、それは戦ってみれば分かる事。


 ただ、面倒が無いわけでもない。


 Aランクの魔物ということもあり、猿並みの知能はあるようで、捕らえた相手を盾として使う事だけは厄介と言えるだろう。


 しかし―――――、


「っく……クアンさん。私も手伝います」

「大丈夫です。ヌルスさんは少し休んでてください。まだこの戦闘は終わってはいませんから」

「しかし、相手は狡猾こうかつで危険です! ここは二人で戦った方が―――――」

「それこそ、無用の心配です。寧ろ、貴女はここから離れた方が良いですよ?」

「ぇ?」

「だって、ここはこれから地獄になるんですから」


 ゆったりと長年の相棒である魔剣『赤禍狼せっかろう』を抜いた。


「きゃあ!! そんな……クアンさん!?」


 その瞬間、私とヌルス少佐の間には巨大な火の壁が出来、それが蛇の周囲も円形に囲い込む。


 つまりは、


「これで、私達は戦闘するしかないって事よ!」


 言葉と同時に地面を強く。


 抉れる程に力強く蹴ると、赤禍狼に紅蓮の炎を纏わせ、慌てて女子生徒を前に出そうとする尾に向かって振り抜いた。


『――――――――――AAAAAAAッツ!!!!』


 赤禍狼はクアンの声に応えるように炎を長剣に纏わせ、演舞の如く炎を空中に撒き散らす。


 それによって、鈍い色の鱗は赤禍狼によって紙を切る様になんの抵抗も無く切断され、血が辺りに飛び散った先には、地面でビチビチと不気味に動く制御を失った尻尾。


「ラトラ!」


 空中に放り出された女子生徒は私の召喚獣のラトラによって確保。


 後はその首を三つ落とせば終わりだ。


 油断はしていない。


 そんな事をすれば死ぬという刹那に何度もあってきたから。


 しかし、こうも思うのだ。


 だったら、あの赤竜の方が良い相手になっただろうに、と。


「でもまぁ、ラウがこっちを選んだって事は何かあるんでしょうけど」


 すると、ラトラが女子生徒を口元に咥えながらサーペントを鋭く威嚇した。


「龍脈、というのも考えものね」


 女子生徒の状態を確認する為に目を離したのは三秒にも満たないだろう。


 しかし、その三秒のうちに確実に斬った筈のサーペントの尾の断面には新しい尾が生えてきており、戦闘前に戻された気分だ。


 それもこれも、種森竜が大地を砕いた事で漏れ出た龍脈の膨大な魔力の影響だろう。


 魔物は体内で魔石と呼ばれる魔力の核を持つ。


 それに龍脈の力が吸収される事で本来の力以上に力を振るうことが出来るわけだ。


 加えて、ついでとばかりに斬った尾からは小さな蛇が四匹湧き出し、嫌悪感が急激に増していく。


 寧ろ、こんな光景など女性の大半が嫌うだろう。


 だったら、さっさと―――――


「クアンさん! 聞こえますか!?」


 脚に力を込めた。


 その瞬間、炎の壁の向こうから聞こえてきた女性の声。


「なんで、まだいるの!」


 驚く私の声にも聞く耳を持たないのか、そのまま声の主人は口を開き、「私は本物じゃありません!」と声を出した。


「はぁ? 何を言って……」


 刹那に感じた殺気にその場で後方に飛び退いた。


 炎の壁を隔てた先で此方を見る蛇の瞳があり、炎刃を赤禍狼に乗せて放つも、当たった感触はない。


 更に追撃しようとするも、次は飛び退いた後ろから攻撃を仕掛けられ、炎壁で防ぐも全くダメージが通っていないのか、悲鳴も上がらない。


 しかも、私達を閉じ込めて逃げ場を無くしたつもりが私がおりに入れられたみたいに攻撃を続けられている。


「一体、何がどうなってるわけ?」


 先程サーペントが居た場所を見るとそのまま此方を睨んでいる。


 確かにいつのまにか小さな蛇達は消えている。


 けれど、今の攻撃は小さな蛇が繰り出すような軽い一撃などでは無い。


 炎の壁は赤禍狼の力によって生み出された業火。


 触れれば、少なくともCランクの魔物であれば致命傷を負うぐらいには高い火力を誇る。


 目の前にサーペントがいる以上、小さな蛇が外に出られる筈がない。


 出られたとしても、重度の火傷か、鱗が焼け落ちてそれどころでは無い筈なのだ。


 だとしたら、さっきの攻撃はなんなの?


 まさか、あの短期間で火属性の耐性を得たとでも言うつもり?

 

「いえ、それはないわね」


 どちらかというとダメージを喰らってないような……。


 それに、さっきのヌルスさんの言葉。


「私は本物ではないって、何を言ってるの? まさか、幻覚とでも……幻覚?」


 そういえば。キミウにいた頃、サミア姉さんからこんな話を聞いたことがある。


『魔物には、主に毒や麻痺、石化に火傷、凍傷など数多の攻撃手段を持つ相手がいる。それはさっきの戦いで学んだわね?』

『ハァ……ハァ……』

『ほらほら、そんな程度でバテてちゃ、私は倒せないわよ?』

『分かってる、わ!』

『うん、よろしい。それで、授業の続きだけど、他にもある高位の魔物になると魔眼や特殊な能力を得ている魔物が現れる。さっきの石化もこの分類に入るけれど、特に厄介なのは——————』


「幻惑の魔眼」


 種が分かってしまえば、解決法も浮かんだと同じ。


 それに、私は何をうじうじと考えいたのだろうか。


 攻撃が通じない?


 何処からともなく攻撃がくる?


 そんなもの、全部燃やしてしまえば良いじゃない!


「ふふっ、偶には私もラウみたいに荒々しく行ってみようかしら♪」


 真っ先に危険を感じたのは紛れもなくサーペントだろう。


 三つの口が一斉に雄叫びを上げ、毒を此方に吐くと同時に炎壁の向こうから蛇が私に向かって飛び出してきた。


 しかし、毒と四匹全部が私に届く前に私を包む高温度の熱に焼かれ、空中に溶けていく。


 驚愕にジリっと後ろに引く大蛇の音が聞こえるが、それでも私の魔力は止まらない。


 元々赤かった髪は更に真紅へと染まり、大地は土気色から徐々に赤く、そして熱を帯びていく。


 グツグツと地面から灼熱の気泡が現れ始め、それは地面を徐々に侵食していく。


 地面に突き立てた長剣は炎の勢いを更に増していき、パリンとガラスが砕ける音が私の耳に届いた。


 直後には、私の周囲で炎に包まれ、死に絶える四匹の蛇の姿があり、サーペントに至っては炎壁を越えてでも逃げ出そうと毒を切り掛けていた。


 それでも、消えるどころか勢いの増す炎に嫌気が差したのだろう。


 私が起きた事に気付くと、炎壁に向かって突進。


 鱗に酷い火傷を抱えながら逃げ出した。


「魔眼は相手を瞳に捉えてないと持続的に効果を発揮することが出来ない。私が抜け出せたのはそう言う事なのね」


 遠くで戦闘音が響く中、私は一部だけ炎が揺らぐ壁の向こうに目をやる。


 そこには必死に逃げるサーペントの姿。


「敵わなかったら逃げる。それは生存本能を持つ生物なら行動原理は同じだろうけど。そっちは行かない方が良いわよ?」


 だってそっちは——————、


「ラウが戦ってる場所だもの」


 刹那、樹木が地面からラウを襲うように放たれたが、漆黒の稲妻が地面を駆け、大爆発と共に破裂。


 その爆風と黒き稲妻がサーペントの身体を木っ端微塵に消しとばしてしまった。


「だから、言ったでしょうに。まぁ、つくづく運が無かったって事ね。さてと、次は誰が相手かしら?」



 いつまでも絶えない重軽傷者の兵士達が運ばれ来る中、その少女は異様に目を引いた。


 何しろ、此処は戦場の真っ只中であり、大量にあった回復薬も底をつきかけ、従軍看護婦の魔力も魔力切れに近いものばかり。


 けれど、戦場ではまだ轟音が響き渡っており、それがこの戦闘が終わっていない事を表している。


 皆、あまりの忙しさに余裕も徐々に無くなり、数時間も経てばこの場も戦場と化していた。


 そんな時に仮設テントの中に入ってきたのがメイド服を着た少女だったのだから、「関係のない人は出て行って!」と仲間の看護婦の一人が怒鳴るのも無理は無い事に思えた。


 勿論、私だってそうだ。


 ガルス砦から程近くにある田舎町で薬師として働く私にはこんな惨状に出会った事も無い。


 前までは平和だったのに、と嘆く事も今では許されない。


 ただ、目の前の兵士————患者を救う事だけが私が此処にいる使命なのだとそう実感出来た。


 そんな使命を心に刻み始めたところで、何処にも怪我など無い年端も行かない少女が現れたのだからなぜ此処にメイドがという疑問を持ちながらも、此処は少女が遊ぶ場所では無いの!と胸の中で声を荒げてしまった。


 しかし、メイドの少女はテントの中を数度見渡すと、此方に向かって歩き出した。


 まさか、怒鳴ったのを怒りにきたのでは?と小心者を全開にしてそんな事を思ったが、メイドの少女は真っ直ぐに従軍看護婦長の元へ歩いて行ってしまった。


 というより、誰か看護婦長の事教えたっけ?


 私から看護婦長までの距離はそこまで遠くはない。


 すると、微かにだが会話が聞こえてくるのだ。


「貴女は一体……」

「ミリアと申します。我が主人の命により、手伝いに来たのですが、手伝わせてもらっても?」

「そ、そう。では、ミリアさん。貴女は回復魔法は使える? それとも、医療経験があるのかしら?」

「回復魔法は使えます。それと、医療経験も過去に何度か」

「!? それは、心強いわ! なら、早速取り掛かって頂戴!」


 本当に信用して良いのだろうか?


 身も知らずのメイドなんて。


 何処のメイドかも分からないのに。


 だが、それは彼女が「では、失礼して」と小さく呟いてから一瞬で変わった。


 彼女の金髪の髪が風に揺れたと同時に地面が仄かに金色に輝いているのが見え、急いで視線を下にやると、テントを中心とした巨大な魔法陣が展開されていた。


「な、何これ……」

「これ、魔法なの?」

「なんて魔力量……、それにこれ回復魔法だ」


 仲間の従軍看護婦が各々声を上げる中、ミリアと言った少女に視線をやる。


 私の予想ではこれだけの魔法を展開するのだ。


 てっきり、魔力を込める為に顔を辛そうに歪めたり、看護婦長に魔力回復薬を強請るものだと思っていた。


 けれど、私の想像はどれも違った。


 まるで、池に石を水平に落とすかのように汗一つかかず、何事もないかのように回復魔法を行使していたのだ。


 そして、魔法は完成する。


 神の祝福かと思うほどに患者の身体が僅かに温かな光を帯び、数秒で治ると、次々と重傷の兵士達が起き上がったのだ。


「あ、あれ……俺は確か……ワイバーンにやられて」

「う、腕がぁぁぁぁ!! 腕が治ってるッ!! ありがとう! ありがとう!!」

「い、いえ! 私では……」

「なんだか、戦場に出る前よりも体の調子が良いぞ!」

「あっ、ちょっと! まだ暫くは安静に!」

「いくぞ! お前達!! 大佐達の援軍にッ!!」

『うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!』


 私は夢でも見ているのだろうか?


 従軍看護婦が数人いて回復薬でも完全には治せなかった怪我をたった一人、それも一回の魔法で何十人もの兵士の怪我を治してしまった。


「全員治ったようですね。では、私はこれで」


 一切辛そうな表情を見せず、姿勢を崩す事なく、歩いていく少女の姿。


 隣を通った時に感じた花の爽やかな匂いと感謝も何も求めない慈悲深い心。


 それはまさしく聖女に相応しいと聖国に言えば間違いなく不敬罪で処罰が下ると知りながらも思ってしまった。


 しかし、それは私だけではなかった。


 彼女が通る道の側に佇んでいた従軍看護婦の一人が片膝を地面に付き、神に祈るように祈り始めたのである。


 それに倣うように他の看護婦達も膝を付き、祈りの姿勢を取る。


 この場の誰もが感じていたのだ。


 彼女はこの戦場での聖女であると。


「誰か、私を他の重傷者達がいる場所へ案内してくれませんか? また一から説明するのもアレですから」


 すると、少女は此方に振り返るとそう小さく笑み混じりに溢した。


 振り返った事でわかっ分かった、女神を思わせる綺麗な顔立ちにキメの整ったすべすべの肌、橙色の灯りを浴びて煌びやかに揺れる長い金髪。


 無駄な部分など一つもない完璧なスタイルに僅かに膨らんだ胸がメイド服を一定のリズムで押し上げる。

 

 それが月光といつの間にか晴れた夜空を背に微笑まれた時、この場にいる誰もが彼女を聖女だと認めた瞬間だった。


 そうなれば、誰もが彼女に付いていこうと名乗りを上げる。


 普段なら、こんなには要らない。


 なにしろ、彼女一人で全て済んでしまうのだから。


 けれど、彼女は「ふふっ♪ では、皆さんで行きましょうか」と夜闇に怪しげで美しい笑みを浮かべたのだった。

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